余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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6巻

6-2

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「とりあえず、騎士科から模擬戦用の盾借りてこよか」

 ビャクヤの提案に、シンが頷く。

「一番デカいの借りられるかな? あれなら二人ぎりぎり入るし、一人が盾持って、もう一人が回収や攻撃に回れば、豆だけじゃなくて莢ごと狙えると思う」
「せやな。多分、普段通る逆側の莢なら、熟しとるのもあるはずや」
「あの豆、滅茶苦茶めちゃくちゃ硬いわけじゃないけど、当たると地味に痛いんだよな。なたとか借りてきて、少し邪魔な枝をすか」
「鉈でどうにかなるレベルなん? 薪割まきわりのおのくらいは必要ちゃうん?」
「できればチェーンソーが欲しい」

 シンが思わず口走った単語に、ビャクヤが首を傾げる。

「ちぇーんそ? なんやそれ?」
「林業とかに使われる道具だよ。歯? 刃かな? が自動で動くから、簡単に枝でも幹でも切れるけど、下手にさわれば指どころか腕が飛ぶ。一歩間違えば人もバッサリいく」
「えー、コワ。シン君、そんなヤバい凶器が欲しいん?」
「本来の用途は人殺しの道具じゃないからね? でも、それくらい切れ味というか、破壊力があるんだよ。やっぱこっちにはないかー」
「テイランではそんなん聞いたことないな」
「タニキ村にもなかったな。山村だったけど。僕の故郷だと、林業や造園業の人が持っているくらいだったな」

 武器としても使えそうだが、そうするとどうしても某ホラー作品の大男を連想してしまう。
 チェーンソーが無理なら、魔法を使うのも考えなければならないだろう。
 しかし、温室に損傷を与えないためにも、大掛かりなことはしたくない。
 シフルトに壊された分は修理されたが、もともとこの温室は古いのだ。老朽化はあちこちに見られ、うっかり強めの魔法を食らえば、一発でぺしゃんこになる恐れもある。

「ルートはどないする?」
「他の作物になるべく当てたくないから、ここの通路を使おう。大回りな上、ちょっとジグザグになるけど、豆を消耗させれば近づきやすい」

 豆が当たれば、小さい薬草などはパキッと根元から折れてしまう。
 オモシロ植物が目立つが、温室には普通の植物の方が多いのだ。当然それらは動き回らず、静かで、存在感は薄い。
 シンは温室の見取り図を描く。豆エリアは三うねほどあり、巨大化したのはそのうちの一本のみ。豆の隣は、今は何も植わっていない。ポーションの材料になる薬草や香草を植えようとしていたのだが、豆の木の巨大化で予定がストップしてしまったのだ。
 夏休みに向けて少しずつ規模を縮小していたのもあって、シンたちがいる方とは反対側を歩くことはほとんどなかった。見ていないから確認できていないが、放置している畝側の莢は、豆ガトリング攻撃に使われていないので、熟成が進んでいるはずである。
 手入れをしていないため草が伸び放題で、巨大豆の木以外の豆の木は埋もれてしまっている。
 ちょっとだけ葉っぱが見えるから、全滅していないはずだが、ちゃんと成長しているかまでは確認できない。豆ガトリングに被弾して、折れたりれたりした豆も多いはずだ。
 借りた盾を持って、シンたちは出陣する。
 豆の木は相変らずでかでかとしていて、温室の天井が狭苦しく見えるほどだ。
 今回はシンとビャクヤ、レニとカミーユでペアを組んでいる。
 木の盾は二人なら身を隠せるが、それほど余裕があるわけでもない。よって、一番大きいカミーユと一番小柄こがらなレニ、そして中間サイズのシンとビャクヤという振り分けになったのだ。
 シンとビャクヤは、さっそく陽動――というか、豆を消費させようと近づいてみた。
 豆の木はつつかれた鳳仙花ほうせんかの種のように、バシバシ豆を飛ばしてくる。
 最初はカンコンと軽い音だったが、だんだんと盾に当たる音が重くなってくる。
 少し離れたところで、レニは攻撃されまくるシンたちをはらはらと見守っていた。それを盾で豆から守るカミーユ。騎士科だけあって、なかなか盾捌きが上手い。
 しばらく防御態勢でしのいでいると、だんだんと豆の勢いが悪くなってきた。

