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ラスティア・ラ・モーリス。異世界に召喚されてから一か月引きこもっていた僕が、結婚を前提にお付き合いすることになった彼は、想像以上に影響力のある人物だったらしい。
そもそも、第一騎士団なんていかにもすごそうな組織の団長だという人物が影響力を持たないわけがない。それに加えてあのルックス。猫を被らせたら儚い系物腰柔らかな美形に変身する完璧人間。それはそれは人気がおありなのだろう。そうでなければ、僕の部屋の扉は一日中ノックされないし、扉のあらゆる隙間から呪いの手紙が放り込まれるなんてことが起きるはずがない。
この部屋全体に団長さんが結界を張っていったから物理的に攻撃されることがないのが幸いだ。結界がなければ、今頃扉は力づくで破壊されて、窓には大量に石が放り込まれたことだろう。手紙だけは紙だから無害判定されたのかもしれないけど、これはこれで追い詰める証拠にするので良しとしよう。しかし、この世界の文字を僕が読めないってことは考えなかったのだろうか。まぁ、読めるんだけど。
「何だ、それは」
「熱烈なラブレターです」
「ほう……ではそれは没収だな。人の婚約者にこんなものを渡す奴らに言ってやらなければ」
「何をです?」
「俺の物に手を出したらどうなるか」
「……僕は貴方の恋人になったのであって、所有物になったつもりはありませんが」
ニヤリと意地が悪いというには悪意しかない顔で嗤う団長さん。そもそもこれは団長さんが色んなところで思わせぶりな態度をとって遊んでいた代償なんじゃないのだろうか。その矛先を僕に向けないでほしいのだが。元凶は、この悪人だ。
「まったく……別に止めるつもりもないんですけど、どこまで言いふらしてきたんです」
「会う顔見知り全員に」
「……そこには国王陛下やアイツらも含まれますか?」
「もちろん」
やはり、この人を一人で野放しにしてはいけない。昨日の今日でどれだけ僕の敵を作ってきたのだろうか。
「安心しろ。俺が守ってやる」
そんな優しいことを言って、誰もが羨む美しい微笑みを向けながらも心の中ではこの状況を楽しんでいるはずだ。だって、誰が僕の敵か分からない状況で僕が頼れるのは恋人のこの人だけだから。お膳立てされた舞台に、僕は差し伸べられた手をとって登るしか道は残されていない。出来レースだ。逃げ道なんて、当にない。あったとしても逃げるわけがないのに。
「では僕は、勇者の仲間ではなく団長さんの恋人として国王陛下に紹介されるわけですか」
「婚約者としてだ。ただの恋人では『勇者様』方は理解できないだろうしな。モーリス家は公爵家だ。代々この国に貢献してきた家柄でもある。俺は長男ではないから陛下も反対する理由はない。あるとすれば、お前の職業やスキルだが……」
僕の顔を、言葉を止めてじっと見た団長さんは、失礼なことに鼻で笑ってくれた。「どうせ大したことは無いだろう」的なことを考えたんだろう。本当に失礼な。
「僕だって期待してませんし。むしろどうでもいい職業であってほしいんですけど」
「いざとなったら、団長を辞すると言えばいい」
「無職になるおつもりですか。結婚前に無職になるなんて、酷い婚約者ですね」
「公爵家の領地に籠ればいいだけの話だ。仕事は他にもたくさんある。むしろ、そうしたいくらいなんだが」
「僕は団長さんのご家族に会う前から嫌われたくありません」
「俺が言うのもなんだが、それくらいで嫌うような人たちじゃない。それこそいらない心配だ」
性格最悪なこの人が言うのだから不安しかないが、僕の親よりもマシだといいなくらいに考えておけばいいだろう。望みは持つだけ重荷になる。
団長さんの胸に頭を抱き寄せられそのまま髪を梳くように撫でられながら、僕は一応親だった人たちのことを思い出した。自己中心的な性格の母親に、女癖が悪い父親。そんな両親の悪いところを凝縮したかのような、顔だけはいい姉。僕と似たところのない両親と姉だったが、この栗色の髪は母親と姉と同じだったな。左目の下の泣き黒子は父親と同じだった。間違いなく、僕はあの人たちと血が繋がっている。でも、世間一般的な家族だと思ったことは一度もなかった。だからこの際、あの人たちは捨てよう。そうしよう。断捨離だ。
「お前の髪は綺麗な色をしているな。手入れすれば触り心地ももっと良くなりそうだ」
「……気に入りました?」
「あぁ。それと、この泣き黒子もエロくて良い」
「……そうですか」
血の繋がりも、捨てられたらよかったのに。
「団長さんの馬鹿」
「生意気だな」
団長さんのせいで、捨てられなくなっちゃったじゃないか。
「生意気なのもお好きでしょ?」
「……本当に生意気だ」
「んっ、ぁ、んぅ…………」
胃もたれしそうな甘いキスをくれる団長さん。責任とって溺れそうなほど重い愛を、僕にちょうだい。この身体に流れる血以外の繋がりを捨てた僕に、貴方の愛だけくれたらそれでいいんだ。
