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7巻

7-3

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「でも柵は引き続き作った方がいい。ないより断然ましだ」

 ハレッシュの言葉に、ルクスも頷く。高さが足りなければ、後で飛び越えにくいように細工をして設置するのも手だ。

「急いで柵は作らせているけれど、材料だって森で調達しているから、近くに狼が出るとなると、女子供は行かせられないね」

 パウエルが言った通り、どうしても森に行くなら、男手を護衛につけていった方がいいだろう。
 しかし、相手は狩りのプロで、多勢たぜい無勢ぶぜいだ。行くにしてもできるだけ回数を減らして、一度にたくさん調達した方がいい。そうなると、護衛も数が必要になる。
 だが、それだけで大丈夫だろうか。シンの中で懸念材料があったので、意見を口にする。

「カミーユやビャクヤは王都にある学園の騎士科の生徒です。戦いの素人ではありません。それでもブラッドウルフにてこずったと聞きます。護衛は腕利きを揃えた方がいいし、騎獣は必須です」

 人間の足では当然狼の足にかなわない。逃げ遅れた者から犠牲になるだろう。
 そして、人の味を覚えた獣は、執拗しつように人を狙うようになるのはよくある。そういったことは、北海道の三毛別さんけべつヒグマ事件などでもあったと、シンは記憶している。熊だけでなく、虎やライオンだってそうだ。外国でも類似する事件は多くある。
 そうでなくとも、ブラッドウルフは人肉を好む傾向があるという。

「男勢を護衛にしても危ういかもね。前に来たのははぐれだったけど、それでも被害が出た」

 パウエルは暗い顔で頭を抱えている。ハレッシュは何かをこらえるように口を引き結んでいた。
 その様子を見たシンの中で、薄々感じていた引っ掛かりが確信に変わりつつあった。
 過去にタニキ村――ハレッシュは、ブラッドウルフに何かトラウマがあるのだろう。
 しかし、今はそれを問う場ではない。村の安全対策を進めるべきだ。

「それほど脅威なのですか?」

 本でしか知らない魔物の脅威に、ルクスは危険度を測りかねているようだ。

「他の獣や魔物は、人間側が厄介だとわかれば、狙いを変えるんだ。だけど人の味を覚えたブラッドウルフは、人間に執着して根こそぎ食い殺すか、全滅するまで執拗に襲ってくる」

 パウエルの言葉に、ルクスは絶句した。
 獰猛な魔獣なのは知っていたが、そこまで人間に妄執じみた食いつきをするとは思わなかった。
 村を襲い、人間の味を知ったら、タニキ村だけの問題ではなくなる。
 ブラッドウルフへの警戒を跳ね上げたルクスは、村だけでは対応不可能だと判断した。

「王都に救援を要請しましょう。幸い、こちらには王族と神子がいます。その名目であれば、軍を派遣してもらえるはずです」

 この言葉が出せるのは、ルクスだからだろう。
 安易に村を見捨てず、手持ちのカードから最高の取引材料を提示する。

「それはありがたいが、王都からここまでどれくらいあると思っているんだ?」

 ハレッシュが現実的な問題を示すが、ルクスもそれは織り込み済みだ。頷いて答える。

「飛竜隊を要請します。彼らなら空路を使い、数日内に到着するでしょう」

 陸路よりも短時間で来ることができる。本来なら王家直轄おうけちょっかつの部隊だが、危機に直面している今は、時間との戦いだ。現在村にいる村人とティルレインの護衛だけでは、襲撃者に対応しきれない。
 近隣の村に応援を頼むにしても、応援を出して手薄になった村の方を襲撃される恐れがある。
 幸か不幸か、現在タニキ村には王族と神子がいるので、理由としては申し分ないのだ。

「狼を罠にかけることは不可能なんですか?」

 シンが提案するが、ハレッシュは首を横に振る。

「多少は引っ掛かるが、焼け石に水だろう。今回の方が群れの規模が大きいはずだ」

 カミーユたちに襲い掛かったのは、あくまで群れの一部だ。
 全部集まる前にピコが派手に追い払い、それに驚いたブラッドウルフたちの隙をついて帰還できたにすぎない。遠吠えの数からして、相当の数が予測された。

「奴らを仕留めるなら戦争に使うような魔道具が必要だ。広範囲にばらついているから、狩りをしに集まってきたのを纏めてぶっ飛ばすのが効率的だが……それほどの危険物は、こんな田舎村にない」

