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胃袋を掴みたい婚約者(クロード視点)④
しおりを挟むふと、クロードはベアトリーゼが簡易なドレスの上にエプロンを身に付けているのに気づいた。
また何かを作っていたのだろうか。
貴族の令嬢は基本厨房には入らない。古く伝統のある家は特にそうだが、下級貴族などでは珍しいものでもない。
マルベリー伯爵家は歴史と伝統のある家柄だ。立派な上級貴族であるがそのあたりは緩い。
好きな人に尽くすのが大好きなベアトリーゼは、よくクロードの為に色々拵えて持ってくる。
幸い、クロードの婚約者は消し炭やダークマターを錬成するタイプではなかった。
大抵差し入れられたものは、美味と言えるものである。
それもそのはず。ベアトリーゼの手料理は何度もレシピを試しぬいた完成品のみがクロードに納められ、未完成品はその他に納められる。
愛の為には妥協をしないベアトリーゼである。
「今日は定例のお茶会ではないのに来ていただけるなんて。お時間はございますか? お昼は御一緒出来まして?」
「いえ、少々顔を見に立ち寄っただけです。また仕事に戻りますので……」
顔を見に来たのは本当だ。
あと、ダニエルの腐った所業についての確認と釘差しの為である――ダニエルは先触れを出したというのに、逃げ出したようだが。
「そうですの、残念ですわ。あの、よろしければお弁当は如何ですか? クロード様はお忙しいでしょうから冷めても美味しいものを詰めますので、好きな時にお召し上がりください」
控えめながらに縋るようなベアトリーゼの眼差しに、クロードはそれくらいならばと頷く。
職場にも食堂はあるが、込み合っている時間をさけつつ仕事のキリの良い時に向かうと大抵人気のメニューはなくなっている。そして、不人気のメニューをもそもそ食べることとなる。
最悪、何も残っていないことや食堂が営業時間外だと閉まっていることもある。
そうすると、軍備品の携帯食を齧りながら冷めた茶か水で押し流す羽目になる。
ベアトリーゼの差し入れが来るまで、修羅場の友は常にこれだった。味は最悪で栄養価は少々偏りがちだが腹にはそれなりに溜まるのだ。
「嬉しい! その、ちょっと新しいレシピで作ってみましたの!」
ニコニコするベアトリーゼに、家宰も微笑ましそうに表情を緩めている。
ダニエル達を見るときの、出し忘れて異臭を放つ生ごみを見る目とは大違いであった。
ふと、クロードは弟のことを思い出した。
(そういえば、最近ローゼス……フォアグラがとれそうに膨らんでいましたね)
たびたび新レシピの実験台になる弟だが、激太りという容姿を犠牲にしてベアトリーゼとのダイエットに付きあってもらうという名の稽古をつけてもらっている。
ガチョウではないが、立派な脂肪肝になっていそうなメタボフォルムだった。
最初は何事かと思ったが、婚約して二年ほどして慣れた。
クロードが何かが美味しかったというとベアトリーゼは小まめにリサーチして、クロード好みの味を徹底分析・研究してくるのだ。
渡されたバスケットはやや大きかったが、くいっぱぐれるか不味い飯をかき込むよりはマシである。
ベアトリーゼの愛情の込められた、クロードの為の幸せの重さだった。
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