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8巻
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「さぁ、座って。遠慮なく食べて! 今回は身内のお食事だから、テーブルマナーや順番も省略よ! みんな育ちざかりなんだから!」
シンを自分の隣に座らせたミリアは、さっそく目の前にある料理の説明をする。移動中もそうだが、ずっとべったりだ。
楽しげな彼女はにこにことシンの世話を焼いている。
シンは虚無顔になりながら、差し出されたパンを口にしている。
「シン君、ご婦人にかなり気に入られているでござるな……」
「あのおひぃさん、絶対敵に回さん方がええタイプやわ」
本能的に危険を察知したカミーユとビャクヤがヒソヒソ声で喋っていると、くるりとミリアが振り向いた。
かなり気まずい。
まさか聞かれていると思わず、二人はびくりとする。
だが、ミリアは美貌スマイルでその気まずさをスルーした。
「あらお姫様なんて、お上手な狐さんね。これでも子供がいるのよ?」
「「え!?」」
ミリアの爆弾発言に、カミーユとビャクヤが凍り付いた。
固まる二人に、シンは「わかる」と頷く。
実は、二人ともミリアを宰相夫人ではなく、宰相令嬢だと思い込んでいた。
あまりにも若く見えたのだ。
ティンパイン宰相のチェスターは四十代で、年齢相応の外見をしている。一方ミリアは二十代くらいに見え、彼の妻だと思われない。
アンチエイジングの鬼であるミリアは、その飽くなき努力によって美貌を維持している。
シンお手製のスキンケア用品を使うようになってから、その若々しさはさらに増していた。
結果、二人は宰相令嬢じゃなかったとしても、第二夫人や後妻ではないかと考えていた――ナチュラルにそういう考えが出てくるのが、テイランで培われた悲しくも爛れた結婚観である。
「僕は会ったことないけど、息子さんは二十代後半と半ばだよ」
シンが発した言葉に、鈍器で頭を殴打されたような衝撃を受ける騎士科コンビ。
その反応を見て、シンは再び頷いた。
彼も初めて聞いた時は衝撃を受けたものだ。だからこそ、二人の心がよく理解できた。
「……ちなみにご種族は?」
恐る恐るビャクヤが聞くと、茶目っ気たっぷりのミリアが明るく答える。
「純粋な人間よぉ」
「二人とも、言いたいことはわかるけど、顔は無理だとしても口には出すなよ」
シンの忠告を受け、二人は同時に口を押さえる。
うっかり余計な言葉がまろび出てしまいそうだった。
顔からは驚愕と混乱が駄々漏れだったが、レディにデリカシーのない発言をするのは避けられた。
「あ、そうそう。宿泊はこちらにするといいわ」
「そこまでお世話になるわけには……」
遠慮して口籠もるシンに、ミリアが微笑みかける。
「でも、ここ以外に行くと、駄々こねたティルレイン殿下くらいならともかく、国王陛下にゴネられたら王宮に連れていかれちゃうわよ?」
「お世話になります」
シンの天秤はあっさり傾いた。
王宮でお世話になるくらいなら、貴族のお屋敷――それも気心が知れているドーベルマン邸の方が安心だ。
何より、ここのご飯はとても美味しいと知っている。
王宮にいたら、嫌でも王族に会うだろう。
タニキ村でも脳内お花畑な第三王子によく出くわしていたが、それとは比較にならないガチなロイヤルと遭遇する恐れがある。
というより、シンはすでに一度トップオブトップの国王陛下と、予期せぬ邂逅を経験済みだった。
グラディウス王はチェスターがことあるごとに「ロイヤル馬鹿」とこき下ろすくらいには、お気楽にその軽すぎるフットワークを披露してくれるのだ。
本日の宿泊先が決まったところで、ようやく食事が始まった。
どんどん皿の上の料理がなくなっていく。
三人の堂々たる食べっぷりを見て、ミリアは嬉しそうだ。
最初は緊張していたが、三人とも美味しい料理にすっかり夢中になっている。
拙さや若さを感じられ、その様がミリアには可愛らしく思えた。
何気に三人ともマナーが良いのも高評価だ。美味しそうに食べつつも、がっついてガチャガチャ食器の音を鳴らしたり、大きな咀嚼音を立てたりしない。
「三人も若い子がいるなんて、賑やかになりそうね~」
うきうきしながら言ったミリアの言葉を聞き、ビャクヤはスープを口から噴きそうになる。
「あの、ドーベルマン夫人。僕らも泊まってええんですか?」
「大丈夫、大丈夫。お部屋ならいっぱいあるわよ~。ついでに、ちゃっちゃと貴方たちを聖騎士にするための手続きをしなきゃ」
ミリアは軽い口調でそう答えると、執事を呼んで何か耳打ちした。
久方ぶりに現れたティンパイン公式神子。その護衛として、他国――しかもテイラン王国出身者を雇用することに対しては、問題ないのだろうか……ビャクヤはそれを少し心配したが、シンを見て考えを改める。
