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前編
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「カーディ」
カーディアスの部屋の扉をノックするが、返事がない。いつもなら、返事が返ってくる前に扉が開くくらいなんだが……。
「カーディ、入るぞ」
返事はないが仕方ない。そっと扉を開けて室内に入る。ベッドに目を向けるが、ユリウスと違いカーディはそこにいなかった。いや、そもそも部屋にいないようだ。浴室も覗いてみたが、やはりいない。
「どこに行ったんだ……?」
寝込んでるくらいなんだからどこかに行くはずもないんだけどなぁ。
カーディアスの部屋から出てあの子が行きそうなところを覗いてみるが、どこにもいない。これはターニャに言った方がいいんじゃないかと思い、一度応接室に戻ろうとした時、ふと自分の部屋はまだ見ていないことを思い出した。まさかいるはずはないだろうと思いながらも、足は自室に向かっていた。
「……カーディ?」
いた。綺麗に整えられていただろう俺のベッドで、すやすやと眠っている。そろっと近寄ってその寝顔を覗いてみると、すべすべの頬に涙が流れた跡があった。瞼も腫れて、ぽってりしているように見える。可愛らしい寝顔だからこそ、それがちょっと痛々しい。水と風の魔力を操って俺の手を良い感じに冷やして両目を覆うようにそっと乗せる。急に冷たいものが触れたからだろう。少し唸って身じろぎしたカーディアスの頭をもう片方の手で撫でてやる。ふわふわな髪の毛だ。こうして眠るカーディアスの頭を撫でてやるのはいつぶりだろうか。
ゲームの世界―こちらで言えば未来―では立派な悪役令息様は、ただの可愛らしい年相応の男の子だ。カーディアスが悪役になった原因は、その性格を成形したレイラにある。そして本当の悪であったレイラに俺が成り代わったことで、カーディアスに断罪の未来は訪れない。ユリウスもこちら側で保護したのだから、ほぼ確実に断罪は無い。けれど、ゲーム本編はまだ先。その時、ゲームの決められた物語への補正が入るのかは分からない。もし、強制的に世界の強制力が働いてしまったら、俺に出来ることはないのかもしれない。それでも、俺にできることは何でも手を打っておきたかった。カーディアスは俺の大切な家族だから、不幸な未来に進んでほしくはない。そう思いながら、俺はいつもカーディアスの寝顔を眺めながらこうやって頭を撫でていた。この可愛い息子のためなら、なんでもする。そう自分を奮い立たせるために。
「ん……」
「ふふ……ほんと、可愛い息子だよ」
熱を持っていた瞼の上に置いていた手の冷たさが心地よくなってきたのだろう。むにむにと動いた口が穏やかな微笑みに形になっていく。その様子に思わず笑みが零れた俺の後ろで、小さく扉が開いた。
「あ、レイラ様。こちらにいらしたのですね」
「デリスか。カーディが部屋にいなくて探していたら、俺の部屋にいたんだ。もう少ししたら一度戻ろうと思っていたんだが、探させたか?」
「いえ、構いません。カーディアス様は?」
「ぐっすり眠っているよ。ちょっと泣いてしまっていたようだ。身体は大きくなっても、泣き虫なところは変わらなかったらしい。瞼が腫れてしまっていたから、少し冷やしてあげているところだ」
静かに扉を閉めてそっと横に来たデリスは、カーディアスの寝顔を覗き見てやはり笑みを零した。
「ふ……随分と愛らしい寝顔ですね。しかし、ここまで幸せそうに寝てしまっていると移動させるのも悪い気がします」
「夕食の時間までまだ時間があるだろう。俺も疲れたから、少し仮眠することにする。俺を起こすときにカーディも起こせばいいさ。ターニャにもそう言っておいてくれ」
「それは構いませんが……一緒に寝るおつもりで?」
着替えるために脱いだ上着をデリスに手渡しながら、俺は何か問題でもあるのかと尋ねたが、デリスは少し沈黙しただけでそれ以上は特に何も言わなかった。確かに俺がカーディアスと一緒に寝るのは珍しいかもだけど、何か気になるのか?
