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前編
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夜の海は恐ろしい。よく海に遊びに行っていた俺は、夕方の海を見るのが一等好きだった。太陽が海をキラキラと輝かせるからだ。けれど、その太陽が沈んでしまえば、後には暗く底が見えない恐ろしい水の塊だけがそこに鎮座する。いくら月が眩しく綺麗な日でも、夜の海には行きたくなかった。それを今、思い出した。
夜の海と変わらないくらい暗くて冷たい湖の中。光の魔力で照らされた範囲はそこまで広くなく、光の先には闇しかない。何が突然現れるか分からない恐怖が襲ってくる。でも俺は、必死に辺りを見渡しながら下へ下へと進んでいく。
早く見つけないと手遅れになってしまう。いくら俺が水の魔力で空気の膜を張っているといってもそれも有限だ。しかしこれ以上進むと戻れなくなるかもしれない。そう心に焦りが滲んだ瞬間、光の魔力が何かに反射した。そこに向かって泳いでいくと、小さな身体が沈んでいくのが見えた。どんどんと引きずり込まれるように落ちていくその身体に向かって手を伸ばす。上に向かって伸ばされたままだった手を握り引き寄せる。
その子は驚いたことにまだ意識があった。どうやら俺と同じように水の魔力を操って僅かに空気の隙間を顔の周りに作っていたようだ。だがこの引きずられるような力に抗うことはできなかったのだろう。俺を視界に捉えたその子は、少し目を見開くと安心したのか意識を失ってしまった。俺はその子に空気の膜を張りなおす。少し空気の備蓄は減ってしまったが、この程度なら問題ない。俺は抱えなおしたその子を引き上げようと上に向かって水を蹴った。
その瞬間、何かが俺の足に絡みついた。ぐんっと身体がどんどん暗い底まで引きずりこまれていく。足を確認するがそこには何も見えず、でもズボンには何かがまとわりついている跡がついている。ゾッとした。本能的な恐怖が襲ってきて、操っている魔力が乱れる。空気の膜から泡がこぼれて上に登っていく。見上げた水面は既に見えなくて、俺は久々に死の感覚を思い出した。
レ……さ……レイ……ん!
「う…………」
「レイラさん!!」
「レイラ様!!」
「…………っ!!」
気が付いたら目の前にカーディアスとデリスがいた。あとたくさんの知らない人。
全員心配そうな顔で俺を見下ろしている。カーディアスとデリスは顔が真っ青だ。
「げほっ……え……?」
「よかった……よかったぁ…………」
「え、カーディ……ぐぇ」
胸と喉と鼻の奥が痛い。ついでに全身びしょ濡れだ。自分が濡れるにも関わらず泣きながら抱き着いてくるカーディアスを受け止めながら、デリスにこの状況を聞こうとしたが、デリスに軽く頬を叩かれて何も言えなくなった。叩かれたといっても、ぺちってくらいだけど。
「本当に……貴方って人は…………」
「えっと……」
「こんなに恐ろしい思いをしたのは初めてですよ……本当に、よかった」
衝動的にといったように頭を胸に抱きかかえられる。その胸から伝わる心音が不自然なリズムを刻んでいる。その音に、無性に安心感を抱いた。
「レイラさん……?」
身体が勝手に震える。カーディアスとデリスの体温が生きていることを実感させてくれる代わりに、さっき感じた『死』も思い出される。震える身体にデリスは自分の上着をかけてくれると、そのまま抱き上げた。正直立てる自信がなかったから、お姫様だっこがなんだと言う気力もない。
それにしても何がなんだか分からない。子どもを抱えて浮上しようとしたところで、足を何かに引っ張られて引きずり込まれたことは覚えている。その時の感覚を思い出して、ぶるりと悪寒が走った。ぎゅっと俺を支える腕に力が籠められる。
「屋敷に戻りましょう。儀式も行える状態ではありませんし」
「あの子は?」
「無事ですよ。どこまで覚えていますか?」
「あの子の手を掴んで、上がってこようとしたところまでかな……」
