表紙へ
上 下
75 / 156
5巻

5-3

しおりを挟む
「なるほど、狩場だな」

 シンがグラスゴーの上でぽつりと呟く。
 タンデムしているレニもその様子を見て納得した様子だ。
 スネイクバードは燕のように滑空し、水面めがけて下降すると、勢いそのままにビッグフロッグに襲い掛かる。
 自分より大きなビッグフロッグに手を出すと逆に食われる恐れがあるため、上から獲物を吟味ぎんみしてから襲っているようだ。

繁殖期はんしょくき前やし、餌場として狙い目なんやな」

 繰り広げられる弱肉強食はめまぐるしい。カミーユと二人乗りをしているビャクヤがげんなりと呟いた。
 小さいビッグフロッグは、鼠サイズくらいなものもいるが、大きなものは大型犬サイズを優に超えている。
 オタマジャクシの時はだいたい普通の蛙と同じ大きさだから、蛙になった後もあそこまで成長して大きくなるのだろう。
 湿地に辿り着くと、相変わらずたくさんの蛙が目を光らせていた。
 だが、スネイクバード対策なのか、茂みの近くなどに身を隠しながら、こちらの様子をうかがっている。

「まあええわ」

 そう言って、ビャクヤは一足先にひょいと湿地に降りる。
 腰にいた長剣は刀によく似ているが、非常にほっそりとしていた。それをスラリと抜こうとしたところで、シンが止める。

「あ、こら。降りない方がいいぞ」
「なんでや? 水面近くにおったら、蛙めがけてスネイクバードも来る――」

 と言いかけた瞬間、水面から特大のビッグフロッグが飛び出し、大口を開けてビャクヤに襲い掛かった。
 すぐさまシンが弓矢で大蛙の脳天を射貫いぬく。そしてカミーユがビャクヤの首根っこを掴んで、即死したビッグフロッグの巨体から避けさせた。

「な、なななな???」

 さすがに水しぶきは避けられなかったのか、ビャクヤはびっちょびちょのまま仰天ぎょうてんして言葉を失う。尻尾もぺっしゃんこになっている。

「ビッグフロッグは口に入りそうなものは全部食いつこうとするぞ。馬から降りない方が安全」
「シン殿~、この蛙は食えるでござるかー?」

 呆然とするビャクヤを横目に、カミーユは平常運転だ。

「食べられるけど、そっちは後でな。スネイクバードの目標数いったら、好きなだければいいから」

 そう言って、シンが蒼天そうてんめがけて弓を射ったと思ったら、さっそく一匹のスネイクバードが落下した。
 後ろではレニも魔力を練って、魔法を構築しはじめている。

「水面に降りてくるのを待つより、魔法や矢で狙った方が早いから、ビャクヤは邪魔されないように頼んだぞ」

 言うが早いか、シンはグラスゴーごと襲ってきた巨大なわにを射貫く。
 レッドアリゲーター――その名の通り赤い鰐である。体長はおよそ七メートル。たらふく食べているのか、丸々と肥えていた。
 その巨体にビビり上がったビャクヤは、すぐさまピコに乗る。下手に水辺に寄ると危ないとようやく理解したのだ。
 彼が馬上に戻ると、蛙をはじめ魔物たちは狙うのを諦めたのか、息を潜めた。
 その間に、ビャクヤはすっかり濡れそぼった体をく。
 ピコはデュラハンギャロップほど戦闘向きではないが、魔角を持つジュエルホーンという立派な魔馬だ。普通の馬より余程強靭きょうじんである。
 ようやく一安心というところで、ピコの下半身が持ち上がった。

「はへ?」
「お?」

 ビャクヤとカミーユが後ろを向くと、レッドアリゲーターが空を舞っていた。
 高らかに上がっているピコの足の延長線上にいたことから、背後から狙ったところを蹴り上げられたのだろう。
 すとんと何事もなかったように足を下ろしたピコは、軽く頭を振った後にピコピコと耳を動かしていた。

「ここ、アリゲーター系だけじゃなくてデカいスネーク系も出るから、気を付けろよー」
「シン君、そういうことは先に教えてください!」

 三人を代表してレニが叫んだ。
 その声と同時に、氷柱のように鋭く岩が隆起りゅうきし、飛びつこうとしていたビッグフロッグとポイズンフロッグが蹴散らされる。

「ごめん、凄く嫌な記憶だったから無意識にふたをしていたかも」
「どんだけ嫌だったんですか?」

 鼠返しのようになった岩の隆起に負けて、次々と落ちていく蛙たち。ぼちゃんぼちゃんと水しぶきを上げるが、当然この程度ではびくともしない。
 ビッグフロッグの中には、ちょっとした隙間やでこぼこにしがみついて、こちらを目指すチャレンジャーがいた。
 さっそく飛び掛かってきたビッグフロッグを、カミーユが切り伏せる。

