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前編
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パトリック家の別荘改め、パトリー家の本邸となった屋敷に腰を据えてから、一年が経った。
この一年はそれはもう忙しかった。パトリック家から送られてくるパトリー家創設のためのあれやこれやの書類の多さよ・・・・・・。ビレッド地区は揉め事の一つもない、のどかという言葉が似合うド田舎だったのだが、その田舎ライフを楽しむ余裕もない。
「はぁ・・・・・・」
また一枚、目を通した書類にサインをする。一年前は招かれたパーティを断る手紙でしか書いたことのないサインだが、腱鞘炎になりそうなほど書いて、もはや手が勝手に動くレベルだ。ハンコを認めてくれたらめちゃくちゃ楽なのにな。悪用される危険があるからって貴族は正式な署名ではハンコは禁止されているせいで、俺は手の縁がインクで汚れるほど書く羽目になっている。はぁ・・・・・・コピペしてぇ。
「――――失礼いたします。レイラ様、お疲れ様です。そろそろ休憩にしましょう」
「うん」
サイン地獄から一時的とはいえ解放されることの嬉しさに、思わず子どものような返事をしてしまった。少し耳が熱い。デリスの前でこんなことをすれば、揶揄われるのは目に見えている。もうすでに恥ずかしいのだから勘弁してほしい。
「うんって・・・・・・貴族のいい大人がする返事ではありませんね。単純作業ばかりしすぎて子ども返りしてしまったのですか?」
「お前はすぐそうやって俺を揶揄う……一応俺はこの家の当主なんだけど?」
「幼馴染ではありませんか。もちろん、お望みでしたら主従という立場に戻りますが」
にっこり笑うデリス。俺がそれを望まないと分かっていてそう言うのだから質が悪い。返事をするのも億劫で、ため息一つで答えてやった。
書類がまだ山ほど積まれた机から離れ、おやつが用意されたテーブルに移動する。デリスが持ってきたのは赤い色が特徴の紅茶と数枚のクッキー。なんとこれ、俺のダイエットのためにデリスがどこからか調達してくる脂肪燃焼効果があるという紅茶と、全粒粉を使ったクッキーという俺専用おやつなのだ。
どちらも独特な味のために受け入れられない人は多いらしい。けど俺は前世でどちらも口にしたことがあるから、むしろ懐かしい気分になる。もし拒否されたら無理やりにでも口にねじ込むつもりだったと後からデリスに暴露され、ゾッとしたことは記憶に新しい。しかも何故か照れたように話したことが解せない。別にデリスの手作りだから食べてるわけじゃないんだけど、よほど嬉しかったのかこれだけは譲らないのだ。
「ん、今日は少し焼きすぎじゃないか?」
「よく噛むとよいと聞いたので。満腹中枢が満たされる?とかなんとか」
「ほんとどこで拾ってくるんだよ、そんな情報……」
「この一年でそれなりに見られるようになられましたが、まだまだですからね」
「その言いぐさはあまりにも酷くない!?クビにするぞ!!」
「私以上に貴方のことを理解している者などいませんのに。出来ないことは言わない方が賢明ですよ」
しれっと言ってくるその涼しい顔を殴りたくて仕方がない。が、体術でも負けている俺は睨みつけることしか手が残されていない。仕方がないからカリカリに焼かれたクッキーをガリガリとかみ砕くことでイラつきを治める。
俺ってなんて優しい主人なんでしょう。いってッ!舌噛んだ……。
この一年はそれはもう忙しかった。パトリック家から送られてくるパトリー家創設のためのあれやこれやの書類の多さよ・・・・・・。ビレッド地区は揉め事の一つもない、のどかという言葉が似合うド田舎だったのだが、その田舎ライフを楽しむ余裕もない。
「はぁ・・・・・・」
また一枚、目を通した書類にサインをする。一年前は招かれたパーティを断る手紙でしか書いたことのないサインだが、腱鞘炎になりそうなほど書いて、もはや手が勝手に動くレベルだ。ハンコを認めてくれたらめちゃくちゃ楽なのにな。悪用される危険があるからって貴族は正式な署名ではハンコは禁止されているせいで、俺は手の縁がインクで汚れるほど書く羽目になっている。はぁ・・・・・・コピペしてぇ。
「――――失礼いたします。レイラ様、お疲れ様です。そろそろ休憩にしましょう」
「うん」
サイン地獄から一時的とはいえ解放されることの嬉しさに、思わず子どものような返事をしてしまった。少し耳が熱い。デリスの前でこんなことをすれば、揶揄われるのは目に見えている。もうすでに恥ずかしいのだから勘弁してほしい。
「うんって・・・・・・貴族のいい大人がする返事ではありませんね。単純作業ばかりしすぎて子ども返りしてしまったのですか?」
「お前はすぐそうやって俺を揶揄う……一応俺はこの家の当主なんだけど?」
「幼馴染ではありませんか。もちろん、お望みでしたら主従という立場に戻りますが」
にっこり笑うデリス。俺がそれを望まないと分かっていてそう言うのだから質が悪い。返事をするのも億劫で、ため息一つで答えてやった。
書類がまだ山ほど積まれた机から離れ、おやつが用意されたテーブルに移動する。デリスが持ってきたのは赤い色が特徴の紅茶と数枚のクッキー。なんとこれ、俺のダイエットのためにデリスがどこからか調達してくる脂肪燃焼効果があるという紅茶と、全粒粉を使ったクッキーという俺専用おやつなのだ。
どちらも独特な味のために受け入れられない人は多いらしい。けど俺は前世でどちらも口にしたことがあるから、むしろ懐かしい気分になる。もし拒否されたら無理やりにでも口にねじ込むつもりだったと後からデリスに暴露され、ゾッとしたことは記憶に新しい。しかも何故か照れたように話したことが解せない。別にデリスの手作りだから食べてるわけじゃないんだけど、よほど嬉しかったのかこれだけは譲らないのだ。
「ん、今日は少し焼きすぎじゃないか?」
「よく噛むとよいと聞いたので。満腹中枢が満たされる?とかなんとか」
「ほんとどこで拾ってくるんだよ、そんな情報……」
「この一年でそれなりに見られるようになられましたが、まだまだですからね」
「その言いぐさはあまりにも酷くない!?クビにするぞ!!」
「私以上に貴方のことを理解している者などいませんのに。出来ないことは言わない方が賢明ですよ」
しれっと言ってくるその涼しい顔を殴りたくて仕方がない。が、体術でも負けている俺は睨みつけることしか手が残されていない。仕方がないからカリカリに焼かれたクッキーをガリガリとかみ砕くことでイラつきを治める。
俺ってなんて優しい主人なんでしょう。いってッ!舌噛んだ……。
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