そもそも、第一騎士団なんていかにもすごそうな組織の団長だという人物が影響力を持たないわけがない。それに加えてあのルックス。猫を被らせたら儚い系物腰柔らかな美形に変身する完璧人間。それはそれは人気がおありなのだろう。そうでなければ、僕の部屋の扉は一日中ノックされないし、扉のあらゆる隙間から呪いの手紙が放り込まれるなんてことが起きるはずがない。
この部屋全体に団長さんが結界を張っていったから物理的に攻撃されることがないのが幸いだ。結界がなければ、今頃扉は力づくで破壊されて、窓には大量に石が放り込まれたことだろう。手紙だけは紙だから無害判定されたのかもしれないけど、これはこれで追い詰める証拠にするので良しとしよう。しかし、この世界の文字を僕が読めないってことは考えなかったのだろうか。まぁ、読めるんだけど。
「何だ、それは」
「熱烈なラブレターです」
「ほう……ではそれは没収だな。人の婚約者にこんなものを渡す奴らに言ってやらなければ」
「何をです?」
「俺の物に手を出したらどうなるか」
「……僕は貴方の恋人になったのであって、所有物になったつもりはありませんが」
ニヤリと意地が悪いというには悪意しかない顔で嗤う団長さん。そもそもこれは団長さんが色んなところで思わせぶりな態度をとって遊んでいた代償なんじゃないのだろうか。その矛先を僕に向けないでほしいのだが。元凶は、この悪人だ。
「まったく……別に止めるつもりもないんですけど、どこまで言いふらしてきたんです」
「会う顔見知り全員に」
「……そこには国王陛下やアイツらも含まれますか?」
「もちろん」
やはり、この人を一人で野放しにしてはいけない。昨日の今日でどれだけ僕の敵を作ってきたのだろうか。
「安心しろ。俺が守ってやる」
そんな優しいことを言って、誰もが羨む美しい微笑みを向けながらも心の中ではこの状況を楽しんでいるはずだ。だって、誰が僕の敵か分からない状況で僕が頼れるのは恋人のこの人だけだから。お膳立てされた舞台に、僕は差し伸べられた手をとって登るしか道は残されていない。出来レースだ。逃げ道なんて、当にない。あったとしても逃げるわけがないのに。
「では僕は、勇者の仲間ではなく団長さんの恋人として国王陛下に紹介されるわけですか」
「婚約者としてだ。ただの恋人では『勇者様』方は理解できないだろうしな。モーリス家は公爵家だ。代々この国に貢献してきた家柄でもある。俺は長男ではないから陛下も反対する理由はない。あるとすれば、お前の職業やスキルだが……」
僕の顔を、言葉を止めてじっと見た団長さんは、失礼なことに鼻で笑ってくれた。「どうせ大したことは無いだろう」的なことを考えたんだろう。本当に失礼な。
「僕だって期待してませんし。むしろどうでもいい職業であってほしいんですけど」
「いざとなったら、団長を辞すると言えばいい」
「無職になるおつもりですか。結婚前に無職になるなんて、酷い婚約者ですね」
「公爵家の領地に籠ればいいだけの話だ。仕事は他にもたくさんある。むしろ、そうしたいくらいなんだが」
「僕は団長さんのご家族に会う前から嫌われたくありません」
「俺が言うのもなんだが、それくらいで嫌うような人たちじゃない。それこそいらない心配だ」
性格最悪なこの人が言うのだから不安しかないが、僕の親よりもマシだといいなくらいに考えておけばいいだろう。望みは持つだけ重荷になる。
団長さんの胸に頭を抱き寄せられそのまま髪を梳くように撫でられながら、僕は一応親だった人たちのことを思い出した。自己中心的な性格の母親に、女癖が悪い父親。そんな両親の悪いところを凝縮したかのような、顔だけはいい姉。僕と似たところのない両親と姉だったが、この栗色の髪は母親と姉と同じだったな。左目の下の泣き黒子は父親と同じだった。間違いなく、僕はあの人たちと血が繋がっている。でも、世間一般的な家族だと思ったことは一度もなかった。だからこの際、あの人たちは捨てよう。そうしよう。断捨離だ。
「お前の髪は綺麗な色をしているな。手入れすれば触り心地ももっと良くなりそうだ」
「……気に入りました?」
「あぁ。それと、この泣き黒子もエロくて良い」
「……そうですか」
血の繋がりも、捨てられたらよかったのに。
「団長さんの馬鹿」
「生意気だな」
団長さんのせいで、捨てられなくなっちゃったじゃないか。
「生意気なのもお好きでしょ?」
「……本当に生意気だ」
「んっ、ぁ、んぅ…………」
胃もたれしそうな甘いキスをくれる団長さん。責任とって溺れそうなほど重い愛を、僕にちょうだい。この身体に流れる血以外の繋がりを捨てた僕に、貴方の愛だけくれたらそれでいいんだ。
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