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連載
戻ってきたうざい人
しおりを挟むその後、やはりというかなんというか領主邸に到着していたティルレインにウザ絡みをされた。
ただ顔を出すだけだったが、出会い頭に涙腺を大決壊させたティルレインに、全力ダッシュからのハグをされそうになったシン。
当然ながら、鬱陶しいので即座に避けた。
だがティルレインは諦めず、何度も飛びついて来ようとした。
「なんでハグさせてくれないんだよぉおお! ここは勘当の再開だろう!? そんなに冷たくされる意味が分からないんだぞぅ!?」
「シンプルに嫌だ」
「うぐっ!?」
シンがすかさず一刀両断すると、ティルレインがじめじめとナメクジのような湿気を帯びていじけだした。
「シン様……少しばかり殿下に手厳しいのでは?」
「そーだそーだ!」
アンジェリカが情けを掛けると、すぐさまそちら側につくティルレイン。
「今年に成人の第三王子が普段からこれだから手厳しく躾けなきゃならないんですよ。
社交の邪魔だからって婚約者に王都から叩き出されている口ですよ? 一応、療養という名分はありますけど」
シンだってロイヤル馬鹿王子のお世話より、畑の世話をしていたい。
嫌そうな顔を隠そうともしないシン。相変わらずの塩対応だが、ティルレインもめげない。
その様子を少し離れたところから苦笑して見守っているルクス。
アンジェリカと目が合うと、静かに目を細めた。それに気づいたアンジェリカもはにかみながら笑みを返す。
(あ……甘ずっぺえええ)
未だにしつこくハグを所望するティルレインを押しのけながら、二人の間に流れる恋人ならではの空気。
女っ気のない度健全ライフをばかりしているので、虚無顔になるシンである。
別にスローライフが嫌いなわけじゃないし、スキャンダラスの日々を望んでいるわけではないが、ちょっと居た堪れない。
「隙あり!」
そんな中でハグチャレンジを諦めないティルレイン。
顔と家柄と美術関係の才能のみにパラメータを全振りしているもやしっこプリンスが、現役冒険者であり狩人のシンを捕らえられるわけない。
無様に草の上を滑る。石畳や砂利の上に転がさないのは、シンの慈悲である。
結局、一度もハグチャレンジが成功せず、ティルレインが汚い泣き顔を晒すこととなった。
それに気づき、ルクスはハンカチを差し出してべちゃべちゃの顔を拭く。
アンジェリカはその様子を、微笑ましそうに見ているがちょっと苦笑交じりなのは気のせいじゃないだろう。
「ティル殿下、ルクス様に迷惑をかけるのもほどほどにしてくださいよ」
「なっ、ルクスまで僕に厳しくなったら誰が僕を甘やかしてくれるんだぁ!?」
「……ヴィクトリア様とか?」
悲痛なティルレインの訴えに、彼の婚約者の名前を出してみるシン。
出してみて「無いな」と否定してしまう。
あのドSがドレスを着て歩いているような淑女だ。世話焼きや慰めよりも、切れ味抜群のトドメの刃を研ぎ澄まして振るうだろう。
ヴィクトリア・フォン・ホワイトテリア公爵令嬢はそういうレディである。
「えっ……ヴィー、優しくしてくれるかなぁ?」
頭がフローラルなティルレインは、美しい婚約者が優しくしてくれるかもと期待を抱いたようだ。
テレテレとしながら、胸元で指をもじもじさせる。
すぐ隣のルクスが無言で口を引き結び、苦虫を噛み潰して口にいっぱいに含んだような顔をしているのに気づいていないようだ。苦しそうを超えて、悲しそうだった。
「ソウダトイイデスネー」
シンはそういうのが精一杯だった。
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