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27、反省しない王子

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 エンリケは公務も執務も放棄してミニスと買い物で散財しまくり、王宮に戻らない。運び込むたびに、一向に減らないどころかどんどんたまる書類にげんなりした騎士達。
 フレアが今までやってくれたので、エンリケは最低限にも程がある仕事すらなかった。
 いきなりやれと言われてできるはずがない。周囲からやれとプレッシャーを掛けられ、逃げた。婚前旅行として、観光地に視察という名の豪遊をしにいってしまったのだ。
 その頃、王宮では怒鳴り声が響いていた。

「エンリケ! エンリケはどこ!? どういうこと!? フレアと婚約破棄したですって? いないならあの女をここに呼びなさい!」

 王太后――ゾエ・ブランデルが豊麗な体から怒りをほとばしらせながら、大股でエンリケの離宮を突き進んでいた。
 しっかり白粉の叩いた顔ですら隠せないほど、その顔は怒りで真っ赤に染め上がっている。
 王太后が忌々しく呼ぶあの女とは、王妃グラニアである。エンリケの生産元だ。

「あの厄病神め……母親が母親なら、子供も子供ね。ブランデルを滅ぼすつもりなの!?」

 ゾエにとって、グラニアは悪女であり、王室最大の汚点であった。
 これでその子供のエンリケがまだ使い物になればよかったものの、エンリケはそれに続くか、それ以上の駄作だった。
 グラニアさえいなければ、ブランデルの腐敗はここまで進まなかっただろう。
 ゾエは最初からグラニアを嫌っていた。憎んでいたと言っていい。
 ずっと国の為と我慢していた。大事な息子を誑かし、夫が亡くなり、引退して可笑しくもない高齢のゾエに仕事を押し付けてのうのうとしている放埓な女。
 あの女はそれに飽き足らず、ゾエとヘンリーが苦労して見つけたフレアにも難癖をつけていた。あの愚かなエンリケをカバーできる程の婚約者を育て上げたのに、それが余計、気に食わなかったのだろう。
 エンリケはエンリケで努力すらしないで、優秀な婚約者を僻んで貶していた。
 だが、この結婚がブランデルに必要な政略であると、フレアは幼いころから理解していた。粛々と、ただ自分の役目を全うし続けた。
 自分が国の歯車だと受け入れ、淡々と。
 彼女に一切、エンリケへの情などない。王家に対しても、主従としての立場や義務はあっても、それ以上は――と考えてゾエは首を振って考えを追い出した。
 あの聡明な――そして冷徹に凍った双眸を思い出すのが怖かった。
 それより愚か者をもっと叱らねばならない。
 いくら言っても足りなかった。怒りと失望はいくらでも湧いてきた。

「あの女やエンリケに、フレアの髪一筋分でも思慮があればよかったのに!!」

 血を吐くようなゾエの本音は、彼女の侍女と侍従しか聞くことはなかった。


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