56 / 73
56、完璧淑女の仮面の下
しおりを挟むグランマニエにいるフレアは賓客として扱われていた。
滞在する離宮には一流の使用人がつけられ、真面目な騎士たちが警護している。
彼らはフレアを見ると感嘆を漏らす。母譲りの青みがかった銀髪や碧眼は、シェリダン公国の王族に良く現れる色らしい。皇太后の生まれたシェリダン公国を敬愛していることもあり、国民もそれに倣う傾向が強いそうだ。
事実として、わざわざグランマニエの皇太后が、祖国懐かしさとフレア会いたさに訪ねてくるほどだった。
ハインリヒの庇護だけでなく、皇太后のお気に入りとなったフレアは更に丁重に扱われることとなる。
皇帝トルハーンは、歓迎していた。亡き国シェリダンの面影を強く感じるフレアの滞在に、いたく喜んでいる。皇帝や皇太后のシェリダン公国贔屓は有名だったが、想像以上の歓迎っぷりである。
しかしランファンの一件もあり、国としての立場や皇后を思って今までは抑えていた。ブランデルの代表として出向くことの多かったフレアを大っぴらに厚遇できなかったのもあるだろう。
いまはすっぱりとブランデル王家との縁も切れており、諸手を上げての歓迎していた。
今回は公務ではなく純粋な旅行という形になっている。
ヘンリーに続きエンリケまで起こした婚約破棄に酷く心を痛めた被害者――ということになり、療養も兼ねているという形式になっている。手厚い対応も顰蹙を浴びることはなかった。
皇后ベネシーもかつては同じことをされた身として、フレアを擁護している。
仕事から解放され、自由を満喫するフレア。時折訪問者はいるが、話題に富んだ話し手が多くて心も踊る。
それ以外でも読書も小説や詩集、純文学や歴史書、はたまた経済新聞まで好きなように読めた。刺繍をしたいと言えば、見事な白漆の螺鈿細工の施された裁縫箱と色辞典並みに取り揃えられた刺繍糸が用意された。
フレアが気を許していた使用人のみを厳選してアシュトン公爵家から連れて来てもらえたこともあり、いたれりつくせりである。
二日に一度はハインリヒがフレアを訪ね、熱心に愛を囁きに来る。
非常にまめまめしいハインリヒは、その瞳に、声に、すべてにフレアへの愛情が滲んでいた。ひと月だけで十二年間のエンリケの婚約期間よりたくさんの手紙やメッセージカードを貰い、お茶会、デートを重ねた。
今日もまたフレアにプレゼントを持参して、自ら持て成して睦言を重ねに来ている。
「フレア。今日はグランマニエの北の大地でだけ栽培されている稀少な花茶を用意したんだ。良く見ていてくれ」
そういってガラスの急須にハインリヒがお湯を注ぐと、フレアに見やすいようにそっと寄せてくれた。
中では干した花のような赤茶色の茶葉が揺れている。
「まあ、花茶なのに林檎? あと蜂蜜のような香り」
「いい匂いだろう? この甘い匂いに誘われて、熊がやってくるという逸話から別名熊呼び茶とも言われている」
「ふふ、そんな逸話もあるのね。でもわかるわ。美味しそうな香りだもの」
フレアとハインリヒが和やかに会話しているうちに、急須の中では茶葉が変化していた。
ありきたりな茶色から鮮やかな赤になる様は見事だった。
「このままでもいいけど、レモンや柑橘の汁を垂らすともっと綺麗になるんだ」
薄い菫色から淡い水色へと変わっていく。良く開いた茶葉は、ヤグルマギクのような姿になっていた。それに合わせて、紅茶の色も変わっていった。
初めて見る光景に、フレアは感動して目を輝かせる。知らずハインリヒに身を寄せてしまうくらい興奮していた。
「なんて綺麗。素敵だわ……これが本当に飲み物なの?」
「勿論、味も保証するよ。この青色は君の髪色や瞳の色のようだったから、見せたかったんだ」
そういって、青みがかった銀髪を一房そっととって口づけを落とす。
一拍遅れて気付いたフレアは、余りに近い距離と、その甘い眼差しに頬をじわじわと赤らめる。だが、揺れる瞳は絡めとられたようにハインリヒを映していた。
戸惑うフレアは、氷の女王ではなく年相応の乙女であった。
恥ずかしがっているフレアをこれ以上つつき回すのは紳士ではない。ハインリヒは、隙だらけのフレアが落ち着くまで待った。
(エンリケとかいう馬鹿も本当に見る目がない。こんなに可愛い人をほったらかしにして、頭も股も緩い女ばかりにうつつを抜かしていたなんて)
ハインリヒは笑みの奥に、一瞬だけ走る苦々しい怒りを飲み下す。
かわりに、この花茶に合うメレンゲのレモンパイを持ってくるようにメイドに合図するのだった。
これはパティシエ自慢の逸品で、表面がカリッと焼いて中はふわふわのメレンゲ、その下にあるレモンカードと香ばしいパイ生地が絶妙である。フレアの苦手な食材は一つもないし、好みの傾向から考えてもオールクリア。きっと彼女も気に入るはずだ。
105
お気に入りに追加
3,896
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
婚約破棄されたので、論破して旅に出させて頂きます!
桜アリス
ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢。
令嬢の名はローザリン・ダリア・フォールトア。
婚約破棄をした男は、この国の第一王子である、アレクサンドル・ピアニー・サラティア。
なんでも好きな人ができ、その人を私がいじめたのだという。
はぁ?何をふざけたことをおっしゃられますの?
たたき潰してさしあげますわ!
そして、その後は冒険者になっていろんな国へ旅に出させて頂きます!
※恋愛要素、ざまぁ?、冒険要素あります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
文章力が、無いのでくどくて、おかしいところが多いかもしれません( ̄▽ ̄;)
ご注意ください。m(_ _)m

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる