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49、見放される王
しおりを挟むエンリケの長年の不貞行為と、大々的に行った婚約破棄の賠償金は莫大となった。
せめて、密やかに解消を打診して内々にすませば国庫が空になるだけで済んだ。
王家の都合と、父親の強欲さにより六歳の時にフレアは婚約させられた。それから十二年間にも及び高位貴族令嬢を拘束し、虐待とまで言える厳しい指導と、大量の公務の押し付けも露見してしまい、まともな婚約は既に望めない。
どこからかゾエの苛烈な教育と、グラニアの陰湿な苛めが露見し、貴賤問わず顰蹙を買った。それを止めなかったヘンリーも、冷ややかに見られている。
原因であるエンリケの風当たりは強くなる一方だ。彼を王にするな、王位継承権を剥奪し、王族から抹消しろと民が蜂起している。
ブランデルのロイヤルファミリーの醜聞が次々と明るみになり、ゴシップ合戦が繰り広げられる。
通常の執務や公務すら遅延しているのに、国民の王家への不信は募り、その対策に追われていた。一方で、フレアを擁護する動きは一層に強くなり、残る裁判で、ますます王家側は不利になった。
北の塔に閉じ込めたエンリケは反省の色を見せず、気が付けば暴れだし、女を寄越せ、酒を寄越せと腐っている。その様子を見て、王宮内の武官・文官問わずますます忠誠心は低迷していた。
現国王のヘンリーやその王妃グラニアの人気を支える層は、上級貴族より下級貴族や平民だ。
それはランファンの姫君ではなく、身分の低いグラニアを選んで結婚したからだ。譜代臣下を始めとする上級貴族から顰蹙を買っていたが、名もなき民衆という数で地位を守っていた。
そしてそれは今、フレアやアシュトン公爵家に奪われた。
民思いの王が即位したと思ったら、景気は悪くなるばかりだし、王子の素行は最悪。彼の女癖の悪さは、貴族の世界だけでおさまらなかった。城下に行っては女性を強引に口説き、娼館で乱痴気騒ぎを起こす。今まで黙っていた者たちがしゃべり、ここぞとばかりに噂は拡大していった。
グラニアは自分にだって人脈があると言うが、それは王妃という立場やグラニアのちやほやされてのぼせ上る性格を知っている者たちが、甘い汁を啜りに来ているだけだ。
おこぼれが無くなれば、あっという間に雲隠れするのは想像できた。
ゾエはエンリケの件で心身共に参ってしまっている。無理が祟ったのもあるだろう。
息子に続き、孫までもとグラニアに怨嗟を吐いているそうだ。
内乱寸前のブランデルではあるが、ヘンリーは自分の行いのせいで周辺国から孤立していることを知っている。下手に助力を求めれば、内政干渉は免れない。
そうすれば、ブランデル王家は真っ先に淘汰されるだろう。
醜聞と借金に塗れたブランデル王家は、鼻つまみ者だ。
ここまで来てしまえば悪しき古い王家を排斥し、新しい王家を擁立したほうがいいだろう。新時代が始まるのだと銘打ったほうがずっと国民を纏めやすい。
だが、ヘンリーにもプライドがあった。
「やっと、やっとここまでやってきたんだ。偉大な王として名を残すために、民に寄り添う王として名を残すために努力してきたんだ……! 愚王などではない! そんなの認めない……! 全てはグラニアが、エンリケが悪いのだ……!」
玉座でぶつくさと譫言のように繰り返す姿に、宰相は饐えた目で見下ろしている。
そこには長年苦楽を共にし、国を治めてきた家臣はいない。
主君を見る目ではなく、羽虫か汚物を見るような種類だったことに、ヘンリーは気づいていなかった。
ヘンリーはもう、民衆に愛される王ではなく暗君であった。ブランデルの歴史に名を残すとすれば、愚王としてである。
虚栄によって作り出された、ヘンリーの名君像は崩壊している。
既に、断頭台は近くに忍び寄っていた。
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