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24、侍従サイモン・イエラデス
しおりを挟む「殿下、いつになったら書類を取りに来てくださるのでしょうか? 決裁が滞っているとこちらにまで噂が来ていますよ」
やってきたのは長い銀髪を一つにリボンで結んだ、モノクルの男だった。
顔立ちは繊細に整っており、体の線は細く耳は尖っている。彼はエルフとの混血なのだ。
彼はサイモン・イエラデス。サイモンは孤児院で慰問の際にフレアに拾われた。その頭の回転の良さを買われて、引き抜きをされたのだ。
今まで、エンリケの婚約者として、代わりに執務を押し付けられていたフレア。
エンリケの侍従たちはいたが、エンリケの太鼓持ちとヨイショの為だけの存在であり、事務能力や補佐能力は極めて低かった。何をするにも愚鈍だった。
当初フレアは仕方なく、補佐をできる文官を求めた。しかし、王宮から出仕した文官は、王妃のイビリですぐにいなくなってしまった。仕方なくフレアは自分の伝手や、アシュトン公爵家の使用人を使って仕事をしていたのだ。
ちなみに、エンリケはずっと女漁りに精を出していた。
仕事はフレア、成果はエンリケに回されるのが当たり前であり、感謝もなくその環境を甘受していた。
当然、そんなエンリケがサイモンの言葉を素直に取り合うはずもない。
「は? そんなのフレアの仕事だろう? 俺には関係のない事だな」
サイモンは一瞬だけ、目を鋭く眇めたが――それはすぐさま自制された。
一瞬で沸き上がり抑え込まれた怒りと呆れに気付いたのは、本人だけである。
これは本来、この色ボケ王子とお花畑王妃に課せられた仕事だ。
フレアの苦労を知っていたサイモンは、この馬鹿王子にも解るようにできるだけ丁寧に説明した。
「恐れながら殿下、その認識は間違っておられます。フレア様が公務や執務に携わっていたのは、あくまで殿下の代行です。最初に執務を引き受ける際も『婚約者の間の限り』ということで契約を交わしております。
既に殿下から婚約破棄を求められたので、フレア様は王家の執務や公務に携わる権利がありません。そもそも、やる義務もないのです。あのプロムナードの日をもって、フレア様は一切において無関係となっております」
「フレアは貴族令嬢だろう!? 貴族は王家のしもべなんだから、命令されればやるのが筋だろう!?」
「なりません。決裁印はいわばエンリケ殿下の玉璽。既に婚約者でなくなり、信頼関係も喪失した状態です。フレア様が触ることはありません。もとより、これは全てエンリケ殿下が行うことです。アシュトン公爵家の使用人たちも、勿論撤収させていただきます。
執務や公務に携わるものは、既に各大臣及び貴族院の許可の元、議会の資料室で管理しております。決裁印は大事な物ですので、陛下の預かりとなっております。では、失礼します」
取り付く島もない、淡々とした言葉で切り捨てたサイモン。
下手に関われば、フレアが罰せられるのだから、エンリケの言葉を取り合ってはならない。
サイモンの主人は、エンリケでも王家でもアシュトン公爵家でもない。フレアという個人だ。
先ほどまでミニスに鼻の下を伸ばしていたエンリケは、サイモンの言葉に途中からついていけなくなっていた。
引き留めることもできず、優秀な人間が目の前からいなくなることを分かっていない――今まで、執務や公務に携わっていたのは、すべてフレアとフレアの使用人たちだけだ。
自分の侍従や取り巻きが、全く使い物にならないと気づいたのはだいぶ後になってからだった。
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