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可哀想な婚約者(クロード視点)③
しおりを挟む初恋と共に覚醒したベアトリーゼは絶好調だった。
かつてはすっかり冷遇するようになった父親や、大きな顔をする義理の家族たちに表情は陰ることが多かった。
今はシカト気味なほど気にしていない。
そんな暇があるならといわんばかりに、愛しい婚約者の為に素材にこだわった料理を趣味とし始めた。
時折現地に買い付けに行くほど、アクティブに動き回っている。
「お嬢様、これは何の牛ですか?」
「黒毛和牛? ズドーンってマッチョで大きい割には繊細なサシが綺麗に入っていていいわよね。ちょっと二足歩行していたけれど」
「それって魔物じゃないですか……?」
「え? ひいひいお祖母様直伝のレシピによると、黒い二足歩行の牛は『最高A5ランク黒毛和牛』だそうですわ。
少々気性が荒いのが難点ですがどの牛よりも美味なので、見つけたら即座に首をコキャッとやれとありました。暴れて肉が傷つくことや、堅くなることがあるそうなので」
コキャッとの部分で、両手で何かを挟んで回すようなしぐさをするベアトリーゼ。
厨房に居た料理人たちは、肉の成れの果てで唯一残った頭を見る。
すっかり光を失った目は、どこか悲し気であった。
この牛もまた、ベアトリーゼの愛の犠牲になったのだ。
あまり知られていないが、強力な魔物の中にはそれはそれは美味な食料となる物が少なからずいる。
だが、大抵は食べる前の狩るという段階でつまずいて食卓に上がる可能性はほぼゼロに等しい。
「普段は僻地の住処から滅多に出てこないらしいですけれど、珍しく群れで見つけましたの。
思わず全部仕留めてしまったけれど、正解だったわ。
クロード様にお召し上がりいただくレベルになる前に、肉がなくなってしまうところでしたもの」
多分その群れは、人間の集落を襲撃に来た魔物の軍勢というべきものだったのだろう。
魔王はここ数百年とんと音沙汰もない存在感だが、時折腕に覚えのある魔物たちが徒党を組んでやってくるのだ。
大抵、ポプキンズ辺境伯領を大きく迂回してやってくる。
あの場所を通るとサクッと討伐されてしまうからだ。
「今回は軽食の様に食べやすくハンバーガーにしましたけれど、次はステーキかハンバーグにしようと思っていますの。
お仕事を頑張っているクロード様には、精を付けていただければ!」
これをきっかけに、クロードに『黒毛和牛』ブームが来てしまい近年ハルステッド王国の脅威となり、悩ませていたミノタウロスの軍勢がとある勇者の末裔に御命頂戴されることとなる。
ちなみに、最後のミノタウロスの首領を仕留めた時の彼女のセリフは
「最近の食糧は、生意気に武器なんて持っているのね」
だったそうだ。
ミノタウロスを肉といって何が悪い。
ついに彼女は黒毛和牛の真実に気付かぬまま、ハルステッドから根こそぎ殲滅したのだった。
ちなみにクロードが自分の好物の正体を知るのは、彼がマルベリー伯爵となって数年後にとある倉庫で大量のミノタウロスの斧を発見したのがきっかけである。
稀少なミスリル合金で作られた頑強な斧は、鉄の鍬と同じように並べられていた。
色々と胸に去来する衝撃はあったものの、また『黒毛和牛』が迷い込まないかなと思うあたりクロードも相当図太かった。
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