「シン殿? ここ、蛇より蛙の方が多いような気がするでござるが!?」
「食物連鎖だと、蛙は蛇の下が多いからなぁ」

 巨大な蛙が小さい蛇を食べることはまれにあるが、基本逆である。
 シンは気のない適当な返事をしながらも、絶えず手を動かして、蛇や蛙や鰐を射貫いている。
 ここはオタマジャクシ課程を修了した、新米蛙がたくさんいるのだろう。前回よりサイズが小ぶりなだけ、まだマシだった。

「シン君、どーにかならへんのか!? スネイクバードどころじゃなくなるで!?」
「氷系の魔法を使えば、爬虫類はちゅうるいや両生類系は動きがにぶるよ」

 その言葉に、縋るようにビャクヤはレニを見る。

「レニちゃん!」
「この数では、広範囲にかけなくてはいけません! 無理ですぅ!」

 彼らの焦燥しょうそうを感じ取ったのか、魔物たちは畳み掛けようと襲いくる。
 シンが全力を出して一掃しても良かったのだが、不利な条件で戦った方がカミーユたちの経験になるだろう。
 それに、シンの魔力のヤバさをうっかり露呈ろていしかねないので、イマイチ踏み切れずにいた。
 そして何より、この状況で一人へそを曲げている相棒がいる。
 一人冷静なシンは、ポンとその相棒――グラスゴーの首筋くびすじを軽く叩く。

「いいよ、グラスゴー」

 それを合図に、グラスゴーは力強くいなないた。
 雑魚が寄ってきて心底鬱陶うっとうしかったのだろう。魔角にバチバチと黒い光としか表現しようのない、エネルギーをまとわりつかせている。
 頭を一振りすると、そのエネルギーは黒い稲妻いなずまとなって周囲に襲い掛かった。
 ぜる音、焼ける音、悲鳴がその場に響く。
 数秒後、その場に残っていたのは、黒く焦げてぶすぶすと音を立てる残骸が多数と、水面にひっくり返って白い腹を見せるたくさんの蛙や鰐や蛇たちだった。それ以外にも、巨大な魚やかにや海老もいる。
 空を飛んでいたスネイクバードも感電したのか、何匹も落ちていた。
 シンは一人湿地に降り立ち、大容量の収納が可能なマジックバッグに、魔物たちをかたぱしから仕舞いはじめる。
 処理は後だ。とりあえず回収して、鮮度を落とさないようにするのが先だった。

「拾わないの?」

 馬上で呆然としている三人にシンが声を掛けると、ようやく彼らも動き出した。

「カエル・カエル・カエル・ヘビ・カエル・ワニ・サカナサカナカエルカエルカエル……っ! だーっ! ほぼほぼ蛙ばっかやんか!? スネイクバードもおるけど、十匹に一匹やんかー!!」

 あまりの量に、ビャクヤがうがーっと髪を掻きむしっている。
 無駄にお坊ちゃま意識が高い系ミヤビ狐なので、泥んこフェスティバルは嫌なようである。

「はいはい、キリキリ働く。口よりも手を動かす。御銭おぜぜが君を待っているよ」

 幸い、シンのマジックバッグ(異空間バッグに転送可)にどんどん収容できるので、グラスゴーの頑張りは無駄にはならなそうだ。
 功労者グラスゴーは、シンからご馳走ちそうのポーションを貰ってご機嫌である。
 時折、無謀むぼうなグラスゴーチャレンジをする魔物が蹴り飛ばされて宙を舞う中、ビャクヤがきぃっとえる。

「なんで俺がこないなことせなあかんの!?」

 まだまだ元気そうだと、シンは観察しつつ相槌を打つ。

「お前とカミーユの授業のためだろう。ここから薬作るところまであるんだぞ」
「……せやった」

 ビャクヤはガチで忘れていたらしい。シンの冷静な言葉でやることを思い出して、項垂れている。
 初対面の時こそ澄ましていたが、本来ビャクヤは随分と感情の起伏が激しいらしい。
 化けの皮がベリッベリにがれている。蛙ショックおそるべし。

「ギルドで解体してもらえれば、目玉ときもとか、素材を貰えるから。あっちで買い取ってもらうこともできるけど」
「素材や報酬ほうしゅうがあるとはいえ、死体をかき集めるだけで今日はもう腹いっぱいや」

