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4章
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「タカト様、大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……な、なんとか、はぁ……大丈夫……」
息も絶え絶えになって座り込みながら、心配そうに声をかけてくるハクを安心させようと微笑んだけれど、無理のある笑みになった気がしてならない。口元が引き攣っている感覚がある。
おれは、騎士の言う『ちょっとした運動』を舐めていた。
「これまで激しい運動はあまりしてこられなかったと聞いています。無理をしてしまうと逆に身体の負担になってしまうので、少し休憩しましょう」
「ご、ごめん。はぁ……じゃあ、ちょっと休むよ」
「はい。ではこちらへ。水は冷却魔法がかかった水筒に入っていますので、冷たいですよ」
「ありがと」
立ち上がってハクについていくと、木の下の木陰のようになっている場所に、おれ専用に用意されていると思われる休憩所があった。
椅子は階段のようになっている石壁の石だが、テーブルはグラつかないようにしっかりとした作りの物だ。その上に水筒と小さなバスケットが置いてある。
途中でおれが力尽きることが分かっていたような準備の良さに、思わず苦笑いしてしまう。
指示したのは誰だろう? ダレスティア? それともロイ? 意外と気が利くオウカ?
「オウカ副団長が場所を整備して団長がテーブルを、ロイ副団長が水などをご準備されてましたよ?」
まさかの全員だった……嬉しいけど団員のみんなに申し訳ないな。おれだけ過保護の特別待遇を受けているみたいだ。
「なんだかごめんね。おれ、めちゃくちゃ体力無くてハク君にも迷惑かけてる。この場所も訓練所に作らせちゃって、邪魔になってないかな……」
色々と不安になって目を伏せる。本当に散々な結果だったのだ。
ランニングは五分で撃沈。筋トレは腕立て伏せと腹筋が壊滅的にできなかった。試しにとやってみた木製の剣での打ち込みは二十回で腕が痺れて上がらなくなってしまった。
思ったよりも筋力体力共にかなり落ちていることに衝撃を受けるおれを、専属トレーナーのように励ましてくれたのはハクだった。その応援の甲斐なく結局こうやって休憩しているのだから、申し訳なさが半端ない。
「えっ!? お気になさらないでください! タカト様のお陰で僕、助かってるんです……!」
「た、助かってる?」
「はい! ご存知かもしれませんが、僕はあまり運動が得意ではないんです。もちろん一応騎士ですし、竜の牙に所属しているからには一般的な運動が出来ないのとは違うのですが、それでも他のみんなには劣るんです」
「でも、あれについていけるだけ凄いって思うよ」
おれが目を向けた先には、木剣の打ち合いを楽しそうに行っている男達の姿。汗を煌めかせながら笑顔でオウカに向かって一対多数の無限打ち込みをしている彼らは、さっきまで凄いスピードで訓練場を周回していなかったか?
「あはは……ついていけるだけじゃ駄目なんです。偵察班は体力に難がある者が僕を含めて数人いるので、ある程度は訓練についていけなくても甘くみてもらえますが、でも本当は偵察班こそあの訓練を余裕で一緒にできるだけの体力が必要なんです」
「そ、そうなんだ」
「でも、僕はどうしても体力が続かなくて……筋肉もあんまりつきにくいんです。目標はオウカ副団長なんですけど」
「オウカ、かぁ……」
この、どちらかといえばロイに似た体型の彼が、ムキムキな肉食獣の獣人らしいオウカになる? ……ハクには悪いけど、ちょっと想像ができない。
「だからもっともっと頑張るべきなんですけど……苦手なものは苦手でして。こうやってタカト様のお相手に選んでいただけたのは、僕としては運が良いことなんです」
情けないですよね、とハクは頬をかきながら苦笑している。
つまり、おれの相手をしているとあの地獄の訓練を逃れられてラッキーだから助かるってことか。
明け透けないその台詞は紛れもない本音だろう。素直な彼の性格を察せられる。ハクは他の団員から弟のように可愛がられているとオウカが言っていた。確かに親しみやすい人物だ。アルシャで時々話し相手になってくれた時から思っていた。
「……ここだけの話だけどね?」
ハクは本気で自分は非力だと思っているようだけど、おれは知っている。ハクは身軽で、走るのと気配を消すことにも凄く長けていること。それも、ダレスティアのお墨付きだ。