 しかもその方法だと、狼たちを引き付ける囮役おとりやくが危険である。シンとしても賛成できない。

「こっちから攻めるのは難しいんですよね」

 相手の方が肉体アドバンテージは圧倒的に高いとはいえ、防戦一方では後手に回るだけではないか。シンがそう思っていると、パウエルが首を横に振る。

「ブラッドウルフの群れを相手にするのは愚行だよ。籠城戦ろうじょうせんに持ち込んで、あっちが諦めるまで戦力を削ぎつつ待つのが現実的だね」
「諦めますか?」
「ブラッドウルフの群れが大きければ大きいほど、食料が必要だ。それを求めて広範囲を移動しなくてはならない。効率の悪い餌場からは離れるよ。居座って共食いを始めて数が減ってくれば、こちらから攻勢に転じることもできる」

 さっさとブラッドウルフに消え失せてほしいと思ったシンは、悪くないだろう。
 ブラッドウルフは共食いするレベルの暴食気質だ。堪え性がない。
 飢えれば他に行くといっても、誰一人食い殺していなければ、という前提がある。人間の血肉を覚えると、しつこさが格段に上がるだろう。
 被害者を出してしまえば、このタニキ村防衛クエストの難易度は一気に跳ね上がる。
 村人全員が魔物絶対殺すマン大集合ならば攻撃に回れるが、村には非戦闘員が多いので、どうしても防衛中心の対応になる。これでしばらく耐え、援軍を待つのが賢明だろう。
 王都からの応援には、騎士の中でも精鋭の竜騎士がいる。彼らを中心にして、空中戦でブラッドウルフを蹴散らすのが一番現実的だ。
 タニキ村防衛の方向性は決まった。

「まずは柵作り。あとやぐらを設置して、ブラッドウルフの動向を注視しましょう」

 村の地図を取り出しで広げたルクスは、柵のある場所を赤いラインで囲っていく。高さのある建物や、櫓を設置予定の場所に×印をつける。
 今まで田畑中心に作業を行っていたが、村をぐるりと囲むとなると、連日の作業になりそうだ。
 しかし、近くまで脅威が迫ってきている以上、悠長ゆうちょうに構えていられない。

「獣除けの薬は、夜中などこちらに不利な状況の時に使っていこうか」

 パウエルが提案すると、ハレッシュも頷く。

「在庫は多くない。作れるのはばあさんだしな。だから助手に女手を入れよう。調合は料理に近いから、包丁で刻んだり材料を磨り潰したりする作業に慣れているからな……正直、俺はあーいうのは苦手だし、力のある連中は森で木材の搬入・柵作り・櫓設置に回してほしいからな」

 柵と櫓は最優先の仕事だ。村に侵入されたら非常に危険である。
 狼たちが薬を嫌って避ければ一番だが、それは楽観的な希望である。

「僕も薬を作れますよ。錬金術や薬学の授業で色々習っていますから」

 シンが挙手すると、大人三人はじっと見つめて難しい顔になる。

「シンは土魔法が使えるから、櫓や柵の班に回ってほしいところだが……」
「薬師が足りていないのも、かなりキツイところだよね」

 ハレッシュは作業の効率を訴えるが、パウエルも難しい顔だ。
 魔法も調合も護衛もできるシンは、使い勝手がとても良いマルチ選手だ。無駄な役を振れない。

「獣除けの調合なら、私にもできるかと」

 ならばと、学園の卒業生であるルクスが代わりを申し出るが、二人は首を横に振る。
 ありがたい申し出だが、ルクスもシンと同じくマルチ選手だ。彼には彼にしかできないことがある。

「ルクス様には、王都との連絡や殿下の対応をお願いしたい」
「ダメって言っていても、あの王子様はコロッと忘れて飛び出していきそうだよなー」

 パウエルに同意したハレッシュが苦笑しながら言うと、シンがしわくちゃな顔になる。

「それフラグですよ。言っちゃいけないやつですよ」

 王都への対応だったら、パウエルも相応ふさわしい立場だろう。しかし、彼はフィールドワーク派だった。村人を率いて作業の現場監督をする方が得意である。
 ルクスは頭脳派なので、タニキ村の様子を把握はあくしつつ、王都からの伝令にもそつなく対応できるだろう。田舎領主のパウエルよりも顔も広いし、こっちの事情もあっちの事情も上手くくみ取りながら折衝せっしょうできるはずだ。
 パウエルは悪い人間ではないが、その手の交渉が苦手である。以前に飛竜隊が来た時も、ガチガチに緊張して恐縮しっぱなしだった。

