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前編
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「確かに、お前と婚約すれば俺が得することは多い。息子達のことも安心できるだろう。だが、ローレン家としてはそこまでの自由を与える価値はないはずだ」
「あるさ。お前の息子の一人、ユリウスって言ったか? あいつは水の精霊王の愛し子らしいな。お前が俺と婚約すれば、ローレン家は水の精霊王の愛し子との関係を手に入れられる。俺としてはどうでもいいが、貴族としては目をつける価値がある」
水の精霊王に愛されれば、富を得る程の運が手に入る。精霊王に愛された子という貴重な存在というだけではなく、その付属した特性が「貴族」にとっては何よりも手に入れたい物なのだろう。このことが王都の貴族達に知れ渡れば、誰も彼もがユリウスと関係を持とうとするだろう。それ程に「貴族」という生き物は富を求める。それが普通なんだ。
「……成程な。だが、俺はユリウスをそんな目的で養子に迎えたわけじゃない。あの子が引き取られる予定だった家は、ダール伯爵家だ。あそこに引き取られれば、ユリウスは心を病んでしまっただろう。助けたのは俺のエゴだと言われてしまえば反論はできない。だけど俺は、ユリウスを幸せにしたいと心の底から思っている」
ユリウスを助けたのは、正直に言えば俺の保身のためだった。あの子は俺とカーディアスを断罪する存在でもあるから、子どもの頃のトラウマ自体を無かったことにして、良い関係を築けば断罪を免れるだろうと。しかし一緒に過ごせば過ごすほど、ユリウスの運命を俺の保身のために捻じ曲げてよかったのだろうかという思いが押し寄せてきた。
ユリウスは俺やカーディアスとは違って、幸せな未来が訪れることが決まっている側だ。これから辛いことが起きても、それを乗り越えるだろうということが分かっていた。だけどあの時、今ならそのトラウマに成程の辛い境遇から助けることができるのだということを理解してしまったんだ。その事に気が付いたら、俺はもう見て見ぬふりはできなかった。
今も、あの時の決断は良かったのかどうかと悩む時がある。だからこそ、ユリウスには幸せな未来を迎えさせるんだ。それが俺のエゴに対する責任なんだから。
「ダールか……。レイラ、それは正しいことだ。あの家に行けば必ず精霊王の怒りを買い、大干ばつが起こっていただろう。それ程にユリウスの心は壊れただろうさ。確かにお前は自分のためにユリウスを助けたのかもしれない。だがそれはエゴではない。お前は一人の子どもを救ったんだ。お前は自分の選択を誇るべきだ」
誇れるわけがないだろう。俺が自分の選択を認められるのは、ユリウスが幸せだと笑う未来を見た時だ。それまで俺は、ユリウスの運命の責任を負う。
「お前が誇れないというのなら、俺がお前を褒めてやる。だから俺と婚約しろ」
「だからの意味が分からないんだが?」
「婚約してまでジェイス・ローレン様にレイラ様を褒めていただかなくても、私がその役目を引き受けますのでご安心を」
「デリス、張り合おうとしないでくれ」
「お前がレイラにとって、ただの専属執事じゃないことくらい理解している。今の状態では、俺はお前に負けていることもな。だが俺にはローレン家という家門の地位がある。レイラを守ってやれるだけの権力がな!」
ドヤ顔で言ってて恥ずかしくないのかな、コイツは。
さっきまで良い話だったのに、突然何を言い出すのか。呆れてふぅ……とため息をついた俺は、知らず知らずのうちに身体に力が入っていたことに気が付いた。ユリウスの件は、デリスにも全てを話すつもりはない。だからその話になったことで無意識に緊張していたのだろうか。――もしかして、ジェイスとデリスはその事に気が付いて……?
「そうそう。お前の息子達だが、今は傷心中だ。どうやら悪夢に魘されているらしい」
「なにっ!?」
勢いよくターニャに目を向けると、彼女は重く頷いた。
「昨日ローレン様がいらっしゃった際、カーディアス様とユリウス様が応対されたのですが、ローレン様がご自身を旦那様の婚約者だとおっしゃいまして……」
「最初はお二人は信じていなかったのですが、旦那様と親しくないと知らないお話を次々と披露されたものですから婚約は事実だと理解されたようで、あまりのショックに寝込んでしまわれました……」
ターニャの隣で一人の侍女が涙を浮かべて「おいたわしい……」と嘆けば、他の侍女達もすすり泣く。……どういうこと? とりあえず、あることないこと言ったジェイスを殴ればいいのかな?