シンは我儘ではないものの、頑固なところがある。そんな彼が、ティンパイン側に一方的に押し付けられた護衛を素直に受け入れるとは思えない。
もちろん相手の人となりを納得すれば受け入れるだろうが、シンの心の壁は結構厚いので、簡単なことではない。
しかもシンは目立つのは嫌いなので、不自然に歳の離れた屈強な護衛をつけられるのは嫌がるだろう。
壮年の執事が持ってきた冊子を受け取ったミリアは、それをぱらぱらとめくって説明する。
「あ、そうそう。これが契約書で、ここが試用期間中のお給料ね。これが本採用後のお給料。試用期間は三ヵ月で、条件や守秘義務とか、細かいのは後ろに書いてあるから、後で確認してね」
カラーンと銀食器が落ちる音がした。
ビャクヤの手から、スプーンが落ちたのだ。
「おきゅ……試用期間で二十万ゴルド!?」
「もごおごおおおー!?」
頬袋いっぱいに肉を詰めたカミーユが、言語にならない雄叫びを上げている。
「これでも安いくらいなんだけれど、本採用後は当然もっとアップするわよ? あと、貴方たちにどれくらい教養があるかで価値も変わるから、ちゃんと勉強しなさい。ティンパイン公式神子は王族相当の身分なの。会談とか、各国の要人がいる場所に護衛同伴で連れていけないと困るもの」
ビャクヤは頬を紅潮させて、嬉しそうに頷いた。
一方、隣のカミーユは真っ青な顔をしてそっと視線を逸らす。
座学にも俄然やる気を出すビャクヤに対し、現状でも授業についていくのがぎりぎりのカミーユは渋い表情だ。
ベクトルは違うが、二人とも露骨な態度である。
「いい? 騎士は長物だけぶん回していればいいわけじゃないの。脳筋じゃダメなのよ?」
ミリアは笑顔だが、凄まじい圧がある。そして彼女の言葉は、どんな含蓄のある格言よりも重かった。
ミリアの二人の息子は優秀な剣の使い手の騎士だが、とっても残念なおつむをしている。それに伴う弊害を、彼女はよく知っていた。
それでも今までなんとかなっていたのは、二人が時折ずば抜けた察知能力を発揮するからだ。あれは頭がいいのではなく、野生の勘だ。
ミリアの言葉に、カミーユとビャクヤは殊勝なほど従順に頷いている。本能で、逆らってはいけないことを察していた。
一方、シンは他人事のように黙々と食事をしていた。
口にしたタルトっぽいものは、甘い味ではなく、しょっぱい系だった。
風味豊かで濃厚なチーズと、砕いたナッツの歯ごたえが良い。見た目から予想していた味と違ったが、好みの味だった。
タニキ村の食事も美味しいが、この洗練された贅沢な味わいは王都ならではである。
「美味しい……」
感動と驚嘆を覚えて思わず呟くシンを、周囲にいた使用人たちは微笑ましそうに見守る。この時ばかりは、ミリアもなんの裏もなく満面の笑みである。
「あら、お口に合ってよかったわ」
「美味しくて、舌が肥えそうです。その辺の宿屋や屋台のご飯じゃ満足できなくなってしまいそうで怖いですね」
シンはそう言いつつも、今度はミートパイを切り分けて口に運んでいる。
若い体はカロリーを欲している。心でそう言い訳をして、大きな口を開けてパイを食べた。
じゅわっと広がる肉汁と、ピリッと来る香辛料がたまらない。
まだ幼さの残るシンの頬がふくふくと膨らんでいる様子に、ミリアはにっこりする。
(やっぱりシン君は癒しだわぁ~)
ミリアは隙あらば、本当に自分の末っ子として引き取りたいと考えている。
だが、シンは「高い身分は嫌でござる」というスタンスなので、じっくり時間をかけて口説き落とすしかないだろう。
シンがドーベルマン伯爵家の養子になった場合は、三男という扱いになる。後継者としては、スペアのスペア――つまり、〝結婚するまでは貴族籍がある〟という程度のポジションだ。
基本的に家督は長子から相続される。余程の瑕疵がない限り、長男か長女などが家の名を継ぐのが通例だ。
ただ、ドーベルマン伯爵家の後継者候補には、問題があった。
ミリアは内心で頭を抱える。
(うちの長男次男がアンポンタンすぎて、シン君にお鉢が回ってくる可能性があるわね……)
家を残す――というより、仕えてくれている使用人たちを路頭に迷わせないためにも、当主はそれなりに頭も人当たりも良い、交渉力のある人物が望ましい。
実子じゃなくていいのかと言われても不思議ではないが、チェスターとミリアは、実の息子たちのおバカっぷりに常々頭を悩ませていた。
あのおバカ二人に再教育を施すより、シンに学ばせた方が絶対効率がいいだろう。
(とりあえず、今は気長に……ね)
チェスターもミリアもまだまだ元気だ。もしかしたら、孫の代でトンビが鷹を生むかもしれない。
夢を見るのは自由である。
ミリアはシンの頭を撫でた後、自分の席に戻る。
できる淑女というのは、引き際を知っているのだ。
食事後、シンたちはそれぞれ部屋に通された。
プライバシーを考えてか、皆に個室が与えられている。シンは真ん中、その両脇がビャクヤとカミーユの部屋だ。
シンは部屋で荷物を降ろすと、真っ先にベッドに転がった。
