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前編
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「夢じゃない……のか」
起こしに来たデリスに再度渡された手鏡で顔を見る。呟いた声は、思ったよりも喜びが滲んでいた。
「ようやく納得していただけましたか?」
「まだ実感がない」
「はぁ……。それでしたら、カーディアス様に聞いてみてはいかがです?」
「カーディに?」
「はい。カーディアス様のお言葉でしたら素直に聞いていただけますでしょうし」
ちくちく刺さるような棘が言葉の節々に生えている。確かにこんなイケメンが自分の顔を見て本当に自分の顔なのかって何度も訊いたら、そりゃ嫌になるよな。でもデリスもイケメンなんだけど。
「俺、昔から本当に自分の顔が嫌いだったんだよ。だから自分が綺麗な顔してるって言われるのに違和感があって。適当な令嬢との結婚が嫌だったってのもあるんだけど、あえて綺麗じゃなくなってやろうって思って太ったってのもあるんだよね」
「昔って、まだ小さかったころからですか?」
「そう。ちょうどお前と出会った頃くらいかな。これは俺の顔じゃないって思ってたんだよ」
カーディアスに会うまでは、単純に前世は違う世界で生きていたという事実だけを持って転生したことしか分かっていなかった俺。でもその前世での記憶は思い出されないながらも俺に影響を与えていた。
前世ではイケメンな上司に婚約者が一目ぼれ。一方的に婚約破棄されたことから結婚という言葉が地雷になり、自分の顔も嫌いになってしまった。そのことが影響して、今世でも結婚を逃避し、自分の顔が綺麗だという事実を認めることができず現実逃避していたんだと思う。自分の顔が綺麗とかナルシストかよと思うかもだけど、平々凡々な前世の顔と比べたらそう思うのも無理ないと思う。だって、悪役とはいえ二次元のイケメンって神の最高傑作ってくらいの美形じゃん。そう。なんか、めちゃくちゃ高度なコスプレをしてるような気分だったんだ。
「今やっとその呪縛から解放された。それにしても本当にめちゃくちゃ痩せたな、俺」
「ずっと悩まれてこられたのですね……レイラ様はもっと自信を持たれてもいいと思っていました。少なくとも、今のお姿はレイラ様の努力で形作られたのです。今夜の祭りで、もっと自信をつけることができると私は期待しておりますよ」
「自信って必要ある?ないよりはマシだろうけどさ」
「レイラ様はパトリック家分家の当主ですよ?自信がないとあっという間に食い尽くされます」
「あー……そうか」
ある意味実力社会だもんな、貴族の社交界は。
「では、もうこちらを着ましょう。その前にお顔を洗われますか?」
「そうしようかな。あ、仕事まだ途中だった……」
「目を通せばよいものだけを処理されてはいかがです」
「新品の服にインクが付くのは嫌だし、そうする。それにしても、ここに来て二年も経つのにどうしてあんなに書類が減らないのか…………」
机の上に積まれているであろう書類の山を思い出して頭を抱えたくなった。祭りに行くまでに半分は減らす予定だったが、二時間も寝てしまったために悲惨な事態になってしまった……。明日の俺、頑張れ…………。
「お手伝いしましょうか?」
「いい。お前にはお前の仕事があるだろ」
「実はそこまで仕事は抱えていないのです。この屋敷が使用人の左遷地と呼ばれていたことはご存知ですよね?」
「ああ。だから余計に誰も着いて来たがらなかったんだし」
「私もどれだけドジな使用人が集まっているのかと身構えたのですが、逆に優秀な方たちばかりでした。本邸よりも優秀人材が多いかもしれません。ターニャさんやザラドを見てお分かりだと思いますが」
「確かに、左遷されるほどの問題児集団には思えなかったな。じゃあ、どうして?」
「単純に仕事場が嫌だっただけのようです」
なんとなく言いたいことは分かったぞ。パトリック家の本邸は使用人たちにとっては戦場のような場所だとは聞いていた。上位貴族のパトリック家らしく執事長から調理場の見習いに至るまで高レベルだ。王城に紹介された使用人もいるらしい。給料はいいが、仕事も一流を求められる。それに使用人間でも複雑な人間関係があると耳にしたことがある。つまり、ここに飛ばされた使用人たちはそんな環境が嫌で、わざと使えない認定をされて体よく逃げ出してきたわけだ。
「ふむ。ゴミ捨て場が実は宝物庫だったわけだ」
