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<おまけ>ハインリヒの視点2
しおりを挟むずっと疑問に思っていたハインリヒは、あるパーティで彼女に問いかけた。
丁度フレアは、人に酔ったと上気した頬で申し訳なさそうに、庭園へと休みに行った。
そこを追いかけたのだ。
見事に仕草、顔色まで丁寧に作りこんでいた。
恐らく、会話の流れからブランデル批判に向くだろうと予想して、厄介事に巻き込まれる前に場を辞したのだろう。
あの場所にはかつてグラニアが手を出そうとした貴族の妻がいた。
彼女はグラニアを目の敵にしており、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、ブランデルも憎悪していた。
ブランデルの代表として来ているフレアに、怒りが向く可能性が高い。場合によっては、パーティの場を汚しかねない。
皇太后のいう通り、フレアは一歩引きながらも場を見抜いていた。
あの稚さの残る少女は、妖精のように儚げな姿で社交会という伏魔殿を操作している。
『あの子が欲しいわ』
皇太后の熱望が、焦げ付くような声音がリフレインする。
ベネシーだって、十分皇后としてよくやっている。だが、彼女は無理をして『皇后』を演じている。器量の足らなさを、その全力の気力と努力でカバーしているのだ。
だが、フレアは皇后を超える器だ。広い視野、駆け引きの巧妙さ、危機察知能力や、どんな状況においても自らを律し尽くし、変則的な事態にも対応する柔軟さを持っている。
ハインリヒも、胸の奥が高揚していくのを、気持ちが逸るのを抑えきれなくなってきた。
今まで、自分のパートナーとなる女性を探していた。
悪くはない女性はいたが「これだ」と言える女性はいなかった。
だが、フレアをブランデルが離さないだろう。大事な生贄であり、盾である。
そうであっても、彼女を知りたいというハインリヒの衝動が止まらなかった。
彼女以上の人はいない。あの年齢で、あれだけ出来上がっている。だが、彼女は本来の能力を隠している状態である。
フレアがその才能を見せるに不足のない場所を用意したら、どれほどの大輪が花を咲かせることか。
それは、グランマニエ帝国でこそ相応しい。
明かりで柔らかく照らされた夜の庭園で、フレアが立っている。
「失礼、アシュトン公爵令嬢。お加減はいかがですか?」
そっとハインリヒが声をかける、フレアがゆっくりと振り返った。
そこには戸惑いの表情が浮かんでいる。驚愕と、ほんの少し心細そうな瞳。彼女の儚げな雰囲気もあり、庇護欲がそそられる。
「私はハインリヒ・グランマニエ。勝手ながら、貴女がこちらにいるのが見えてつい追いかけてしまいました」
「お気遣いありがとうございます。ハインリヒ皇子殿下。グランマニエの第四皇子にお気に掛けていただき、ありがたく存じ上げます。
ご挨拶が遅れました。わたくしはフレア・アシュトン。ブランデル王国、公爵家の長女でございます」
美しい、見本のようなカーテシーで挨拶するフレア。
見事なグラン語だった。フォトン語で会話しているのは見たことあったが、それも流暢であった。確か、彼女は十をいくつか超えたくらいの年齢であったはず。
(十二? いや、十三あたりか?)
顔は知っていたし、何度も軽い言葉のやりとりくらいはしていた。
それは、公人としての提携の身であり個人間の会話は皆無であった。いままで、二人は軽く顔を合わせたことはあったが、それは大人数の場である。
こうやって一対一になったのは初めてである。
ハインリヒは女性たちがこぞって頬を染めるような笑みを浮かべてフレアを見つめるが、フレアは大きな目をきょとりとしたのみだ。
顔だけで食いつく気配は微塵もない。少しくらい心を動かされると思ったが、フレアの仮面は相当に頑丈のようである。
それか、余程エンリケ殿下に傾倒しているのか。
随分な馬鹿王子と有名だが、外見はなかなか良いと聞く。
だが、そんなことをおくびにも出さず、ハインリヒは笑みを乗せたまま会話を続ける。
「しかし、アシュトン公爵令嬢は本当に優秀ですね。まさかグラン語にここまで堪能であったとは」
ハインリヒがフォトン語からグラン語に切り替えると、にこっとちょっと嬉しそうな笑みを浮かべるフレア。少し歳相応のおませな笑みだ。
完璧淑女から少し見える得意げな子供の顔が微笑ましい。
鼻に付くというより、心が柔らかくなるような温かさが広がる。
(……これは母上から聞いていなかったら、完全に騙されたな)
だが、フレアが見掛け通りの少女でないことなど百も承知である。
ずっと盗み見るようにして観察していたのだ。これくらいは看破できる。
給仕からノンアルコールのカクテルを貰い、フレアに渡す。ハインリヒは軽めのワインを手にした。
会話して分かったことは、やはりフレアはすさまじく頭の回転が速いことだ。
一を聞いて百を知る。一を見たら千や万を知るだろう。
勘の良い人間ほどフレアの手腕や才能に気付いているだろう。
そして、それを飼い殺しにしているのがブランデル王国だということも。
あの類まれなる淑女が、愚かな父親、婚約者、王家に犠牲にされているのが腹立たしかった。
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