「ジェイス、俺をお前と婚約者でもないし親しい間柄でも何でもないだろうが! 初対面すら覚えていないし、アカデミー時代も特に接触したことはなかったと記憶しているんだが?」
「俺は覚えてるぞ。お前の天使のようだった子ども時代に、丸まるとしたラディスのような愛らしさのあったアカデミー時代。それから先日のパーティでの、涙目で赤面したエロい顔――」
「最後のは忘れろ!」
というかコイツ、なんだか怖いぞ! ストーカーのような執念を感じる……。関わっちゃいけないタイプだ……。
「レイラ様。レイラ様があの方を候補者から真っ先に外した理由、分かったかもしれません……」
デリスが引くほどって、かなりヤバいと思う。
「そもそもだ。お前、なんでここに来たんだ。本当に押しかけてきたわけじゃないんだろ」
「俺としては本当に追いかける気満々だったんだけどな。家門ってのは面倒だ。理由が無いと王都を離れられないんだからな」
「で? その正当な理由ってのは?」
「お前のとこのお姉様に頼まれたお使いだ」
「フィリア姉上? 今朝俺を呼び出して会ったのに?」
あの人くらいだろ、ローレン家の御子息をお使いに選ぶなんて。フィリア姉上だけは絶対に敵に回さないようにしないと。
「ほら、これ。お前に渡してくれってさ」
「えーっと…………はぁ⁉」
「レイラ様!? どうされました!?」
金箔が張られていてやたら豪華な紙を握りしめて震える俺の肩を、ニマニマしたジェイスがポンと叩いた。
「ってことで、これからよろしくな? 奥さん?」
「~~っ、まだ奥さんじゃない!!」
思わず放り投げた紙には「婚約者はジェイス・ローレンに決めました。反論は認めません。」ということが書かれていた。つまり俺は、またしてもフィリア姉上に弄ばれたってことだ……。
※30話のあとがきで修正前にネタバレ踏んでしまった方にお詫びします……!先走りました!
レイラのお相手は、デリス、ジェイス、カーディアス、ユリウスの四人です。多いですね……
一応ですが、レイラ総受けです。
「あるさ。お前の息子の一人、ユリウスって言ったか? あいつは水の精霊王の愛し子らしいな。お前が俺と婚約すれば、ローレン家は水の精霊王の愛し子との関係を手に入れられる。俺としてはどうでもいいが、貴族としては目をつける価値がある」
水の精霊王に愛されれば、富を得る程の運が手に入る。精霊王に愛された子という貴重な存在というだけではなく、その付属した特性が「貴族」にとっては何よりも手に入れたい物なのだろう。このことが王都の貴族達に知れ渡れば、誰も彼もがユリウスと関係を持とうとするだろう。それ程に「貴族」という生き物は富を求める。それが普通なんだ。
「……成程な。だが、俺はユリウスをそんな目的で養子に迎えたわけじゃない。あの子が引き取られる予定だった家は、ダール伯爵家だ。あそこに引き取られれば、ユリウスは心を病んでしまっただろう。助けたのは俺のエゴだと言われてしまえば反論はできない。だけど俺は、ユリウスを幸せにしたいと心の底から思っている」
ユリウスを助けたのは、正直に言えば俺の保身のためだった。あの子は俺とカーディアスを断罪する存在でもあるから、子どもの頃のトラウマ自体を無かったことにして、良い関係を築けば断罪を免れるだろうと。しかし一緒に過ごせば過ごすほど、ユリウスの運命を俺の保身のために捻じ曲げてよかったのだろうかという思いが押し寄せてきた。
ユリウスは俺やカーディアスとは違って、幸せな未来が訪れることが決まっている側だ。これから辛いことが起きても、それを乗り越えるだろうということが分かっていた。だけどあの時、今ならそのトラウマに成程の辛い境遇から助けることができるのだということを理解してしまったんだ。その事に気が付いたら、俺はもう見て見ぬふりはできなかった。
今も、あの時の決断は良かったのかどうかと悩む時がある。だからこそ、ユリウスには幸せな未来を迎えさせるんだ。それが俺のエゴに対する責任なんだから。
「ダールか……。レイラ、それは正しいことだ。あの家に行けば必ず精霊王の怒りを買い、大干ばつが起こっていただろう。それ程にユリウスの心は壊れただろうさ。確かにお前は自分のためにユリウスを助けたのかもしれない。だがそれはエゴではない。お前は一人の子どもを救ったんだ。お前は自分の選択を誇るべきだ」
