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前編
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「特に異常はありませぬ。しかし身体が冷えてしまっておりますので、風邪予防に今夜は温かくして過ごされてくだされ」
「あぁ、わかった。ありがとう」
「んむ。お大事に」
目が見えているのかいないのか分からないおじいちゃん先生は、草臥れた診療カバンを持って覚束ない足取りで帰っていった。俺よりもおじいちゃんの方が心配だ。
「レイラさん……」
「カーディ、すまない。祭り、楽しみにしてたのに」
「そんなのっ!そんなことはいいんです!!レイラさんが死んじゃうのに比べたら……」
「俺は大丈夫だから。先生も言ってただろ?ほら、もう泣くな」
「泣きたいのは私も同じなのですがレイラ様」
「うっ……」
デリスの視線が痛い。お怒りのデリスは怖いんだよ。
「貴方はこの家の主人です。いくら子どもを助けるためとはいえ、考え無しに行動するなんてあってはならないことです。それ以前に、カーディアス様からまた父親を奪うおつもりですか」
「あ…………」
カーディアスは両親を事故で無くしている。目の前で亡くなったわけではないが、当たり前に帰ってくるはずだった大切な人が帰ってこない恐ろしさを身をもって知っているんだ。それなのに俺は、より残酷なことをしてしまった。ある意味自殺行為のようなことをしてしまったんだから、カーディアスがこんなに取り乱すのも納得がいく。
「本当に、ごめんな。カーディ」
「僕は、もう二度と大切な人を失いたくありません……!」
「うん……うん」
「貴方はパトリー家の主です。けれど、レイラ様は私にとって何よりも大切な存在なんですよ。なかなか戻ってこない貴方を待つ間、カーディアスを止めながら誰よりも貴方を追いかけて飛び込みたいとどれほど思ったか……」
デリスは手に嵌めた白い手袋を音が鳴るほどぎゅっと握りしめた。歯も噛みしめているようで、いつも微笑みを浮かべている彼とはまったく違う姿に、自分が無鉄砲にした行動がどれほど傷つけてしまったのかと胸が苦しくなった。
「ごめん……デリス」
「……次はないと思ってください」
「うん……」
俺が反省していることが伝わったのか、なんとか許してもらえた。そして、未だ鼻をすんすんと鳴らしながらしがみついてくるカーディアスを宥めながら、俺が湖に飛び込んでからのことを教えてもらった。
「え、それなら俺が飛び込んだ意味は…………」
「正直にお答えしますと、まったくございません」
結論。俺による必死の救出は意味がなかった。加えて「ただ私とカーディアス様を心配させただけです」とまで言われ、心にクリティカルヒット。泣いていいかな。俺にそんな資格はないか……。
「はぁ……まさか湖に住む水の精霊の王に呼ばれただけだったとはな。俺は完全に邪魔しに来た奴扱いだったし、ついでに引き上げてもらえただけありがたいと思うべきか……」
「神子はこの辺りの孤児院の子で、祭りの時期に神子として選ばれると貴族の養子に貰われやすくなる、いわゆる『お披露目』が儀式の裏で行われていたそうです。特に水の精霊に選ばれた神子を迎えると、その家も栄えると言われていることから、割りとこの伝承を知る貴族たちは『お披露目』に足を運ぶみたいです。しかし、水の精霊に選ばれて契約を結ぶだけでもなかなか無いことですのに、王ともなれば初めてのことらしく……」
「王としてはただ契約のために呼んだだけなのに、事故扱いされたってことか……。よく王が怒らなかったな。普通の精霊だけでも矜持が高いのに」
「それは……図らずしもレイラ様の行動がお気に召したようでした」
「俺の?意味のなかった飛び込みが?」
