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35、羽を伸ばすフレア

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 婚約破棄の祝電やお悔やみ、釣書に返事を書き終わったフレアは、羽を伸ばすことにした。読書や刺繍、遠乗りといった久しく没頭できていなかった個人的な趣味を楽しむ。
 アシュトン公爵のジョージは、さっそく入り始めた慰謝料にすっかり浮ついている。
 フレアが公爵邸に帰らないことすら忘れて、テーラーを呼んでいた。予定もないパーティの衣装を作ろうとしているらしい。
 訴訟も順調だ。王家もエンリケも、これは違う、関係ないと抵抗をしているものの、フレアが長年集めていた証拠はたくさんあった。
 そもそも、エンリケやそれを最も擁護するグラニアも仕事の怠慢が目立つ人間で、身勝手で傲岸だった。証言も矛盾が多く、あちらが用意した味方は証言内容が二転三転し、信憑性が失われていく。
 中には裁判中に逃げ出すし、金を握らされて、もしくは脅されて証言させられたという書置きまで残してった者もいた。
 流石にこのありさまに、状況を報告しに来た神殿の使者ですら呆れていた。
 その報告を聞いても、顔色一つ変えずフレアは微笑を湛えていた。長年あれらと付き合っていたのだから、全く予想通りでしかないのだ。
 莫大な慰謝料で、王都の一等地にいくつも屋敷――むしろ城が建ちそうな勢いであった。
 毎日、この女性の件、あの浮気の件と一つずつ報告が上がっていく。
 一括して裁判したかったが、エンリケ側がこれは違うあれは違うと認めなかったので、個別に行うことになったのだ。

(結果、慰謝料が凄く増えているんだけれど……馬鹿ねぇ。個別にするから、重複払いする罪状が増えているのよ)

 無駄な抵抗せずに、さっさと認めていれば、傷は広がらなかっただろう。
 裁判が長くなっているが、取り立てる程神殿も儲かるので、追求の手を緩めない。
 最近では、市井の新聞で王家の醜聞を面白おかしく取り上げられているという。毎日のように罪状の確定と慰謝料の金額を面白おかしく書き連ねているという。
 王家は火消しに躍起となっているが、今更である。
 既に油をしっかりと撒かれ、沁み込ませた布に火を放ったように情報という名の噂は燃え広がっている。
 エンリケやグラニアでは手に負えない。ヘンリーやゾエも火傷は免れない。精々、虫の息で焼死しない様に逃げ回れるかどうかくらい。
 フレアはそれを見に行かず、聞きに行かず、ただ遠くで焼け野原が出来上がるのを待っている。
 わざわざ情報を集めなくても、親切な人たちが元婚約者のことをせっせと報告してくれるのだから、フレアはその真偽を吟味しながら時を待つ。
 対岸の火事とは良い例えである。
 フレアは今の生活に満足している。
 王宮で飲めるのはエンリケやグラニアの好みの茶葉ばかり。いかにもお菓子も彼らの好きそうな、下品で甘ったるいものだ。外見の華やかさを重視してばかりで、滑稽な砂糖と小麦粉の合成物。
 公爵邸の茶葉だって、ジョージが好む流行遅れの外国産スパイスティーか、ユリアが好むものばかり。フレアの好みを望むならば、事前に手配をしなくてはならない。
 それはそれだけ、フレアが公爵家で存在感が薄かったということだ。
 フレアは懲りもせず問題を起こすエンリケの後始末に奔走することが多かった。
 婚約者なのだから、という言葉に片づけられて、王家に良い顔をしたがる父親と、厄介事は押し付ける王妃たち。自分の尻拭いもできない本人が一番良くないが、エンリケがそうなったのは甘やかす環境があったからだ。
 そして、その環境はもう破綻した。
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