 シンがマジックバッグを持っていたことに最初こそ喜んだビャクヤだが、収納上限が見えない作業=エンドレス魔物回収という事実に気づいてからは、どんよりしている。
 水に入って鰐を縄でくくっていたカミーユも、ややぬかるんでいるギリギリ陸地で素材回収と採取をしていたレニも、ビャクヤに同感のようだ。
 魔物だけでも十分色々あるのだが、湿地ならではの植物が多くあるので、それらもついでに採取している。

「同じくでござる……」
「まだ蛙はいますし、休憩を取るのは湿原を出てからにしましょうか」

 カミーユとレニの顔には「ゆっくり休みたい」と書いてあった。
 食事中に蛙に乱入されてはたまらない。蛙じゃなくて、蛇や鰐が乱入してくる恐れもあるのだ。
 幸い、グラスゴーが大暴れした後は、魔物の襲撃は格段に減っていた。
 スネイクバードも、上空を旋回しながらシンたちがいなくなるのを待っている様子だ。稀に降下してくるものも、シンたちからだいぶ離れた場所に行く。

(なるほど、結構警戒心が強いのか。これじゃ近距離タイプには難しいな)

 意外にも良く動いたのはビャクヤで、ぶちぶちと文句を垂れながらも後半は追い上げるように回収作業に没頭していた。
 もともと要領が良いタイプなのだろう。
 だが、さすがに疲れたのか、作業を終えて湿地から少し離れた場所で休憩を取ると、パンをかじったままウトウトとしはじめた。
 レニやカミーユも相当疲れているので、気持ちがわかるのか、苦笑している。
 なお、この手の重労働に慣れているシンは、ケロッとしていた。


 ◆


「――はっ!?」

 休憩中にうたた寝をしてしまったビャクヤが起きたのは、冒険者ギルドに着いてからだった。
 テーブルに突っ伏すようにして寝ていたので、顔を上げた瞬間、べりっとした音がした。随分と長い時間、ほっぺたをテーブルにくっつけていたのか、謎の粘着性ねんちゃくせいがあった。その原因は蛙の粘液ねんえきなのだが、幸か不幸か、それを指摘する者はここにはいない。

「あ、起きたでござるか」
「ここは冒険者ギルドですよ。今は魔物の査定と解体中です」

 食事をしながら歓談中だったのか、レニとカミーユはそれぞれシチューポットパイと骨付き肉を楽しんでいる。
 それを見て、ビャクヤは周囲にただよう香ばしい食欲をそそる匂いに気づいた。すると急激に空腹であることを自覚する。
 帰りの道中、軽くパンと水を口に入れたが、空腹を誤魔化す程度の小さなものだ。
 あまりたくさん食べすぎると、動きが鈍くなるからと、満腹までは食べなかった。だが、それでも疲れ切った体に染みわたり、睡魔に襲われたところまでセットで思い出す。
 眠っていたビャクヤが何故ここにいるかといえば、シンたちに運んでもらったからに他ならない。
 自分だけ爆睡してしまったという事実に、ビャクヤは頭を抱える。
 自分より小柄な女の子のレニですら、ちゃんと起きているのが更にトドメだった。

「なんでや……?」
「ビャクヤ、どうしたでござるか? 討伐は大成功。あれだけ魔物を仕留めたので、かなりもうかったでござるよ!」

 脳筋のうきんシバワンコはこの際置いておく。カミーユが意外とタフなのは、実技系の実習で知っていた。基本的に、カミーユの元気は食べ物を与えればすぐにチャージされる。

「デュラハンギャロップがあんなに強いとは思いませんでした」
「グラスゴーが別格なのだと思うでござる」

 しみじみと語るレニとカミーユ。
 そんなのほほんとした会話すら、ビャクヤはちょっと憎いと感じた。
 湿地での作業は足場が悪いし、湿気は纏わりつくし、蛙は飛んでくるし、泥だらけになるしで、最悪だった。冬は去ったとはいえ、まだ水は冷たいから、それも容赦なく体力を奪ってくる。
 そこで彼はふと気づく。
 意外と服も体も綺麗だった。ちょっとべたついているが。
 不思議がるビャクヤを見て、レニが種明かしをする。

「シン君が洗浄の魔法を掛けてくれたんですよ……でも、蛙の粘液はちょっと落ちづらいみたいで」
「最後の一拭きは自分でやるでござる。温めたタオルがオススメでござるよー」

