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前編
プロローグ
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「レイラ。貴方、今日からこの子の面倒を見なさい。これは決定事項よ」
「・・・・・・は?」
久しぶりに会った姉は、その冷たいほど美しい美貌を無表情から動かすことなく、突然そんな言葉と共に小さな子どもを俺の前に突き出してきた。
使用人に腕を掴まれたその子は、どこか心ここにあらずといった感じでされるがままだ。少し隈が目立つが、いい生活をしていたと分かるほどには小綺麗な見た目をしている。
「この子は?」
「親戚のライアー家の跡取りよ。先日当主と夫人が事故で亡くなられてね。けど、どこの親戚の家も引き取りたがらないのよ。当然といえば当然だけどね」
「でも、俺……私が面倒を見るということは、我がパトリック家の養子となったのですか?」
「いいえ。パトリック家ではなく貴方の養子よ」
「・・・・・・?どういうことですか」
ライアー家といえば、パトリック家の親戚の中でもそこそこの地位の貴族だったはず。まだ子どもとはいえ、その家の現当主ともいえる唯一の跡取りがパトリック家の養子ではなく、おれの養子?話がつかめないんだが・・・・・・。
困惑する俺に心底呆れたようなため息を吐きながら、姉は一枚の紙を差し出してきた。
「貴方は明日からパトリック家の一員ではなくなるのよ」
「え、絶縁ということですか・・・・・・!?私はそのような処罰を受けるようなことを何一つした記憶はございません!!」
俺の家は、この国でもなかなかの権力を持つ上流貴族だ。その家から叩き出されたんじゃ、貴族だけじゃなく平民からも下にみられる転落人生が待っているしかない。この快適なヒキニート生活から強制的におさらばさせられるはめになるだけじゃないんだ。しかも俺一人じゃなく、この子どもも連れてだと!?
急になんだってんだ!?俺は何もしてないぞ!!
「正確には、絶縁ではなくて降格処分のようなものよ。貴方はパトリック家の分家の主になるの。次期当主は出生順で私だから問題はないでしょう?それに、私たちも一応血が繋がった家族を身一つで追い出して野垂れ死にさせるほど、冷酷じゃないのよ。そんな外聞が悪いことするわけないでしょ」
いつも俺に対して言葉をオブラートに包むような真似はしない姉だが、今日はいつにもまして言葉の切れ味が鋭い。とりあえず、問答無用で追い出されるわけじゃなくて助かった・・・・・・。
「分家ですか・・・・・・。それ、私をパトリック家から追い出す体のいい理由ですよね。この子どもを押しつけるためですか?」
「よく分かっているじゃない。貴方、さっき何もしていないって言っていたわよね。むしろそれが問題なのよ。アカデミーを出たはいいものの、引きこもってばかりで仕事をしないし社交界にも顔を出さないしで、どれだけ私たちが恥をかいたと思っているの。婚約もしないで、いつまで独身でいるつもり?まぁ、だから貴方に養子の話が来たんだけれど。その体型じゃあ、婚約する令嬢が可哀想だし、ちょうどいい話でしょう?」
姉の尖った針のような視線が俺の飛び出た腹に向く。自分でもそろそろ健康に害が出そうでヤバいと思ってたんだけど、この方が嫌いな婚活パーティー染みたパーティーに出なくていいから都合がよかったんだよ。確かに毎朝鏡に映る自分の肥えた身体を見て幻滅してたけど、そんなに軽蔑することないじゃんか・・・・・・。
「それで、私はこの子とどこに行けと?」
「王都近くの別荘にしようと思っていたけど、やめたわ。あそこにしましょ。王都からもっとも離れた別荘。主に療養場所になっているド田舎のビレッド地区のあそこ。そうすれば貴方のその醜い外見も改善されるかもしれないし」
ビレッド地区。畑と牧場と湖しかない田舎も田舎。超ド田舎の使用人の左遷地にされてるとこじゃないか。自然豊かくらいしかアピールできるところがない場所だぞ。この姉は悪魔か。
「明日だけ荷物をまとめる時間をあげるわ。明後日の朝にはここを発ちなさい。この子の荷物は明日先に送っておくわ。それじゃ」
姉はチラッと子どもを見ると、そのまま華麗に踵を返して去って行った。突然話があると呼び出されてみれば、とんでもない話だったな。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
子どもは相変わらずぼうっとしている。一気に両親を失ったショックも癒えぬ間に、親戚連中にたらいまわしにされたんだろう。適当に引きとって遺産を食いつぶすようなプライドのない奴らがいなかったことが幸いだ。
「・・・・・・おい」
「・・・・・・・・・・・・」
「なぁ、おいって」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・はぁ」
「っ!?」
呼びかけても返事がないから、仕方なくその細い肩を掴む。急に触れられたからだろうか、子どもは驚いたようにバッと顔を上げてやっと俺を見た。ふむ、子どもながらに整った顔をしている。これは将来有望だな。というか、どこかで見たことあるような無いような・・・・・・?