「今日はもう遅いから、明日から動こう」

 パウエルが締めくくるように言う。シン、ハレッシュ、ルクスも頷いた。
 明日からは忙しくなるのは確定である。しっかり休眠が必要だった。


 ◆


 家に戻ると、うんうん唸りながら課題に取り組むカミーユと、彼を睨むように監視しているビャクヤがいた。
 またやっていない課題があるのがバレたのだろうか。
 カミーユはチョイチョイやり忘れがある。わからない部分を後回しにして先に進めたのはいいが、そのまま忘れっぱなしになるケースが散見されるのだ。それを目敏めざとく見つけたビャクヤにどやされ、尻を叩かれながら解いていくのは、割とよくある光景だった。
 シンは趣味と実益を兼ねて積極的にやっているので、課題は真っ先に終わらせたし、ビャクヤもきっちりと計画的に進めている。問題は、やる気も学力も微妙なカミーユなのだ。

「ただいま。終わりそう?」

 シンの問いに、ビャクヤが背を向けたまま答える。

「終わらせたる。追試勉強にまで付き合ってられるか」
「まだ決まっていないでござるぅ~!」

 カミーユは口だけで抵抗するが、それもビャクヤの一睨みで黙らせられる。きじも鳴かずば打たれまい。

「ふざけんな! 眼鏡の兄ちゃんに教わったところ以外ボロボロやったろ……って、なんで王族の紋章にカワウソを選んどるんや! 犬! もしくは狼! シルエットからして違うやろ!」

 バァンと机を叩き、辞書並みに分厚いティンパインの王侯貴族名鑑(貴族の名前・家紋編)の、王族ページを見せつけるビャクヤ。そこにはティンパイン王家や、それに連なる王族分家が家系図付きで記載されている。
 この図鑑はルクスからの大事な借り物なので、扱いは丁重だった。

「え、これカワウソでござるか? ちょっと丸顔で耳が小さくて細長いとは思ったでござるが」
「だいぶ違う」

 カワウソは犬や狼よりラッコやイタチ、ミンクに似ている。そもそも食肉目イタチ科の肉食動物であるので、食肉目しょくにくもくという大分類は一緒だが、かなり遠い動物だ。
 カミーユのガバガバすぎる犬判定に、シンも呆れ顔になる。

「シン殿、遅かったでござるが、ピコに怪我でもあったでござるか?」
「いや、ピコは無事だったよ。でも、あの狼の毛をハレッシュさんに見せに行ったら、ちょっと大ごとになってさ」

 シンの返答に、カミーユとビャクヤはなるほどと頷く。
 二人もあの狼の正体は気になったようで、顔を引き締めて向き直る。

「あの狼が何だったかわかったん?」
「ブラッドウルフだって。タニキ村には滅多めったに出ないらしいけど、相当危険らしいよ。王都から討伐の応援を呼ぶって」
「アレを一般人が相手にするのは無理でござろう。賢明な判断でござる」

 実際に襲われかけた二人としては、その脅威はまだ生々しいのだろう。険しい顔で大人たちの判断に納得した。
 シンは本物を見ていないので、頭では危険と理解しても実感は湧いてこない。温厚なピコに一蹴される程度ならば、それほどの脅威とは思えなかったのだ。
 しかしハレッシュの反応は気がかりだし、ルクスやパウエルの緊迫具合からして、タニキ村はここ数年なかった未曾有みぞうの危機に直面しているようだ。

「狼が村に気づいて近づく前に、明日から急ピッチで柵作りと資材調達、獣除けの薬を作ることになったよ。二人は護衛を頼まれると思う」

 実際問題、タニキは幼子くらいの若年層と高齢層が多く、カミーユやビャクヤも戦闘員にカウントするくらい人手が足りてない。

「そりゃあ構へんけど、籠城でもするつもりなん?」
「女子供に老人と村人には非戦闘員が多いでござるし、妥当でござるな」

 ビャクヤもカミーユも、その辺には理解があった。騎獣がなければ村を出るのも困難だ。この状況では一蓮托生いちれんたくしょうである。
 タニキ村は自給自足がメインで、住宅より田畑の面積の方がずっと多い、ひなびた集落である。
 しかも、この時期は若者たちが出稼ぎに行っているので、一年のうちで最も人が少ない。彼らは収穫期が始まる晩夏から秋口、遅くとも冬の手前に帰ってくる。
 村には農作業に必要なギリギリの人数を残し、それ以外は出稼ぎに行くのはよくあることだ。たまに都会の楽しさに我を忘れてそのまま帰ってこない場合もあるが、その後については自己責任である。
 出稼ぎ組が冬場に戻るのは、タニキ村の周囲には冬季だけ現れるレアな魔物や魔獣目当てだ。それらの毛皮や剥製は高値で売れるのだ。

