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「おおっ!勇者たちよ!よくぞ参られた!!」
その台詞と現代日本じゃ考えられない光景に僕は即座に現状を把握し、そして現実逃避した。つまり、気絶したのである。気が付いたら、ふかふかなベッドの上。膝が沈むほどのふかふか具合に抗えるはずもなく……二度寝した。窓の外はもう真っ暗だ。一度目が覚めた時はまだ明るかったから、かなりの時間寝ていたのかも。
意識を失う直前に見た、王様っぽい人や王女っぽい人や神官っぽい人たちの顔が頭に浮かんだが、無かったことにした。面倒なことを考えるのは無駄だったからだ。どちらにしろ説明のために呼ばれるだろうし、見知らぬ土地で一番偉い人に逆らう方が無謀だ。なるようになる。成り行きに任せよう。
一緒に飛ばされてきた奴らのことも一瞬頭に過ぎったけど、アイツらは頭が軽そうだからこの状況も楽しんでいそうだ。気にしないことにしよう。例え危険な目に遭おうとも、僕のことを虐めの標的にしていた奴らだ。気にする必要もないし、忠告する必要もないだろう。奴らの中心で笑みを浮かべていたアイツの顔が浮かんだけれど、気にしないことにした。丁度いい。これで、アイツとの因縁も強制的に切れるだろう。
それにしても、この服はいったい誰が着せてくれたんだろうか。あれはびしょ濡れだったし、蹴られたり殴られたりしてボロボロだったから少し申し訳ない。シャツまで変えられているから、肌も見たんだろう。気を失っていたとはいえ、不快な思いをしただろう誰かに心の中で謝罪した。
「ん……?」
このままベッドの上で過ごそうかと思っていたが、生理現象とはどうしても起こるものだ。トイレに行くために立ち上がろうとしたとき、足に違和感が走った。そのまましゃがみこむ。包帯の感覚に慣れ過ぎて気が付かなかったが、足首が包帯でがっちりと固められていた。どうやらアイツらに突き飛ばされて段差にぶつけたときに骨折したようだ。他人に手当をされたのはいつぶりだろう。
とりあえず、とベッドに手をついて立ち上がろうとしたとき、部屋の扉をノックされた。咄嗟のことに声が出ず、黙ったままでいるとそのまま扉が開かれた。扉を開けた人と、ベッドの側に倒れ込んだ僕の目が合う。
とても、綺麗な人だった。
濡れ羽色の綺麗な髪と黒曜石のような瞳で、黒い軍服のような意匠の服がとても似合っている。つけている手袋まで黒いのに、重たく見えないのが不思議だ。唯一白いシャツが目立って、清廉な印象を受けるからだろうか。どちらにしろ、少し冷たく見える顔の造形まで完璧な美形だった。
「目を覚まされましたか」
「えっと……」
すたすたと僕に歩み寄ってきた彼は、僕の足を一瞥すると一瞬にして僕を抱きかかえてベッドに横たわらせた。シーツに残された体温が冷めないうちに戻ってきてしまった。しかし僕はトイレに行かなければならない。まだその尊厳だけは守りたい。この人が誰なのかは分からないけど、これも渡りに船。なんかそれなりに高い身分の人って感じのオーラを感じるけど、今は躊躇っている場合じゃない。かなり、限界だ。
「その足では一人で歩くことはできません。しばらくはこちらで安静にしてください」
「えっと、トイレに行きたいんですけど……」
「…………」
いや、そんな面倒くさい気持ちが籠った目で見られても。流石にこの場で漏らせとかは言わないと思うけど、尿瓶とか持ち出されたら足を犠牲にして這ってでもトイレに行く所存。まだ僕には早い……。
すでに片足を犠牲にする決意を固めた僕だったけれど、結局彼は僕を抱えてトイレに連れていってくれた。僕がまた立てなくなるのが不安なのか、ずっとトイレの中にいようとしたけれど、丁重に外で待ってもらった。壁に手をつけば立っていられるし、扉までは行ける。扉を開けた瞬間に抱きかかえられたけど。見かけによらず力持ちですね。
そういえば、ここは西洋のように部屋の中でも靴を履いているらしい。つまり、靴がベッド下になかった僕は、そもそもベッドから降りるとは思われなかったようだ。実質、降りるなと言われているようなもの。でも僕は降りてしまった。限界だったってことで許してもらえないだろうか。けれどそのせいで手はトイレで洗えたけど、足の裏は汚い。その状態でこの高級そうなベッドでごろごろするのは、少し気が引けた。
