上 下
58 / 73

58、凋落の兆し(ジョージ視点)

しおりを挟む
 

 アシュトン公爵家では、一人残っているジョージが落ち着かない様子で外を眺めていた。
 視線の先、街の方から細い煙がいくつか上がっている。
 また民が蜂起しているのだ。ブランデル王族を排除しろと行進しているのだ。
 民衆が声高に現政権や王族を批判しても、王国軍はそれを鎮めることができない。それどころか過熱する一方で、連日何かしら騒ぎが起きている。
 最近、王都の治安は悪くなる一方だ。折角フレアの婚約破棄の慰謝料がたんまり入ったというのに、豪遊する気にもならない。
 第一夫人のクレアは実家の領地に帰ったきりだし、ユリアは嫁いでしまったし。それにもう一人の妻はついていってしまった。
 フレアはなんと、グランマニエ帝国にいる。ハインリヒ第四皇子という高貴な方からの御誘いを断れるはずもなく、事後報告で手紙が来た。
 その頃はさして気にしていなかった。娘の行方より、どんどん増える慰謝料に笑いが止まらなかった。
 何に使おうか、当初はワクワクしていた。
 数か月前は、屋敷を改装し、馬車を全て新調しようと心躍っていたのが嘘のようだ。
 気づけば、古くからいた使用人が一人二人といなくなっていた。祖父の代から仕えていた執事もいないし、メイド長もいない。見覚えのない使用人ばかりが事務的に動いていた。
 使用人の一部はユリアたちに、そしてフレアを追ったのは分かるが、がらんとし過ぎた公爵邸はいっそ不気味だった。
 今更になって、言いようのない不安が過る。

(フレアは戻ってくるんだよな? まさかグランマニエに住む気か? ユリアが嫁いだ今、フレアしか後継ぎはいないんだぞ)

 養子など取りたくなかった。今頃になって、教育をする時間も金もかかることをしたくないのだ。それに、下手な養子を取れば、当主になった途端ジョージを排斥してくるかもしれない。
 アシュトン公爵家はフレアに継がせたかった。
 そうすれば、後で婿でも取って安泰に過ごせる。癪な話だが、フレアはジョージよりずっと出来が良かった。それこそ、ジョージが羨望し、妬んでいた兄のケイネスよりも優れていた。

(……そういえば、兄上は病気にかかられて子爵の地位を返上したそうだな。その後、とんと噂すら聞かぬが)

 一瞬何かもやりとしたものが過り、ジョージは首を振って考えを追い出した。
 ジョージは彼の両親から何も聞いていなかった。
 ケイネスの企ても、不貞も、その末にできた子供をジョージに托卵したことも――彼もまた、フレアに対する理不尽な扱いを見かね、祖父母に見放されていた。すでに、信頼も信用もなかったのだ。
 だが、ジョージは芽生えていた疑問を無視し、都合の良いように納得する。
 ケイネスのことは、もう終わった話だ。
 もう彼は公爵家の人間ではないのだ。
 ジョージはこの公爵家はフレアが継ぎ、安泰な生活が待っていると疑いもしなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

婚約者の妹が結婚式に乗り込んで来たのですが〜どうやら、私の婚約者は妹と浮気していたようです〜

あーもんど
恋愛
結婚式の途中……誓いのキスをする直前で、見知らぬ女性が会場に乗り込んできた。 そして、その女性は『そこの芋女!さっさと“お兄様”から、離れなさい!ブスのくせにお兄様と結婚しようだなんて、図々しいにも程があるわ!』と私を罵り、 『それに私達は体の相性も抜群なんだから!』とまさかの浮気を暴露! そして、結婚式は中止。婚約ももちろん破談。 ────婚約者様、お覚悟よろしいですね? ※本作はメモの中に眠っていた作品をリメイクしたものです。クオリティは高くありません。 ※第二章から人が死ぬ描写がありますので閲覧注意です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

公爵令嬢ですが冤罪をかけられ虐げられてしまいました。お覚悟よろしいですね?

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のシルフィーナ・アストライアは公爵令息のエドガー・サウディス達によって冤罪をかけられてしまった。 『男爵令嬢のリリア・アルビュッセを虐め倒し、心にまで傷を負わせた』として。  存在しない事実だったが、シルフィーナは酷い虐めや糾弾を受けることになってしまう。  持ち物を燃やされ、氷水をかけられ、しまいには数々の暴力まで。  そんな仕打ちにシルフィーナが耐えられるはずがなく……。 虐めて申し訳ない? 数々の仕打ちの報いは、しっかり受けていただきます ※設定はゆるめです。 ※暴力描写があります。 ※感想欄でネタバレ含むのチェックを忘れたりする残念な作者ですのでご了承ください。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...