「僕は調合や魔法ができるから、ケースバイケースで動くことになると思う。一応、僕が村にいる時はグラスゴーを周辺の森に巡回させるつもり。狼やその餌になる動物、魔獣たちを近寄らせなければ、時間稼ぎになるはずだし」

 グラスゴーはデュラハンギャロップで、戦闘能力の高い魔馬だ。運が良ければ、ブラッドウルフたちがグラスゴーの縄張りだと勘違いして避けていくかもしれない。

「しかし、シン殿。グラスゴーがブラッドウルフと遭遇したら……」

 心配そうなカミーユの声音に対し、ビャクヤは淡々と述べる。

「狼どもがグラスゴーパイセンにぶっ殺されて魔石目当てに死肉を荒らされると思うんやけど」

 グラスゴーならば狼たちの群れに襲われても返り討ちにするのは、三人の中で確定の認識だった。ピコすら蹴散らすのだから、もっと強くて怖いグラスゴーなんか「なんやこの犬畜生亜種は」と、磨り潰す勢いで殲滅せんめつするだろう。
 シンの前では可愛かわいいポニーちゃんぶっているが、それ以外の前ではオラオラしているグラスゴーだ。カミーユたちの前でもとっても偉そうで、隠し切れない百戦錬磨ひゃくせんれんま覇者はしゃオーラが滲み出ていた。

「え……それ、僕がグラスゴー洗わなきゃいけなくなるじゃん。返り血くらいならいいけど、ノミやダニや寄生虫は嫌だな」

 寄生虫は病気を媒介する場合もあるのだ。そもそも虫が好きではないシンには、寄生虫なんて論外で、心底嫌そうな顔をする。

(念のため、グラスゴー用のポーションをいくつか準備しておこう。相手は群れだし、怪我をしたら大変だ)

 ビャクヤとカミーユも警備に回るのは了承したし、シンがどこへ行くかは、状況が明白になればパウエルかルクスが振り分けるだろう。
 シンは寝る前に『異空間いくうかんバッグ』スキル内の薬草の在庫を確認し、獣除けの調合レシピをおさらいしてからベッドに入った。


 ◆


 翌日からは大忙しだった。
 早朝から領主のパウエルより伝令が届き、危険な魔物が村に接近していると全世帯に周知された。
 村人は領主邸に集合し、それぞれに役目を割り振られる。
 単独、および少数の行動を控える。特に山に入る時のルールが厳格になり、猟師や狩人などの獣や魔物を仕留めるのに慣れた者たちや、力のある男性たちが必ず護衛をすることが徹底された。
 また、戦闘力が不十分な女性や子供は、そもそも村から出るのを禁止されている。
 シンは年齢的には子供の枠に入るが、狩人としての腕前はタニキ村ではトップレベルである。優秀な騎獣もいるので、例外的に大人扱いとなった。
 ハレッシュは戦いに不慣れな村人に武器の扱いを教えていた。

「シン! 僕はどうすればいい?」

 ハイハイと挙手したティルレイン。何故かワクワクしている様子で、皆の緊張感を祭りの高揚感と一人勘違いしていそうだ。

「子供たちに遊んでもらっていてください。いや、それじゃ子供たちに利益がないから、簡単な文字の読み書きや計算を教えてあげてください」

 どこにいても役に立ちそうにない、心に永遠の少年どころか嬰児えいじが住んでいそうなロイヤル問題児を、シンはさらりと村の子供に押し付ける。
 ティルレインとよく遊んでいるジャック、カロル、シベルといった子供たちはお留守番である。
 ルクスだって集団でいてくれた方が、居場所を把握しやすいはずだ。
 しかしティルレインは、遊びのメンバーにシンがいないことに不満そうだ。

「シンは一緒じゃないのか?」
「僕は森について行って木材調達してきます」
「じゃあその後で!」
「その後はそのまま柵作りの手伝いです」
「えーい、それが終わったら……」

 食い下がるティルレインだが、今回ばかりは誰も甘やかせない。シンも譲歩しなかった。

「獣除けの調合を手伝います。と言っても、その間に柵作りの素材や調合の素材の在庫がなくなるようなら、再度山に入って薬草や木材を採取してきます。ぶっちゃけ、その合間に休憩やら食事やらして、ぶっ通しで動き回るのは確定です」
「なんでそんなに忙しいんだー!?」

