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前編

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「これはこれは、ダール伯爵。よくぞお越しくださいました」
「……は」
「……レ、レイラ?」
「アークナー様、お久しぶりでございます。お会いするのはアークナー様がアカデミーをご卒業されて以来になりますね」
「ほ、本当にレイラなのか?」

顎の先に指先をそえて、軽く首を傾げる。そうすれば、面白いくらいに目の前のよく似た顔をした親子は、揃って頬どころか顔を赤く染めた。ちょろすぎだな。
ダール伯爵は俺と顔を合わせるのは初めてだから大丈夫だが、息子のアークナーはアカデミーの先輩だった。しかもこれ見よがしに陰口を叩くタイプの。数年前の俺を知っているだけに、まだ半信半疑のようだ。

「アークナー様。確かに、あの頃の私とは似ても似つかないので疑われるお気持ちは分かりますが……私は正真正銘このパトリー侯爵家の当主のレイラ・パトリーですよ」
「侯爵……!?」
「えぇ。本家のパトリック家は公爵。姉が次期当主とはいえ、私も公爵家の息子だったわけですから。分家となった私には侯爵の地位を王室からいただけたのです」

にこっと笑って、ダール親子に圧をかける。こっちはお前たちよりも地位が高いのだと。

いくらアカデミーにいた頃は公爵の息子とて後輩として扱えた時とは違う今、流石に立場の違いを弁えてもらわないと困るのだ。いつまでも舐められていては恰好がつかない。

「こ、これは失礼した。しかし、公爵様が何故このような辺境に?」
「元々この屋敷はパトリック家の別荘だったのです。私は社交界が苦手でしたし、ここは静かで気に入りましたので、この屋敷をいただいたのですよ」
「そうでしたか。それにしても、交流会にお出にならないのはもったいないほどのお美しさですな。王都の令嬢方が毎夜泣いておられるのでは?」
「まさか!王都にいらっしゃる方々は、私のこの姿を知る者はおりません。アークナー様だけが、以前の私と今の私の両方を知る方になります。ですから余計に驚いたことでしょう。私もまさかこのような場所で再会するとは思いもしなかったものですから驚きましたが」
「ほうほう!息子とはアカデミーで顔見知りだとお聞きしましたが、もし積もる話がありましたら私は席を外しましょう。例の子にも顔合わせをさせていただきたいですし……」
「いえ。大丈夫です。それに、あの子にも会わせるつもりはございません」

笑みを深くして言葉を返してやると、伯爵の表情が固まった。アークナーに関しては顔色が悪い。彼は何となく察しているのだろう。かつて馬鹿にしたつけを払う時が来たと。

「は……な、何をおっしゃるのですか!?あの精霊の子は我がダール伯爵家が引き取ることになっております!孤児院とも既に話がついていることなのですよ!!」

想像もしていなかっただろう展開に、大粒の汗をかき始める伯爵。申し訳ないが、それが演技だと分かっている俺からすれば滑稽以外の何物でもない。

「貴方が欲しいのは、精霊の王の寵愛を受けたあの子の力でしょう。水の精霊の王に愛されると、富を栄えさせるだけの運も手に入れる。だからあの子が欲しい。あの子の幸せではなく、自分たちの家を富ませるために」
「う……それは当たり前のことでしょう。貴族は自分の家門を栄えさせてなんぼです。富を得て何が悪いのです。貴方もそれが狙いだからこそ、あの子を手に入れたいのではないですか!?」
「違います。私はあの子に幸せになってほしいから引き取りたいのです。それに、あなた方は私利私欲のために精霊王の愛し子を適当に扱えばどうなるか知らないのでしょう?」

田舎とはいえ、ただの精霊のために祭りが行われるような世界だ。もちろん、精霊に対する畏怖は根付いている。どれだけ信仰とは無縁だとしてもだ。

しかし富を貪りすぎると、その本能的な畏怖さえも忘れてしまうらしい。目の前の私利私欲にまみれた典型的な貴族の親子は、本気で分からないらしい。思わずため息が漏れた。

「精霊と契約した人間の感情は、契約した精霊にも伝わります。どれだけ離れていても。契約者が呼べばすぐに馳せ参じるために、精霊と人間は契約で繋がるからです。これが普通の精霊であれば、そこまでの力はないでしょうが、精霊王ともなれば天災級の異常気象を起こすことが可能です」
「何をおっしゃりたいのか、よくわかりませんが……」
「これは警告ですよ。あなた方は、ユリウスを幸せにはできない。むしろ傷つけるでしょう。そして、愛し子を傷つけられたことに憤った水の精霊王の怒りによって、家門は潰れる。それだけならまだしも、王都には天災級の干害が襲うことになります」
「何を根拠にそのようなことをおっしゃるのか!!我が家門が潰れる?それこそありえませんな!」

確かに、既に国随一とも言われるダール伯爵家の財産は計り知れない。家門が少年一人のせいで潰れるなど、確かに世迷言だ。だが、何も根拠もなしに話しているわけではない。

「仮に、ユリウスに危害を加えないとしても、ダール伯爵家は失脚しますよ。ねぇ?アークナー様?」
「なに……アークナー、どういうことだ」
「…………」

ずっと黙っていたアークナーは、父親の詰問にも答えない。今更、過去の自分がしていたことを後悔したところで遅いというのに。

「デリス」
「はい」

奥の方に控えさせていたデリスを呼び、持たせていた紙の束から一枚抜き取って伯爵に手渡す。怪訝な顔をしながらも嫌な予感はしているのか、伯爵は恐る恐る受け取った。

「これは?」
「ご子息の不祥事の資料です。一枚一枚に一件ずつ纏めました。約200件ほどございます。もちろん、証拠付きで」
「不祥事だと……?」
「伯爵。私はダール家が裏で何をしていようが関心はありません。パトリック家もですが、他の家門が黙っている以上は告発することも考えておりません。何故なら、あなた方は非常に見事に手を汚しているからです。何一つ証拠も残さず、綺麗なものですね。ですがご子息にその才能はなかったようだ」

ダール伯爵家が裏で行っている悪行の数々を知らなかったわけではない。それは俺だけじゃなく、貴族なら誰もが知っている暗黙の了解というやつだった。証拠を残さない、綺麗な仕事具合だったから、これまで見て見ぬふりをしてきた。

しかし、そのダール家の次期当主になるアークナーには、そのプロ意識はなかったようだ。ちょっと調べれば証拠がザクザク。ダール家の風上にもおけないようなずさんな後始末をした悪事の数々。片手間に調べただけでそれなりの数が集まってしまった。

過去に俺を馬鹿にした奴らの弱点を握ってやったらスカッとするかなって思って、執務の間にやっていたストレス発散のブラックリストがこんなとこで役に立つとは。





※新作を投稿しました。これまでとは雰囲気が違う作品です。
タイトルは「異世界で愛に溺れる」です。一読いただけると嬉しいです!
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