「ふ~! やっぱりベッドは落ち着くなぁ」
ごろりと寝返りを打ち、柔らかいマットレスを堪能する。
自動車も飛行機もないこの世界では、徒歩か馬を利用した移動が主流である。
大容量の収納が可能な魔道具『マジックバッグ』は高級品なので、冒険者や普通の旅人が使う寝床はシンプルだ。基本は地面に敷物を敷いてごろ寝で、簡易的なテントがあれば御の字。寝心地はよくないし、獣や魔物に襲撃される恐れだってある。
貴族や豪商などは大きな天幕を張って、中に寝具を組み立てて簡易な拠点を設ける。
ドーベルマン伯爵家の寝具はかなり上等で、ティルレインと泊まった高級宿泊施設をも上回る寝心地だ。
(全然違うんだよな)
シンが勢いをつけて転がっても全然軋まないし、彼一人どころか三人くらい寝られるスペースもある。
上質なのはマットレスだけでなく、掛布団や毛布、枕など随所に至る。
今は夏なので、掛布団も毛布も薄い。でも柔らかくて触り心地がよい。朝方は冷え込むこともあるので、重宝する。
ドーベルマン邸宅の寝具は総合的に、とても寝心地がいいので、ちょっと寝転んだだけで、起き上がりたくなくなるくらいだ。
満腹なのと緊張の糸が途切れたのもあって、シンは眠気に襲われる。
ゆるゆると瞼が下りてきて、意識がぼんやりとする。やがてシンは心地よい微睡に落ちていくのだった。
◆
――一人のメイドが、シンの部屋の前に来ていた。
軽くノックをしたが、反応がない。
「シン様、少々よろしいでしょうか?」
中は静かだ。
人の気配が感じられないくらい、一切の物音がしない。
ふと、メイドは心配になった。公表されてはいないが、シンはティンパイン公式神子という、やんごとなき立場だ。
セキュリティ万全な宰相宅であろうが、襲撃して誘拐する輩が出てもおかしくないくらい、その身に宿す神々の加護と祝福は、どこでも欲しがられている。
リスクよりメリットが大きい。
シンの身辺の世話を任せられている使用人は特に口が堅くて、優秀で忠実な使用人で構成されている。
選りすぐられたメイドの判断は早かった。
「失礼します」
メイドはやや緊張しつつ、静かに扉を開く。
もし招かれざる客がいたなら、応戦する構えだ。彼女は隠しポケットに潜ませた武器に手を伸ばし、足音を忍ばせて入室した。
そっと部屋を見渡す――ベッドの上には、あどけない寝顔のシンが熟睡していた。
(まあ……お疲れでしたのね)
掛け布団もかけずに眠っている。
何気なく寝転んで、そのまま眠ってしまった――まさにそんな感じだ。
メイドから先ほどの緊張感が消え、微笑ましい眼差しになる。
掛布団や毛布の上で寝ているところをわざわざどかすのは忍びないので、彼女はそっと眠りを妨げないように部屋を出て、タオルケットを持ってきた。
起こさぬよう静かにシンに掛けると、退室していった。
しっかり扉を閉めた後、彼女は何やら思い出して声を発する。
「そうだわ、奥様にお伝えしなくては。シン様はお休みになられているもの」
ミリアはシンに構ってもらえなくてちょっと残念がるだろうけれど、リラックスしていると聞けば喜ぶだろう。
ミリアはあの小さな客人を我が子のように溺愛しているのだから。
◆
シンが眠りについている頃、神々の住まう場所では、幼女女神こと主神フォルミアルカが慌てていた。
人の世界を覗く水鏡を見ていたら、恐ろしいことが発覚したのだ。
「これは……なんということでしょう! シンさんが危険です!」
ひゃああ、と気の抜ける悲鳴を上げながら、フォルミアルカが右往左往する。
大きな力を持った戦神バロスが消滅しても、他の神々の頑張りで世界は安定していた。むしろ、以前より好調ですらあった。
そんな矢先の出来事。
もとより心配性のフォルミアルカは、散々歩き回った後で何か腹を括ったようだ。
涙目のまま顔を上げて、キッと水面を睨みつける。
水面に映り込む影。
その中で白い顔の女性が笑っていた。なんとも傲慢で毒々しい笑みだ。
「貴方の好きにはさせません!」
フォルミアルカはシンを守ると決意を固めた。
第二章 フォルミアルカからの警告
――声が聞こえる。
頼りない、小さな女の子の声だ。
眠りに落ちていたシンはおぼろげな意識でそう認識した。
聞き覚えのある懐かしい声音だが、時折、鼻をすする音と嗚咽まで交じっている。
「……い……ん――さん!」
靄がかかるように途切れていた声が、唐突にはっきり聞こえた。
「大変です! シンさん! とっても大変ですー!!」
視界に見えたのは泣き顔。そうは見えないが主神フォルミアルカである。
長い金髪を振り乱し、碧眼が潤んでいる。
泣きはらした顔でシンに迫ってきていた。
「一大事です! えまーじぇんしーです! 危険です! でんじゃーです!」
涙がシンにかからんばかりの勢いで、ぐいぐい来る。
シンは寝起きのぼんやりとした思考でフォルミアルカを見て、桃源郷のように花が咲き乱れる周囲の景色に「ああ」と納得した。
