不憫少年は異世界で愛に溺れる

こざかな

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※キスシーンあり


僕らが召喚されてから一か月が経った。相変わらず、僕は与えられた部屋で引きこもっている。本当なら王様に謁見し、勇者として与えられた女神からの祝福とやらを確認することになっていたのだが……それもこれもこの足が原因だ。

どうやらただの骨折ではなく靭帯が切れそうなほどだったらしい。思い切りぶつけたから骨が折れた自覚はあったけど、その後に散々振り回されたことで悪化したようだ。不幸でしかない。

なかなか治らないために一人で立ち上がることもままならず、全て後回しになってしまっている。僕としては待たせてしまっているのは申し訳ないから何度か行こうとしたのだが、団長さんが認めてくれない。痛くないから大丈夫だと言っても、ただひたすら無言で拒否してくる。美形に真顔で見つめられて折れない人がいたら弟子入りしたいくらいだ。毎回、僕が負けて終わるから何も変わらない毎日。そういえば、僕と一緒に来たアイツらは『勇者様とその仲間』の皮を被って上手くやっているらしい。

気絶した僕とは違い、アイツらはすぐに王様に謁見し女神からの祝福を確認したらしい。女神からの祝福とは、よくある特別なスキルや能力などのギフトのこと。職業名も分かるらしい。どうやらアイツは勇者で、他の奴らはそれぞれ魔術師やら賢者やらなんやらかんやらになったらしい。僕は何だろうな。どうせ目立ったものではないんだろうけど。

「足の様子はどうですか」

窓から入ってくる光を頼りに本を読んでいた僕は、振り返ってこう答える。

「もう大丈夫です」

ここ一か月繰り返されてきた問答だ。今日もいつもと同じ返しで終わる。

「嘘つきですね」

そう言われながら触れられた足首は変わらず違和感を訴える。眉間を寄せて険しい顔を見せるその表情でさえ美しい。指先で撫でられるその動きに淫らなものを感じてしまう僕は、罪悪感を抱いて彼から目を逸らす。

静かな部屋に、ギシッと不愉快な音が響く。1人用のベッドは、いくら高級品といっても想定外の2人分の体重を支える余裕はないらしい。ベッドの縁に座っていた僕を押し倒し、その両腕とベッドについた片膝で僕を囲うように圧し掛かってきた彼の顔を見上げる。彼の清廉な微笑みには動揺する癖に、怪しい光として目に宿った欲望を向けられることには何の反応もない自分の心臓が信じられなかった。いや、もしかしたらキャパオーバーして止まってしまっているのかもしれない。その証拠に、意識的に行った呼吸はヒュッという音を喉で鳴らした。息が止まるとはこのことか。

「……驚かないのですね」
「驚いていますよ。息も止まるほど。それこそ、心臓が動くことを忘れるほど」
「そうですか……」

段々と近づいてくる綺麗な顔。目を逸らす場所が無くなって、僕は目を瞑った。真っ暗になった視界に、敏感になる聴覚。それは外部からの音だけでなく、体内の音も捉えてくる。ポンコツな心臓は、今度は壊れそうなほど早い鼓動を打っている。この頭にまで響くような心音……懐かしいなぁ。

目を閉じても近づいてくる気配を感じ取り、唇に神経が集中する。キスなんて、いつぶりだろう。最後にしたのは、そう……アイツと最初で最後のデートをしたときだ――――。

「え……」

思い出したくもない記憶が頭を過ぎったとき、眉間に温かくて柔らかいものが触れた。それは、尖った神経が集中していた唇を塞ぐはずだったもの。なのに塞がれなかった唇は思いもよらない場所への口づけにマヌケな声を吐き出してしまっている。僕は思わず、目を開けた。

「んっ……!」

その瞬間、待っていたかのように塞がれる唇。開かれた目には、魔に魅入られたと思えるほどの淀みのない黒い瞳だけが映された。その瞳の中には、涙に潤んだ僕の瞳が映っている。

「は……ん、ぁ、んん、ぁん」

無防備にも開かれていた口の中に入り込む熱い舌。冷たい鉱石のような彼のイメージとは違うその熱さに身体がビクつく。その身体を抑えるように触れ合う身体は、服を着ているのに互いの熱を高め合っていく。

奥に入り込もうとする舌を押し返そうと必死に動くが、僕の小さい舌は逆に絡めとられて宥められてします。そのまま上顎を舐められ、痺れるような快感が走る。熱が疼き始めた下半身に、無意識にもぞもぞと足を動かしてしまう。瞬間、忘れかけていた強烈な違和感が甘い快感を押しのけて全身を走り抜ける。

「んぐッ……」

思わず呻いた僕を見て、彼は蕩けていたであろう僕の顔をひたすら見つめていたその目を細めた。そしてゆっくりと身体を離していった。けれど最後まで僕の口内を虐めぬくことは止めず、僕の下を口の中から引きずり出して数回絡めてようやく離れていった。

「……いい顔になった」
「ぇ……?」

口調が変わった彼を見やると、艶やかに濡れた唇に目がいってしまって目が離せなくなった。そんな僕の視線に気づいた彼は、にやりと笑うと舌先で下唇をゆっくりとなぞっていく。赤くぬめった舌が仕舞われるまで、僕は目を逸らすことができなかった。くすくす笑う団長さんは、今までとは違って雄の魅力を存分に見せつけるかのような雰囲気で、さながら僕は肉食獣の前に放り出された子兎。あぁ、騙された。

「そっちが、貴方の本性ですか?」
「本性とは言葉が悪いな。業務中とプライベートは分ける主義というだけのことだ」
「……見事に騙されましたよ」
「そうか?お前は気づいていただろう?」

まさか。食われる直前まで気が付かない子兎だ。分かるはずがない。

「よく、お前は黙ってさえいればなと言われる。だから俺はそれを利用して遊んでいるのさ。感情をあまり出さずに時々優しそうに微笑んでやれば、だいたいの男は落ちる。そして俺を襲おうとしたところを逆に襲ってやるんだ。食おうとした獲物に逆に食われる。そのことを理解した時の奴らの顔と言ったら……」

心底おかしそうに笑う団長さんは、かなりのドSだと思われる。なんだっけ。タチ食い?正直、被害者の方々には僅かな同情心が芽生えた。南無南無。

「でも、お前は違った。熱っぽく俺を見る癖に、これまでの奴らとは質が違った。お前、俺を抱こうとは思わなかっただろう」
「……確かに美しい人だと思いましたよ。儚くて、手に取ったら消えてしまいそうな……。凄い演技力ですね。黙ってさえいれば……と言われるのも頷けます」
「話を逸らすな。どうして、お前は俺を抱こうと思わなかった?どうして、俺を拒もうとしなかった」

被っていた猫を放り投げた団長さんをじっと見る。何故、僕は彼に襲われることを受け入れたのだろう。そして、気が付いた。同時に胸の奥に暗澹たる重いしこりが落ちてくる。

「……似ていたから、でしょうか。だから無意識に薄々気が付いていたのかもしれません」
「似ている……?誰にだ」
「アイツですよ。『勇者様』です」
「勇者……?」

『勇者様』と呼ばれているアイツを思い出す。一か月も顔を見なければ、他の奴らの顔はもう思い出せないのに、アイツの顔だけは脳裏にこびりついている。まるでまだ未練があるかのように。そんな気持ちはもう捨てたはずなのになぁ。

「アイツ――――神尾浩紀は、数か月前まで僕の恋人だったクズですよ」
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