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2、公爵令嬢フレア・アシュトン
しおりを挟む「この卑劣な毒婦め! なんだ? 申し開きがあるなら言ってみよ」
「もしブレア・アルシュタートなる人物がわたくしだと仰っているなら、名前が違います。わたくしはフレア・アシュトンです。エンリケ・ブランデル王子殿下」
「………え?」
「ブレア様は貴方の二十五番目の恋人です。アルシュタート夫人は隣国の伯爵夫人です。五年前に起こしたエンリケ殿下の不倫が外交問題に発展し、外向きの公務が一切禁止になった原因の方です」
運命の愛だの恋だのの末にできた王子は、きわめて馬鹿だった。
彼は二十歳だが、フレアは十八歳。なのに、同時に卒業を迎えていると言えば、そのおつむのできが分かるというものだ。王族というアドバンテージですら、フォローできなかったのだ。
勉強でも剣術でも切磋琢磨することを嫌い「俺も父上や母上の様に運命の恋人に出会うんだ!」と息巻いてサボりまくっていた。
学園でも出席日数も足りなければ、試験もサボり、追試もサボる。何とか騙しに騙し、学園側がこれ以上いて欲しくないという思いも強くて卒業できたくらいだ。
彼の奔放ぶりは昔からあったものの、十二歳を迎えて房事を覚えてからにさら悪化した。発情期の獣の方が慎みのあるような女漁りを始めた。
なんで本人よりフレアが覚えているかと言えば、エンリケは問題を起こすくせに自分で処理ができない。
その問題が大爆発したところで、周囲に押し付けるのだ。
父親である国王は口では諫めるがエンリケに能力がない事を解っている。母親の王妃は兎に角エンリケに甘かった。
結果、王子と幼い頃に婚約を結ばれたせいでこういった処理能力に慣れたフレアにぶん投げられるのだ。そして、エンリケはフレアが何とかすると、へらへらと遊び歩いて、また問題を起こすという理不尽スパイラルが出来上がっていた。
エンリケは散々フレアに迷惑をかけているというのに、まともに名前を憶えていなかった。
そもそも誕生日にプレゼントどころか花一つ、メッセージカード一つない。婚約者同士だからと言って設けられたお茶会は基本無断欠席、最低限の礼儀もない。公務である社交であっても、平気で他所で女性とデートしたり、更に悪ければ別の女性をエスコートして問題を起こすのだ。
やらかせば必ずフレアを頼る。むしろ、彼からくる手紙はそれしかない。
余りに蔑ろにするから、エンリケの側近や従者もフレアに対して居丈高だ。
「二十五番目の恋人……?」
フレアの暴露にミニスが怪訝そうな声を出して、エンリケをちらりと見る。
「ご安心ください。既に恋人ではありません」
「なんだぁ」
フレアの言葉にほっとしたミニスに、エンリケが首を傾げる。
「おい、そんなのいたのか? 誰だそれは?」
「殿下はお忘れのようなのでご説明いたします。ブレア・メルケア様はエンリケ殿下の寵愛を得てお子を御懐妊なさり、わたくしに婚約解消を求めました。わたくしもお子には罪もないし、エンリケ殿下の度重なる不貞と散財と問題行動に愛想などとっくに尽きに尽き果て霞すら残っておりません。愛も情もなく一人の貴族としての義務として殿下の婚約者をしておりましたので、ブレア様に喜んでお譲りしました。
ブレア様の家は傾いておりましたが、侯爵令嬢でしたので身分の問題はクリアしていました。
ですが、王太后殿下と王妃殿下の苛烈な婚約者教育と、エンリケ殿下の浮気で心身をやんでしまわれました。特に孕み腹では床に呼んでも興ざめだとエンリケ殿下がブレア様のご姉妹に手を出した挙句、妹君の方をお選びになったのを苦に、自ら毒杯を飲んで儚くなられました」
フレアは覚えている。
同じ年代で同じような名前で、同じ高位貴族の令嬢
ブレアは肉感的で溌溂とした、健康的な色気のある美しい令嬢だった。
だが、最後の葬式で見たブレアは見る影もなく窶れ、その太陽のような笑顔はなくなっていた。
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