おそらく、ここはフォルミアルカの神域だ。
「お久しぶりです、フォルミアルカ様。で、何が危険なんですか?」
挨拶しつつ起き上がったシンは、ついでに自分の姿を確認する。
以前ここに招かれた時のようにベビースタイルにされていたら困るが、今回は大丈夫だった。
「シンさんが狙われています!」
「誰に?」
「エマです!」
フォルミアルカが出した名前に、聞き覚えはない。シンは首を傾げる。
「どこのどちら様ですか?」
「テイランの王妃です!」
レスポンスが早いのは良いことだが、やっぱり面識はない気がする。
全然顔が出てこない。
この世界に召喚されたばかりの頃、テイランの王城でそれらしき女性は見たかもしれない。そのくらい曖昧な認識だ。
「テイランって……雪で国が潰れていなかったっけ?」
「彼女は神罰の災害に呑まれる前にいち早く逃げ出し、いろいろな場所を渡り歩いて、ついにティンパインに居つくことに成功してしまったんです!」
シンの質問に、フォルミアルカは答えていく。
ティンパインに来ているのであれば、危険かもしれない。
シンは改めて記憶の中でテイランの王妃の姿を思い出そうとするが、派手めの人がいた――という記憶がおぼろげにあるだけだ。
やはり無理だった。
以前に話題として耳にしたのは、蛇の魔物のオークションでティンパイン国王のグラディウスと競い合ったのが、その王妃らしいという情報くらい。
(どっちにしろ、良い印象はないな。テイラン出身の二人から聞いても、王侯貴族の腐り方は半端じゃないらしいし)
連中は兵器として利用する目的で人をポンポン召喚して、他国に喧嘩を吹っかける。
利用価値のない人間は僅かな手切れ金を持たせてサヨナラ。スパッと別れられたらいいが、下手に内部情報を知ってから離れようとすれば、始末される。
良い話はほとんど聞かないので、シンの中でテイラン王族は腐った人間に分類されている。何から何まで印象が悪すぎる。
絶対にシンの楽しいスローライフは木っ端微塵にされるだろう。
当然、お付き合いは勘弁願いたい。
のんびりしているように見えるシンに、フォルミアルカは泣きながら情報をもたらす。
「彼女は非常に危険で厄介なスキルを持っているんです! いくらシンさんでも危ないのですー!」
わあわあと騒ぎながら、両手をばたつかせるフォルミアルカ。
目の前でこれ以上にない大騒ぎをして慌てている彼女を見ると、シンはかえって冷静になっていった。
「どんなスキル?」
「『魅了』です。他にもあるのですが、彼女が最も得意としていて、危険なスキルはそれです」
「僕もあっさりかかっちゃうやつですか?」
シンはそれなりに冒険者稼業をやっていて、レベルも高いし、ステータスも相応に上がっているはず。さらに異世界転移特典や神の加護といったプラス補正もある。
総合すると、簡単に魅了される気がしなかった。
「そんなことさせません! 主神ガードで、そんな悪いスキルはシャットアウトです!」
そう言って飛び上がったフォルミアルカは、シンの額をぽちっと押す。
額から温かさが伝わり、それは脈打つように全身に広がった。
シンがぎょっとして自分の体を見下ろすと、オーラのようなものを纏って仄かに発光しているのがわかる。
「これでシンさんは大丈夫……なんですが、あくまでシンさんだけなんです。周りの人は、主神ガードができないんです。シンさんは多くの神々の加護を受けているので、干渉が可能なんです」
フォルミアルカが、とつとつと喋りはじめる。
先ほどまでの勢いは萎れ、非常に申し訳なさそうにしていた。
「つまり、このガードは僕だけが特例で、他の人はその限りではない……と」
「はい。エマがシンさんの周囲の人を『魅了』で操ってしまう可能性はあります」
フォルミアルカはこくりと頷いて、シンの言葉を肯定する。
いくら本人が無事でも、周囲の人々が操られてしまったら、シンは身動きが取れなくなるかもしれない。
彼女もその状況を危惧しているのだろう。
「こちらとしてもエマを止めたいのですが、彼女はまだ行動前です。何も起きていない現状ですので……神々は基本、人の世に無闇に干渉してはいけない決まりです。つい最近、大きな神罰を行っていますので、なおのこと今動くなら慎重にならないといけないのです」
神々の力は強大だ。だからこそ、乱発したり使い所を誤ったりしてはならない。
「人のことは人でなんとかしなきゃならないってことですか」
「はい。基本は人の問題は人で解決が鉄則です」
神々は人の世に過干渉してはいけないのだ。
天変地異や魔王発生など、脅威や危機のある場合は例外だが、基本は現地の存在たちに委ねる方向だ。
直接手出しはせず、ささやかな手助けをするのが大半である。
だが世話焼きなフォルミアルカは、自分の世界に甘く、ついつい多く手を差し伸べてしまうのだ。
しかしそれも、シンに過去に注意されて改善しつつある。スキルやギフトの大盤振る舞いは、控えていた。
