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7、グラニアの愛人

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 恐らく王家であっても、一括で支払うのは難しいだろう。
 そして、慰謝料を出し渋って支払いが遅れれば、その分利息が発生するように契約している。
 王家相手なのだから、相場の半分でとかなり負けに負けた利息を設定した。
 あとで払うと踏み倒されない様にという処置だが、その分は全て神殿に寄付金として納めている。そのキックバックがあるから、神殿もこの契約を絶対に履行する。

(神殿には王妃の愛人がいらっしゃるから、もみ消される恐れがありましたが……)

 かつてはかなり高地位に就いていたが、学生時代に王妃に入れ込んで機密を漏らしてしまったと聞く。
 当時は王妃に聖女の資質が発現した直後ということもあり、うやむやとなった。
 現在を見ればわかるように、それは資質でしかなく開花はしなかった。蕾は蕾のまま、枯れたのである。
 結局、彼女はブランデル王妃となることを選び、神殿で人生を捧げることはなかった。
 これがきっかけで、愛人は出世街道からそれた。上層部や同僚から激しい顰蹙を買い、傅かれる人間ではなく裏切り者と疎まれるようになった。
 類まれなる光属性の魔法を行使できたが、それでも補いきれない失態となった。
 王妃の為に横領まで手を染めたと聞いたし、不倫関係にあったという噂もあった。

(ケイネス伯父様と同じように、また彼も嘱望された未来を追われた)

 真っ当に道を進んでいたら、枢機卿となり、ゆくゆくは聖下と呼ばれる法皇・教皇と言っていい立場となるはずだっただろうに。
 ブランデルのシンデレラストーリーの華々しい登場人物たちの大半は、殆どと言っていい程に立場を悪くしている。
 ブランデル国民――特に平民の中では煌めくような学園恋物語でハッピーエンドだが、その後の現実を知るものは少ない。
 彼らの末路全てを知る者は、貴族の中でも一握りだろう。
 『素晴らしい物語』『めでたしめでたし』で終わらせるために、誰かが緘口令を敷いている。

(それでも、少し調べようと思えば調べられなくはない。人の不幸を好む蜜蜂はどこにだっているのだもの)

 甘い甘い夢物語より、蝕むような毒蜜を好む人間は案外多い。

(ああ、念のため神殿へ、少し心付けをしておきましょう。きっと話の通じない妃殿下やエンリケ殿下がお怒りになるから、難航するわ。彼らにはとても労力を要す交渉となるでしょう)

 神殿絡みの契約を違反すれば、良くて祝福や巡礼の拒否程度だ。それでも十分なほどの悪評判となる。
 だが、最悪この大陸でもっとも力のある宗教から破門になる。
 神に見捨てられた冒涜者として、最悪のレッテルが張られた人間は、王族を名乗れなくなる。忌み嫌われるだろう。そう言えば、立場を危ぶまれた彼らはなんとか慰謝料を払おうとするはずだ。
 王族というプライドだけで生きているから。

(甘い汁は吸いたがるけれど、義務や責務は全うしないのよね)

 彼らが神殿の真っ当な請求を論破できるだけ材料があればいいが、この慰謝料はエンリケの酷い浮気が原因だ。そして、それを真実の愛の為と是認する王妃が悪い。
 彼らが騒げば、原因が周知される。
 それは、彼らの更なる致命的な痛手となる。
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