「ローレン様はいかがされますか」
「放っておけ。気になるなら、この家の敷地と領地を見て回る許可をやるから適当に放り出してくれていいぞ」
「かしこまりました。お風呂はいかがされます?」
「あー……じゃあ少し流すくらいで。どうせまた後でちゃんとした服を着ないといけないなら、ちゃんとしたのは後でいい」
「承知いたしました。では少々お待ちいただけますでしょうか。ターニャさんとローレン様にお伝えして参りますので」
「あぁ。頼んだ」
また静かに退出したデリスを見送った俺は、デリスが戻ってくるまでにバスタブにお湯を張ろうとベッドに背を向けた。しかし、くいっとシャツの袖を後ろから引っ張られて足を止められる。振り向くと、眠気に蕩けた目が俺を見上げていた。
カーディアスの部屋の扉をノックするが、返事がない。いつもなら、返事が返ってくる前に扉が開くくらいなんだが……。
「カーディ、入るぞ」
返事はないが仕方ない。そっと扉を開けて室内に入る。ベッドに目を向けるが、ユリウスと違いカーディはそこにいなかった。いや、そもそも部屋にいないようだ。浴室も覗いてみたが、やはりいない。
「どこに行ったんだ……?」
寝込んでるくらいなんだからどこかに行くはずもないんだけどなぁ。
カーディアスの部屋から出てあの子が行きそうなところを覗いてみるが、どこにもいない。これはターニャに言った方がいいんじゃないかと思い、一度応接室に戻ろうとした時、ふと自分の部屋はまだ見ていないことを思い出した。まさかいるはずはないだろうと思いながらも、足は自室に向かっていた。
「……カーディ?」
いた。綺麗に整えられていただろう俺のベッドで、すやすやと眠っている。そろっと近寄ってその寝顔を覗いてみると、すべすべの頬に涙が流れた跡があった。瞼も腫れて、ぽってりしているように見える。可愛らしい寝顔だからこそ、それがちょっと痛々しい。水と風の魔力を操って俺の手を良い感じに冷やして両目を覆うようにそっと乗せる。急に冷たいものが触れたからだろう。少し唸って身じろぎしたカーディアスの頭をもう片方の手で撫でてやる。ふわふわな髪の毛だ。こうして眠るカーディアスの頭を撫でてやるのはいつぶりだろうか。
ゲームの世界―こちらで言えば未来―では立派な悪役令息様は、ただの可愛らしい年相応の男の子だ。カーディアスが悪役になった原因は、その性格を成形したレイラにある。そして本当の悪であったレイラに俺が成り代わったことで、カーディアスに断罪の未来は訪れない。ユリウスもこちら側で保護したのだから、ほぼ確実に断罪は無い。けれど、ゲーム本編はまだ先。その時、ゲームの決められた物語への補正が入るのかは分からない。もし、強制的に世界の強制力が働いてしまったら、俺に出来ることはないのかもしれない。それでも、俺にできることは何でも手を打っておきたかった。カーディアスは俺の大切な家族だから、不幸な未来に進んでほしくはない。そう思いながら、俺はいつもカーディアスの寝顔を眺めながらこうやって頭を撫でていた。この可愛い息子のためなら、なんでもする。そう自分を奮い立たせるために。
「ん……」
「ふふ……ほんと、可愛い息子だよ」
熱を持っていた瞼の上に置いていた手の冷たさが心地よくなってきたのだろう。むにむにと動いた口が穏やかな微笑みに形になっていく。その様子に思わず笑みが零れた俺の後ろで、小さく扉が開いた。
「あ、レイラ様。こちらにいらしたのですね」
「デリスか。カーディが部屋にいなくて探していたら、俺の部屋にいたんだ。もう少ししたら一度戻ろうと思っていたんだが、探させたか?」
「いえ、構いません。カーディアス様は?」
「ぐっすり眠っているよ。ちょっと泣いてしまっていたようだ。身体は大きくなっても、泣き虫なところは変わらなかったらしい。瞼が腫れてしまっていたから、少し冷やしてあげているところだ」
静かに扉を閉めてそっと横に来たデリスは、カーディアスの寝顔を覗き見てやはり笑みを零した。
「ふ……随分と愛らしい寝顔ですね。しかし、ここまで幸せそうに寝てしまっていると移動させるのも悪い気がします」
「夕食の時間までまだ時間があるだろう。俺も疲れたから、少し仮眠することにする。俺を起こすときにカーディも起こせばいいさ。ターニャにもそう言っておいてくれ」
「それは構いませんが……一緒に寝るおつもりで?」
着替えるために脱いだ上着をデリスに手渡しながら、俺は何か問題でもあるのかと尋ねたが、デリスは少し沈黙しただけでそれ以上は特に何も言わなかった。確かに俺がカーディアスと一緒に寝るのは珍しいかもだけど、何か気になるのか?
「ローレン様はいかがされますか」
「放っておけ。気になるなら、この家の敷地と領地を見て回る許可をやるから適当に放り出してくれていいぞ」
「かしこまりました。お風呂はいかがされます?」
「あー……じゃあ少し流すくらいで。どうせまた後でちゃんとした服を着ないといけないなら、ちゃんとしたのは後でいい」
「承知いたしました。では少々お待ちいただけますでしょうか。ターニャさんとローレン様にお伝えして参りますので」
「あぁ。頼んだ」
また静かに退出したデリスを見送った俺は、デリスが戻ってくるまでにバスタブにお湯を張ろうとベッドに背を向けた。しかし、くいっとシャツの袖を後ろから引っ張られて足を止められる。振り向くと、眠気に蕩けた目が俺を見上げていた。
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