上 下
60 / 73

60、新王クラウス・ブランデル

しおりを挟む
 
 

 ヘンリーを玉座から払落し、牢屋に追いやったクラウス。
 クラウスが真っ先にやったことは、王としての宣誓や側近となる貴族を選び直す事ではなかった。
 真っ先に北の塔へ行き、そこへ閉じ込められているグラニアを救いに行った。
 兄に奪われた愛しい恋人を助けにいくクラウスは、長年叶わなかった恋に浮足経っていた。
 たどり着いた北の塔にいたのは、老いさらばえた嗄れ声の老婆と体中に赤黒い瘢痕が広がり、顔が崩れかけた奇怪な人型のなにかだった。
 たった二人しか収容されていなかったので並ばせたのだが、見覚えのない顔だ。

「な……どこだ!? グラニアはどこにいる!」

「あ……くあ、くらぅす? ここ、ここよぉ」

 やせ細った枯れ木のような手が伸ばされ、とっさにクラウスは身を捩って避けた。
 ぼさぼさの白髪の間から、落ちくぼんで濁った眼窩が見える。
 ニチャァと笑うと、黄ばんだ不揃いの歯とカサカサの唇が不気味だった。より一層深くなるほうれい線が、醜悪に見えて仕方がない。

「目の前にいる老婆がグラニア妃ですよ。グラニア妃はかつて聖女候補であったので、魔力吸引の強い牢に入れられることになったんです。本人も散々抵抗して魔力で牢の破壊を試みて、魔力枯渇に陥ったようで……」

 その言葉に、クラウスは狼狽しながらも言い返した。
 納得できなかった。ここまでやって王となったのに、妃として求めた女性がこんな醜女と認めたくなかったのだ。

「馬鹿な、この醜い化け物がグラニアだと? 十年ほど前はまだ乙女のように美しかったではないか!」

 その頃の時点でグラニアは二十代後半から三十代である。
 確かにその頃のグラニアは、玉のような肌と痛み知らずの天使の輪が眩いブロンドが美しかった。天真爛漫な笑みに、紅を引かずとも淡く色づいた唇から少しみえる白い歯。
 それが眩しくもあり、兄の妻であるのが苦しくてしばらく距離を取っていた。
 だが、この好機に奪い取りに来たのだ――が、それはこんな得体の知れない老婆ではない。
 老婆はその間にも、手を伸ばしている。ふがふがと歯の揃わない口では呂律が回らないらしい。

「あと隣のコレは?」

「エンリケ殿下です。性病を患っておいででしたが、処方されていた薬を不味いからといって捨て続け、こうなりました」

「これがエンリケだと?!」

 今後のクラウスの施政を考えると、前王ヘンリーと、その嫡男である王子エンリケは処刑したほうがいい。
 悪しき王とその王子は淘汰されたと、民の前でパフォーマンスをすることにより、一時的なガス抜きを考えていた。
 だが、これではエンリケだと分からないだろう。
 皮膚が爛れ、髪は抜け落ちているうえ、顔はおかしく窪んで変形している。
 とにかく気持ち悪い。以前あった時は、鼻持ちならない傲慢さがあったが、今は訳の分からない譫言を繰り返すだけだ。生きているのに、既に亡霊のようだった。
 性病だと言っていたが、余りに醜い姿はまるで呪われたようである。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...