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連載
社畜はどこにでもいる
しおりを挟むシンは一気に村を走り抜け、領主邸へ向かった。まず庭で薪割りに勤しんでいたパウエルにまず真っ先に報告した。
「良かった。流石にあの魔物でも空中には攻撃できないんだね」
次の便では妻子を贈ることになるだろうパウエルは、ほっとしている。
パウエルも先日のブラッドウルフたちの強襲を見て、籠城も長くはもたないと思っていたのだろう。避難経路の安全も確認できたし、憂いなく撤退が出来そうだ。
久々に強張りのない癒しの笑顔になっていた。
「僕はルクス様にも伝えに行きますね」
「頼んだよ。アンジェリカさんが仕事に戻ろうとする彼を何度も引きずって部屋に戻しているから、シン君も手伝ってあげて」
「はーい」
ルクスから仄かに香る社畜臭は気のせいではなかった。
ちょっとだけ親近感のような、呆れのような微妙な感情が芽生える。
ルクスは最近多忙を極め、明らかに疲労が蓄積していた。結界維持の魔力消費の激しさも、彼の体力を着実に削り取っている。早くこの騒動に決着を付けたいところだ。
シンはさっそくルクスを探しに、彼の部屋の咆哮に行くと――いた。廊下にルクスとアンジェリカがいる。
眦を吊り上げたアンジェリカは腕を組んで仁王立ちをしている。
対するルクスは困り果てたように体を揺らしているが、すり抜けようとするたびに捕まっている。
「何しているんですか?」
「み……ではなくシン様。ルクス様が体調が悪いと言うのに、仕事に戻ろうとするのです」
ルクスの両肩を掴んで押しやりながら、顔だけシンのほうを向いたアンジェリカが言う。
「今やらなくてはならない仕事が、溜まっているんです」
やや口調の呂律が怪しいルクスが、頑として通ろうとしているが押し返されている。
シンが顔を上げてみれば、顔が真っ赤だ。目は潤んでいるし、ぼうっとしているのが分かる。
「ルクス様、熱出ていませんか?」
「微熱です」
顔を引き締めシレッというルクスだが、その顔色を隠すように眼鏡を手で押し上げた。
ブリッジ部分を指で押さえる、一番顔を隠すタイプの眼鏡ポジション微調整だ。
アンジェリカがきっと睨むが、それにも目を合わせない様にそっぽを向いた。
「嘘ですよ! この人、シン様から貰ったポーションを隠れてがぶ飲みして徹夜していたんです! 隠してベッドの上にまで仕事を持ち込んで!」
アンジェリカの暴露に、ますます気まずそうなルクス。シンも思わず冷ややかな目で彼を見てしまう。
「ルクス様?」
締め切り近い社畜が、眠気覚ましのカフェインガン積みした栄養ドリンクを飲むのと同じである。行動が完全に企業戦士のデスマーチと合致している。
シンは栄養補給と魔力回復のためにポーションを渡したのであって、徹夜のドーピングのために使えなどとは言っていない。
「少しでも早く、ここに皆さんが戻れるように根回しが必要なんです。あのブラッドウルフたちは人の味を覚えてしまっていますし、もっと人の多い都市に流れ込んでくる前に群れを消滅さるべきです」
ルクスはもっともらしいことを言う。もっともらしいというより、ルクスの本心だろう。
あの群れを全て潰すにはかなりの戦力が必要だ。しかも、王都ならともかくこんな片田舎にまで呼ぶのは大変だ。
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