「私たちにとっては意味がなかった行動も、王にとっては感動するほどよかったそうですよ」
「ふむ……」
涙腺が弱いのかな、水の精霊の王は。
「神子の子は?」
「気を失ってはいましたが、無事ですよ。孤児院の方々が介抱していましたから、大丈夫でしょう。水の精霊の王の証が刻まれていましたので、『お披露目』に来ていた貴族たちもおいそれと簡単に手出しはできないはずです」
「精霊のお気に入りに手を出すと怖いもんな……」
「そういえば、あの場を去るときに後ろの方で神託がどうとか聞こえてきました。他にも何かあったのかもしれないので、明日また確認いたします」
「頼む」
神託……教会の連中でも来ていたのだろうか。アイツら、神の名のもとに色々と行動しすぎなんだよなぁ。
今日はそのまま寝ることにしたが、結局カーディアスはデリスが俺から離そうとしても離れなかったため一緒に寝ることにした。医者も温かくしろと言っていたし、カーディアスの子ども体温で温めてもらおう。でもせめて風呂には入れと言ったら一緒に入ってほしいと返された。水が怖くなってしまったのかもしれない……。不憫に思ってデリスに一緒に入ってもらった。俺、帰ってすぐに風呂に入ってけど、カーディアスは俺から離れなくて着替えてもいないし。少し怖い笑顔のデリスに引きずられていったカーディアスの恨みがましい目が忘れられない。ごめんな、俺のせいで……。
風呂場の方から悲鳴が聞こえてきて、俺は思わず合掌してしまった。デリス、だいたいのことは器用にできるのに、背中を洗うのだけは力加減ができなくてもはや拷問なんだよな。忘れてたわ。
その後戻ってきたカーディアスは俺にしがみついていたときとは違う意味でしおしおに泣いていて、ちょっと可哀想だったからぎゅっと抱きしめて額にキスしてやった。これ、俺が子どもの頃にデリスがしてくれた安眠のおまじない。怖い夢を見ないようにっていう魔除けらしい。
カーディアスの死んだようだった目が、キラキラな目に戻った。あまりにもじっと見てくるものだから、その視線を誤魔化すように頭を胸に抱えるように引き寄せて眠った。
「あぁ、わかった。ありがとう」
「んむ。お大事に」
目が見えているのかいないのか分からないおじいちゃん先生は、草臥れた診療カバンを持って覚束ない足取りで帰っていった。俺よりもおじいちゃんの方が心配だ。
「レイラさん……」
「カーディ、すまない。祭り、楽しみにしてたのに」
「そんなのっ!そんなことはいいんです!!レイラさんが死んじゃうのに比べたら……」
「俺は大丈夫だから。先生も言ってただろ?ほら、もう泣くな」
「泣きたいのは私も同じなのですがレイラ様」
「うっ……」
デリスの視線が痛い。お怒りのデリスは怖いんだよ。
「貴方はこの家の主人です。いくら子どもを助けるためとはいえ、考え無しに行動するなんてあってはならないことです。それ以前に、カーディアス様からまた父親を奪うおつもりですか」
「あ…………」
カーディアスは両親を事故で無くしている。目の前で亡くなったわけではないが、当たり前に帰ってくるはずだった大切な人が帰ってこない恐ろしさを身をもって知っているんだ。それなのに俺は、より残酷なことをしてしまった。ある意味自殺行為のようなことをしてしまったんだから、カーディアスがこんなに取り乱すのも納得がいく。
「本当に、ごめんな。カーディ」
「僕は、もう二度と大切な人を失いたくありません……!」
「うん……うん」
「貴方はパトリー家の主です。けれど、レイラ様は私にとって何よりも大切な存在なんですよ。なかなか戻ってこない貴方を待つ間、カーディアスを止めながら誰よりも貴方を追いかけて飛び込みたいとどれほど思ったか……」
デリスは手に嵌めた白い手袋を音が鳴るほどぎゅっと握りしめた。歯も噛みしめているようで、いつも微笑みを浮かべている彼とはまったく違う姿に、自分が無鉄砲にした行動がどれほど傷つけてしまったのかと胸が苦しくなった。
