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前編

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「おー、お帰り。俺の奥さん」

絶句。
やっと帰ってこれた俺の家。安息の地。そこからまるで主のように出てきたのは、先ほどまで話題に上がっていた男。ジェイス・ローレンだった。

「ジェイス・ローレン様……。どうして屋敷にいらっしゃるのですか?」
「フィリアお嬢様から聞かなかったのか? 婚約者候補の話」
「それは今朝聞いた! だが、お前がここに来るとは聞いていない!」

思わず指を突き付けてしまったが、許して欲しい。本当になんでこの男がここにいるんだ!?

「まぁまぁ、そんなに怒るなって。ほら、この前言っただろ。お前の屋敷に行きたいってさ」
「こんなにすぐだとは思ってないし、そもそも招待してないだろ! 未来の騎士団長様ともあろうお方が押しかけてくるなよ!」
「いやいや! 俺はお前を追いかけたつもりだったんだ。すぐに帰ったと思ってな。無作法だとは思ったが、この辺りには宿屋もないだろ? だからさ、屋敷で待たせてもらったぜ」
「~~っ、はぁ……」

あっけらかんと笑って屋敷に泊まったことを告白してきたジェイスに、もはや何も言えなかった。言いたい文句は山ほどあるが、ほぼ初対面にも関わらずここまで遠慮の欠片もないジェイスに乗せられて、ヒートアップしてはいけない。深呼吸して、何とか気持ちを落ち着かせた。優しく背中を撫でてくれるデリスだけが俺の癒し……って、そういえば俺の可愛い息子達はどうした?

「ターニャ。カーディとユリウスはどうしたんだ?」

俺が馬車から降りてからずっと申し訳なさそうに頭を下げていたターニャに声をかけた。他の使用人達もなんだか落ち込んでいるように見えたけど、ジェイスについては咎めるつもりはない。流石に一介の使用人がローレン家の御子息を追い出すことはできないことくらい分かる。買ってきた土産が役に立つと良いんだけどな……。
だが俺は、彼女達がどんよりとした空気を漂わせている理由を誤解していた。

「あの、その前に旦那様……。ジェイス・ローレン様とご婚約されるというのは、本当なのですか?」
「……まだ決まったわけじゃないが、本家から話があったことは事実だ。一応言っておくが、俺はまだ婚約するつもりはない。カーディとユリウスが学園に通うまでなら、本家にもなんとか言い訳できるだろうからな。それに俺はお前を選んだわけじゃないぞ、ジェイス。フィリア姉上から紹介された候補は他にもいる」
「それも知ってるさ。そのうえで、お前は俺を婚約者に選ぶってこともな」
「……? どういう意味だ」

ふと、ターニャ達の表情が気になった。俺がまだ婚約するつもりがないって断言したにも関わらず、その表情は浮かない。それに、俺がカーディアス達のことを聞いたのに、婚約話の方を優先して俺に聞いてきたのも不自然だ。なにが起きてるんだ?

「お前も分かってるんだろ? 他の候補者ではお前の息子達が学園に入学するまで待ってくれない。侯爵家という家柄にふさわしい上位貴族ばかりだからな」
「それは貴方も同じではないですか。ローレン家は王家からの信頼も厚く、この国の中枢を担う存在。跡継ぎを急がれるのは、貴方もでしょう」
「そうでもない。俺には兄弟がいるからな。俺自身は跡継ぎとかに興味はないんだ。周りが勝手に言ってるだけさ。相手がお前であれば、周囲も納得するだろう。それに騎士団という職場は独身者が多い。既婚者でも子どもがいない奴もいる。表面上、この国は平和だとはいえ、王族や国民を守るために命を落とすことも考えられる。だから覚悟ができるまでは、貴族の嫡男であってもそういったことを見逃してもらえやすい」
「だからお前と婚約すれば、カーディとユリウスのことは問題ないと?」
「そうだ」

俺が優先したいのは、カーディアスがちゃんと正しい人生を歩んでくれる土台を作ることだ。ユリウスはカーディアスと俺を断罪する側だから、子ども時代の悪夢が無くなった今、彼が心に傷を作る要因は存在しないため、これから先も大丈夫だろう。それでも、本編が始まる学園に通うまではあの子達に何が起きるかは分からない。本来のレイラとカーディアス、それとユリウス達攻略対象者が辿り着く本当の未来。それを知る俺だけがあの子達を守ることができるのだから、俺があの子達の重荷になってはいけないのだ。
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