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21、幸せな勘違い
しおりを挟むフレアが何度もエンリケに声をかけたのは、問題を起こしては知らんぷり、放置して爆発寸前や、爆破した後の処理を押し付けるからだ。
少なくともメイドの知るフレア・アシュトンはエンリケには冷ややかであったが、物静かで公平な人であった。出来過ぎている程、優秀な人だった。
とても美しい人でもあるので、新人が緊張するのは恒例行事だった。少しのミスくらいならば口頭で注意を促す程度だし、王妃グラニアと違ってヒステリックに喚いて、扇や鞭を振り回さない。
情熱とは程遠い人ではあるが、エンリケが非常識過ぎて冷徹になるだけである。
フレアは自分の仕事をプライドを持って完遂するが、エンリケに何ら期待をしていなかった。婚約者の義務だから仕方なくやっていたにすぎない。放置すれば悪化しかしないので、彼女が動いただけだ。
エンリケの為というより、エンリケのせいで迷惑を被る人の為というスタンスを感じた。
そういう周りへの気配りをかかさないフレアを慕う人が多くいる。
だが、これだけ今まで迷惑と恥をかかされた彼女が未だにエンリケに未練があるとは到底思えない。もし自分がフレアの立場なら、婚約破棄を打診されたら泣いて感激するだろう。喜びでむせび泣いて動けなくなる。
それを婚約のやり直し? 側妃にするために? やっとお守りを解放されたのに?
ありえない、と周囲が驚愕を持ってエンリケを見ているが本人は気づいていない。
「エンリケ。お前はどこまでも腐っているのだ。彼女を王妃にしたいのは分かる。だが、公爵令嬢を側妃? 男爵令嬢を正妃に据えたいと?」
「そうです。僕の運命の女性はミニスなのですから!」
そんなことをしたら、この婚約破棄に関わらない貴族まで蜂起する可能性がある。
貴族は絶対的な階級社会だ。
婚姻は次代に繋げる必要がある大切な契約だ。同年代の男女を引き合わせるなどの都合はあるが、基本格の相応しい同士を引き合わせる。
外交的な意味や派閥の勢力の調整なども含め、綿密に考えられて成されるものだ。
ヘンリーとグラニアの婚姻もかなり荒れたのだ。
だからこそ、エンリケは真っ当に婚姻をしなければならない。
連続でそういった都合を無視したら、ブランデルが破綻する。ただでさえ、近年の不況でどこも不満がくすぶり、王家の信頼と威信が陰っているというのに。
「それは罷り通らぬぞ、エンリケ。そもそもアシュトン公爵家も、フレアも受け入れぬだろう」
馬鹿にしているにも程がある。
エンリケの悪評を知る貴族は、王家と縁戚になるメリットがあったとしても娘を嫁がせたがらないだろう。
フレアやアシュトン公爵家から名誉棄損の損害賠償や今までの慰謝料を請求されるのは目に見えている。それの巻き添えを食う可能性が非常に高い。今まで妃となる前提で長時間拘束されていた分だけ、裏切りの対価は大きい。
それ以外にも、今まで散々不貞を繰り返していて、問題となっているのだ。
いくつ散らばっているか分からない爆弾を分かっていて、挙手する家などない。
ミニスの養子先ですら難しいだろう。エンリケが男爵令嬢のミニスを娶るとなると、そういった後見人となる家が必要となる。手っ取り早いのが養子縁組だが、エンリケ同様に嫌がられるのは目に見えていた。
何もわかっていないエンリケは、どんな納得の仕方をしたのか陽気に答える。
「わかりました。父上。俺がフレアを説得してきます。そうしたらミニスと結婚できますよね!」
そういって、返事を聞かずにエンリケは走り出した。ヘンリーの制止も間に合わず、アシュトン公爵家に向かったのだ。
ヘンリーは止めようとしたものの、多大なストレスでめまいがして、思わず座り込んでしまう。
膝を付く王の姿にメイドたちは慌てて医者を呼び、その場は騒然となるのだった。
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