竜の牙がロイを引き抜いたことで、今度はハクが竜の眼にヘッドハンティングを狙われているらしい。偵察班の優秀な人材を渡しはしないと、ダレスティアが竜の眼の団長と睨み合っているのだとロイが困ったように笑っていた。
竜の眼からヘッドハンティングされた本人であるロイにとっては口を出さない方がいい内容だからか、あまり詳しくは話したがらなかったけど、竜の眼が引き抜かれたロイの代わりに欲しい人材がハクだということは分かった。
「ハク君は、ロイと交換してもいいと思われるほどの優秀な人材なんだよ」
「僕が……」
晴天の霹靂のような話だったのかもしれない。呆然と呟いて考え込むように黙ってしまった。
打ち込んでくる騎士達の半分を地面に転がしているオウカを眺め、ロイが用意してくれてたクッキーをつまみながら、やっぱり言わない方が良かったかなと思い始めた頃。ようやくハクが口を開いた。
「僕、竜の牙にいてもいいのかなって思ってたんです」
「え!?」
「あんまり役に立ってないよなって。みんなみたいに実力があるわけじゃないし、家柄も良いわけじゃない。獣人といっても飛べない鳥だ。自慢と言えるのはこの眼だけ。逃げ足の速さは、お世辞にも自慢にはできない。だから竜の尾に移籍しようかなって考えた時もあるんですけど」
「ええっ!?」
「あ、ご安心を。あそこはここ以上にむさ苦しいぞって聞いてやめました」
移籍をやめた理由が思ったより軽かった......。自分の感情にも素直だな。ある意味羨ましいぞ......。
「それに、僕をここまで育ててくれたのは竜の牙のみんなです。竜の眼からの勧誘はありがたいとは思いますが、もし話が来たとしてとお断りします」
「ハク君......!」
「なにより、あのロイさんが大変だったという所で僕が上手く馴染める気がしません!」
そっちが本音か。
「あーー!!??」
突然上がった大きな悲鳴に驚いて目を向けると、オウカが見事に折れた木剣を掲げてわなわなと震えていた。
「あーあ.....」
オウカの減給が決定した瞬間だった。
「はぁ……はぁ……な、なんとか、はぁ……大丈夫……」
息も絶え絶えになって座り込みながら、心配そうに声をかけてくるハクを安心させようと微笑んだけれど、無理のある笑みになった気がしてならない。口元が引き攣っている感覚がある。
おれは、騎士の言う『ちょっとした運動』を舐めていた。
「これまで激しい運動はあまりしてこられなかったと聞いています。無理をしてしまうと逆に身体の負担になってしまうので、少し休憩しましょう」
「ご、ごめん。はぁ……じゃあ、ちょっと休むよ」
「はい。ではこちらへ。水は冷却魔法がかかった水筒に入っていますので、冷たいですよ」
「ありがと」
立ち上がってハクについていくと、木の下の木陰のようになっている場所に、おれ専用に用意されていると思われる休憩所があった。
椅子は階段のようになっている石壁の石だが、テーブルはグラつかないようにしっかりとした作りの物だ。その上に水筒と小さなバスケットが置いてある。
途中でおれが力尽きることが分かっていたような準備の良さに、思わず苦笑いしてしまう。
指示したのは誰だろう? ダレスティア? それともロイ? 意外と気が利くオウカ?
「オウカ副団長が場所を整備して団長がテーブルを、ロイ副団長が水などをご準備されてましたよ?」
まさかの全員だった……嬉しいけど団員のみんなに申し訳ないな。おれだけ過保護の特別待遇を受けているみたいだ。
「なんだかごめんね。おれ、めちゃくちゃ体力無くてハク君にも迷惑かけてる。この場所も訓練所に作らせちゃって、邪魔になってないかな……」
色々と不安になって目を伏せる。本当に散々な結果だったのだ。
ランニングは五分で撃沈。筋トレは腕立て伏せと腹筋が壊滅的にできなかった。試しにとやってみた木製の剣での打ち込みは二十回で腕が痺れて上がらなくなってしまった。
思ったよりも筋力体力共にかなり落ちていることに衝撃を受けるおれを、専属トレーナーのように励ましてくれたのはハクだった。その応援の甲斐なく結局こうやって休憩しているのだから、申し訳なさが半端ない。
「えっ!? お気になさらないでください! タカト様のお陰で僕、助かってるんです……!」
「た、助かってる?」
「はい! ご存知かもしれませんが、僕はあまり運動が得意ではないんです。もちろん一応騎士ですし、竜の牙に所属しているからには一般的な運動が出来ないのとは違うのですが、それでも他のみんなには劣るんです」
「でも、あれについていけるだけ凄いって思うよ」
おれが目を向けた先には、木剣の打ち合いを楽しそうに行っている男達の姿。汗を煌めかせながら笑顔でオウカに向かって一対多数の無限打ち込みをしている彼らは、さっきまで凄いスピードで訓練場を周回していなかったか?
