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61、クラウスの絶望

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「しかし、クラウス殿下……いえ陛下とお呼びすべきでしょうか? エンリケ殿下を始末するとして、後はどうするお積りですか?」

「は? なにがだ?」

 甥であるはずの生物が、人間と認めがたくあぐねていると、騎士が問いかけてくる。
 彼は確か代々王宮騎士であり、長年王宮に勤めて内情に詳しいはずだ。

「エンリケ殿下に残っている多額の慰謝料です。ようやく最近になって、最終裁判のめどが立ったそうですがその額は莫大ですよ。
 その起訴人であるアシュトン公爵令嬢は現在は療養中でして、その代行者として神殿が動いております。ブランデル王族やグラニア妃殿下との遺恨もあり、絶対に妥協せず慰謝料を回収しにかかるでしょう」

「神のしもべと言いながら、金の亡者ではないか。汚らわしい……ええと、確かフレア・アシュトンだったな。呼び寄せられないのか?」

「グランマニエ帝国で賓客相当の扱いを受けて、そのままお輿入れになるのではという噂があります。第四皇子のハインリヒ殿下がアシュトン公爵令嬢を妃にしたいと熱望しているそうです。実際に、多方面に圧力をかけていますから……」

 グランマニエ帝国の名に、クラウスは顔を顰めた。
 クラウスは長らく王都から離れ、外交にもそれほど詳しくはない。
 だが、グランマニエはブランデルを目の敵にして、外交に応じては軽んじているというのは知っていた。
 流石に、幼い頃からフレアを矢面に立たせて利用していたところまでは知らないことであるが、両国が不仲なのは有名であった。
 不仲といっても、一方的にブランデルが圧力を掛けられているような状態である。
 国土も国力もグランマニエの方が圧倒的であり、ブランデルがどうこう言える相手ではない。

「婚約するとなればめでたいだろう。それで帳消しにしてもらえばいい」

 その妄言に、これが次の王になるのかと騎士や兵たちは落胆した。
 ヘンリーは良い王ではなかったが、能力は身についていた。ただ、その妻子は足を引っ張るだけの汚物だったが。
 これ以上王家の愚行を増やして欲しくない騎士は敢えて言う。真っ先に生活が危険に晒されるのは民である。

「いえ、それは難しいでしょう。エンリケ殿下の所業を考えれば仕方がありません。烈火の如くお怒りになって、ますます慰謝料を払うように圧力をかけ、増額する恐れすらもあります」

 いつだか、慰謝料回収に来ていた神官が言い放っていた。
 クラウスは納得いかず、経緯を調べた。その結果は最悪だった。エンリケは長年にわたり色々な女性の元へいき公務や執務もおざなりに遊び惚けていたそうだ。
 そのしわ寄せが、すべて婚約者だったフレアに行っていた。
 挙句、プロムナードで一方的な婚約破棄した。
 フレアはかなり昔からエンリケの女にだらしない性格に気付き、最初に問題が起きてからすぐ対策を練った。きっちり不貞に対する慰謝料を貰うという契約を結んでいたのだ。
 そして、起訴の内容には婚約者教育というには行き過ぎた虐待に関する慰謝料もあった。
 訴えはエンリケ個人だけでなく、王家を相手取っている。
 クラウスが王家を名乗るなら、当然飛び火する。
 そもそも血筋も近すぎたし、今まで表立った対立をしていなかったので派閥や体質を同一視する民は多いだろう。
 しかも今のフレアの後ろには、神殿だけでなくグランマニエもいるのだ。
 双方とも、ブランデルを潰す気満々であるという情報しか出てこない。
 今度こそ、クラウスは膝から崩れ落ちた。
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