デリスは頷いて、屋敷に戻って落ち着いたら説明するとだけ言った。そのまま歩き出した後ろをカーディアスが泣きながらついてくるのを感じた。デリスも冷静な感じだけど、多分怒ってるから雰囲気が怖い。クール系イケメンは真顔だし、儚げ美青年(中身俺)はびしょ濡れだし、天使のような美少年は泣いてるし……これは、かなり目立つ。俺のせいだけど。
夜の海と変わらないくらい暗くて冷たい湖の中。光の魔力で照らされた範囲はそこまで広くなく、光の先には闇しかない。何が突然現れるか分からない恐怖が襲ってくる。でも俺は、必死に辺りを見渡しながら下へ下へと進んでいく。
早く見つけないと手遅れになってしまう。いくら俺が水の魔力で空気の膜を張っているといってもそれも有限だ。しかしこれ以上進むと戻れなくなるかもしれない。そう心に焦りが滲んだ瞬間、光の魔力が何かに反射した。そこに向かって泳いでいくと、小さな身体が沈んでいくのが見えた。どんどんと引きずり込まれるように落ちていくその身体に向かって手を伸ばす。上に向かって伸ばされたままだった手を握り引き寄せる。
その子は驚いたことにまだ意識があった。どうやら俺と同じように水の魔力を操って僅かに空気の隙間を顔の周りに作っていたようだ。だがこの引きずられるような力に抗うことはできなかったのだろう。俺を視界に捉えたその子は、少し目を見開くと安心したのか意識を失ってしまった。俺はその子に空気の膜を張りなおす。少し空気の備蓄は減ってしまったが、この程度なら問題ない。俺は抱えなおしたその子を引き上げようと上に向かって水を蹴った。
その瞬間、何かが俺の足に絡みついた。ぐんっと身体がどんどん暗い底まで引きずりこまれていく。足を確認するがそこには何も見えず、でもズボンには何かがまとわりついている跡がついている。ゾッとした。本能的な恐怖が襲ってきて、操っている魔力が乱れる。空気の膜から泡がこぼれて上に登っていく。見上げた水面は既に見えなくて、俺は久々に死の感覚を思い出した。
レ……さ……レイ……ん!
「う…………」
「レイラさん!!」
「レイラ様!!」
「…………っ!!」
気が付いたら目の前にカーディアスとデリスがいた。あとたくさんの知らない人。
全員心配そうな顔で俺を見下ろしている。カーディアスとデリスは顔が真っ青だ。
「げほっ……え……?」
「よかった……よかったぁ…………」
「え、カーディ……ぐぇ」
胸と喉と鼻の奥が痛い。ついでに全身びしょ濡れだ。自分が濡れるにも関わらず泣きながら抱き着いてくるカーディアスを受け止めながら、デリスにこの状況を聞こうとしたが、デリスに軽く頬を叩かれて何も言えなくなった。叩かれたといっても、ぺちってくらいだけど。
「本当に……貴方って人は…………」
「えっと……」
「こんなに恐ろしい思いをしたのは初めてですよ……本当に、よかった」
衝動的にといったように頭を胸に抱きかかえられる。その胸から伝わる心音が不自然なリズムを刻んでいる。その音に、無性に安心感を抱いた。
「レイラさん……?」
身体が勝手に震える。カーディアスとデリスの体温が生きていることを実感させてくれる代わりに、さっき感じた『死』も思い出される。震える身体にデリスは自分の上着をかけてくれると、そのまま抱き上げた。正直立てる自信がなかったから、お姫様だっこがなんだと言う気力もない。
それにしても何がなんだか分からない。子どもを抱えて浮上しようとしたところで、足を何かに引っ張られて引きずり込まれたことは覚えている。その時の感覚を思い出して、ぶるりと悪寒が走った。ぎゅっと俺を支える腕に力が籠められる。
「屋敷に戻りましょう。儀式も行える状態ではありませんし」
「あの子は?」
「無事ですよ。どこまで覚えていますか?」
「あの子の手を掴んで、上がってこようとしたところまでかな……」
デリスは頷いて、屋敷に戻って落ち着いたら説明するとだけ言った。そのまま歩き出した後ろをカーディアスが泣きながらついてくるのを感じた。デリスも冷静な感じだけど、多分怒ってるから雰囲気が怖い。クール系イケメンは真顔だし、儚げ美青年(中身俺)はびしょ濡れだし、天使のような美少年は泣いてるし……これは、かなり目立つ。俺のせいだけど。
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