「その例えはどうかと思いますが、おおむねそのような実態だったわけです。ですので現在、私の仕事はほとんどレイラ様の身の回りのお世話くらいしかございません。二年間この屋敷をパトリー家の本邸として機能させるためにターニャさんと共に仕事内容などを見直し、改善などの試行錯誤などを行ってきましたが、それもほぼほぼ目途がつきましたので」
「正直、手伝ってもらえるとかなり助かる……。なんか、俺がやらないといけないのかと思うような内容の書類もある気がするんだよなぁ」
「それは私も気になっておりました。私はパトリック家の本邸で何度か旦那様の仕事のお手伝いをさせていただいたことがあります。明日一緒に確認いたしましょう」
「あぁ。頼む」
話している間に顔を水で洗い、服を着た。デリスがどこからか引っ張ってきた等身の鏡には、シンプルながらも洗練されたデザインの服を着たレイラが映っている。これからはこれにも見慣れないとな……。
「髪は軽く後ろに流します。かき回さないようにお願いしますよ」
「はいはい」
デリスのOKがようやく出るころには、丁度いい時間になっていた。
一階に向かうと、既にカーディアスが扉の前で待っていた。よほど楽しみなのか、そわそわしているようにも見える。
「カーディ」
「あ、レイラさん!」
満面の笑みで駆け寄ってくるカーディアスの頭を軽く撫でる。どうやらデリスはカーディアスの服も新調したらしい。子どもらしく動きやすい服装だが、品のあるデザインでカーディアスに似合っている。
「レイラさん、今日はいつもよりかっこいいです!」
「服と髪型のお陰かな。デリスが何故か俺よりも気合が入っていてな」
「レイラ様はいつでもかっこいいですよ。今回は次回の予行練習だと思って張り切らせていただきました」
「次回……?あぁ、あれか」
「はい。あれです」
王都でのフルコーディネートのことだろう。通りで何種類も髪型を試されたわけだ。
俺たちの会話の内容が分からず首を傾げるカーディアスの背に手を添えて外に出るよう促す。
「さぁ、行こうか」
「ッはい!」
そういえば、精霊の湖ってどこかで聞いたことある気がしてたんだよなぁ。そんなことを歩きながら考えていたが、期待の籠った声に急かされて、そんな考えはどこかに消えてしまった。
※いつもう1人の息子出るんや!って思っていた皆さん。多分次回出ます。最後の方で。
起こしに来たデリスに再度渡された手鏡で顔を見る。呟いた声は、思ったよりも喜びが滲んでいた。
「ようやく納得していただけましたか?」
「まだ実感がない」
「はぁ……。それでしたら、カーディアス様に聞いてみてはいかがです?」
「カーディに?」
「はい。カーディアス様のお言葉でしたら素直に聞いていただけますでしょうし」
ちくちく刺さるような棘が言葉の節々に生えている。確かにこんなイケメンが自分の顔を見て本当に自分の顔なのかって何度も訊いたら、そりゃ嫌になるよな。でもデリスもイケメンなんだけど。
「俺、昔から本当に自分の顔が嫌いだったんだよ。だから自分が綺麗な顔してるって言われるのに違和感があって。適当な令嬢との結婚が嫌だったってのもあるんだけど、あえて綺麗じゃなくなってやろうって思って太ったってのもあるんだよね」
「昔って、まだ小さかったころからですか?」
「そう。ちょうどお前と出会った頃くらいかな。これは俺の顔じゃないって思ってたんだよ」
カーディアスに会うまでは、単純に前世は違う世界で生きていたという事実だけを持って転生したことしか分かっていなかった俺。でもその前世での記憶は思い出されないながらも俺に影響を与えていた。
前世ではイケメンな上司に婚約者が一目ぼれ。一方的に婚約破棄されたことから結婚という言葉が地雷になり、自分の顔も嫌いになってしまった。そのことが影響して、今世でも結婚を逃避し、自分の顔が綺麗だという事実を認めることができず現実逃避していたんだと思う。自分の顔が綺麗とかナルシストかよと思うかもだけど、平々凡々な前世の顔と比べたらそう思うのも無理ないと思う。だって、悪役とはいえ二次元のイケメンって神の最高傑作ってくらいの美形じゃん。そう。なんか、めちゃくちゃ高度なコスプレをしてるような気分だったんだ。
「今やっとその呪縛から解放された。それにしても本当にめちゃくちゃ痩せたな、俺」
「ずっと悩まれてこられたのですね……レイラ様はもっと自信を持たれてもいいと思っていました。少なくとも、今のお姿はレイラ様の努力で形作られたのです。今夜の祭りで、もっと自信をつけることができると私は期待しておりますよ」
