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62、皇太后とハインリヒ

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 長年女王として君臨する、人気絶頂のオペラ歌手のチケットを入手したフレアは、ハインリヒを誘うことにした。
 グランマニエ皇族は良くしてくれるが、それでもあえて自分の伝手から入手した。
 フレアが連れてきた使用人の中には、優秀な文官や商人も多くおり、人脈も広かった。フレアがプライベートに使いたいという理由でオペラチケットを欲しがったのには驚かれたが、それでも笑顔で調達してくれた。
 誘われたハインリヒは嬉しそうに破顔をする。

「嬉しいな。フレアからのデートの誘いなんて、今日は記念日だ」

「大袈裟なこと仰らないで。そんなこと言っていたら、毎日が記念日だらけになってしまいます」

 ちょっと呆れたように言うが、フレアは僅かに頬が赤い。その感情は照れだと気づいているハインリヒはますます上機嫌だ。
 約束の日まで待ち遠しくてパーティでもないのに帽子から靴まで一式新しい衣装を誂てしまう程だった。
 そんなハインリヒの様子を皇太后が揶揄ってきた。

「全くそんなにはしゃいで」

「浮かれもするさ。フレアが公務や接待以外の観劇の類は初めてだって言っていたんだ」

 その言葉に、茶席に同席していたベネシーは目を丸くする。その後、そっと苦々しく目を眇めた。
 婚約者に蔑ろにされていたことは知っていたが、そこまでぞんざいな扱いを受けていたとは。ますますブランデルに返したくなくなった。

「そういえば、ブランデル王室が随分たくさんの治癒師や薬師をかき集めて、エンリケ殿下を治療しているそうよ。内密に神殿に申し出ているのよ」

「見せしめに処刑するんじゃなかったのか?」

「それが、病気が原因で見るも無残らしいの。顔の判別が難しいほど酷いそうよ」

 ああ、なるほどとハインリヒは納得する。
 新たな王として基盤を固めたいクラウスは、前王ヘンリーやエンリケといった前王制の布陣をスケープゴートにしたい。
 偽物を処刑したなんて噂が立ったら、クラウスは無辜の民を殺したと槍玉にあげられ、身内贔屓の激しい前の王と同じだとますます民は紛糾する。
 だから、判別できる程度に治療を施してから、処刑したいのだろう。
 前体制の代表を追放、処分、処刑するというのは一種の禊や儀式で、区切りだ。
 悪しきものを罰したという大義名分で、新たな王に君臨する。

「果たしてそう巧くはいくかね?」

 クラウスは重篤な病気を理由に、グラニアの処罰は見送ろうとしている。
 二十年前の恋愛劇に、クラウスも名を連ねていた。つまり、彼もグラニアと関係がある可能性は高い。
 何せ、王妃になりながらも神殿の神官と姦通していた女だ。頭と同じくらい股の緩さは有名であったし、兄弟を手玉に取っていてもおかしくない。
 神殿の恋人は、グラニアにねだられるまま横領に手を染めた。神殿秘蔵である倉庫から、こっそりと秘薬や霊薬といった高級な薬を譲渡していた。
 そして、グラニアはそれを良く効く美容品扱いして湯水のごとく使っていたという。
 神官は最後までグラニアとの関係性を否定していたし、使ったのは侍女だということにさせられた。だが、その真偽は怪しくずっと疑問視する声があった。誰かが、情報を改竄したという噂が後を絶たなかった。何せ、調査員や関係者の不審死が相次いだからだ。
 中には家屋が焼き払われ一家がその炎に消えることもあった。
結局は情報不足で、うやむやにせざるを終えなかった。あと一歩、追い詰める証拠が足りず、犯人をあぶりだすに及ばなかったのだ。
 だが、グラニアを庇い続けていた最も厄介なヘンリーは投獄、同じく小賢しいケイネスも行方不明になっている。グラニアも牢に入れられて、助けを呼ぶことができなかったのだろう。
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