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51、懲りない王子

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 北の塔へ幽閉されていたエンリケは、ミニスが足を滑らせてからだいぶ時間が経ってからその事故を聞いた。
 もともと怠惰で根性のないエンリケは、北の塔の脱走防止の術式に早々に根を上げていた。最初は暴れていたものの、慣れてくるとずっと寝台でダラダラ過ごし、両親である国王夫妻に早く出してくれるように要求ばかりする毎日だった。
 今回は女を寄越すように言っても通らないので、ミニスを連れて来いと言ったら、その事故のことを聞いたのだ。
 浮気性であるエンリケは既にミニスに対して執着しなかったのか「へえ」とどうでもいいように返事をした。だがややあって「可哀想だから見舞いにいってやりたい」と、露骨にこの塔から脱出する口実にしようとする始末だった。
 心配するそぶりは見せず、見舞いのためにやたらきらびやかな衣装を求め、見舞いの品を見繕うという名目で繁華街へ行きたいと言っている。
 寝たきりの人間に何を贈るというのだ。宝石やドレスなどお呼びでない。
 王族なのだから、繁華街に赴くより商人を呼び寄せるのが正しい。だが、エンリケは外に出る口実とともに、ナンパをしたいという魂胆が透けて見えた。
 この状態でも女漁りに余念がない。ある意味感心する。尊敬は全くできないところではあるが。

「そうだ、そろそろデビュタントの夜会が行われるだろう? 近年のデビュタントは装いが地味で味気ない。俺が目ぼしいレディにドレスを贈ってやろう!」

「エンリケ殿下。貴方は外出が許されない立場です。買い物もできません。大人しく謹慎していてください」

 名案とばかりに馬鹿馬鹿しい妄言を吐くものだから、誰もエンリケに同情しない。
 デビュタントの少女たちだって、そんなものを贈られても恐怖と迷惑でしかないだろう。そもそも、エンリケがその夜会に招待されると思っているのだろうか。
 貴族界隈では、この放蕩王子がデビュタントを食い荒らしていることは有名だ。
 目を付けられないように、わざと不細工に仕上げてデビュタントの夜会に送り出される令嬢もいる程である。
 勿論、それは今の賠償問題に関わっている。王家を散々悩ませて、貴族と王族の距離を乖離させている原因だ。
 誠意を見せるためには大金を支払わなくてはならないが、もう王家の国庫はカツカツである。首が回らない。ない袖は振れない。かといって出し渋りをすれば、王家への不信感は強まり、反発心は増すばかりだ。
 現役親世代と未来の子世代の両方に嫌われた王家は、立ち行かなくなっている。
 甘ったれの王子は、自分が何かしなくてもすべてフレアやグラニアが都合よく動いてくれたので、そういった考えが最初からない。
 全く自分の今の立場を理解していなかった。

「もう謹慎は飽き飽きだ。全く、フレアもいつまで意地を張っているんだか。そんなことをしているからモテないんだよ」

 監視の騎士は、フルフェイスの鉄兜の奥で顔を思い切り顰めた。
 エンリケのバカ騒ぎで王家の機能はマヒしている。そして、それをいいことに国内外から、フレア・アシュトン公爵令嬢を是非妻にと縁談が殺到しているのだ。
 今まで、フレアをブランデルに捕まえるために国王ヘンリーや王太后ゾエが、握りつぶしていたがそれもできなくなった。
 フレアは自ら筆を執り、一つ一つに丁寧に返信をしているというが、彼女の返事を書く速度を上回る量の釣書の山があるという。
 もともと才色兼備であるフレアを欲しがる国や家は数えきれないほどあった。それが一気にフレアを獲りにかかったのだ。
 勿論、引く手あまたのフレアは、不良債権の極みでしかないエンリケとの復縁するつもりは全くない。

「まあ俺は寛大だし? アイツが土下座して許しを乞うなら考えてやらなくもない。正妃にはしてやらんがな!」

 だが、そういった情勢に疎く、無駄に自信家のエンリケは知る由もない。
 勝手な妄想で、フレアは切実に復縁を願ってウジウジ引き籠って拗ねていると解釈している。

「然様ですか。それより今日のお薬はお飲みになりましたか?」

「あんなマズイものをどうして俺が飲まなきゃならん。もう発疹も痒みもないから要らんだろう」

 医者が処方しているというのに、素人判断で何を言っているんだ。
 騎士は呆れていたが、監視兵は眦を吊り上げて問い詰めた。トイレに捨てていたという。通りでなくなっているはずだ。何度も似たような病気にかかっているらしく、馬鹿なエンリケなりに姑息な隠滅方法を覚えたらしい。
 エンリケは偏食で、苦い味やすっぱい味が大嫌いなのだ。
 いくら王家の圧力があったとはいえ、フレアがこんなのに十二年間も耐えられたものだ。
 騎士達は密やかに目配せをしながら、エンリケの妄言を聞き流すことにした。



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