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39、伯父と姪
しおりを挟む紅花鳥の間は、その名の通り鮮やかな赤系の花や鳥が描かれた応接間だ。
そこには、やや神経質そうな、だが端正な顔立ちの中年男性がいた。
顔の印象は違うが、その額や顎の骨格にジョージと似通ったラインを感じる。
この男はケイネス・アシュトン。フレアの伯父であり、ジョージの兄だ。
かつては当主の座を嘱望されていたが、道ならぬ恋愛に夢中になり、その資格を剥奪された。
その後、二度と表舞台に立たせないつもりで田舎の屋敷に押し込めていたが、分家筋の子爵に不幸が重なって後継者がいなくなってしまった。そこで急遽、彼が宛がわれたのだ。
過ちがあったものの、ケイネスは優秀な後継ぎ候補だった。
公爵になる為に幅広く勉強していたので、子爵を継ぐくらい何とかなった。
だが、過去の遺恨は大きく前当主と現当主には嫌われている。
分家の子爵だというのに、公爵令嬢のフレアに礼を取ろうともせず、座っている。ちらりと不遜な視線を向けただけだ。
会う前はカーテシー付きの挨拶も考えていたが、礼儀を欠いた相手に付きあうつもりはなかった。
「何の御用かしら、アシュトン子爵」
「挨拶もナシに随分とした対応だな」
「お忘れかしら? いくら子爵家当主とはいえ、卿は祖父のお情けでその地位にいますのよ」
フレアやユリアに子供が生まれ、成長したらさっさとお払い箱にされる運命だ。
そうでなくとも、他の分家筋にでも目ぼしい若者が成長したら、すぐさま子爵当主の座は挿げ替えられるだろう。
早ければ数年もしないうちに、その爵位を取り上げられる。
ケイネスが子爵になった当時は、フレアは王家に嫁ぐ予定でどうしても空白の期間が長くなるので彼にお鉢が回ってきただけである。本当に仕方なく、という判断だ。
ジョージは分家の管理など適当に済ませるだろうから管理を委譲は出来なかった。領地が荒廃する未来しか見えなかったのだ。
若い時ならばともかく、前当主の祖父は老齢。致し方なかったとはいえ不出来な次男を当主に据えた分、自分の体に鞭打って色々手を回していた状態で子爵領を管理は難しかった。領民が困らぬようにと苦渋であり、苦肉の策だった。
よって、ケイネスは結婚も許されず、養子も取れない。領地の為だけに臨時にその地位にいるだけである。
そのことは、ケイネスだってわかっているのだろう。眉間や鼻の周囲にぐっと厳めしい皺が寄る。
普通は未婚の令嬢より、爵位が低くとも当主である方が目上となる。
だが、実家のバックボーンを考えて、下位の当主が上位の令嬢を軽んじることはない。鷹揚に構えるくらいは許されるが、当然その家の格式を見て礼を尽くすのだ。
愚かしくも、二十年以上たってもまだケイネスは公爵家の人間だという頭が抜けていないのだろう。
祖父がまだ目を掛けているうちに、女と関係を切ればここまでぞんざいな扱いは受けなかっただろうに。
フレアがそっと嘆息する、ずいずいと遠慮なく茶を飲んでいるケイネスは気づかない。
久々の良質な茶葉や茶菓子が恋しいのだろう――何せ、不倫相手は頭の出来がよろしくないので、ケイネスは都合のいい時ばかり利用され、今も困窮している。
よく見れば、纏っている服の仕立ては良いがデザインが前の物だし、着古している。
こほん、と後ろに控えていた従者がワザとらしい咳をすれば、漸く本題に入った。
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