「そろそろやな」

 いつになくやる気のビャクヤに、シンはついていく。
 足元に注意しながら、豆の木の様子にも気を配って移動する。
 作戦通りにうろちょろして、わざと広範囲に豆をばらまかせる。
 飛んでくる豆は基本緑色だが、ちょろちょろと黄色交じりの物もあった。
 豆は基本栄養価の高い食べ物だ。
 フォルミアルカに貰ったスキルの『異空間いくうかんバッグ』に入れておけば、劣化もしない。帰省中はもちろん、余れば冬の食材になる。
 あとであの豆も拾っておこう――と、転がる豆たちを横目で見ながら、シンはさらに歩いた。
 満遍なくガス欠ならぬ豆欠になるまで追い込み、ようやく豆の木に接近できる。

「よっしゃー! いっくでぇ~、お豆ちゃーん!」
「ビャクヤ!?」

 我慢できなくなったビャクヤが、盾をほっぽって豆の木へ走っていった。
 普段は割と慎重なのに、ここにきて我慢が振り切れたようだ。
 制止しようとするシンの手を振り切って、豆の木まで行ってしまい――ビャクヤは渾身こんしんの豆莢ビンタを食らった。
 それはもう、ベッチイイインと素晴らしい音を立てて、頬が張られた。
 映画やドラマでよく見る演出のように、見事な放物線を描いて吹っ飛ばされるビャクヤ。ほっぺたは真っ赤である。
 豆の木は、豆がなくとも莢があると言わんばかりに、わさわさと身をよじる――というより幹や枝をざわつかせながら警戒する。その姿は木の魔物トレントのようだった。
 豆の木は「死にさらせ、ワレェ」と言わんばかりに、伸ばした枝でビャクヤを叩き続ける。
 立つと余計叩かれるので、体を丸めて、退避より防御の姿勢をとるビャクヤ。何発かは思い切り食らったが、なんとか防御魔法を発動させて耐えていた。

「うっわ、気持ち悪」

 シンはひょいひょいと莢ビンタを避けながら、すぐ根元まで近づいていた。その手には、小型の斧が握られている。
 荒ぶる豆の木はビャクヤに気を取られており、静かに接近していたシンに気づかなかった。あわてて迎撃しようとするも、攻撃はかなり雑だ。
 当然、シンがそのチャンスを逃すわけがない。

「やっぱり伐採だよ」

 シンが斧を振りかぶった。その後に起こることを予見したビャクヤは、倒れたまま顔と手だけを上げて、待ったをかける。

「あ、あかん! そのお豆さんはまだ成熟が終わっとらんよ!?」
「いや、普通に邪魔じゃん。草取りとかしてくれる人とか、様子を観察しに来てくれる人とかの」
「ちょ、ま、堪忍かんにん! え、ええええ! イヤアアアアアア!!」

 ビャクヤの悲鳴と共に、カーン、と良い音がその場に響いた。
 シンは、ポーションで異常にデカくなり、半分魔物かミュータントと化した豆の木の面倒を、枯れるまで見る気はない。
 一分も経たず横倒しになった豆の木に対し、ビャクヤはまるで家族の亡骸なきがらを目にしたように縋り付き、おいおい泣く。
 シンはその間も黙々と、豆の房を木からもいでいる。
 レニとカミーユは散らばった豆を回収している。
 一番派手にぶっ叩かれたビャクヤだったが、意外とぴんぴんしていた。シバかれた時の音は大きかったが、大豆の安否に比べれば、ビンタなどどうでもいいのだろうか。

「酷い、酷いわ……まだ大豆になったお豆さんを確認しとらんのに、切ってまうなんて……!」
「だって無茶苦茶な攻撃されたら温室や作物に影響出るし」
「せやかて! シン君のいけず! 狐心きつねごころのわからない冷血漢!」

 わあああん、と端整な顔立ちを悲愴ひそうゆがめて泣くビャクヤ。
 そこまで気にするかと、シンは理解できずに苦い顔だ。
 その後ろの草の生い茂る場所で豆集めをしていたカミーユが、何かを見つけた。

「ビャクヤ。ここの雑草の中に豆の畝らしき列があるでござるよ。枯れていると思ったら、豆も成熟しているようでござるよ?」
「カミーユ、そこ絶対触んな。俺がやる。シン君が許しても俺が許さへんよ」

 すかさず反応したビャクヤに、地面に散らばった豆を指さしてレニが朗報を伝えた。

「ビャクヤ、さっき飛ばされた豆の中にも、大豆らしき豆がありますよ?」
「待って、レニちゃん。大豆っぽい熟した豆は別に置いておいて。あとで全部確認させてもらうわ」

 大豆ソムリエ、もしくは大豆奉行のようである。
 大豆があるらしいという希望が見えた途端とたん、ビャクヤはぴたりと泣き止んだ。
 巨大豆の木をごそごそやっていたシンも、枝豆より黄色くなってでっぷりした房を見つけた。一部は枯れかかったように茶色くなっている。豆を莢の上から触ってみると、だいぶ硬かった。

「この巨大豆の木にも大豆あるよ。もうちょっと乾燥させた方がよさそうだけど」
「ッシャアアオラアアア!」

 両手を上げて勝利のポーズを決めるビャクヤを、三人が白けた目で見ていた。
 ここまで病的に執着しゅうちゃくされると、周囲は一周回って冷静になる。
 ニコニコと上機嫌なビャクヤは、せっせと動き回る。乾燥してすぐに使えそうなものは豆を出し、いたみや虫食いなどのある屑豆くずまめを弾いていく。

「うんうん、このお豆さんたちも一週間くらい干せばええやろ!」

 まだ乾燥が足りないものに関しては、一般サイズの豆の木ならまるごと、巨大豆は莢で吊して干す。
 雑草の中に埋もれていた豆の木も、一本残らず探し出した。
 良い汗をかいたとひたいぬぐうビャクヤ。その笑顔から喜びと満足がはち切れんばかりにあふれている。
 尻尾のよく揺れる後ろ姿を見ながら、カミーユが「そういえば」と口を開く。

「ビャクヤは長期休暇に、テイランに戻るでござるか?」
「うーん、行かない予定や。旅費に使うなら節約して、後期の学費に回したいと思っとる」

 二人はテイラン王国の良家出身ではあるが、実家の支援は期待できない。冒険者稼業で生活費や学費を稼ぎながら学校に通う苦学生である。
 同じ騎士科でも、裕福な商家や貴族中には避暑地に行く人もいたが、この二人には無縁である。
 ビャクヤの考えを聞き、カミーユはほっとしたようだ。

「その方がいいでござる。どうも、テイランはいよいよ危険なようでござるよ。下手したら、後期が始まる前に学園に戻れなくなるやもしれぬ」
「なんかあったん?」

 不穏な言葉が気になったビャクヤが尋ねると、眉根を寄せてカミーユが答える。

「実家……ヒノモト侯爵家こうしゃくけから、手紙が来たでござるよ。こちらへ行きたいから、領地と地位を用意しろと。一介の学生のそれがしにそんなことできるわけがないのに、何を考えているのやら」

 ビャクヤは先ほどの上機嫌がスンと抜け落ち、真顔になった。その後、頭痛をこらえるようにこめかみに手をやり、頬をヒクヒクと痙攣けいれんさせる。
 理解しがたいとでもいうように「いやいやいや」と首を振りながら、カミーユに詰め寄った。

「いや、何言っとるん? 地位? 領地? ぎりぎり平民やろ。下手したら亡命すら拒否されるで? それか牢屋直行やで? ヒノモトは侯爵家やろ? 上級貴族なうえ、バリクソ軍系の一族やろ? 王家に加担して戦争吹っ掛けまくっとるから、他所よその国からすれば不倶戴天の敵やろ?」
「某も断りの連絡をしたでござるが、ちゃんと届くかわからぬでござる。テイラン国内は余程混乱しているのか、春先にテイランから出した手紙が、今更になって届いたくらいでござる」
「……手紙って、魔鳥や速達やなくて、一般のルートを使った手紙なん? えっらい上から目線やけど、亡命要請やろ? 家のモンじゃなくて?」

 他国の重鎮じゅうちんが亡命などしようものなら、国際問題になりかねない。
 継嗣けいしから外れきった末弟ならともかく、現役の当主や側近などは軽率に移動するべきではない。
 やるにしても、それなりに根回しをしなければ、穏便にはいかないだろう。
 カミーユと母親は自分の生活費と学費でぎりぎりだし、贅沢ぜいたくに慣れた異母兄や義母などを受け入れる余裕など全くない。当然ながら、彼らを連れてくる資金も伝手つてもあるはずがなかった。

「恐らく、それすら雇えぬほど逼迫しているでござるな。破綻はたんしすぎているのか、余裕がなさすぎるのかはわからぬが……あの兄上たちが某を頼るなんて、よっぽど困窮こんきゅうしているのだろう」
「……そら、帰らん方がええな」

 少ない情報が、苦しい状況を逆にあぶり出していた。
 ビャクヤもうなるように同意し、帰郷はやめようと改めて意思を固めた。
 テイランに行くにしても、入念に準備しなければならない。
 シンはカミーユのお家事情などちょっとしか知らない。だが、カミーユは継嗣争いには遠いヤンガーサンで、確か十一男だったはずだ。
 兄がヒノモト家を継いでおり、スペアの兄弟もたくさんいる。
 家族仲はかなり殺伐さつばつとしているようで、当主は異腹ことはらの弟に対して、放任という名の冷遇をしていた。
 前当主である父親も、子供のことよりも、次から次へと迎えた愛人に熱を上げていて、カミーユにも、カミーユの母親に対しても無関心だったそうだ。
 下手に家に居続ければ、金だけはある未亡人や、いわくつきの令嬢、嫁ぎ遅れた老嬢に婿入むこいりさせられてしまう。だからカミーユと母親は、遊学と、神罰の混乱に乗じてティンパインまで逃げてきたのだ。
 そんな寒冷な地雷原のような家庭だが、カミーユはおおらかに育っている。
 貴族に固執こしつせず、ちゃんと自分の人生を生きていけるように教育されていたからである。
 家族愛など義務ですら存在しないヒノモトの中で、カミーユの母親はまともだったのだろう。

「しかし、ヒノモト侯爵家ですらそんなヤバいんか……俺の実家は大丈夫なんやろか?」

 ビャクヤは真剣な顔でカミーユと話を続ける。

「残念ながら、他家の情報は手に入らなかったでござる。だが、王都周辺が特に被害が甚大じんだいと聞くでござる。苛烈かれつな長い冬は続き、ついに春が来ないまま夏が来て、雪が一気に解けて酷い水害が起こったらしいでござる。作物を育てるための田畑まで流れてしまったとか。農村と一緒に種もみも流れ、今年の実りは期待できないでござるよ……ナインテイルからの便りはないでござるか?」
「治安が良うないとは聞いとる。いろんなもんが無茶苦茶になって、辺境の領地にすらならず者が流れてくる言うてたな」
「今のテイランは家が壊れ、田畑が荒れ、仕事を失った民で溢れかえっていると聞くでござる」
「王家はどないしとるんや」
「あの身勝手な王族たちのことでござる。食料と金品を民からしぼり、溜め込んで籠城ろうじょうしているのでは? 落ちぶれた方が悪いとか、平気で言う奴らでござるよ」

 今まで数々の戦争を不当に仕掛け、そして他国から奪い続けていた利益を正当化し続け、弱肉強食が染みついた連中である。弱った相手に手を差し伸べるどころか、足蹴あしげにして財産を強奪するのは容易に想像がついた。

「うーっ、あー、言いそう。メッチャ言いそう。言っちゃあかんのに、平気で言いそうなのが想像できるし、納得できるっちゅーんがまた……」

 ビャクヤは唸りながら耳ごと頭をむしり、やるせない感情を吐露とろする。
 自国民にすらこの言われようとは、テイラン王家の人望のなさはすごい。
 シンは無駄にデカい巨大豆の木を解体しながら、ある意味感心してしまった。
 レニも豆を選別しつつ、ドン引きして二人の会話を聞いている。
 ちょっとの間しか滞在しなかったものの、シンもテイランにはろくな思い出がない。
 だが、テイランで生まれ育ったカミーユやビャクヤがナチュラルに辛辣しんらつな評価を下すあたり、それだけ王家が傲慢ごうまんかつ奔放ほんぽうに振る舞っていたということだ。
 今まで国民が蜂起ほうきしなかったのは、それなりに豊かな暮らしができていたからか。あるいは蜂起したとしても力で叩き潰されていたのだろう。
 だが、今回はそうもいかない。神罰で国内はボロボロ。心の支えとなる宗教においても、今まで崇めていた戦神バロスは消滅している。
 大好きな戦争を吹っ掛ける余裕も全くないと聞く。
 今まで国内で足りなかったものは、難癖つけて他所から毟り取ってきたテイランだが、それも神罰の大雪によってできなくなった。
 あくまで推測だが、戦争をやたらとしていたのは、国内の不満を国外に向けさせることにより、王家の尊厳を保っていたからだろう。

「前々から思っていたけど、そんなに酷いの? テイランの王族って」

 素朴そぼくな疑問と言わんばかりに、シンが口を開く。
 シンは強制召喚された際に、王侯貴族らしき人々をチラ見したが、異世界人に助けを求めている割にはやたら豪奢ごうしゃというイメージしか残っていない。

由緒ゆいしょある性根しょうねの腐った筋金すじがねりのドクズや」
「主人としては、間違いなくハズレの部類でござるな」

 ビャクヤもカミーユも辛口極まりない。どっちも酷い評価である。
 テイランではごく一部の者が富と利権を牛耳っており、それ以外はミソッカス以下のおこぼれに与れるかすら怪しい。ビャクヤもカミーユも良家の子息だが、恩恵はない。
 レニとシンが顔を見合わせていると、テイラン出身同士で何か通じるものがあるのか、カミーユたちが遠い目をする。

「国王は毎年二桁を超える愛妾あいしょうきさきを迎えているでござる。敗戦国や奴隷どれい、家臣から奪ったなど、挙げればきりがないでござるよ。王太子をはじめとする殿下がたも、似たり寄ったりでござる。三年に一回は後宮が増築されるでござる。戦争と色事にしか興味がないと、もっぱらの評判でござる」
「カミーユは人族やからマシやろ。獣人族はさらに待遇悪いで。何代も前の国王が入れあげた愛人が〝ケモノは好かん〟とか言いよったから、獣人の譜代ふだい臣下しんかは、いきなり爵位や役職没収・領地強制返還・僻地へきちおくりのフルコンボやで? んで、その女にきても、戻すのめんどいって、ずーーーーっと今も冷遇されとるんやで? 基本、間違いだろうが、冤罪えんざいだろうが、あっちに非があろうが、あそこの王侯貴族のお偉いさんは謝るってことはせぇへん」
「なんでそんな国がまだ生き残ってんだよ……」
「「戦争に強いから(やろ)」」

 シンの問いに、げんなりハーモニーが響く。
 だが、現状戦争どころではなくなっているテイランは、国がほころびはじめている。
 厳冬が終わり、近隣諸国に春が来ている間も、テイランだけは異常気象が続き、雪に埋もれていた。それが終わったら、息つく暇もなくダッシュで夏が来ているという。
 何か人知を超えたものの気配を感じるが、シンは言及しない。代わりに気になっていたことを口に出す。

「作物もヤバいんでしょ? 次の冬どうするの? つーか、夏も大丈夫なの?」
「知らへんよ。そもそもテイランは今も神罰真っ最中かもしれへんな。春がなくて夏とか、異常やん」

 ビャクヤは自分の身を抱きながら、薄気味悪そうに言う。
 彼の家は占術もやっているから、何か感じるものがあるのかもしれない。
 シンの記憶の中で、絶世の美をたたえた女神が楽しげに笑っている。