「お前、名前は?」
「え、あ・・・・・・」
「俺はレイラ・パトリック。あ、明日からパトリックじゃなくなるんだけど。それで、お前の父親になる。母親は期待するなよ。何せこの見た目だからな。まだ独身だ」
「・・・・・・・・・・・・」
まだ独身というか、結婚したくなくてあえて独身でいるんだけどな。なのに、いきなり未婚の父って急展開すぎるだろ。俺、このモブみたいな見た目でこんな麗しいの連れて言ったら通報されるんじゃないか?引っ越し先でショタコンの変態親父なんてあだ名付けられたくないんだけど。今更言ったところで遅いのは分かってるけどさ。マジでダイエットしようかな・・・・・・。
「・・・・・・僕の父親は、父様だけ。母親も、母様だけ」
「・・・・・・・・・・・・それでもいいさ。でも俺は、お前の父親をする。お前が自分だけでライアー家を再興する力を手に入れたら、好きにしろ」
「・・・・・・うん」
その丸っこい頭を撫でると、グスッと鼻をすする音がした。柔らかい髪を撫でつけるようにして、顔を俯かせる。この子には時間が必要だ。ゆっくりと静かな時間が。それなら、ビレッド地区に行くのも悪くないかもしれない。
「それで、お前の名前は?」
「・・・・・・カーディアス」
「カーディアス?」
カーディアス・・・・・・。カーディアス!?
その名前を理解した瞬間、俺の脳内に閃光が走った。忘れていた蘇る記憶の数々。前世は違う世界の日本人だということしか覚えていなかった俺は、失われていた前世のほぼ全ての記憶を思い出した。元普通の会社員で婚約者に逃げられた可哀想な男。趣味はひっそりとやっていた乙女ゲーム。
そんな俺が来世生まれ変わったのは、嵌っていた異色乙女ゲームの悪役令息の父。そして、目の前にいるカーディアスはその息子の悪役令息であることまで、はっきりと思い出してしまった。
「だ、大丈夫、ですか?」
急な情報量の多さに思わずふらついた俺に心配そうに声をかけてくれるカーディアス。この子が、未来では主人公をいじめにいじめまくるとは思えない・・・・・・。それに、このままいけば俺もお家取り潰しで破滅だ。そうと決まれば話は早い。
「カーディアス。いや、カーディ」
「う、うん・・・・・・?」
「俺と一緒に楽しい田舎ライフを過ごそうな」
「・・・・・・は?」
久しぶりに会った姉は、その冷たいほど美しい美貌を無表情から動かすことなく、突然そんな言葉と共に小さな子どもを俺の前に突き出してきた。
使用人に腕を掴まれたその子は、どこか心ここにあらずといった感じでされるがままだ。少し隈が目立つが、いい生活をしていたと分かるほどには小綺麗な見た目をしている。
「この子は?」
「親戚のライアー家の跡取りよ。先日当主と夫人が事故で亡くなられてね。けど、どこの親戚の家も引き取りたがらないのよ。当然といえば当然だけどね」
「でも、俺……私が面倒を見るということは、我がパトリック家の養子となったのですか?」
「いいえ。パトリック家ではなく貴方の養子よ」
「・・・・・・?どういうことですか」
ライアー家といえば、パトリック家の親戚の中でもそこそこの地位の貴族だったはず。まだ子どもとはいえ、その家の現当主ともいえる唯一の跡取りがパトリック家の養子ではなく、おれの養子?話がつかめないんだが・・・・・・。
困惑する俺に心底呆れたようなため息を吐きながら、姉は一枚の紙を差し出してきた。
「貴方は明日からパトリック家の一員ではなくなるのよ」
「え、絶縁ということですか・・・・・・!?私はそのような処罰を受けるようなことを何一つした記憶はございません!!」
俺の家は、この国でもなかなかの権力を持つ上流貴族だ。その家から叩き出されたんじゃ、貴族だけじゃなく平民からも下にみられる転落人生が待っているしかない。この快適なヒキニート生活から強制的におさらばさせられるはめになるだけじゃないんだ。しかも俺一人じゃなく、この子どもも連れてだと!?
急になんだってんだ!?俺は何もしてないぞ!!