「ごめん……デリス」
「……次はないと思ってください」
「うん……」
俺が反省していることが伝わったのか、なんとか許してもらえた。そして、未だ鼻をすんすんと鳴らしながらしがみついてくるカーディアスを宥めながら、俺が湖に飛び込んでからのことを教えてもらった。
「え、それなら俺が飛び込んだ意味は…………」
「正直にお答えしますと、まったくございません」
結論。俺による必死の救出は意味がなかった。加えて「ただ私とカーディアス様を心配させただけです」とまで言われ、心にクリティカルヒット。泣いていいかな。俺にそんな資格はないか……。
「はぁ……まさか湖に住む水の精霊の王に呼ばれただけだったとはな。俺は完全に邪魔しに来た奴扱いだったし、ついでに引き上げてもらえただけありがたいと思うべきか……」
「神子はこの辺りの孤児院の子で、祭りの時期に神子として選ばれると貴族の養子に貰われやすくなる、いわゆる『お披露目』が儀式の裏で行われていたそうです。特に水の精霊に選ばれた神子を迎えると、その家も栄えると言われていることから、割りとこの伝承を知る貴族たちは『お披露目』に足を運ぶみたいです。しかし、水の精霊に選ばれて契約を結ぶだけでもなかなか無いことですのに、王ともなれば初めてのことらしく……」
「王としてはただ契約のために呼んだだけなのに、事故扱いされたってことか……。よく王が怒らなかったな。普通の精霊だけでも矜持が高いのに」
「それは……図らずしもレイラ様の行動がお気に召したようでした」
「俺の?意味のなかった飛び込みが?」
「私たちにとっては意味がなかった行動も、王にとっては感動するほどよかったそうですよ」
「ふむ……」
涙腺が弱いのかな、水の精霊の王は。
「神子の子は?」
「気を失ってはいましたが、無事ですよ。孤児院の方々が介抱していましたから、大丈夫でしょう。水の精霊の王の証が刻まれていましたので、『お披露目』に来ていた貴族たちもおいそれと簡単に手出しはできないはずです」
「精霊のお気に入りに手を出すと怖いもんな……」
「そういえば、あの場を去るときに後ろの方で神託がどうとか聞こえてきました。他にも何かあったのかもしれないので、明日また確認いたします」
「頼む」
神託……教会の連中でも来ていたのだろうか。アイツら、神の名のもとに色々と行動しすぎなんだよなぁ。
今日はそのまま寝ることにしたが、結局カーディアスはデリスが俺から離そうとしても離れなかったため一緒に寝ることにした。医者も温かくしろと言っていたし、カーディアスの子ども体温で温めてもらおう。でもせめて風呂には入れと言ったら一緒に入ってほしいと返された。水が怖くなってしまったのかもしれない……。不憫に思ってデリスに一緒に入ってもらった。俺、帰ってすぐに風呂に入ってけど、カーディアスは俺から離れなくて着替えてもいないし。少し怖い笑顔のデリスに引きずられていったカーディアスの恨みがましい目が忘れられない。ごめんな、俺のせいで……。
風呂場の方から悲鳴が聞こえてきて、俺は思わず合掌してしまった。デリス、だいたいのことは器用にできるのに、背中を洗うのだけは力加減ができなくてもはや拷問なんだよな。忘れてたわ。
その後戻ってきたカーディアスは俺にしがみついていたときとは違う意味でしおしおに泣いていて、ちょっと可哀想だったからぎゅっと抱きしめて額にキスしてやった。これ、俺が子どもの頃にデリスがしてくれた安眠のおまじない。怖い夢を見ないようにっていう魔除けらしい。
カーディアスの死んだようだった目が、キラキラな目に戻った。あまりにもじっと見てくるものだから、その視線を誤魔化すように頭を胸に抱えるように引き寄せて眠った。
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