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66、エンリケ・ブランデルの末路(ざまぁパート)1

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 逃げて逃げて、隠れて、まるでドブネズミのように。
 きっかけはクラウスだった。玉座に座っていたのを、謁見の使者のふりをした暴徒に刺されて死んだ。
 それを皮切りに、城門から反乱軍が押し寄せた。
 中途半端に回復していたエンリケは、騒動に紛れてこっそり抜け出した。
 北の塔から出られたものの、王宮暮らしの母と違いエンリケは貴賓牢にいた。
 山姥じみた老婆になっていたグラニアを戻そうとしていたクラウスだが、どれほど金をかけても年相応より老けた若作り婆が出来上がっただけであった。
 四十代近いのに、デビュタントの少女が選ぶようなドレスを着る母親を、初めてエンリケは異様だと思った。
 あの老婆姿でも、その趣味は変わらなかった。ミニスが着る予定だったドレスをどこからか持ってきて、自慢気に纏う姿はもはや恐怖である。
 可哀想にと言いながら、エンリケを北の塔から出そうとはしない。
 結局、グラニアは一番自分を愛しているのだ。
 自分は王妃だと王宮に居続けるグラニアを見捨て、エンリケは金になりそうなものを奪って外に出た。
 もともと、自分を助けてくれなかったグラニアを助ける気はなかった。
 ただ、間違いなくグラニアは分かりやすいところに宝飾品を置いていると思ったから行っただけである。
 返せと騒ぐグラニアを蹴り飛ばし、エンリケは外に向かった。
 何人かに顔を見られたが、不思議とすぐに顔をそむけた――その顔が強張っていたことに、エンリケは気づかなかった。

(なんだ? まあいい。今は牢獄生活でやつれているからな。服も貧相だし、王子とは思えなかったのだろう)

 王宮は広く、塔に入れられる前に良く使っていた回廊には革命軍が押し寄せていた。
 それを避け、庭の木々に身をひそめながら出口を探す。既にすっかり息切れをしていた。ふと、休んでいると噴水が見えた。
 これは、グラニアが作らせた噴水だ。これは魔道具の一種で、魔石に込められた魔力で水が出ている。水を躍らせて形をいくつも作りながら落とすという、値の張るものだ。
 今ではだれも見向きもせず、魔石を掲げている女神も苔が生えていた。

(走っていたから、喉が渇いたな。仕方ない。これを飲むか)

 魔法で作られた不純物のない水なので、噴水に溜まった水は綺麗だった。
 そして、長らく雑な衛生環境にいたエンリケは、噴水の水を飲むことにためらいがなかった。
 ヘンリーが在位していた頃はまだマシだったが、クラウスに変わってから悪化の一途をたどった。料理の質も、見張りの兵の質も大幅に落ちた。
 顔を水面に近づけるエンリケ。
 ふと、水に映ったものに絶叫する。
 世にも悍ましいとしか言いようのない醜悪な顔があった。ブツブツと吹き出物だらけなうえ、変色して歪な隆起がある爛れた肌に、どこを向いているか良く分からない不揃いな眼、不自然に落ちくぼみこけた頬に、干からびた芋虫のような唇、頭皮に張り付くようにして残るまだらな髪。
 全てが異様。怪異の方が納得する不気味さと気色悪さ。ゾンビのような不気味な姿が水鏡に浮かんでいた。
 ぞっとしたエンリケは、恐怖のあまりに自制心を失った。

「ぎゃあああああああ! 化け物! 化け物ーー! 誰か、この化け物を退治しろ!」

 その大声に、やる気なく争っていた騎士も革命軍も足を止めた。
 騎士の中には革命軍と内通していたのか、気軽に談笑していたものもいた。それだけ、王家は見限られていたのだ。
 騎士の一人が言う――「エンリケ殿下の声だ」と。
 皆の顔が悪鬼もかくやと言わんばかりに歪み、憎悪と憤怒に塗り替わる。
 一斉に皆は噴水にいたエンリケを取り囲んだ。そこで、武器を向けられているのは自分だと気づいたエンリケは青褪めた。
 顔を顰めたうちのいくらかは、エンリケの醜い風貌に顔を歪めた兵もいた。
 軽蔑と憎悪の入り混じる視線が四方八方からエンリケをねめつける。味方は誰一人いないと、逃げ場を完全に失ってから気付く。
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