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前編

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王都にある三ツ星ホテル並みの豪華な宿の一室で、俺は昨日に引き続き着せ替え人形にされていた。昨日あんなプロポーズみたいなことをしてきた割にはいつも通りなデリスに、いくつもの服を着せられること早二時間。朝早くから行われている二人きりのファッションショーは、ようやく終わりを迎える……いや、もう終わってほしいんだが。

「デリス、俺そろそろ限界。疲れた……」
「仕方ありませんね。では朝食を運ばせます」
「うん。……あ、お茶はデリスが入れて」
「ふふ。かしこまりました」

どことなく嬉しそうにしながら部屋を出ていくデリスの背中を見ながら、おれはふかふかベッドに倒れ込んだ。

「はぁ……」

ため息がこぼれる。あれだけ気にしていたのに、いざ顔を合わせれば態度も何もかも変わらないって……拍子抜けしちゃった。こっちは色んなことをグルグルと考えて寝不足だってのにさ。

あんなに真剣な顔をしたデリスは久々に見たな……近くで見たことがあんまりないからびっくりしたけど、本当に綺麗な顔だなアイツ。しかも良い声――おっと、思い出してぞわぞわしてきた。耳は弱いって知ったから、今度からは死守しないと。

『レイラ様を抱きたい』

「うわぁぁぁぁぁぁ……」

言ったそばから思い出すなよ俺!抱きたいって言われてキュンキュンするなよ俺‼

「何してるんですか、レイラ様」
「うわぁっ‼」

仰向けからうつ伏せになって、枕を抱えながらうぞうぞと動いてたら、いつの間にか戻ってきてたデリスに見られた。奇妙なものを見るような目に、羞恥心がこみあげてきて顔が熱くなる。

「眠そうだとは思ってましたが、二度寝しないでくださいね。今日は私とデートなんですから」
「うぐ……昨日のことでもう頭いっぱいなんだが」
「あれは前菜です。今日がメインですよ」
「うぅ……お手柔らかに」
「申し訳ございませんが、遠慮する気はありません」
「ひぇ……」

にっこりと微笑まれて言われても、俺の心臓は今日一日持ちそうにない。普通のことでもドキッとして大変なことになりそう。正直言って無理。思春期迎えたての少年みたいだけど、色々と不意打ち過ぎて心の整理がつきません。

「せっかくレイラ様が私のことを意識してくださっているのですから、私も本気で落としにいかせていただきます」
「遠慮しなさすぎだろ」
「パトリック公爵様には、昨日私の気持ちをお伝えさせていただきましたので」
「え、なにそれ⁉」

父上に話した⁉あれ、でも結婚の話したのって、退出した後だぞ?

「レイラ様の婚姻について何かしらフィリアお嬢様からお話があることは分かっていました。ですので不躾ながら、公爵様に私を売り込みにいかせていただきました」
「えぇ……?」

なにその行動力……自分から売り込みに行く婿なんて初めて聞いたわ。

「本来使用人が主人に懸想するなど、分不相応です。加えてその思いを告白するなど、どう処罰されても文句は言えません」
「ならなんで、それをわざわざ父上に言ったんだ。そういうことはお前が一番分かってるだろ」

俺だけに告白したなら、俺はそれを理由にデリスを処罰しないってことくらい分かっていたはずなのに……。

「それくらい本気だってことです。公爵様も、良い顔はされませんでしたが……考えておくと言っていただけました。処罰を言い渡されなくてほっとしましたよ」
「デリスは俺の執事だ。いくら父親でも、他の家の使用人を主人である俺の許可無しに処罰はできない。それも見越した上で言ったんだろ」
「ふふ……レイラ様はお見通しですね」
「これくらい簡単だ。しかし、考えておくって……いったい何をする気なんだか」
「それは今後のお楽しみですね。私としては、一笑に付されなかっただけよかったです」

結局、その後は豪華すぎる朝ごはんを食べたり、またしても別の服を着させられたりしてそのことで話すことはなかった。俺は相変わらず緊張はしていたけど、俺を落とすと言いながらもいつもと変わらない態度で接してくれるデリスにホッとしていた。とりあえずは、デリスがこの「デート」を楽しめるようにと、俺もいつも通りに振舞うことにした。
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