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連載
アンジェリカの決別
しおりを挟むシンたちが祭りを楽しんでいた同時刻、アンジェリカは牢屋へ足を運んでいた。
そこには元婚約者のグライド・ブルがいる。
グライドは誰も頼る相手がいない。藁にも縋りたいが、マリスやゲイブルは平民なので藁以下だし、実家には切り捨てられてしまっている。
そんな彼が最後に縋ったのが、アンジェリカだった。
テイラン王妃エマの魅了で操られていたとはいえ、王城で暴れたのは事実。
その暴れた場所が、ティンパイン公式神子の近辺であったこともあり、厳戒態勢だった騎士たちよって容赦なく投獄された。
彼は事情聴取にも反抗的で「アンジェリカに会わせないと喋らない」と、頑なに拒否した。
その反抗的な態度で、酌量の余地すら失っているのに気づいていない。
たまたま報告書でグライドの悪態を知ったアンジェリカは、思うところがあり自らの意思で会いに行ったのだ。
ゲイブルは薄汚いシャツによれよれのズボン。不精髭の生えた顔は十歳以上老け込んで見えた。
数日ぶりだと言うのに、酷い落ちぶれようだ。
最初はぼんやりと牢屋の隅にいたが、やってきたのはいつもの中年兵士ではなく、白い鎧の美女――かつての婚約者だと気づいたグライドは、急いで彼女へ駆け寄る。
隔てる鉄格子に齧りつく勢いで顔をつけ、アンジェリカに声を張り上げた。
「アッ、アア、アンジェリカ! そうだよな! お前は俺を見捨てないよな! 助けてくれ! お前は神子様の専属聖騎士なんだろう!? 神子様に頼んで、お偉いさんに口を利きしてもらえるよう、取り計らってくれよ!」
思った通り、反省もなければ罪悪感もない。とにかく楽してここを出たいと言う、浅ましくも脳味噌すっからかんの要望を口にする。
アンジェリカは頭痛がする思いで、そっと溜息をついた。
「そんなことしません。いつまで聴取に反抗的な態度を取っているのですか。このままだと、さらに状況が悪化しますよ」
聴取をする兵だって暇じゃないのだ。
グライドのくだらない意地っ張りに付き合わされるのが憐れだ。
「お前は婚約者がこんな目に遭っても、助ける気はないのか!?」
怒りで顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら怒鳴るグライド。力任せに鉄格子を揺らそうとするが、グライドの腕力ではびくともしない。
アンジェリカは冷静に無駄な抵抗をする囚人を見ていた。
不思議なほど心は平静で、凪いでいた。あれほど恐れていたのが嘘のように、グライドに心が揺れない。
風呂に何日も入っていないのかツンとくる体臭と、無駄に大きな声が不愉快だ。
僅かな煩わしさと苛立ちはあるが、それだけ。
「元です。元。それは貴方がそうなるように仕向けたのですから、一番理解しているでしょう? ――私が貴方と馴れ合いに、ましてや協力するなど有り得ない。
もう新しい婚約もしました。終わったんです、グライド。貴方との縁は」
冷ややかな口調と視線が、グライドを貫く。
十年以上、婚約者として、幼馴染として、友として歩んでいたのにあっさりと捨てたのはグライドのほう。
恋と言う情熱は無かったが、親愛くらいはあったはずなのに。
「さようなら、グライド・ブル」
先に別れを告げたのはグライド。
裏切ったのも、見捨てたのも、陥れたのも――全部、彼からだ。
グライドを甘やかせば、この問題はアンジェリカだけではなく同僚、そして上司であり護衛対象のシンにまで飛び火する。
この腐った性根の男に、二度とその面を見せるなと決別を告げるためにアンジェリカは来たのだ。
見苦しい期待を持って近くをうろつかれては迷惑だ。
グライドはまだ希望を捨てられないのか、ぼろぼろと泣きながらアンジェリカを見た。
その姿を見てもアンジェリカは変わらない。心が揺さぶられることはなかった。
(この男が泣いているのは、可哀想な自分のために。私への後悔や懺悔なんてない。
我ながら、なんて男を見る目がなかったのか……)
アンジェリカとグライドの縁は、惰性でダラダラ続いていただけ。
床に突っ伏して嗚咽を響かせるグライドを見下ろし、アンジェリカは来た道を戻っていく。
自己憐憫の涙は止まらず、この状況でもアンジェリカへの謝罪はなかった。
すすり泣く声はずっと聞こえていた。
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多分18~20日は各書店に届くかと!
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