(神罰って、酷い雪の被害だけじゃなかったってことか……)

 異常気象は数ヵ月にも及ぶ長い期間である。場所によっては、半年以上雪に覆われていただろう。
 だが、悠久ゆうきゅうに近い時に存在する神々にとっては、まばたきのような一瞬かもしれない。
 人間は、長生きしても百年。人と神の感覚は大きなへだたりがある。
 女神連合を敵に回さないでおこうと、シンは決意を新たにした。
 テイランに行くのは絶対なしの方向で合致したビャクヤとカミーユは、夏休み中はどうすべきか頭を突き合わせており、シンの顔色に気づいていない。
 ちなみに、長期休暇の間、ティンパイン国立学園の学生寮は、一部を除いて閉鎖されてしまう。
 お安めの寮などは特にその傾向が強い。寮母さんもいなくなってしまうし、カミーユたちは寝床の確保をしなければならないだろう。

「シン君、ドーベルマン伯爵ご夫妻にはタニキ村に行くことは伝えましたか?」

 レニに指摘され、シンははっと思い出す。

「あ、忘れてた……」
「早めに言わないと、ミリア様が一緒に避暑旅行に連れていこうと考えますよ。社交シーズンではありますが、暑いとトラブルが起こりやすいので、夏場は避暑地で過ごす方も多いんです」
「トラブル?」
「よくあるのは、食あたりや体調不良です」

 夏はどうしても食べ物が傷みやすく、食中毒も増えてくる季節だ。パーティで口にした食べ物にあたってしまうケースもあるらしい。特に大きなパーティだと数日前からの仕込みは必須になるため、冬場よりあたる可能性が上がるのは仕方がないことである。
 また、猛暑の中でも女性はドレスが必須。美しくありたい女性がコルセットできつくウエストを締めて倒れることもしばしばだという。また、熱中症で倒れる者も多いそうだ。コルセットをきつくしすぎて、ろくに飲食できないのも原因だろう。
 男性は男性で、きっちりいきに着こなす礼服は、熱がこもって仕方がないらしい。

「なるほど、確かにそれならチェスター様たちは避暑地に行きそう……でも、なんで僕まで?」

 あの二人は後になってあくせくするより、事前に計画を立てておくタイプだ。
 他の貴族だって、夏場に辛い思いをしてずっと社交界に顔を出し続けたくないはずだから、有能な人ほど手早く仕事を済ませ、さっさとバカンスに行くだろう。
 まあ自分には関係ないかと、シンは一度思考を切り替え、レニの言葉に耳を傾ける。

「ミリア様、商人や職人を呼んで新しい服を仕立てているそうです。明らかにチェスター様では着られない、小柄で細身の少年サイズのものを」
「……ウワァ」

 もたらされた情報に、思わず棒読みの感嘆かんたんともドン引きとも取れる声を出すシンであった。
 ミリアとチェスターの子供は、二人ともとっくに成人済みの騎士で、しかもマッスルガイである。明らかにサイズが違う。シンに着せる気満々なのだろう。


 その後、錬金術部で豆腐を作ったり、油揚げを作ったり、お稲荷さんを作ったりしたら、あっという間に時間が過ぎていった。
 ビャクヤは狐の獣人であるせいか、異様にこだわりを見せて、大豆関係の物ばかり作っていた。
 錬金術部は〝美味しいは正義〟の連中ばかりなので、彼らが積極的にあおったのもあるかもしれない。
 豆腐を作るにしても、この世界ににがりがあるのかとシンは首をひねったが、どうやら海水から作るのだけでなく、謎の粉末でも代用できるようだ。
 ビャクヤは「お豆さんさえあれば作れるように、実家から色々持ってきたんや!」と胸を張る。
 周りはツッコミを入れずに拍手喝采するあたり、いつもの錬金術部である。
 学業優先という考えは、食欲という生物の三大欲求の前に吹っ飛ばされてしまう。
 シンも、自分では食べられない和食に、しっかり舌鼓を打っていた。
 試験は終わっていることもあり、迫る夏休みに皆が浮かれているのだった。


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