上 下
52 / 73

52、グランマニエへ

しおりを挟む


 

 その頃、フレアは別荘に居なかった。というより、ブランデル国内にすらいなかった。
 釣書に返事を書き続けていたところ、客人――ハインリヒ・グランマニエの祖国であるグランマニエ帝国に招待されたのだ。
 彼は皇弟にあたる第四皇子だが、実力主義のグランマニエ皇族の中で、頭角をメキメキと現している。
 グランマニエの皇子や皇女の数え方は特殊なのだ。前の後継争いに若年過ぎて入らなかった皇子や皇女で王位継承争いに参加する場合、皇帝の養子となるのだ。そこから年齢順に数えていく。もし、養子を拒否すると継承権を剥奪される。
 何故こんなことをするかと言えば、グランマニエの王位継承争いは完全実力主義。
 より良い皇帝を輩出するのが、歴代の皇帝の手腕の一つとされる。たとえ、その皇帝がぱっとしない統治でも、その次代が華々しい功績を残せば、それを選んだ前皇帝の評価は見直される。その逆もまた然りだ。
 よって、自分が愚王扱いされないためにも、皇帝はシビアに公平に後継者を選ぶのだ。
 四番目であって有力されているハインリヒは、相当な実力とカリスマを具えていると言えよう。
 そんな皇子殿下直々のエスコートで、大陸屈指の勢力を持つ強国からの誘いだ。弱小国のブランデル王国貴族が無下にできるはずもない。

(戻れなくても……いいか。神殿はグランマニエにもある。謝礼の寄付金を乗せれば、こちらに慰謝料を持ってきてくれるでしょう)

 黄金色のお菓子に弱い生臭坊主の多い神殿だが、味方にすれば心強い。長年神殿を蔑ろにしてきたブランデルという国は確執が多いこともあり、王家は手出ししにくいだろう。グランマニエに拠点を移し、それなりに過ごしやすくするには、多少の出資は必要経費である。
 ずっとアシュトン公爵家に置いていたら、間違いなくジョージが手を出すだろう。
 ちょっと憂鬱になったフレアに、ハインリヒが明るい声で話しかけてきた。
 ここはグランマニエなので、当然グラン語だ。ブランデルにいた時はブランデル語で、旅の時は共用語のフォトン語を話していた。どれも堪能で、彼の教養高さを窺える。
 話題も豊富だ。ウィットに富んでいているので、時間を忘れてしまう。

「フレア嬢が我が祖国の紅茶をお気に召したと聞いたので、色々取り揃えてみました」

 移動中に零した言葉に、メイドや侍従が気を利かせたのかもしれない。
 グランマニエは国土が広く、様々な名産品がある。
 茶葉もそのひとつであったが、現国王夫妻の過去の暴挙によりブランデルではなかなか手に入らないのだ。

「ありがとうございます。嬉しゅうございますわ。ハインリヒ殿下の心遣いに感謝いたします」

 その心遣いは素直に嬉しく、自然と笑みがこぼれた。
 彼は聞くのも喋るのも上手なので、素直に会話するのが楽しい。正直、最近会話したジョージやエンリケは理不尽が多く、無茶苦茶過ぎてとにかく神経がすり減った。

「いえ、フレア嬢は前々から働き過ぎだと思っていたのです。我が国では是非ごゆるりとお過ごしください。あと数日もすれば、アシュトン公爵家の使用人たちも全員揃いますから」

 従者の御仕着せではなく、異国情緒を感じさせる長い法衣をまとったハインリヒはにこやかに話す。
 やや猫っ毛の白銀の髪と黄金色の瞳が眩い。色白で細身だが、その身からは力強い生命力が溢れていて儚げとは無縁である。
 神秘的な美貌は、見る人を引き込む力がある。人懐っこい笑顔を浮かべると、それは一層の魅力に変わる。
 自分の見せ方を分かっているとフレアは静かに感嘆した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

処理中です...