「ん? ……『魅了』って、スキルですか? 彼女も異世界転移者や転生者なんですか?」
シンはふと浮かんだ疑問を口にした。
シンを自分の隣に座らせたミリアは、さっそく目の前にある料理の説明をする。移動中もそうだが、ずっとべったりだ。
楽しげな彼女はにこにことシンの世話を焼いている。
シンは虚無顔になりながら、差し出されたパンを口にしている。
「シン君、ご婦人にかなり気に入られているでござるな……」
「あのおひぃさん、絶対敵に回さん方がええタイプやわ」
本能的に危険を察知したカミーユとビャクヤがヒソヒソ声で喋っていると、くるりとミリアが振り向いた。
かなり気まずい。
まさか聞かれていると思わず、二人はびくりとする。
だが、ミリアは美貌スマイルでその気まずさをスルーした。
「あらお姫様なんて、お上手な狐さんね。これでも子供がいるのよ?」
「「え!?」」
ミリアの爆弾発言に、カミーユとビャクヤが凍り付いた。
固まる二人に、シンは「わかる」と頷く。
実は、二人ともミリアを宰相夫人ではなく、宰相令嬢だと思い込んでいた。
あまりにも若く見えたのだ。
ティンパイン宰相のチェスターは四十代で、年齢相応の外見をしている。一方ミリアは二十代くらいに見え、彼の妻だと思われない。
アンチエイジングの鬼であるミリアは、その飽くなき努力によって美貌を維持している。
シンお手製のスキンケア用品を使うようになってから、その若々しさはさらに増していた。
結果、二人は宰相令嬢じゃなかったとしても、第二夫人や後妻ではないかと考えていた――ナチュラルにそういう考えが出てくるのが、テイランで培われた悲しくも爛れた結婚観である。
「僕は会ったことないけど、息子さんは二十代後半と半ばだよ」
シンが発した言葉に、鈍器で頭を殴打されたような衝撃を受ける騎士科コンビ。
その反応を見て、シンは再び頷いた。
彼も初めて聞いた時は衝撃を受けたものだ。だからこそ、二人の心がよく理解できた。
「……ちなみにご種族は?」
恐る恐るビャクヤが聞くと、茶目っ気たっぷりのミリアが明るく答える。
「純粋な人間よぉ」
「二人とも、言いたいことはわかるけど、顔は無理だとしても口には出すなよ」
シンの忠告を受け、二人は同時に口を押さえる。
うっかり余計な言葉がまろび出てしまいそうだった。
顔からは驚愕と混乱が駄々漏れだったが、レディにデリカシーのない発言をするのは避けられた。
「あ、そうそう。宿泊はこちらにするといいわ」
「そこまでお世話になるわけには……」
遠慮して口籠もるシンに、ミリアが微笑みかける。
「でも、ここ以外に行くと、駄々こねたティルレイン殿下くらいならともかく、国王陛下にゴネられたら王宮に連れていかれちゃうわよ?」
「お世話になります」
シンの天秤はあっさり傾いた。
王宮でお世話になるくらいなら、貴族のお屋敷――それも気心が知れているドーベルマン邸の方が安心だ。
何より、ここのご飯はとても美味しいと知っている。
王宮にいたら、嫌でも王族に会うだろう。
タニキ村でも脳内お花畑な第三王子によく出くわしていたが、それとは比較にならないガチなロイヤルと遭遇する恐れがある。
というより、シンはすでに一度トップオブトップの国王陛下と、予期せぬ邂逅を経験済みだった。
グラディウス王はチェスターがことあるごとに「ロイヤル馬鹿」とこき下ろすくらいには、お気楽にその軽すぎるフットワークを披露してくれるのだ。
本日の宿泊先が決まったところで、ようやく食事が始まった。
どんどん皿の上の料理がなくなっていく。
三人の堂々たる食べっぷりを見て、ミリアは嬉しそうだ。
最初は緊張していたが、三人とも美味しい料理にすっかり夢中になっている。
拙さや若さを感じられ、その様がミリアには可愛らしく思えた。
何気に三人ともマナーが良いのも高評価だ。美味しそうに食べつつも、がっついてガチャガチャ食器の音を鳴らしたり、大きな咀嚼音を立てたりしない。
「三人も若い子がいるなんて、賑やかになりそうね~」
うきうきしながら言ったミリアの言葉を聞き、ビャクヤはスープを口から噴きそうになる。
「あの、ドーベルマン夫人。僕らも泊まってええんですか?」
「大丈夫、大丈夫。お部屋ならいっぱいあるわよ~。ついでに、ちゃっちゃと貴方たちを聖騎士にするための手続きをしなきゃ」
ミリアは軽い口調でそう答えると、執事を呼んで何か耳打ちした。
久方ぶりに現れたティンパイン公式神子。その護衛として、他国――しかもテイラン王国出身者を雇用することに対しては、問題ないのだろうか……ビャクヤはそれを少し心配したが、シンを見て考えを改める。
シンは我儘ではないものの、頑固なところがある。そんな彼が、ティンパイン側に一方的に押し付けられた護衛を素直に受け入れるとは思えない。
もちろん相手の人となりを納得すれば受け入れるだろうが、シンの心の壁は結構厚いので、簡単なことではない。
