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25、今までの代償
しおりを挟むそれからエンリケは散々だった。
国王に、大臣やいつも小うるさい教師たちから事あるごとに婚約破棄のことを槍玉にあげて怒鳴られ、嘲笑された。不当な対応だと訴えても、王妃であるグラニアは同意しても、それより立場の上である国王のヘンリーが当たり前だといっそう怒るのだからどうにもならない。
怒鳴りはしなかったが、フレアとの婚約破棄を知った途端に膝から崩れ落ち、絶望して泣き出す者もいた。だんだんとその余波は広がり、高官であっても職を辞する者が相次いで、王宮はどんどん空気が悪くなってきた。
「なんなんだ! どいつもこいつもフレアフレアと!! 俺がこの国の王子だぞ! ミニスを婚約者にしろと言うのにまだならない! この国の新たなる門出を祝う気がないのか!?」
「エンリケ様ぁ? そんな怖い顔しないで。そうだ! 気分転換にお出かけしましょう? お城の人たち、酷いことばかり言ってミニス、かなしいです~」
ミニスは婚約破棄直後、少しぎこちなくなっていたが、今ではすっかり元通りだ。
フレアを追い出した婚約者用の一室を改装し、可愛い部屋にすると意気込んでいる。
フレアがいたときは簡素で味気のないものだった――一部の者たちは、改装の許可を出さなかったグラニアの嫁(予定)イビリだと知っていたが、誰もがグラニアを恐れて口をつぐんでいた。
フレアやアシュトン公爵家からの抗議が無かったので、王も黙認していた。
誰もがフレアがエンリケに――王家に愛想をつかす理由を理解していた。
アシュトン公爵家では、当主のジョージが書類を見て目を丸くしていた。
そこには、おおよその計算であるがエンリケとの婚約破棄についての慰謝料や、浮気の慰謝料の金額が示されている。
これは、フレアを王家に嫁がせるときの持参金のおよそ数倍になる。
「こ、これほどになるのか……」
フレアは予想範囲内なので、顔色一つ変えていない。
ジョージは真っ赤になったり真っ青になったり忙しない。だらだらと汗をかいている。
だが生唾を呑んで、目を皿のように丸くしている。欲望に頬が紅潮していた。ジョージにとってはそれだけ娘がないがしろにされ、傷つけた代償ではなく別の物に見えているのだろう。
爛々とした目は、まだ見ぬ金貨に眩んでいた。その目には、理不尽に晒されていた娘の姿は一切映っていない。
「お父様、これはまだ途中です。分かっている範囲、確定している範囲の請求ですわ。まだ終わっていませんの。浮気の中には殿下だけでなく、女性側に請求できるものもありますので」
フレアとしては意に沿わずエンリケと関係を持たされた女性や、エンリケに弄ばれて深く後悔している女性に対しては請求しないつもりである。見返りに、エンリケから贈られたプレゼントや手紙を不貞の証拠として提出を求めている。
女性やその実家の中には、自分たちではあの王子に復讐できないから、と涙ながらに懇願してくるところもあった。家族を失ったり、家の評判を落とされたところも少なくない。
王家や王子という肩書きは強く、平民や下級貴族だと間違いなく握りつぶされる。訴えを起こしたら、逆にやり込められる可能性は高い。そうなれば個人の被害ではなく家ごとやられるので、苦渋の決断をしたところも多かった。
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