復讐も忘れて幸せになりますが、何がいけませんの?

藤森フクロウ

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<おまけ>皇帝トルハーンと皇后ベネシーの悩み

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 グランマニエ皇帝夫妻には難儀な悩みがあった
 長年支え合った夫婦は仲良く、子宝にも恵まれた。
 皇子は二人、皇女が三人いる。養子にした皇弟も含めて、時期皇帝候補はかなり優秀な粒ぞろいだ。
 だが、皇帝夫妻の子供たちは、皇帝トルハーンの意思が強く自由なところと、皇后ベネシーのちょっと心配性なところをそれぞれ引き継いでいた。
 別に夫妻は子供たちに、是が非でも皇帝になれと強要するつもりはない。
 皇弟らは優秀だ。第一から第四皇子らから、皇帝を選出することだって十分考えている。
 一番なのはグランマニエ帝国の安泰と繁栄。
 だが、それを差し引いてもどうも自分の子供たちは危なっかしかった。
 

 ケース一 第一子 第五皇子 バルドゥの場合

「父上、俺は世界を見てみたいのです。帝国という小さな世界ではなく、地平線や大海原の向こうにある国々を見て回りたいのです」

 バルドゥは父トルハーンに似て、広い世界を見るタイプの人間だった。
 皇帝教育の一環で自国の成り立ちや周辺国の情勢を学ぶ。バルドゥは特にそういったものを好み、異国に興味を持った。
 母である皇后もランファンという異国人であり、祖母の皇太后もシェリダン公国から嫁いだ異国人だ。
 二人の身近な女性をから異文化の生の声を聞き、異なる風土や風習、考え方の違いや皇帝とは違う薫陶を受けた。
 それをきっかけに外交や遊学に興味を持つようになるのは、ある意味必然だったかもしれない。グランマニエ内の学園にこそ在籍したが、大半を異国に留学にいっていた。暇さえあれば遊学しに行くと飛び出していく。
 最初こそ微笑ましく思っていた夫妻だが、だんだん雲行きが怪しくなる。
外を飛び回り良く日焼けした精悍な息子バルドゥ。時折「王廟の魔虫はマズい。砂漠スカラベは焼いても揚げても食えない」だの「でも幼虫はいけた。生でも美味い」だの恐ろしいことを言い出すようになった。
 息子は異文化交流を超え、野生児化していた。明らかに、自然派土着系民族や原始人化していた。
 確かに語学は堪能だし、古代文明や異文化に通じ博識だ。様々な文化に造詣が深く、理解も早い。
 だけどこう、絶妙なずれを感じる。
 常識はあるし、良識もあるのだけれど、時々「アレ?」と思うことが増えてきた。
 誕生日に船が欲しいというので、作らせたらそのまま二年間戻らなかった。
 ここでついに夫妻も理解した――バルドゥは玉座どころか、国内に縛り付けることすら難しい。これを王位に据えたら、出奔が常習化して国が混乱すると。
 養子縁組した皇子――皇弟たちも感じたのだろう。
 一応皇位争いをす立場だというのに、少しは国内にいるように苦言を呈する者も出る始末。だが、バルドゥはどこ吹く風で、皇子らしからぬワイルドスタイルだった。
 そして、久方に戻ったバルドゥに王位継承争いをする気があるかと聞いたら「ない」と答えた。

「放棄するので費用を用立ててください!! 少々無茶な船旅をしてしまい、船の横っ腹に穴が開きました! 今度は魔石を使用した瞬間圧縮式カタパルトを搭載した船がいいです! サイドにずらーっと並べて、三百六十度砲撃できるようにしたいのです!」

 なんでも、前の船は巨大鉄砲魚の放水攻撃で沈没されかけたという。
 それでも懲りないで船出を考えている。はっきり言って、バルドゥの言うカタパルトは海でも巨大な魔物――対海王類である。何処に行く気なのだ。何処へ行ってきたのだ。
 こんな重装備の船がその辺に回遊していたら、普通はざわつく。
 国境付近に居たら、戦意ありとみなされて国際問題になってしまうところだ。
 だが、バルドゥの船は一度としてそういったことになっていない。逆にどこを移動していたか極めて謎である。
 偉大なるグランマニエの大皇帝トルハーンは、無邪気な息子の熱意に膝を折りかけた。
 皇位継承権破棄と引き換えに手に入れた資金は、バルドゥのロマンに消えたのだった。
 のちに、バルドゥは伝説の海賊のお宝や、未発見の無人島をいくつか見つけてきたので結果オーライとなる。