しかもシンは目立つのは嫌いなので、不自然に歳の離れた屈強な護衛をつけられるのは嫌がるだろう。
壮年の執事が持ってきた冊子を受け取ったミリアは、それをぱらぱらとめくって説明する。
「あ、そうそう。これが契約書で、ここが試用期間中のお給料ね。これが本採用後のお給料。試用期間は三ヵ月で、条件や守秘義務とか、細かいのは後ろに書いてあるから、後で確認してね」
カラーンと銀食器が落ちる音がした。
ビャクヤの手から、スプーンが落ちたのだ。
「おきゅ……試用期間で二十万ゴルド!?」
「もごおごおおおー!?」
頬袋いっぱいに肉を詰めたカミーユが、言語にならない雄叫びを上げている。
「これでも安いくらいなんだけれど、本採用後は当然もっとアップするわよ? あと、貴方たちにどれくらい教養があるかで価値も変わるから、ちゃんと勉強しなさい。ティンパイン公式神子は王族相当の身分なの。会談とか、各国の要人がいる場所に護衛同伴で連れていけないと困るもの」
ビャクヤは頬を紅潮させて、嬉しそうに頷いた。
一方、隣のカミーユは真っ青な顔をしてそっと視線を逸らす。
座学にも俄然やる気を出すビャクヤに対し、現状でも授業についていくのがぎりぎりのカミーユは渋い表情だ。
ベクトルは違うが、二人とも露骨な態度である。
「いい? 騎士は長物だけぶん回していればいいわけじゃないの。脳筋じゃダメなのよ?」
ミリアは笑顔だが、凄まじい圧がある。そして彼女の言葉は、どんな含蓄のある格言よりも重かった。
ミリアの二人の息子は優秀な剣の使い手の騎士だが、とっても残念なおつむをしている。それに伴う弊害を、彼女はよく知っていた。
それでも今までなんとかなっていたのは、二人が時折ずば抜けた察知能力を発揮するからだ。あれは頭がいいのではなく、野生の勘だ。
ミリアの言葉に、カミーユとビャクヤは殊勝なほど従順に頷いている。本能で、逆らってはいけないことを察していた。
一方、シンは他人事のように黙々と食事をしていた。
口にしたタルトっぽいものは、甘い味ではなく、しょっぱい系だった。
風味豊かで濃厚なチーズと、砕いたナッツの歯ごたえが良い。見た目から予想していた味と違ったが、好みの味だった。
タニキ村の食事も美味しいが、この洗練された贅沢な味わいは王都ならではである。
「美味しい……」
感動と驚嘆を覚えて思わず呟くシンを、周囲にいた使用人たちは微笑ましそうに見守る。この時ばかりは、ミリアもなんの裏もなく満面の笑みである。
「あら、お口に合ってよかったわ」
「美味しくて、舌が肥えそうです。その辺の宿屋や屋台のご飯じゃ満足できなくなってしまいそうで怖いですね」
シンはそう言いつつも、今度はミートパイを切り分けて口に運んでいる。
若い体はカロリーを欲している。心でそう言い訳をして、大きな口を開けてパイを食べた。
じゅわっと広がる肉汁と、ピリッと来る香辛料がたまらない。
まだ幼さの残るシンの頬がふくふくと膨らんでいる様子に、ミリアはにっこりする。
(やっぱりシン君は癒しだわぁ~)
ミリアは隙あらば、本当に自分の末っ子として引き取りたいと考えている。
だが、シンは「高い身分は嫌でござる」というスタンスなので、じっくり時間をかけて口説き落とすしかないだろう。
シンがドーベルマン伯爵家の養子になった場合は、三男という扱いになる。後継者としては、スペアのスペア――つまり、〝結婚するまでは貴族籍がある〟という程度のポジションだ。
基本的に家督は長子から相続される。余程の瑕疵がない限り、長男か長女などが家の名を継ぐのが通例だ。
ただ、ドーベルマン伯爵家の後継者候補には、問題があった。
ミリアは内心で頭を抱える。
(うちの長男次男がアンポンタンすぎて、シン君にお鉢が回ってくる可能性があるわね……)
家を残す――というより、仕えてくれている使用人たちを路頭に迷わせないためにも、当主はそれなりに頭も人当たりも良い、交渉力のある人物が望ましい。
実子じゃなくていいのかと言われても不思議ではないが、チェスターとミリアは、実の息子たちのおバカっぷりに常々頭を悩ませていた。
あのおバカ二人に再教育を施すより、シンに学ばせた方が絶対効率がいいだろう。
(とりあえず、今は気長に……ね)
チェスターもミリアもまだまだ元気だ。もしかしたら、孫の代でトンビが鷹を生むかもしれない。
夢を見るのは自由である。
ミリアはシンの頭を撫でた後、自分の席に戻る。
できる淑女というのは、引き際を知っているのだ。
食事後、シンたちはそれぞれ部屋に通された。
プライバシーを考えてか、皆に個室が与えられている。シンは真ん中、その両脇がビャクヤとカミーユの部屋だ。
シンは部屋で荷物を降ろすと、真っ先にベッドに転がった。
「ふ~! やっぱりベッドは落ち着くなぁ」
ごろりと寝返りを打ち、柔らかいマットレスを堪能する。
自動車も飛行機もないこの世界では、徒歩か馬を利用した移動が主流である。