「正確には、絶縁ではなくて降格処分のようなものよ。貴方はパトリック家の分家の主になるの。次期当主は出生順で私だから問題はないでしょう?それに、私たちも一応血が繋がった家族を身一つで追い出して野垂れ死にさせるほど、冷酷じゃないのよ。そんな外聞が悪いことするわけないでしょ」
いつも俺に対して言葉をオブラートに包むような真似はしない姉だが、今日はいつにもまして言葉の切れ味が鋭い。とりあえず、問答無用で追い出されるわけじゃなくて助かった・・・・・・。
「分家ですか・・・・・・。それ、私をパトリック家から追い出す体のいい理由ですよね。この子どもを押しつけるためですか?」
「よく分かっているじゃない。貴方、さっき何もしていないって言っていたわよね。むしろそれが問題なのよ。アカデミーを出たはいいものの、引きこもってばかりで仕事をしないし社交界にも顔を出さないしで、どれだけ私たちが恥をかいたと思っているの。婚約もしないで、いつまで独身でいるつもり?まぁ、だから貴方に養子の話が来たんだけれど。その体型じゃあ、婚約する令嬢が可哀想だし、ちょうどいい話でしょう?」
姉の尖った針のような視線が俺の飛び出た腹に向く。自分でもそろそろ健康に害が出そうでヤバいと思ってたんだけど、この方が嫌いな婚活パーティー染みたパーティーに出なくていいから都合がよかったんだよ。確かに毎朝鏡に映る自分の肥えた身体を見て幻滅してたけど、そんなに軽蔑することないじゃんか・・・・・・。
「それで、私はこの子とどこに行けと?」
「王都近くの別荘にしようと思っていたけど、やめたわ。あそこにしましょ。王都からもっとも離れた別荘。主に療養場所になっているド田舎のビレッド地区のあそこ。そうすれば貴方のその醜い外見も改善されるかもしれないし」
ビレッド地区。畑と牧場と湖しかない田舎も田舎。超ド田舎の使用人の左遷地にされてるとこじゃないか。自然豊かくらいしかアピールできるところがない場所だぞ。この姉は悪魔か。
「明日だけ荷物をまとめる時間をあげるわ。明後日の朝にはここを発ちなさい。この子の荷物は明日先に送っておくわ。それじゃ」
姉はチラッと子どもを見ると、そのまま華麗に踵を返して去って行った。突然話があると呼び出されてみれば、とんでもない話だったな。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
子どもは相変わらずぼうっとしている。一気に両親を失ったショックも癒えぬ間に、親戚連中にたらいまわしにされたんだろう。適当に引きとって遺産を食いつぶすようなプライドのない奴らがいなかったことが幸いだ。
「・・・・・・おい」
「・・・・・・・・・・・・」
「なぁ、おいって」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・はぁ」
「っ!?」
呼びかけても返事がないから、仕方なくその細い肩を掴む。急に触れられたからだろうか、子どもは驚いたようにバッと顔を上げてやっと俺を見た。ふむ、子どもながらに整った顔をしている。これは将来有望だな。というか、どこかで見たことあるような無いような・・・・・・?
「お前、名前は?」
「え、あ・・・・・・」
「俺はレイラ・パトリック。あ、明日からパトリックじゃなくなるんだけど。それで、お前の父親になる。母親は期待するなよ。何せこの見た目だからな。まだ独身だ」
「・・・・・・・・・・・・」
まだ独身というか、結婚したくなくてあえて独身でいるんだけどな。なのに、いきなり未婚の父って急展開すぎるだろ。俺、このモブみたいな見た目でこんな麗しいの連れて言ったら通報されるんじゃないか?引っ越し先でショタコンの変態親父なんてあだ名付けられたくないんだけど。今更言ったところで遅いのは分かってるけどさ。マジでダイエットしようかな・・・・・・。
「・・・・・・僕の父親は、父様だけ。母親も、母様だけ」
「・・・・・・・・・・・・それでもいいさ。でも俺は、お前の父親をする。お前が自分だけでライアー家を再興する力を手に入れたら、好きにしろ」
「・・・・・・うん」
その丸っこい頭を撫でると、グスッと鼻をすする音がした。柔らかい髪を撫でつけるようにして、顔を俯かせる。この子には時間が必要だ。ゆっくりと静かな時間が。それなら、ビレッド地区に行くのも悪くないかもしれない。
「それで、お前の名前は?」
「・・・・・・カーディアス」
「カーディアス?」
カーディアス・・・・・・。カーディアス!?
その名前を理解した瞬間、俺の脳内に閃光が走った。忘れていた蘇る記憶の数々。前世は違う世界の日本人だということしか覚えていなかった俺は、失われていた前世のほぼ全ての記憶を思い出した。元普通の会社員で婚約者に逃げられた可哀想な男。趣味はひっそりとやっていた乙女ゲーム。
そんな俺が来世生まれ変わったのは、嵌っていた異色乙女ゲームの悪役令息の父。そして、目の前にいるカーディアスはその息子の悪役令息であることまで、はっきりと思い出してしまった。
「だ、大丈夫、ですか?」
急な情報量の多さに思わずふらついた俺に心配そうに声をかけてくれるカーディアス。この子が、未来では主人公をいじめにいじめまくるとは思えない・・・・・・。それに、このままいけば俺もお家取り潰しで破滅だ。そうと決まれば話は早い。
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