「自信って必要ある?ないよりはマシだろうけどさ」
「レイラ様はパトリック家分家の当主ですよ?自信がないとあっという間に食い尽くされます」
「あー……そうか」
ある意味実力社会だもんな、貴族の社交界は。
「では、もうこちらを着ましょう。その前にお顔を洗われますか?」
「そうしようかな。あ、仕事まだ途中だった……」
「目を通せばよいものだけを処理されてはいかがです」
「新品の服にインクが付くのは嫌だし、そうする。それにしても、ここに来て二年も経つのにどうしてあんなに書類が減らないのか…………」
机の上に積まれているであろう書類の山を思い出して頭を抱えたくなった。祭りに行くまでに半分は減らす予定だったが、二時間も寝てしまったために悲惨な事態になってしまった……。明日の俺、頑張れ…………。
「お手伝いしましょうか?」
「いい。お前にはお前の仕事があるだろ」
「実はそこまで仕事は抱えていないのです。この屋敷が使用人の左遷地と呼ばれていたことはご存知ですよね?」
「ああ。だから余計に誰も着いて来たがらなかったんだし」
「私もどれだけドジな使用人が集まっているのかと身構えたのですが、逆に優秀な方たちばかりでした。本邸よりも優秀人材が多いかもしれません。ターニャさんやザラドを見てお分かりだと思いますが」
「確かに、左遷されるほどの問題児集団には思えなかったな。じゃあ、どうして?」
「単純に仕事場が嫌だっただけのようです」
なんとなく言いたいことは分かったぞ。パトリック家の本邸は使用人たちにとっては戦場のような場所だとは聞いていた。上位貴族のパトリック家らしく執事長から調理場の見習いに至るまで高レベルだ。王城に紹介された使用人もいるらしい。給料はいいが、仕事も一流を求められる。それに使用人間でも複雑な人間関係があると耳にしたことがある。つまり、ここに飛ばされた使用人たちはそんな環境が嫌で、わざと使えない認定をされて体よく逃げ出してきたわけだ。
「ふむ。ゴミ捨て場が実は宝物庫だったわけだ」
「その例えはどうかと思いますが、おおむねそのような実態だったわけです。ですので現在、私の仕事はほとんどレイラ様の身の回りのお世話くらいしかございません。二年間この屋敷をパトリー家の本邸として機能させるためにターニャさんと共に仕事内容などを見直し、改善などの試行錯誤などを行ってきましたが、それもほぼほぼ目途がつきましたので」
「正直、手伝ってもらえるとかなり助かる……。なんか、俺がやらないといけないのかと思うような内容の書類もある気がするんだよなぁ」
「それは私も気になっておりました。私はパトリック家の本邸で何度か旦那様の仕事のお手伝いをさせていただいたことがあります。明日一緒に確認いたしましょう」
「あぁ。頼む」
話している間に顔を水で洗い、服を着た。デリスがどこからか引っ張ってきた等身の鏡には、シンプルながらも洗練されたデザインの服を着たレイラが映っている。これからはこれにも見慣れないとな……。
「髪は軽く後ろに流します。かき回さないようにお願いしますよ」
「はいはい」
デリスのOKがようやく出るころには、丁度いい時間になっていた。
一階に向かうと、既にカーディアスが扉の前で待っていた。よほど楽しみなのか、そわそわしているようにも見える。
「カーディ」
「あ、レイラさん!」
満面の笑みで駆け寄ってくるカーディアスの頭を軽く撫でる。どうやらデリスはカーディアスの服も新調したらしい。子どもらしく動きやすい服装だが、品のあるデザインでカーディアスに似合っている。
「レイラさん、今日はいつもよりかっこいいです!」
「服と髪型のお陰かな。デリスが何故か俺よりも気合が入っていてな」
「レイラ様はいつでもかっこいいですよ。今回は次回の予行練習だと思って張り切らせていただきました」
「次回……?あぁ、あれか」
「はい。あれです」
王都でのフルコーディネートのことだろう。通りで何種類も髪型を試されたわけだ。
俺たちの会話の内容が分からず首を傾げるカーディアスの背に手を添えて外に出るよう促す。
「さぁ、行こうか」
「ッはい!」
そういえば、精霊の湖ってどこかで聞いたことある気がしてたんだよなぁ。そんなことを歩きながら考えていたが、期待の籠った声に急かされて、そんな考えはどこかに消えてしまった。
※いつもう1人の息子出るんや!って思っていた皆さん。多分次回出ます。最後の方で。
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