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50、ミニスの錯乱(ざまぁパート)

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 夜も更けた王宮で、健診結果を見たミニスは愕然としていた。
 二つの性病に罹っていた。完全治癒には三年はかかるらしく、それまでは性交だけでなく、粘液接触になるような深い口づけの類も禁止事項に入っている。
 もし安全に子供が産みたいのならば、五年は待った方がいいとまで言われてしまった。
 その頃には、ミニスの滑らかだった頬や白い首筋に赤い発疹ができ始めていた。
 苦くて臭い薬湯を毎日飲んでいるが、なかなか消えない。本当はこんなものを飲みたくないが、顔がゾンビのように崩れてもいいなら飲まなくていいと突き放された。

「うう……っ! これじゃ結婚できない……っ! お姫様になれない! お妃様になれない! 嘘つき! 嘘つき嘘つき嘘つき! すぐに結婚できるって、お妃様にしてくれるっていったのに! お姫様みたいなドレスと宝石を毎日くれるっていったのにぃ!」

 発疹は気温が上がったり、体温が上昇したりすると凄まじい痒みを伴った。
 ミニスが度々激情に駆られると、血流が上がり体温もあがる。その発疹は全身に広がり、ミニスはストレスもあって掻き毟った。
 理想と現実の差は開くばかりで、ミニスはパンク寸前だった。
 そこには王子を射止めたはずの可愛らしい少女はおらず、鬼女と言わんばかりの形相だ。爛々とした目をギョロギョロと動かし、掻き毟って血まみれの肌と服も相まって亡霊のようだった。
 日に日にその抑圧されたストレスは膨れ上がった。
 いっそ、全てを諦めればよかったものの、ミニスは一度掴みかけた夢に縋り続けた。エンリケに負けず劣らず、ミニスもまた何処までも身の程知らずで強欲だった。

「帰りたいよ……! 家に帰りたいぃいい! もぉ、こんな生活いやあ! 出して、出してえええ!」

 ついにミニスの精神は決壊した。
 今までの鬱憤が爆発し、ミニスは暴れ出した。バンバンとガラス戸をやたらめったらに叩きまわる。
 髪を振り乱し、裸足で走り、ガラスをたたき割りながら暴れまわる様は異様だった。
 真っ暗な廊下で、月明かりにガラスの破片が僅かに輝いている。血と涙と汗で濡れた頬に、髪が張り付いている。
 だが、ミニスはもうすでに帰るところはない。婚約破棄の渦中の人物であり、原因の最たる一人であるミニスの実家、ストーンズ男爵家はお取り潰しになった。
 慰謝料が払いきれずに、夜逃げしようとしたところを捕らえられ、両親は投獄された。裁判後、慰謝料を少しでも払うために労働奴隷として鉱夫や娼婦になる。ミニスには兄弟はいたが、彼は両親とは違い関与は浮上しなかった。それでもはした金で奉公人として働かされている。
 何も知らないし、考えも寄らない。
 ミニスはいつも自分のことばかりで、家族がどうなったかなど想像すらしていない。
 ミニスが嫌々勉強し、周りに嘲笑されている間、彼女の家族は地獄へ落とされていた。

「出してよぉ! わた、あた、あたしは王妃になるのよ! なんでこんなところにいるのよ! エ、エッエンリケ様はどこなの!」

 幽鬼のような有様だった。酷い吃音交じりの声で甲高く叫び、一層に髪を振り乱す。
 その悍ましいありように、騒ぎを聞きつけてやってきたメイドは腰を抜かした。
 メイドの手から鍵を奪ったミニスは、外を目指して走り出す。扉を開ければ螺旋階段があり、その一番下に外へとつながる扉があった。
 そこから明かりが漏れている。

「ああ! そ、そと、外だわ! やっやややった! やったわー!」

 狂喜して駆けだしたミニスは足を滑らせた。
 暗い中でランプも持たず。ガラスで足を切って濡れていたミニス。人の血は滑るのだ。既に精神は錯乱状態であり、足取りも危うかった。
 原因はたくさんあったが、なるべくしてなった。起こった事故。
 長い階段を転げ落ちたミニスは、全身を強か打ち付けて痣と打撲、骨折だらけになった。
 一命はとりとめたが、それは幸いと言っていいか分からない。首から腰を強く打ち、歩くことも喋ることもできなくなったのだ。顔を強く打ち付けた影響で口が上手く動かせなった。薬を飲み込むこともできないが、発疹と共に凄まじい痒みは全身に広がっていく。






 王都から遠く離れたとある屋敷で、月の女神の如く麗しい佳人がバルコニーに佇んでいた。ネグリジェにストールを羽織っただけの簡素な装いだが、その気品は陰ることはない。
 一枚の紙片を詰まらなそうに一瞥し、部屋に戻る。バルコニーの手すりにいた大型の鳥は彼女が背を向けるのを合図のように飛び去った。音もなく、闇夜に消える。
 彼女が暖炉の中に紙片を投げ込むと、数秒だけ室内が少し明るくなる。

「……思ったより持たなかったわね。役者が一人減ってしまったわ」

 そう言ってベッドに入り、何事もなかったように寝入ったのだった。




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