 第二子 第一皇女 アレッタの場合


 アレッタはバルドゥとは違う方面で我が道を行くタイプだった。
 バルドゥはフィールドワーク派だが、アレッタ場バリバリデスクワーク派。紙とインクの香りの中でチキチキなデスマーチをするタイプだった。
 別に仕事ができない人間ではない。むしろできる方だが、時間に余裕ができるとあれもこれもと次々に手を付けていくので、最後の方は当然スケジュールが詰まりまくる。
 ちなみに、そのデスマーチは公務ではなくもっぱら趣味の執筆で目撃される光景だったので、トルハーンも黙認していた。


 ーー今思えば止めるべきだったのだ。その内容を知った時にはすでに遅かった。


「男同士のくんずほぐれつのドスケベ小説を書きたいので、皇位継承権を放棄します」

 既に同じ志を持ち、熱意を燃やす同士と共に、その男同士のドスケベ小説専用の出版社を立ち上げたので、そちらに専念したいそうだ。
 ちなみにアレッタはすでに結婚していたが、夫は一昨年の浮気を大暴露されて以来、完全に添え物である。心身ともにギッタンギッタンのボッコボコにされ、現在進行形で首根っこを押さえられている。助けを求めようにも、彼の実家からも、周りの貴族からも総スカンである。
 アレッタが見放せば、何もかも失う。明日からは路地生活になるのではというレベルだった。
 その不良債権をアレッタが何故離縁しないのか。それは彼は絵が上手いのでそちらに利用価値があるのだという。
 浮気騒動の最中の時はその意味が分からなかったが、今は違う。どういう利用のされ方なのかは怖くて聞けなかった。
 アレッタの出版社はコアなファンが多く、新ジャンルとしての地位を確立するに至った。
 それを聞いたトルハーンは涙したが、意地でもうれし涙だと言い張っていた。




 第三子 第二皇女 レイシーの場合

 レイシー気立ては良く美しかったが、繊細で気が弱かった。
 国王夫妻も、レイシーが物心つく頃にはそのデリケートな性質を理解していたので、玉座には向かないなと早々に気付いた。
 レイシーは十歳で婚約者が決まり、その婚約者とゆっくりとしたペースだが順調に愛情を育んだ。
 婚約者は真面目過ぎるほど真面目な騎士だった。公爵家の三男だった為、引き継げる爵位も弟に譲って騎士として生きると、志願してきた男だった。
 年を重ねるごとにレイシーの周囲は、皇位継承争いに向けてピリピリしてきた。すぐに皇位継承権を辞退したレイシーだが、気弱なレイシーを傀儡にしようと近づいてくる輩は多かった。
 レイシーは何度か皇位継承権を返上しようとしたが、レイシーを擁立したい派閥に何度も阻まれていくうちに、どんどん彼女は心身を弱めていった。
 気丈に振舞おうとするのが痛々しく、気が滅入っているレイシーを更に周囲が丸め込もうとする。
 皇帝夫妻も彼女に継承権の放棄をさせた方がいいと思ったが、これはレイシー自身からの行動が伴わねばならない。
 だが、レイシーは既にそれどころではなくなってきた。
 それを見かねた婚約者が、恥を忍んで皇帝夫妻に直訴した。

「皇帝陛下、無礼を承知でお願い申し上げます。このままではレイシー殿下は御心を病まれてしまいます。どうか、殿下を連れてゆくことをお許しください。何処か静かなところで過ごさせてください」