大容量の収納が可能な魔道具『マジックバッグ』は高級品なので、冒険者や普通の旅人が使う寝床はシンプルだ。基本は地面に敷物を敷いてごろ寝で、簡易的なテントがあれば御の字。寝心地はよくないし、獣や魔物に襲撃される恐れだってある。
貴族や豪商などは大きな天幕を張って、中に寝具を組み立てて簡易な拠点を設ける。
ドーベルマン伯爵家の寝具はかなり上等で、ティルレインと泊まった高級宿泊施設をも上回る寝心地だ。
(全然違うんだよな)
シンが勢いをつけて転がっても全然軋まないし、彼一人どころか三人くらい寝られるスペースもある。
上質なのはマットレスだけでなく、掛布団や毛布、枕など随所に至る。
今は夏なので、掛布団も毛布も薄い。でも柔らかくて触り心地がよい。朝方は冷え込むこともあるので、重宝する。
ドーベルマン邸宅の寝具は総合的に、とても寝心地がいいので、ちょっと寝転んだだけで、起き上がりたくなくなるくらいだ。
満腹なのと緊張の糸が途切れたのもあって、シンは眠気に襲われる。
ゆるゆると瞼が下りてきて、意識がぼんやりとする。やがてシンは心地よい微睡に落ちていくのだった。
◆
――一人のメイドが、シンの部屋の前に来ていた。
軽くノックをしたが、反応がない。
「シン様、少々よろしいでしょうか?」
中は静かだ。
人の気配が感じられないくらい、一切の物音がしない。
ふと、メイドは心配になった。公表されてはいないが、シンはティンパイン公式神子という、やんごとなき立場だ。
セキュリティ万全な宰相宅であろうが、襲撃して誘拐する輩が出てもおかしくないくらい、その身に宿す神々の加護と祝福は、どこでも欲しがられている。
リスクよりメリットが大きい。
シンの身辺の世話を任せられている使用人は特に口が堅くて、優秀で忠実な使用人で構成されている。
選りすぐられたメイドの判断は早かった。
「失礼します」
メイドはやや緊張しつつ、静かに扉を開く。
もし招かれざる客がいたなら、応戦する構えだ。彼女は隠しポケットに潜ませた武器に手を伸ばし、足音を忍ばせて入室した。
そっと部屋を見渡す――ベッドの上には、あどけない寝顔のシンが熟睡していた。
(まあ……お疲れでしたのね)
掛け布団もかけずに眠っている。
何気なく寝転んで、そのまま眠ってしまった――まさにそんな感じだ。
メイドから先ほどの緊張感が消え、微笑ましい眼差しになる。
掛布団や毛布の上で寝ているところをわざわざどかすのは忍びないので、彼女はそっと眠りを妨げないように部屋を出て、タオルケットを持ってきた。
起こさぬよう静かにシンに掛けると、退室していった。
しっかり扉を閉めた後、彼女は何やら思い出して声を発する。
「そうだわ、奥様にお伝えしなくては。シン様はお休みになられているもの」
ミリアはシンに構ってもらえなくてちょっと残念がるだろうけれど、リラックスしていると聞けば喜ぶだろう。
ミリアはあの小さな客人を我が子のように溺愛しているのだから。
◆
シンが眠りについている頃、神々の住まう場所では、幼女女神こと主神フォルミアルカが慌てていた。
人の世界を覗く水鏡を見ていたら、恐ろしいことが発覚したのだ。
「これは……なんということでしょう! シンさんが危険です!」
ひゃああ、と気の抜ける悲鳴を上げながら、フォルミアルカが右往左往する。
大きな力を持った戦神バロスが消滅しても、他の神々の頑張りで世界は安定していた。むしろ、以前より好調ですらあった。
そんな矢先の出来事。
もとより心配性のフォルミアルカは、散々歩き回った後で何か腹を括ったようだ。
涙目のまま顔を上げて、キッと水面を睨みつける。
水面に映り込む影。
その中で白い顔の女性が笑っていた。なんとも傲慢で毒々しい笑みだ。
「貴方の好きにはさせません!」
フォルミアルカはシンを守ると決意を固めた。
第二章 フォルミアルカからの警告
――声が聞こえる。
頼りない、小さな女の子の声だ。
眠りに落ちていたシンはおぼろげな意識でそう認識した。
聞き覚えのある懐かしい声音だが、時折、鼻をすする音と嗚咽まで交じっている。
「……い……ん――さん!」
靄がかかるように途切れていた声が、唐突にはっきり聞こえた。
「大変です! シンさん! とっても大変ですー!!」
視界に見えたのは泣き顔。そうは見えないが主神フォルミアルカである。
長い金髪を振り乱し、碧眼が潤んでいる。
泣きはらした顔でシンに迫ってきていた。
「一大事です! えまーじぇんしーです! 危険です! でんじゃーです!」
涙がシンにかからんばかりの勢いで、ぐいぐい来る。
シンは寝起きのぼんやりとした思考でフォルミアルカを見て、桃源郷のように花が咲き乱れる周囲の景色に「ああ」と納得した。
おそらく、ここはフォルミアルカの神域だ。
「お久しぶりです、フォルミアルカ様。で、何が危険なんですか?」
挨拶しつつ起き上がったシンは、ついでに自分の姿を確認する。
以前ここに招かれた時のようにベビースタイルにされていたら困るが、今回は大丈夫だった。