 二人はすでに拭いたらしい。すっきりとした顔をしている。
 ビャクヤもホットタオルを貰って顔を拭く。顔がすっきりするし、なんだか安心する。

「シン君は査定についていっとるん?」
「はい。シン君が倒した魔物を全部持ってくれましたし」

 マジックバッグはシン以外、出し入れできない。
 彼がいなかったら、馬に乗せられる量だけしか持って帰れなかっただろう。湿地で倒した分の十分の一にも満たない量だ。

「ついさっきまでは一緒にいたのですけれど、職員さんに呼ばれて行ってしまいました」

 あの膨大な量を出したものだから、現在ギルドの裏方は大忙おおいそがしらしい。

「まあ、シン殿ならば安心でござるよ」

 もぐっと肉をむカミーユに、レニが頷く。 
 確かにあのしっかり者の――というか、いささか可愛かわいげがないくらいに抜け目がないシンであれば、正確な手続きをしてくるだろう。ビャクヤは納得した。

「とりあえず、無事を祝って乾杯しているところでござる。ビャクヤも楽しむでござるよー」

 幸せそうにパクパク食べ続けるカミーユに呆れながら、ビャクヤも注文をすることにした。
 眠って体力は回復しても、空腹は収まらない。むしろ、ちょっと入れた分は消化しきっていて悪化した。もうお腹がペコペコであった。
 起き掛けに頼むものではないかもしれないが、がっつり食べたかったので、オニオングラタンスープとボアの香草包み焼きにパンをいくつか頼んだ。

(はぁ~、これはこれで悪ぅないんやけど、たまにはお米さんたべたいわ。お稲荷さん……餅巾着もちきんちゃく。お揚げもご無沙汰ぶさたやしなぁ)

 頼んだものをぺろりと平らげたものの、なんとなく物足りなくて、数々のメニューを思い浮かべる。
 ビャクヤだって育ちざかりなので、意外と食べる。ティンパイン料理も美味しいとは思うものの、故郷の料理は格別だった。
 その時、シンが戻ってきた。

「あ、起きたんだ。精算終わったから、こっち」

 そう言って、シンは個室の方を指さした。
 自分で頼んだらしいハムとレタスと卵の入ったバゲットサンドの皿を持って、シンが移動する。すでに食べ終わり、食後のお茶に入っていたレニとカミーユも、その背中に続いたので、ビャクヤも追いかけた。
 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、輝かしい山だった。
 レニ、カミーユ、ビャクヤは、目の前にこんもりと鎮座ちんざするゴルドに目を白黒させる。
 カミーユなど、何度か目をこすったり、細めて見たりして、それが夢幻ゆめまぼろしや見間違いでないかと確認している。
 そんな三人とは違い、シンはちょこんと椅子に座ってギルド職員の方を見ていた。

「合計で八十二万とんで七百ゴルド。四等分で二十万五千百七十五ゴルドになります」

 職員がカルトンの上に金額の内訳を書いた紙を置く。
 圧倒的に数が多いのはビッグフロッグやポイズンフロッグ。そしてアリゲーター系やスネーク系、魚や甲殻類こうかくるいの名前がずらりと並んでいる。
 状態や大きさや重さ、色などによって若干査定額に差があるのもわかる。

「スネイクバードの素材は買い取りではなく、そちらで引き取るとのことですので、お渡ししますね」
「ありがとうございます」

 素材の入っている袋を受け取ると、シンはそのまま近くにいたカミーユの方に差し出す。
 しかし、カミーユは目の前のゴルドの山に釘付け。使い道に意識が飛んでいる。彼の脳裏にはたくさんの料理がおどっていた。
 今にも手の中から落ちそうな袋を、慌ててビャクヤがかっさらった。セーフである。

「あの大きなレッドアリゲーターは非常に色が良いので、オークションに出します。落札価格が決まりましたら、またご連絡しますね」
「トレンドは黒系と聞いていましたけど、あんなに真っ赤な鰐皮を買う人なんているんですか?」
「いますよ? 真っ赤だからこそ欲しがる方の心当たりがあるんです。特にあの色味であれば、絶対に目を付けますよ」

 自信満々のギルド職員だが、赤い色を好んで買う方ではないシンは、首をかしげた。
 かなり濃い色なうえ、発色が良いので非常に目立つ。

「つーわけで、とりあえず今日貰えるモノはその報酬だから。一応各自で確認しといて」

 レニが遠慮がちに確認する。

「シ、シン君、いいのですか? 騎獣や運搬はシン君頼みだったのに、綺麗に四等分って……」
「今回は四人パーティだったし、僕も勉強になったから」
「お馬さんにちょっとええもんあげてもええんやで? 今回一番活躍したやろ?」

