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42、砕かれた宿願

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 歌うように罪をなぞるフレア。
 酸欠の魚のように、ハクハクと口を開け閉めするケイネス。
 これは墓まで持っていくと、ケイネスは決めていた。
 ばれてしまえば、すべてが台無しになってしまう――だが、周りに祝福されて、二人の運命を紡ぎ直すにはこれしかないと考えだした秘策だというのに。
 
「フ、フレア……待ってくれ。お前はどこで、どこまで知っているんだ?!」

「さあ? 多分ほぼすべてではないかしら?
 その娘を自分に惚れ込んでいる娼婦に預けて、お父様を騙してアシュトン公爵家の次女として遇させたこと? ユリアはお父様の娘ではなく姪で、本当はわたくしの従妹で、エンリケ殿下と異父兄妹であること?
 わたくしとエンリケ殿下を結婚させ、ユリアに公爵家を継がせ、それぞれの子供を結婚させればグラニア妃と伯父様の血は孫の代で王族と貴族として交わる。そして、正しい婚姻として成立すると思っていたのでしょう」

 本当に気色悪い話だ。
 グラニアとケイネスの秘密の関係はけして公にできない。
 王家としても致命傷だし、今度こそケイネスの首は物理的に飛ぶだろう。
 秘める恋ならずっと慎ましくしまい込んでいればよかったのに、二人は自分たちの恋や愛が正しいという証明がしたいがためにフレアやユリアを巻き込んだ。
 実際は欺瞞と虚偽に塗れ、証明もクソもない。
 二人の画策とエンリケとフレアの縁談の利害が一致し、ユリアを公爵令嬢としてアシュトン家に入れさせることができた時点で、大分作戦は成功していた。
 アシュトン公爵家側で、愚かなジョージを唆したのはケイネスの手の者だ。
 だが、周囲は騙せても勘の鋭いフレアは気づいた。
 ユリアの赤みがかった髪は義母やジョージと一緒に見せかけたケイネスのもの。グラニアが金髪だったからか、ユリアのピンクブロンドはケイネスの赤毛より明るい色合いだった。そして、ユリアの顔立ちはグラニアに似ていた。
 幼いころからアシュトン公爵家の一族の肖像画を目にしていたし、王宮に出入りしていたフレアは、若かりし頃の王妃の肖像画もたくさん見ている。
 だから、ユリアの両親よりも類似性のある人物を見つけたのだ。
 ケイネスの乱心は、アシュトン公爵家ではタブーの一つだった。
 だが、親切な親戚はどこにでもいるもので、頼んでいなくともせっせと教えてくれる。
 だから、ケイネスとグラニアの学生時代の関係を知っていた。国王との恋愛に隠れていたが、二人はかなり深い仲だった。だから当時の当主は激怒して、ケイネスを廃嫡した。
 グラニアはケイネスを選ばずヘンリーと結婚して、王妃となった。
 だが、二人の恋愛は続いていた。
 もともと王妃という淑女の鑑であるべき地位になったとしても、グラニアの性格が急変するはずもない。ゾエやヘンリーに散々怒鳴られても、常に愛人を持っていた。
 あれは既に病気だ。『愛されている自分』を感じていたい、歪んだ承認欲求で壊れている。
 そして、ケイネスが爵位は下がったとはいえ、子爵家の当主になったので王宮に出入りできるようになったのも大きいだろう。
 焼け木杭には火が付き易いという奴である。
 道ならぬ恋に二人は燃え上がり、結ばれない悲恋に酔っ払ったあげくこんなに気持ち悪い計画を立てたのだ。
 狡賢いケイネスのことだ。問い詰めてものらりくらりと躱すし、グラニアは腐っても王妃である。純愛で結ばれたと人気を集めたので、国王のヘンリーだってグラニアを擁護するだろうから、フレアは黙っていた。
 内心は怒り狂っていても、自分の立場を守るためなら王家は、フレアの訴えは黙殺する。
 だからフレアは機を待った。 
 王家の力が失墜するこの時まで。
 グラニアを支え、庇う知略家を、引きずり出すこの時を。
 読み通りに姑息なドブネズミは排水溝から顔を出した。グラニアが絡むと冷静さを失うケイネスは、エンリケの失態から出た王家の醜聞に飛び出してきた。
 フレアの婚約破棄に、ユリアの辺境伯との結婚――これはグラニアとケイネスの計画に反することだ。
 いつもなら、こそこそと隠れていて、暗いところをうろちょろしながら逃げ回って尻尾を掴ませないのに。
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