「あはは……ついていけるだけじゃ駄目なんです。偵察班は体力に難がある者が僕を含めて数人いるので、ある程度は訓練についていけなくても甘くみてもらえますが、でも本当は偵察班こそあの訓練を余裕で一緒にできるだけの体力が必要なんです」
「そ、そうなんだ」
「でも、僕はどうしても体力が続かなくて……筋肉もあんまりつきにくいんです。目標はオウカ副団長なんですけど」
「オウカ、かぁ……」
この、どちらかといえばロイに似た体型の彼が、ムキムキな肉食獣の獣人らしいオウカになる? ……ハクには悪いけど、ちょっと想像ができない。
「だからもっともっと頑張るべきなんですけど……苦手なものは苦手でして。こうやってタカト様のお相手に選んでいただけたのは、僕としては運が良いことなんです」
情けないですよね、とハクは頬をかきながら苦笑している。
つまり、おれの相手をしているとあの地獄の訓練を逃れられてラッキーだから助かるってことか。
明け透けないその台詞は紛れもない本音だろう。素直な彼の性格を察せられる。ハクは他の団員から弟のように可愛がられているとオウカが言っていた。確かに親しみやすい人物だ。アルシャで時々話し相手になってくれた時から思っていた。
「……ここだけの話だけどね?」
ハクは本気で自分は非力だと思っているようだけど、おれは知っている。ハクは身軽で、走るのと気配を消すことにも凄く長けていること。それも、ダレスティアのお墨付きだ。
竜の牙がロイを引き抜いたことで、今度はハクが竜の眼にヘッドハンティングを狙われているらしい。偵察班の優秀な人材を渡しはしないと、ダレスティアが竜の眼の団長と睨み合っているのだとロイが困ったように笑っていた。
竜の眼からヘッドハンティングされた本人であるロイにとっては口を出さない方がいい内容だからか、あまり詳しくは話したがらなかったけど、竜の眼が引き抜かれたロイの代わりに欲しい人材がハクだということは分かった。
「ハク君は、ロイと交換してもいいと思われるほどの優秀な人材なんだよ」
「僕が……」
晴天の霹靂のような話だったのかもしれない。呆然と呟いて考え込むように黙ってしまった。
打ち込んでくる騎士達の半分を地面に転がしているオウカを眺め、ロイが用意してくれてたクッキーをつまみながら、やっぱり言わない方が良かったかなと思い始めた頃。ようやくハクが口を開いた。
「僕、竜の牙にいてもいいのかなって思ってたんです」
「え!?」
「あんまり役に立ってないよなって。みんなみたいに実力があるわけじゃないし、家柄も良いわけじゃない。獣人といっても飛べない鳥だ。自慢と言えるのはこの眼だけ。逃げ足の速さは、お世辞にも自慢にはできない。だから竜の尾に移籍しようかなって考えた時もあるんですけど」
「ええっ!?」
「あ、ご安心を。あそこはここ以上にむさ苦しいぞって聞いてやめました」
移籍をやめた理由が思ったより軽かった......。自分の感情にも素直だな。ある意味羨ましいぞ......。
「それに、僕をここまで育ててくれたのは竜の牙のみんなです。竜の眼からの勧誘はありがたいとは思いますが、もし話が来たとしてとお断りします」
「ハク君......!」
「なにより、あのロイさんが大変だったという所で僕が上手く馴染める気がしません!」
そっちが本音か。
「あーー!!??」
突然上がった大きな悲鳴に驚いて目を向けると、オウカが見事に折れた木剣を掲げてわなわなと震えていた。
「あーあ.....」
オウカの減給が決定した瞬間だった。
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