余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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それぞれの祭りの夜

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 グライドとの最後の会話を終えたアンジェリカは、晴れやかな気持ちだった。
 きっと、今なら父親や異母妹に会っても平気だ。
 何をあんなに恐れていたのか、もう分からない。 
 牢番にグライドに反省の色が見えなかったし、協力的な態度はなかったと報告した。
 ふと周囲が明るくなったので顔を挙げれば、花火が打ち上げられていた。
 祭りの間、夜の定刻に上がる花火。

(屋台や見世物も終わる頃だな……シン様たちは祭りを楽しめただろうか?)

 祭りは一日だけではないので、屋台は明日に備え、店じまいを始める。シンたちも帰路に就くだろう。
 祭りを楽しむために、死んだ目をしながら儀式の練習を続け、重たい衣装も我慢していたのだ。
 シンの分の仕事も引き受けたとはいえ、アンジェリカの仕事は大体終わっている。
 祭りに同行することもできたが、気兼ねなく楽しんでもらいたくてあえて行かなかったのだ。
 以前よりだいぶマシになったとはいえ、アンジェリカはやはり生真面目で融通が利かない。ついお小言が出てしまいそうだ。
 特にシンはティンパインに住んでいながらも天狼祭を初体験だ。純粋に祭りを楽しんで欲しかった。

「お疲れ様です、アンジェリカ」

「ルクス、お疲れ様です」

 打ちあがる花火と景色を見ていて気付かなかったが、前方からルクスが来ていた。
 笑みを浮かべて歩み寄ると、彼も笑顔を返してくれる。

「最後にグライドと会って、反省の色や協力の姿勢があるか確認しましたが、あれはダメですね。罪を認めず、釈放を求めるばかり。司法の沙汰を待ちましょう」

「やはりそうですか」

 すっきりとしたアンジェリカの横顔に、ルクスも何かを察したらしい。
 ふと、アンジェリカが「そういえば」と怪訝な顔になる。

「奥の牢屋に、随分年老いた囚人がいましたが……あれは誰だったのしょうか? 多分女性だと思うのですが」

 今回、エマの魅了スキルが男性ばかりに使用されたこともあり、捕縛されたのは男性が多かった。
 エマが老婆を誘惑するなんて想像できないし、戦力としても期待できない骨と皮だった。

「老婆ですか? あの牢屋には今回の神子襲撃事件の関係者しかいないはずです。
 大半は男性で、女性はエマしかいないはずですよ。スキルを喪失した今、何もできないから一緒に入れられているはずですが……」

 ルクスはそう言いつつも、事件のメンバーリストを頭から引っ張り出そうとする。
 エマは美貌への執着が激しく、年齢より若く見える。
 何度か目撃したこともあるが、美魔女や美熟女と言える――かなり派手好きでけばけばしい印象だが、別の判別が怪しいほど年寄りではなかった。
 ルクスとアンジェリカが、くしくも同時に首を傾げる。
 そこでアンジェリカは思い出す。

「そういえば、神罰と共にスキルを取り上げられと聞きます。何か影響しているのでしょうか?」

「ない、とは言い切れませんね」

 神々のすることは、人には理解しえない超越した領域だ。
 そして、神罰を与えられた人間の行く末など、ろくでもないものばかり。
 テイラン王妃エマ――神々の怒りに触れるほどのことをした悪女の末路も同じだ。
 二人は背筋が寒くなった。これ以上考えたら、折角の楽しい祭りの夜だと言うのに心が萎えてしまいそうだ。

「そ、そうだ! たまには飲みに行きましょう! シン君たちも遊び疲れて戻ってきたら、すぐに寝るでしょう! 明日も祭りはありますし、催しもたくさんあります! 我々も英気を養いましょう!」

「そそそ、そうですね! この時期限定のメニューも多いらしいですから!」

 かなり強引な話題転換をして、二人は出かけることにした。
 一刻も早く、できるだけ牢屋から離れたくなったのだ。
 だが、その出先のバーで、お忍びデート中の宰相夫妻と会ってしまい、やはりあの老婆がエマだと判明してしまうのだった。
 
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