「あの、濡れタオルとかないですか?」
「何故ですか」
「足を拭きたくて……」
足を見る僕の視線を受けて、彼は察したようで頷いた。けれど、彼がとった行動は濡れタオルを用意することではなく、僕にとっては「想像はしていたけど絶対に初めて見る場面はここじゃない」感満載のものだった。
「これで綺麗になりました。お気になさらずに、横になってください」
「……今のって、魔法?」
「いえ、ただ水のマナを使っただけですが……あぁ」
またしても頷いた彼は、ようやく僕が異世界から来たことを思い出してくれたようだ。
「貴方がいた世界ではマナや魔法が存在しないそうですね」
「はい。だから少し驚きました」
「驚いた……のですか。あまり驚いたようには見られませんでした」
貴方がそれを言うのか。この部屋に入ってから、ほぼ表情が動いていない。僕以上に表情筋が動かない人は初めてだ。僕とは違って、心の中も静かな人なんだろう。けれどそれを初対面で、しかもそれなりの立場にいるだろう人に言うほど僕は無知ではない。
「よく言われます。僕は感情表現に乏しいので……」
「それは……」
言葉を切った彼は、その目を包帯が巻かれた僕の足に向ける。無言ながら雄弁なその視線に僕は目を背けた。真っすぐすぎるその視線に、向き合える度胸はなかった。
「僕のことは、まぁ、いいじゃないですか。それより、説明をしていただいても?僕、気絶して目が覚めてから二度寝したので、あの召喚の時以外でここの人に会うの、貴方が初めてなんです」
彼は、僕がまだ何の説明もされていないことに驚いた様子だった。しかしそれ以上に、こんな状況でも二度寝をした僕に一番呆れているようでもあった。
「二度寝をして夕食を食べ損ねたことは同情できませんね。少々お待ちを。こちらに少しながら用意いたします」
「説明は食事をしながらでも」と言われ、僕は盛大に鳴った腹の音で返事をした。普通に、恥ずかしかった。
その台詞と現代日本じゃ考えられない光景に僕は即座に現状を把握し、そして現実逃避した。つまり、気絶したのである。気が付いたら、ふかふかなベッドの上。膝が沈むほどのふかふか具合に抗えるはずもなく……二度寝した。窓の外はもう真っ暗だ。一度目が覚めた時はまだ明るかったから、かなりの時間寝ていたのかも。
意識を失う直前に見た、王様っぽい人や王女っぽい人や神官っぽい人たちの顔が頭に浮かんだが、無かったことにした。面倒なことを考えるのは無駄だったからだ。どちらにしろ説明のために呼ばれるだろうし、見知らぬ土地で一番偉い人に逆らう方が無謀だ。なるようになる。成り行きに任せよう。
一緒に飛ばされてきた奴らのことも一瞬頭に過ぎったけど、アイツらは頭が軽そうだからこの状況も楽しんでいそうだ。気にしないことにしよう。例え危険な目に遭おうとも、僕のことを虐めの標的にしていた奴らだ。気にする必要もないし、忠告する必要もないだろう。奴らの中心で笑みを浮かべていたアイツの顔が浮かんだけれど、気にしないことにした。丁度いい。これで、アイツとの因縁も強制的に切れるだろう。
それにしても、この服はいったい誰が着せてくれたんだろうか。あれはびしょ濡れだったし、蹴られたり殴られたりしてボロボロだったから少し申し訳ない。シャツまで変えられているから、肌も見たんだろう。気を失っていたとはいえ、不快な思いをしただろう誰かに心の中で謝罪した。
「ん……?」
このままベッドの上で過ごそうかと思っていたが、生理現象とはどうしても起こるものだ。トイレに行くために立ち上がろうとしたとき、足に違和感が走った。そのまましゃがみこむ。包帯の感覚に慣れ過ぎて気が付かなかったが、足首が包帯でがっちりと固められていた。どうやらアイツらに突き飛ばされて段差にぶつけたときに骨折したようだ。他人に手当をされたのはいつぶりだろう。