 ビャクヤもレニの意見に同意するように頷いた。
 なお、カミーユは引き続き、ドリームトリップ中である。

「いや、それはそれ。これはこれ」

 ゆずる気がないシンに、ビャクヤは少し耳を下げた。
 初対面の時の大人しそうな印象は裏切られ、意地が悪いと思っていたシンだが、こちらが変な気を起こさなければ意外と世話焼きらしい。
 騎獣を貸してくれたり、戦闘でアドバイスやアシストをしてくれたり、マジックバッグに全員分の獲物を入れてくれたり、眠ってしまったビャクヤの泥を落としてくれたり。
 今もこうやって、きっちりと利益を分け合おうとしている。
 今回一番魔物を倒したのは、シンの騎獣だ。彼が多く報酬を貰っても、誰も文句を言わないだろう。

「なんや、シン君。律儀やなぁ」

 くふんと笑うビャクヤは「じゃあもろときましょか」と自分の方へカルトンを寄せる。
 それを見て、レニも一瞬迷った後に同じように引き寄せた。そして、隣でよだれを垂らしているカミーユをいい加減現実に引き戻しにかかった。
 その後、四人はギルドを後にした。
 全員寮暮らしなので、当然ながら帰る方向も一緒である。
 行きと同じように、グラスゴーにシンとレニ、ピコにカミーユとビャクヤが乗ろうとする。
 だが、ビャクヤがシンの方へ寄ってきた。正確に言えば、グラスゴーの方へ、である。漆黒しっこく巨躯きょくをちらりと見た後、その顔をまじまじと見つめる。

「ビャクヤ、あんまり近づくと……」
「なんやこのお馬さん、魔馬やけど、ちょっと変わった気配がするんやけ――んぎゃーーーっ!?」

 デュラハンギャロップの十八番おはこ、首刈りが発動しかけた。
 すっかり伸びた魔角で、ビャクヤの眉間みけんめがけて突いてきたのだ。ビャクヤは体をひねって逃れたが、それでも頭をかすってった髪がほどけている。
 追撃がなかったのは、シンが手綱たづなを引いたからだろう。グラスゴーはやや不服そうに「なんで?」と、シンを見ている。

「あぶなー! なんやの、この子!? あぶな!」
「ごめん、基本、グラスゴーは僕以外には喧嘩腰なところがあるから」
「見とっただけなのに! なんも企んでなかったのに、何すんの!?」

 魔獣の騎獣は珍しくないが、グラスゴーからは群を抜いて強い気配を感じていた。
 それを差し引いても、何やら違和感を覚えて、ビャクヤは思わず見つめてしまったのだ。 

「ビャクヤー、それアウトでござるよ~。ピコは大人しい馬でござるが、グラスゴーは暴れん坊でござる。というか、デュラハンギャロップと目を合わせるのは危険行為でござる」
物騒ぶっそう!!」
首なし騎士の魔馬デュラハンギャロップでござるよ?」

 カミーユにたしなめられても、ビャクヤは納得いかない様子だ。
 シンがデュラハンギャロップの習性を教えると、彼はドン引きした。
 シンも「わかる」と内心で頷く。シンだって、初めてこの説明を聞いた時は同じ反応だった。

「えぇ……シン君もレニちゃんも、よぅそんな血の気の多いのに乗れるな」
「僕には懐いているし」
「そのうち懐いてくれますよ? ………………………………多分」

 レニが最後の方に小さく付け足した言葉を、狐イヤーはキャッチしていたようだ。ビャクヤは物凄く胡乱うろんな視線をレニにぶつけるが、彼女はそれから逃れるようにさっと顔をそむけた。
 シンがぺちぺちとグラスゴーの首筋を叩いて、オイタも程々にするように伝えている。

「シン君、ガッツあるなぁ。命がけの我慢比べしたん?」
「僕はグラスゴーが弱っていたところを保護というか、治療したから、そういうのはしないで懐いたんだよ」

 ビャクヤはシンの細っこい少年体形独特の腕を見て「なるほど」と納得した。
 矢の威力からかなり強肩きょうけんなのはわかるが、何時間も暴れまくる魔馬に耐えられるようには見えない。
 しかも、デュラハンギャロップは意に沿わずに背に乗れば、絶えず首を狙ってくるらしい。
 そんなグラスゴーが、べろんちょとシンを舐める。
 傍目はためにもグラスゴーからの「好き好き~♡」なオーラが見える。だが、ビャクヤを見ると、つぶらな黒い瞳を一瞬すがめ、ふんっと鼻でわらった。
 シンに対する態度とえらく違うが、昼間の恐るべき実力を見れば、ビャクヤには争う気など全く起きなかった。


しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。