誇れるわけがないだろう。俺が自分の選択を認められるのは、ユリウスが幸せだと笑う未来を見た時だ。それまで俺は、ユリウスの運命の責任を負う。
「お前が誇れないというのなら、俺がお前を褒めてやる。だから俺と婚約しろ」
「だからの意味が分からないんだが?」
「婚約してまでジェイス・ローレン様にレイラ様を褒めていただかなくても、私がその役目を引き受けますのでご安心を」
「デリス、張り合おうとしないでくれ」
「お前がレイラにとって、ただの専属執事じゃないことくらい理解している。今の状態では、俺はお前に負けていることもな。だが俺にはローレン家という家門の地位がある。レイラを守ってやれるだけの権力がな!」
ドヤ顔で言ってて恥ずかしくないのかな、コイツは。
さっきまで良い話だったのに、突然何を言い出すのか。呆れてふぅ……とため息をついた俺は、知らず知らずのうちに身体に力が入っていたことに気が付いた。ユリウスの件は、デリスにも全てを話すつもりはない。だからその話になったことで無意識に緊張していたのだろうか。――もしかして、ジェイスとデリスはその事に気が付いて……?
「そうそう。お前の息子達だが、今は傷心中だ。どうやら悪夢に魘されているらしい」
「なにっ!?」
勢いよくターニャに目を向けると、彼女は重く頷いた。
「昨日ローレン様がいらっしゃった際、カーディアス様とユリウス様が応対されたのですが、ローレン様がご自身を旦那様の婚約者だとおっしゃいまして……」
「最初はお二人は信じていなかったのですが、旦那様と親しくないと知らないお話を次々と披露されたものですから婚約は事実だと理解されたようで、あまりのショックに寝込んでしまわれました……」
ターニャの隣で一人の侍女が涙を浮かべて「おいたわしい……」と嘆けば、他の侍女達もすすり泣く。……どういうこと? とりあえず、あることないこと言ったジェイスを殴ればいいのかな?
「ジェイス、俺をお前と婚約者でもないし親しい間柄でも何でもないだろうが! 初対面すら覚えていないし、アカデミー時代も特に接触したことはなかったと記憶しているんだが?」
「俺は覚えてるぞ。お前の天使のようだった子ども時代に、丸まるとしたラディスのような愛らしさのあったアカデミー時代。それから先日のパーティでの、涙目で赤面したエロい顔――」
「最後のは忘れろ!」
というかコイツ、なんだか怖いぞ! ストーカーのような執念を感じる……。関わっちゃいけないタイプだ……。
「レイラ様。レイラ様があの方を候補者から真っ先に外した理由、分かったかもしれません……」
デリスが引くほどって、かなりヤバいと思う。
「そもそもだ。お前、なんでここに来たんだ。本当に押しかけてきたわけじゃないんだろ」
「俺としては本当に追いかける気満々だったんだけどな。家門ってのは面倒だ。理由が無いと王都を離れられないんだからな」
「で? その正当な理由ってのは?」
「お前のとこのお姉様に頼まれたお使いだ」
「フィリア姉上? 今朝俺を呼び出して会ったのに?」
あの人くらいだろ、ローレン家の御子息をお使いに選ぶなんて。フィリア姉上だけは絶対に敵に回さないようにしないと。
「ほら、これ。お前に渡してくれってさ」
「えーっと…………はぁ⁉」
「レイラ様!? どうされました!?」
金箔が張られていてやたら豪華な紙を握りしめて震える俺の肩を、ニマニマしたジェイスがポンと叩いた。
「ってことで、これからよろしくな? 奥さん?」
「~~っ、まだ奥さんじゃない!!」
思わず放り投げた紙には「婚約者はジェイス・ローレンに決めました。反論は認めません。」ということが書かれていた。つまり俺は、またしてもフィリア姉上に弄ばれたってことだ……。
※30話のあとがきで修正前にネタバレ踏んでしまった方にお詫びします……!先走りました!
レイラのお相手は、デリス、ジェイス、カーディアス、ユリウスの四人です。多いですね……
一応ですが、レイラ総受けです。
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