真実の愛に目覚めた伯爵令嬢と公爵子息

藤森フクロウ

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理解しかねる婚約者(クロード視点)③

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 見えなかった。目の前で移動していたのに、全く見えなかった。
 残像すら追うことができず、目の前に突如出現したとしか思えない少女に目を丸くしてしまう。
 マルベリー伯爵家は、勇者の血筋――抜群にして卓越した身体能力を秘めていると聞く。武勇や列伝を数多く残す一族だ。
 エチェカリーナも相当なものだが、彼女のポテンシャルはその上をいくかもしれない。
 文官とはいえ、クロードはその辺の兵にも負けないほど鍛えている。
 ローゼスも目で追えなかったのだろう。クッキーをほおばるのも忘れて紅茶に沈めていた。

「あれ、ベアトリスじゃなかったっけ?」

「ベアトリーゼ嬢ですよ。先ほども伯爵がいっていたでしょう」

 女性の名前にあまり興味のないローゼスが、さっそく名前を間違えているので訂正する。

「セシリア嬢とは会ったことがありましたが、貴女とは初めてですね。
 私はクロード・ケッテンベル。公爵家の次男です。ローゼスも挨拶しなさい」

「はじめましてー。僕はローゼス・ケッテンベル。ケッテンベル公爵家三男」

 きちんと名乗っただけ、散々言い含めた甲斐があったものだ。
 ローゼスはこの年齢で女性にモテるが、本人は異性といるより棒を振り回したり木登りをしたりする方がまだまだ楽しいお年頃だ。
 だが、女の子に追い回されているせいか扱いが邪険な傾向にある。
 ちなみに追い回す女の子たちには、セシリアもいる。その為、ローゼスはマルベリー家に行くのを非常に嫌がる。

「顔を上げてください、ベアトリーゼ嬢。貴女には選択肢があります」

 しゅばっと機敏な動きで顔を上げたベアトリーゼ。おさげが勢い余って良く揺れている。
 クロードを見つめる若草色の目はきらきらと輝き透き通っている。
 来た時の俯きがちの姿が嘘のようだ。
 小さい女の子にこんな憧憬のような視線を向けられたのは初めてのクロード。
 一瞬、口を閉ざしてしまう。
 おやつを目の前にした子犬のように、期待を胸にはち切れんばかりのクロードの言葉を待っているベアトリーゼ。

「貴女は十歳。私は二十二歳。だいぶ年齢が違います」

 こくこくと頷き、一言も聞き漏らさないようにしているベアトリーゼ。
 恐れや畏縮はなく、その目には只管に満天の星のような輝きが宿っている。

「マルベリー伯爵には内密にしておりましたが、私か弟のローゼス、どちらかと婚約を結んでいただければこちらは構いません。
 貴女は前当主エチェカリーナの娘ですし、貴女の御爺様であるポプキンズ辺境伯ともいざこざを立てたくありません」

 だから、ローゼスが気に入ればそちらを選んでも良いのだと伝えたクロードだが、ベアトリーゼの反応は予想と違った。
 凄まじい勢いで「クロード様で!」と即答しながら、じりじりと物理的にも距離を詰めてきた。
 余りのゴリッゴリの圧に、普段冷静なクロードも折れるように了承した。
 ハルステッドの成人は十八で、大抵貴族用の学園の卒業を待って結婚する。
 十二歳の年の差があるので、クロードはその時三十路である。
 そもそも、クロードは忙しい。それも伝えたが折れないめげない諦めないのベアトリーゼ。
 やっぱりこんなオッサンヤダとか言い出すのではないか、と思ったがも「絶対はなさんぞおお!」と言わんばかりに若草色の瞳はクロードをロックオンしている。
 珍しく茫然と動揺で言葉に詰まるクロード。
 先ほどの頼りない姿が冗談のようだ。ベアトリーゼの押せ押せ具合に、ローゼスは固まっている。
 事の成り行きを静かに見ていたフリードが、堪えきれず笑いだした。

「どうやらベアトリーゼ嬢はクロードがお気に召したようだ。クロード、折角だからそのまま庭でも案内してやるといい」

「お義兄様! 恩に着ます!」

 がっとクロードの首に抱き着いてきたベアトリーゼ。ここ一番にいい笑顔である
 クロードは仕方なく立ち上がり、ベアトリーゼを抱き上げて庭の散策をすることとなった。
 父がいない間、ダニエルがどう出るかを見に来たフリード。
 ダニエルはクロードの前に尻尾を撒いて逃げて、この縁談を少しでも良い物にすることを放棄してベアトリーゼに押し付けた。
 フリードは少なくとも、ベアトリーゼを気に入ったようだ。
 庭の散策から戻ってきた後は抱っこはしていないが、クロードの手をギュッと握りしめて尻尾があったらぶんぶん振ってそうなほど懐いていそうなベアトリーゼ。
 クロードは理解できないが不愉快ではない複雑な思いを抱きながら、その小さな手を握っていた。
 

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