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58、凋落の兆し(ジョージ視点)
しおりを挟むアシュトン公爵家では、一人残っているジョージが落ち着かない様子で外を眺めていた。
視線の先、街の方から細い煙がいくつか上がっている。
また民が蜂起しているのだ。ブランデル王族を排除しろと行進しているのだ。
民衆が声高に現政権や王族を批判しても、王国軍はそれを鎮めることができない。それどころか過熱する一方で、連日何かしら騒ぎが起きている。
最近、王都の治安は悪くなる一方だ。折角フレアの婚約破棄の慰謝料がたんまり入ったというのに、豪遊する気にもならない。
第一夫人のクレアは実家の領地に帰ったきりだし、ユリアは嫁いでしまったし。それにもう一人の妻はついていってしまった。
フレアはなんと、グランマニエ帝国にいる。ハインリヒ第四皇子という高貴な方からの御誘いを断れるはずもなく、事後報告で手紙が来た。
その頃はさして気にしていなかった。娘の行方より、どんどん増える慰謝料に笑いが止まらなかった。
何に使おうか、当初はワクワクしていた。
数か月前は、屋敷を改装し、馬車を全て新調しようと心躍っていたのが嘘のようだ。
気づけば、古くからいた使用人が一人二人といなくなっていた。祖父の代から仕えていた執事もいないし、メイド長もいない。見覚えのない使用人ばかりが事務的に動いていた。
使用人の一部はユリアたちに、そしてフレアを追ったのは分かるが、がらんとし過ぎた公爵邸はいっそ不気味だった。
今更になって、言いようのない不安が過る。
(フレアは戻ってくるんだよな? まさかグランマニエに住む気か? ユリアが嫁いだ今、フレアしか後継ぎはいないんだぞ)
養子など取りたくなかった。今頃になって、教育をする時間も金もかかることをしたくないのだ。それに、下手な養子を取れば、当主になった途端ジョージを排斥してくるかもしれない。
アシュトン公爵家はフレアに継がせたかった。
そうすれば、後で婿でも取って安泰に過ごせる。癪な話だが、フレアはジョージよりずっと出来が良かった。それこそ、ジョージが羨望し、妬んでいた兄のケイネスよりも優れていた。
(……そういえば、兄上は病気にかかられて子爵の地位を返上したそうだな。その後、とんと噂すら聞かぬが)
一瞬何かもやりとしたものが過り、ジョージは首を振って考えを追い出した。
ジョージは彼の両親から何も聞いていなかった。
ケイネスの企ても、不貞も、その末にできた子供をジョージに托卵したことも――彼もまた、フレアに対する理不尽な扱いを見かね、祖父母に見放されていた。すでに、信頼も信用もなかったのだ。
だが、ジョージは芽生えていた疑問を無視し、都合の良いように納得する。
ケイネスのことは、もう終わった話だ。
もう彼は公爵家の人間ではないのだ。
ジョージはこの公爵家はフレアが継ぎ、安泰な生活が待っていると疑いもしなかった。
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