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<おまけ>ハインリヒの視点1

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 ハインリヒの初めて見たフレアは、お人形のようなお姫様だった。
 場所は国際的な交流パーティ。ブランデル王国の代表としてやってきたのが彼女だった。
 完璧な笑み、完璧な所作、すべて入念に作り込まれた模範的なご令嬢。
 だが、よく見ていると巧妙に少女らしいボロというか、稚拙さが見え隠れする。
 あのブランデル王国ということで周りの目は厳しくなるものの、十歳にもならない女の子が大人に囲まれながらも努力する姿はいじらしい。
 ここにいる人たちの中では、彼女くらいの子供や孫を抱えている年代も多いのだ。
 中には、シェリダン公国の忘れ形見としか見ることができず、彼女を見て潤んでいる人間もいた。
 その一人が、ハインリヒの実母――皇太后だった。
 フレアを見るなり、その場では抑えていたが後で部屋に戻ってから大興奮だった。

「ああ! 何てことなの! マディに、マディアにそっくりだわ! クレアもマディ似だったけれど、フレアはあのちょっとツンとした感じがもっとそっくり! でも髪色はシェリダンの空と海の色……っ! ランセル……! お父様、お母様! なんという奇跡なのでしょうか、故郷の色だわ!」

 ランセルは皇太后カチュアの従兄である。王弟であったランセルは、クレアの実家であるアルスター侯爵家へ婿入りした。
 アルスター侯爵夫人の学生時代同じクラスだった。マディアとカチュアは名の響きが似ていると、意気投合した。
 しかし、アルスター侯爵夫妻は、一昨年馬車の落下事故で帰らぬ人となっている。二人の面影に、カチュアは大興奮であった。
 フレアはクレアによく似ていたこともあり、予想以上に懐かしさがこみ上げてきていた。

「ああ、ハインリヒ! あの娘が欲しいわ!」

「は!?」

 フレアは犬猫ではない。ブランデル王国の王子の婚約者であり、公爵令嬢だ。
 らしくもないカチュアの訴えに、ハインリヒは顔をひきつらせた。

「だって見ていた? あの子、使い分けていたわ! 言葉も、態度も、巧妙に、完璧に! 国の代表として完璧な令嬢でありながら、時折だけど絶妙に子供らしく振舞って、見事に周りの態度を軟化させていたの! 素晴らしいわ! あれは交渉で辣腕と響かせた、アシュトン前公爵譲りね……!」

 目がキラキラと水面のように輝いている。だが、その内容は少々夢いっぱいとは程遠いものだった。
 皇太后はただの個人的な趣味ではなく、人材としてもフレアをきっちり査定していた。

「え?」

「フレア! あの子は皇妃に、いえ女帝にすらなれる器よ。ああ、なんてこと! あんな掃きだめのようなブランデルに、あの子のような怪物が生まれるなんて!」

 皇帝を選び、育てたカチュア。皇太后とまでなった彼女は人を見る才能がある。
 あの子が欲しい、と言い続けるカチュアの目にはシェリダンの忘れ形見の中に、爪を隠す鷹を見ていた。
 最初、ハインリヒは疑った。

(あの子供が?)

 確かにあの年齢にしてはよくできているが――しかし、カチュアの目を疑うなんてできずに、フレアを盗み見した。
 可哀想な子である。糞みたいな婚約者の家の都合で、人身御供としてここにきている。
 シェリダンの血というのは確かに尊ばれるが、それだけで何もかもが許されるほどこの場所は甘くない。
 ハインリヒが目を凝らして観察すると、フレアは巧妙に会話を操作していた。
 ひっそりと糸を引き、尾を引き、相手が自然にフレアの実力に気付かず、かつブランデルにとっては悪くないところに落ちるように計算していた。
 一つ二つなら兎も角、どれもこれも完璧に。
 たまに失敗するがどれも致命的にはならず、デッドラインは死守している。
 何故か?
 ブランデルは国際社会的に見れば信用がない、立場の低い国だ。
 敵視している国は多くある。やり玉にあがりやすい。
 だからこそ欲張らず、悪い印象を残さない様にと、目立ち過ぎぬように落とし所を吟味していた。同時に、次への情報を集めているのだと気づいた。

(……そうか、あの子は気づいているんだな)

 この生贄行為が、これからも続くことを。
 ブランデル王家は、ランファン国と乱暴な婚約破棄を行なった。
 それは双方の国だけでなく、周辺国にも甚大な被害をもたらした。
 かつて、グランマニエ帝国が一気に領土を拡大していた時、帝国と小国連合による対立があった。
 大国グランマニエに対し、中小クラスの国々は個々では押し負ける。各個撃破されて併呑されないために、和平を結んでいた。渡り合うには結託するしかなかった。
 ブランデルやランファンも小国連合に加入しており、王族同士の結婚も、その絆を深める為だった。
 だが、それをヘンリーの一存で崩してしまった。
 それは実に下らない、愛だの恋だのを運命だと語って三文芝居のようだった。
 当然ランファンとブランデルの協定は崩れ、連合内の足並みも一気に崩れた。結果、小国たちはグランマニエに下手に出るようにして、友好の道を選ぶしかなくなった。
 後に好戦的だった皇帝派閥の首謀者――扇動していた将軍の死去に伴い、軍事による領土拡大は止まり、グランマニエは新領土を求めるより、広がった領地の統治に専念するようになった。
 周囲の国といがみ合うのもやめ――しかし、ぎこちなさを残しながら、友誼として政略結婚が行われた。各国の王族や高位貴族が、グランマニエの皇族に婿入りや嫁ぐことになった。
 万が一の人質であり、血を組み入れることにより、次代へ希望をつないだのだ。
 ブランデルは勝手に盛り上がっていたので、取り残された形となった。
 ブランデルが国際社会で総スカンを食らっている理由は、そういった裏事情もある。
 そんな状況でも、ブランデルは国のために国交を行なわなくてはならない。
 貿易で国内流通を潤わせなければ、国が疲弊してしまうからだ。生活必需品の塩一つでも外国だよりだ。
 確かに水源は豊かで肥沃な土地ではあるが、塩を採れる場所はほとんどない。
 とてもではないが、国民に行き渡らせる量は確保できないのだ。
 ランファンは海域に面しており、上質な塩を量産できた。だが、干害や冷害に遭いやすい風が吹きやすく、穀物を安定して手に入れるために常に複数のルートを欲しがっていた。それもあり、かつてブランデルとの政略結婚が整っていたのだ。
 幸い、ランファンはブランデルからの輸入が細っても、他の国で賄えた。逆にブランデルは塩を安価で手に入れられなくなったことに始まり、他の国々からも白い目で見られてどんどん経済が低迷していった。
 後にフレアが領土で塩湖を見つけたものの、それを公にすればブランデル王家に搾取される。多大な税を掛けられるか、王家に献上し、有難く召し上げろと無茶な圧力を掛けられかねない。
 当主のジョージは愚かなので、丸め込まれる。フレアは搾取するためにいるという考えが染みついていた王家である。碌な取引は見込めなかった。
 フレアは領民のために、切り札をいくつも残しておいた。
 ハインリヒが調べれば調べる程、フレアは手広く策を講じているのが分かる。
 だからこそ、不可解だった。
 あの愚かなエンリケと、それを擁護する王家に何故従うのか。
 彼女ほどの才知を持っていれば、その身一つで他国に駆けこめば助かるだろう。
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