 無口で武骨な婚約者の、初めての要求だった。
 彼の前には鞘に入った剣があった。これは彼の精一杯の対価だった。彼の出せる最大の、そして唯一の誇りであった。
 剣を、騎士としての立場を返上しても、レイシーをどうか助けて欲しいと嘆願しに来たのだ。
 皇帝夫妻はブランデルで流行っていた頭の腐ったラブストーリーは嫌いだが、可愛い娘のために差し出される真摯な愛情には感動した。
 婚約者の行動により、皇帝夫妻は口実を得た。レイシーの直接問いただし、どうしたいか聞いたところやつれた娘は「あの方と共にいられるなら、どこへでも」とほろほろと涙を流した。
 レイシーの望みが、婚約者と慎ましくも平穏な暮らしを望んでいるのは明らかだった。
 レイシーはレイシーで、皇位継承権を放棄したら婚約者と離別させられるのではと思い悩んでいたようだ。
 レイシーも、彼女の婚約者も互いを想い合っているのは明らかだ。
 そこに皇位などは要らない。
 周りに扇動され、巻き込まれ、願いを捻じ曲げられ続けていたレイシー。
 彼の望みはレイシーの本心であり、懇願だった。
 皇帝夫妻は二人の願いを受け入れた。剣は受け取ったが、気候も良く静かな、保養地としても有名な領地を大公という爵位と共に返された。
 皇族としては小さな領地だが、あの二人には合うだろう。






 第四子・五子 第三皇女・第六皇子 ハイネとネスティの場合

 二人は双子の末子であった。そしてまだ小っちゃかった。
 レイシーから間を置いて設けられた子だったので、現在の王位継承争いに参加させるには幼過ぎる。養子縁組した義弟たちには三十路に入っているのがいて、既に親子の年齢である。
 個性を見分けるにもまだ幼過ぎるし、権力争いに放り込める年齢ではない。二人の意思はゼロで、間違いなく傀儡コースだ。
 この二人は年齢故に、次の王位継承争い候補として今回は保留となった。







 ーーお判りいただけただろうか?
 ブランデルのような頭の悪すぎて不味い問題児ではないが、個性が尖り過ぎて皇帝に向かない皇子・皇女が揃っていた。
 自分の熱意と本能のままにぶっ飛ぶ傾向があり、そうでなければ極めて繊細で取り扱い注意。養子入りした四人の義息子(皇弟)たちに頼るしかなかった。
 他の国ではともかくとして、グランマニエでは特段珍しいことではない。


 時が過ぎ、義息子の一人がずっと欲しかったシェリダンの忘れ形見を捕まえてきた。
 ずっとブランデルの国王ヘンリーと王太后ゾエが放さなかった、フレア・アシュトンだ。
 皇帝夫妻も喜んだが、皇太后の狂喜乱舞はその上をいった。
 なんでも、十年以上前から娘を助けて欲しいとクレアから懇願されていたそうだ。
 ヘンリーは自分の名誉のために、フレアを飼殺す気が満々であった。放蕩王子と有名なエンリケの尻拭いに彼女の一生を使い潰すつもりだったのだ。
 クレアはエンリケとの婚約反対だった。いつでもフレアを連れて、ブランデルを出られるように実家で準備をしていた。しかし、フレアは何故か不良債権を押し付けられたのに、ずっと王家と馬鹿王子に尽し続けていた――今思えば、フレアは成熟した怒りで盛大にやり返すために、虎視眈々と時期を待っていただけなのだが――クレアにしてみれば、気が気でなかっただろう。
 しかし、当のエンリケが盛大にやらかし婚約破棄となり、ハインリヒが口説き落としてきたのだ。
 相変らず美しい――少し血色が良くなって、柔らかい空気になった気がするフレアは、宮殿でも人気だった。ハインリヒに愛情を注がれ、日に日に輝くばかりの魅力が増していった。
 特に幼いハイネとネスティはフレアに強い憧憬を抱き、でも恐れ多くて近づけないのかそっと遠くから眺めている程であった。


 ――後の皇帝ネスティ・グランマニエは言った。


「余はフレア皇太后の大ファンなのだ。その女神が天使を生んでからは、その天使に恋をした。余はあの天使を守るために生まれてきたのだと思う程だった。結婚したくて皇位までとったのだが、今までもこれからも一番の敵はハインリヒ義父上だろう。
 子供の約束としてチェスに勝ったら、天使と婚約させてもらう約束をしたのだが、義父上は女神に似た娘を嫁がせたくなくて、いつでも何度も大人げなく全力だったからな」

 なお、この皇帝が婚約できたのは三十歳になる目前の秋だった。
 どれだけハインリヒが抵抗したのか分かるというものである。


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