とりあえず、とベッドに手をついて立ち上がろうとしたとき、部屋の扉をノックされた。咄嗟のことに声が出ず、黙ったままでいるとそのまま扉が開かれた。扉を開けた人と、ベッドの側に倒れ込んだ僕の目が合う。
とても、綺麗な人だった。
濡れ羽色の綺麗な髪と黒曜石のような瞳で、黒い軍服のような意匠の服がとても似合っている。つけている手袋まで黒いのに、重たく見えないのが不思議だ。唯一白いシャツが目立って、清廉な印象を受けるからだろうか。どちらにしろ、少し冷たく見える顔の造形まで完璧な美形だった。
「目を覚まされましたか」
「えっと……」
すたすたと僕に歩み寄ってきた彼は、僕の足を一瞥すると一瞬にして僕を抱きかかえてベッドに横たわらせた。シーツに残された体温が冷めないうちに戻ってきてしまった。しかし僕はトイレに行かなければならない。まだその尊厳だけは守りたい。この人が誰なのかは分からないけど、これも渡りに船。なんかそれなりに高い身分の人って感じのオーラを感じるけど、今は躊躇っている場合じゃない。かなり、限界だ。
「その足では一人で歩くことはできません。しばらくはこちらで安静にしてください」
「えっと、トイレに行きたいんですけど……」
「…………」
いや、そんな面倒くさい気持ちが籠った目で見られても。流石にこの場で漏らせとかは言わないと思うけど、尿瓶とか持ち出されたら足を犠牲にして這ってでもトイレに行く所存。まだ僕には早い……。
すでに片足を犠牲にする決意を固めた僕だったけれど、結局彼は僕を抱えてトイレに連れていってくれた。僕がまた立てなくなるのが不安なのか、ずっとトイレの中にいようとしたけれど、丁重に外で待ってもらった。壁に手をつけば立っていられるし、扉までは行ける。扉を開けた瞬間に抱きかかえられたけど。見かけによらず力持ちですね。
そういえば、ここは西洋のように部屋の中でも靴を履いているらしい。つまり、靴がベッド下になかった僕は、そもそもベッドから降りるとは思われなかったようだ。実質、降りるなと言われているようなもの。でも僕は降りてしまった。限界だったってことで許してもらえないだろうか。けれどそのせいで手はトイレで洗えたけど、足の裏は汚い。その状態でこの高級そうなベッドでごろごろするのは、少し気が引けた。
「あの、濡れタオルとかないですか?」
「何故ですか」
「足を拭きたくて……」
足を見る僕の視線を受けて、彼は察したようで頷いた。けれど、彼がとった行動は濡れタオルを用意することではなく、僕にとっては「想像はしていたけど絶対に初めて見る場面はここじゃない」感満載のものだった。
「これで綺麗になりました。お気になさらずに、横になってください」
「……今のって、魔法?」
「いえ、ただ水のマナを使っただけですが……あぁ」
またしても頷いた彼は、ようやく僕が異世界から来たことを思い出してくれたようだ。
「貴方がいた世界ではマナや魔法が存在しないそうですね」
「はい。だから少し驚きました」
「驚いた……のですか。あまり驚いたようには見られませんでした」
貴方がそれを言うのか。この部屋に入ってから、ほぼ表情が動いていない。僕以上に表情筋が動かない人は初めてだ。僕とは違って、心の中も静かな人なんだろう。けれどそれを初対面で、しかもそれなりの立場にいるだろう人に言うほど僕は無知ではない。
「よく言われます。僕は感情表現に乏しいので……」
「それは……」
言葉を切った彼は、その目を包帯が巻かれた僕の足に向ける。無言ながら雄弁なその視線に僕は目を背けた。真っすぐすぎるその視線に、向き合える度胸はなかった。
「僕のことは、まぁ、いいじゃないですか。それより、説明をしていただいても?僕、気絶して目が覚めてから二度寝したので、あの召喚の時以外でここの人に会うの、貴方が初めてなんです」
彼は、僕がまだ何の説明もされていないことに驚いた様子だった。しかしそれ以上に、こんな状況でも二度寝をした僕に一番呆れているようでもあった。
「二度寝をして夕食を食べ損ねたことは同情できませんね。少々お待ちを。こちらに少しながら用意いたします」
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