「シンさんが狙われています!」
「誰に?」
「エマです!」
フォルミアルカが出した名前に、聞き覚えはない。シンは首を傾げる。
「どこのどちら様ですか?」
「テイランの王妃です!」
レスポンスが早いのは良いことだが、やっぱり面識はない気がする。
全然顔が出てこない。
この世界に召喚されたばかりの頃、テイランの王城でそれらしき女性は見たかもしれない。そのくらい曖昧な認識だ。
「テイランって……雪で国が潰れていなかったっけ?」
「彼女は神罰の災害に呑まれる前にいち早く逃げ出し、いろいろな場所を渡り歩いて、ついにティンパインに居つくことに成功してしまったんです!」
シンの質問に、フォルミアルカは答えていく。
ティンパインに来ているのであれば、危険かもしれない。
シンは改めて記憶の中でテイランの王妃の姿を思い出そうとするが、派手めの人がいた――という記憶がおぼろげにあるだけだ。
やはり無理だった。
以前に話題として耳にしたのは、蛇の魔物のオークションでティンパイン国王のグラディウスと競い合ったのが、その王妃らしいという情報くらい。
(どっちにしろ、良い印象はないな。テイラン出身の二人から聞いても、王侯貴族の腐り方は半端じゃないらしいし)
連中は兵器として利用する目的で人をポンポン召喚して、他国に喧嘩を吹っかける。
利用価値のない人間は僅かな手切れ金を持たせてサヨナラ。スパッと別れられたらいいが、下手に内部情報を知ってから離れようとすれば、始末される。
良い話はほとんど聞かないので、シンの中でテイラン王族は腐った人間に分類されている。何から何まで印象が悪すぎる。
絶対にシンの楽しいスローライフは木っ端微塵にされるだろう。
当然、お付き合いは勘弁願いたい。
のんびりしているように見えるシンに、フォルミアルカは泣きながら情報をもたらす。
「彼女は非常に危険で厄介なスキルを持っているんです! いくらシンさんでも危ないのですー!」
わあわあと騒ぎながら、両手をばたつかせるフォルミアルカ。
目の前でこれ以上にない大騒ぎをして慌てている彼女を見ると、シンはかえって冷静になっていった。
「どんなスキル?」
「『魅了』です。他にもあるのですが、彼女が最も得意としていて、危険なスキルはそれです」
「僕もあっさりかかっちゃうやつですか?」
シンはそれなりに冒険者稼業をやっていて、レベルも高いし、ステータスも相応に上がっているはず。さらに異世界転移特典や神の加護といったプラス補正もある。
総合すると、簡単に魅了される気がしなかった。
「そんなことさせません! 主神ガードで、そんな悪いスキルはシャットアウトです!」
そう言って飛び上がったフォルミアルカは、シンの額をぽちっと押す。
額から温かさが伝わり、それは脈打つように全身に広がった。
シンがぎょっとして自分の体を見下ろすと、オーラのようなものを纏って仄かに発光しているのがわかる。
「これでシンさんは大丈夫……なんですが、あくまでシンさんだけなんです。周りの人は、主神ガードができないんです。シンさんは多くの神々の加護を受けているので、干渉が可能なんです」
フォルミアルカが、とつとつと喋りはじめる。
先ほどまでの勢いは萎れ、非常に申し訳なさそうにしていた。
「つまり、このガードは僕だけが特例で、他の人はその限りではない……と」
「はい。エマがシンさんの周囲の人を『魅了』で操ってしまう可能性はあります」
フォルミアルカはこくりと頷いて、シンの言葉を肯定する。
いくら本人が無事でも、周囲の人々が操られてしまったら、シンは身動きが取れなくなるかもしれない。
彼女もその状況を危惧しているのだろう。
「こちらとしてもエマを止めたいのですが、彼女はまだ行動前です。何も起きていない現状ですので……神々は基本、人の世に無闇に干渉してはいけない決まりです。つい最近、大きな神罰を行っていますので、なおのこと今動くなら慎重にならないといけないのです」
神々の力は強大だ。だからこそ、乱発したり使い所を誤ったりしてはならない。
「人のことは人でなんとかしなきゃならないってことですか」
「はい。基本は人の問題は人で解決が鉄則です」
神々は人の世に過干渉してはいけないのだ。
天変地異や魔王発生など、脅威や危機のある場合は例外だが、基本は現地の存在たちに委ねる方向だ。
直接手出しはせず、ささやかな手助けをするのが大半である。
だが世話焼きなフォルミアルカは、自分の世界に甘く、ついつい多く手を差し伸べてしまうのだ。
しかしそれも、シンに過去に注意されて改善しつつある。スキルやギフトの大盤振る舞いは、控えていた。
「ん? ……『魅了』って、スキルですか? 彼女も異世界転移者や転生者なんですか?」
シンはふと浮かんだ疑問を口にした。
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