 みっちり詰まったタイトなスケジュールを聞かされ、ティルレインは頭を抱える。
 元ブラック社畜の企業戦士であるシンとしては、暗くなったら帰れるし、食事がとれる時点でオールクリアだった。

「人肉を好む狼の群れがすぐそこまで来ているからです。村のため、自衛のためにベストを尽くすのは当たり前です。今は時間との勝負だから、サボっている暇はないんですよ」

 わずかな猶予ゆうよの中で、なるべくやれることをやらないと相当マズい。
 ブラッドウルフが来る前に籠城の準備を整えなければいけない。特に柵の設置は急務だった。
 食料に関しては、村の敷地の内部にもいくつか畑がある。世帯ごとに自給自足用に持っているのだ。それに冬場ほどではないとはいえ、ある程度の保存食の備蓄はあった。

(余裕があれば山に入った時に獲物を確保したいな)

 もしブラッドウルフの群れに村を囲まれたら、狩りができなくなる。
 行商人だって、危険な魔物がうろついている集落は避けるだろう。そうなると、手持ちの食料を少しずつ消費するしかなくなるのだ。

「籠城することになったら、嫌でも近くにいる機会が増えるんですから」

 シンはがっくりと項垂うなだれているティルレインの頭を、ぺしぺしと叩いて宥める。
 とめどなく流れる涙で美貌びぼうをまだらに染めるティルレイン。鼻水も一緒に流れていなかったら、とても絵になっただろう。


 ◆


 シンはティルレインに説明した通り――いな、それ以上に多忙だった。
 状況によってグラスゴーやピコを乗り回し、あっちこっちへと駆けずり回る。
 騎獣がいるのでスピードもあるし、森の中へ入れる枠に組み込まれているシンは、色々な人から声をかけられた。
 伝言や資材の運搬など、行く先々で頼まれごとをする。
 シンはそのたびにハレッシュやルクス、パウエルに伝言をしに行くし、そのついでに木材や薬草を必要な場所に配達する。
 いくら弓の腕が良くても、単独行動は絶対禁止――ハレッシュにそう言われたので、今日ばかりは気ままな一人散策はできない。
 タニキ村出身で、シンの狩りの師匠でもあるハレッシュ。彼は村人や領主たちからも信頼が厚く、村の防衛のリーダー的役割を果たしている。
 午前中は木材の伐採と搬入をメインで行っていた。特に山に慣れた狩人が数人付いて、それに囲われる形で作業をする。
 シンもこの集団に一緒についていった。ただし、木材調達ではなく、薬草や香草の採取をしていた。調合の材料を集めているのだ。
 いつになく厳しい表情のハレッシュが、灌木の茂みからひょこひょこする頭に向かって声をかける。

「遠くに行くなよ?」
「わかってますよ~」

 ハレッシュの過保護に苦笑しながらも、シンは返事をした。親心に近い気持ちで心配をされているのがわかっているので、無下むげにはできない。

(あ、木苺みっけ)

 手早く採取して、こっそりかごの中に入れていく。

(ハレッシュさんたちの分と……パウエル様。殿下とルクス様、ジーナさんたちにも差し入れしよう。あっちも大変そうだし。あと二人にも)

 なんだかんだと渡したい頭数が多くなっていき、シンはせっせと木苺を摘む。

(生もいいけど、ジャムとかにしても美味しそう。ジーナさんのジャムは美味しいんだよなー。やっぱりまじりっけのない素材の味が活きているっていうか……既製品によくある添加物や保存料が入ってないからか、すっきりした味なんだよ)

 そう考えているうちに、小さな籠に入っている木苺が山になっていく。

(あっちの方、いっぱいある。色も熟していて美味しそう――)

 たわわに実った枝ぶりに誘われたシンは、ふらりと足を動かしていく。
 作業する村人たちから離れていることに気づいていない。
 その時、首根っこをがっしりとつかまれた。思考回路は完全に木苺一色だったので、全く気が付かなかった。びっくりして振り向くと、圧のある笑顔を張り付けたハレッシュがいた。

「一人で遠くに行くなって言ったよな?」


   言い訳をする。
 > あやまる。


 二つの選択肢がシンの頭に出てきて、すぐさま後者の選択肢を猛プッシュする。

「……ハイ。ごめんなさい」
「はあ……いつもの森だが、状況が違うんだ。しっかりしてくれ」
「すみません」

 ずーるずーると首根っこを掴まれたまま、シンはハレッシュに連行される。
 途中で草を食んでいたグラスゴーの背にひょいと乗せられ、そのまま帰路に就くのだった。


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