42 / 73
42、砕かれた宿願
しおりを挟む歌うように罪をなぞるフレア。
酸欠の魚のように、ハクハクと口を開け閉めするケイネス。
これは墓まで持っていくと、ケイネスは決めていた。
ばれてしまえば、すべてが台無しになってしまう――だが、周りに祝福されて、二人の運命を紡ぎ直すにはこれしかないと考えだした秘策だというのに。
「フ、フレア……待ってくれ。お前はどこで、どこまで知っているんだ?!」
「さあ? 多分ほぼすべてではないかしら?
その娘を自分に惚れ込んでいる娼婦に預けて、お父様を騙してアシュトン公爵家の次女として遇させたこと? ユリアはお父様の娘ではなく姪で、本当はわたくしの従妹で、エンリケ殿下と異父兄妹であること?
わたくしとエンリケ殿下を結婚させ、ユリアに公爵家を継がせ、それぞれの子供を結婚させればグラニア妃と伯父様の血は孫の代で王族と貴族として交わる。そして、正しい婚姻として成立すると思っていたのでしょう」
本当に気色悪い話だ。
グラニアとケイネスの秘密の関係はけして公にできない。
王家としても致命傷だし、今度こそケイネスの首は物理的に飛ぶだろう。
秘める恋ならずっと慎ましくしまい込んでいればよかったのに、二人は自分たちの恋や愛が正しいという証明がしたいがためにフレアやユリアを巻き込んだ。
実際は欺瞞と虚偽に塗れ、証明もクソもない。
二人の画策とエンリケとフレアの縁談の利害が一致し、ユリアを公爵令嬢としてアシュトン家に入れさせることができた時点で、大分作戦は成功していた。
アシュトン公爵家側で、愚かなジョージを唆したのはケイネスの手の者だ。
だが、周囲は騙せても勘の鋭いフレアは気づいた。
ユリアの赤みがかった髪は義母やジョージと一緒に見せかけたケイネスのもの。グラニアが金髪だったからか、ユリアのピンクブロンドはケイネスの赤毛より明るい色合いだった。そして、ユリアの顔立ちはグラニアに似ていた。
幼いころからアシュトン公爵家の一族の肖像画を目にしていたし、王宮に出入りしていたフレアは、若かりし頃の王妃の肖像画もたくさん見ている。
だから、ユリアの両親よりも類似性のある人物を見つけたのだ。
ケイネスの乱心は、アシュトン公爵家ではタブーの一つだった。
だが、親切な親戚はどこにでもいるもので、頼んでいなくともせっせと教えてくれる。
だから、ケイネスとグラニアの学生時代の関係を知っていた。国王との恋愛に隠れていたが、二人はかなり深い仲だった。だから当時の当主は激怒して、ケイネスを廃嫡した。
グラニアはケイネスを選ばずヘンリーと結婚して、王妃となった。
だが、二人の恋愛は続いていた。
もともと王妃という淑女の鑑であるべき地位になったとしても、グラニアの性格が急変するはずもない。ゾエやヘンリーに散々怒鳴られても、常に愛人を持っていた。
あれは既に病気だ。『愛されている自分』を感じていたい、歪んだ承認欲求で壊れている。
そして、ケイネスが爵位は下がったとはいえ、子爵家の当主になったので王宮に出入りできるようになったのも大きいだろう。
焼け木杭には火が付き易いという奴である。
道ならぬ恋に二人は燃え上がり、結ばれない悲恋に酔っ払ったあげくこんなに気持ち悪い計画を立てたのだ。
狡賢いケイネスのことだ。問い詰めてものらりくらりと躱すし、グラニアは腐っても王妃である。純愛で結ばれたと人気を集めたので、国王のヘンリーだってグラニアを擁護するだろうから、フレアは黙っていた。
内心は怒り狂っていても、自分の立場を守るためなら王家は、フレアの訴えは黙殺する。
だからフレアは機を待った。
王家の力が失墜するこの時まで。
グラニアを支え、庇う知略家を、引きずり出すこの時を。
読み通りに姑息なドブネズミは排水溝から顔を出した。グラニアが絡むと冷静さを失うケイネスは、エンリケの失態から出た王家の醜聞に飛び出してきた。
フレアの婚約破棄に、ユリアの辺境伯との結婚――これはグラニアとケイネスの計画に反することだ。
いつもなら、こそこそと隠れていて、暗いところをうろちょろしながら逃げ回って尻尾を掴ませないのに。
80
お気に入りに追加
3,885
あなたにおすすめの小説
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
二度とお姉様と呼ばないで〜婚約破棄される前にそちらの浮気現場を公開させていただきます〜
雑煮
恋愛
白魔法の侯爵家に生まれながら、火属性として生まれてしまったリビア。不義の子と疑われ不遇な人生を歩んだ末に、婚約者から婚約破棄をされ更には反乱を疑われて処刑されてしまう。だが、その死の直後、五年前の世界に戻っていた。
リビアは死を一度経験し、家族を信じることを止め妹と対立する道を選ぶ。
だが、何故か前の人生と違う出来事が起こり、不可解なことが続いていく。そして、王族をも巻き込みリビアは自身の回帰の謎を解いていく。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。
ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」
「……ジャスパー?」
「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」
マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。
「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」
続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。
「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
【完結】愛してなどおりませんが
仲村 嘉高
恋愛
生まれた瞬間から、王妃になる事が決まっていたアメリア。
物心がついた頃には、王妃になる為の教育が始まった。
父親も母親も娘ではなく、王妃になる者として接してくる。
実兄だけは妹として可愛がってくれたが、それも皆に隠れてコッソリとだった。
そんなある日、両親が事故で亡くなった同い年の従妹ミアが引き取られた。
「可愛い娘が欲しかったの」
父親も母親も、従妹をただただ可愛いがった。
婚約者である王太子も、婚約者のアメリアよりミアとの時間を持ち始め……?
※HOT最高3位!ありがとうございます!
※『廃嫡王子』と設定が似てますが、別のお話です
※またやっちまった、断罪別ルート。(17話から)
どうしても決められなかった!!
結果は同じです。
(他サイトで公開していたものを、こちらでも公開しました)
天才少女は旅に出る~婚約破棄されて、色々と面倒そうなので逃げることにします~
キョウキョウ
恋愛
ユリアンカは第一王子アーベルトに婚約破棄を告げられた。理由はイジメを行ったから。
事実を確認するためにユリアンカは質問を繰り返すが、イジメられたと証言するニアミーナの言葉だけ信じるアーベルト。
イジメは事実だとして、ユリアンカは捕まりそうになる
どうやら、問答無用で処刑するつもりのようだ。
当然、ユリアンカは逃げ出す。そして彼女は、急いで創造主のもとへ向かった。
どうやら私は、婚約破棄を告げられたらしい。しかも、婚約相手の愛人をイジメていたそうだ。
そんな嘘で貶めようとしてくる彼ら。
報告を聞いた私は、王国から出ていくことに決めた。
こんな時のために用意しておいた天空の楽園を動かして、好き勝手に生きる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる