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2巻

2-11

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 ミリアは、面倒くさそうなチェスターやティルレインの説得を引き受けてくれた。
 チェスターは基本、宰相の仕事で多忙である。大抵が王城に詰めている。シンは早寝早起きなので、なんだかんだ不規則なチェスターとは顔を合わせないことが多い。
 屋敷も広く、食事の時間も重ならなければ仕方のないことだ。
 ここまで来ると、チェスターの生存確認は、ミリアの世間話や、立派な紋章付きの馬車が出て行くのを見た時くらいだ。屋敷に世話になったらガンガン来るかと思いきや、意外なほど接触がない。
 しかし、平和な分には良いと、ドライなシンは深く理由を考えていなかった。
 当のチェスターは、金の卵候補がまさかの加護持ちなのではと、国の重鎮たちと踊る会議続行中。アンビリーバボーな腰使いのサンバのリズムのように踊り狂っていた。
 賢いのは良いことだけれど、そこそこに欲があって扱いやすさもあれば望ましい。ところが、シンは子供にしては頭が回りすぎるし、弁が立つ。しかも権力の圧を感じたらフェードアウトする厄介な傾向もあった。
 第三王子ティルレインは、有り余る権力を上手に使えない可哀想なオツムだったからこそ、あそこまで接近できたと言える。
 しかしこうした重鎮たちの動きは、今はまだシンの知らぬところであったから、平穏だった。
 教会はややさびれ気味で、お祈りをしに来ているのはシンしかおらず、他にいるのはここに住んでいる孤児たちや修道女だけであった。
 年季の入った木造建築で、教会らしく天井は高い。漆喰しっくいで塗られた白い壁は一部老朽化でひび割れたり、がれ落ちたりしている。ステンドグラスはないが、高所から降り注ぐ陽の光は古ぼけた建物を少しだけ荘厳に見せていた。
 子供とはいえ珍しい客に、修道女は嬉しそうに顔をほころばせる。
 この老朽化の進み具合と修繕しゅうぜんの間に合っていない状況を見ると、財政は冷え込んでいるのがわかる。恐らく、かなり貧乏なのだろう。
 修道女が身につけるくたびれた生地きじの黒いスカートにも、ほつれやつぎはぎがある。
 この国や世界のシステムはシンにはわからないが、恐らくは国や貴族などからの寄付金や補助金でなんとか運営をまかなっているというところか。
 あくまで寄付金なので、特例以外はそう豊かに生活できないだろう。
 こう言っては身も蓋もないが、真っ当に働いている人たちよりも孤児が裕福な生活を送っていては、労働階級にいる人たちは仕事を投げ出しかねない。
 少し離れたところでは、花籠を持った小さな女の子がシンのお祈りが終わるのを待っている。花売りをして生活の足しにしているのだろう。
 旅路の安全を願ってお祈りをしたが、特に何かあるというわけでもない。
 てっきり祀られているフォルミアルカから通信があるかと思いきや、そうでもなかった。
 腐っても主神だし、シンばかりを見ているわけでもないだろう。
 便りがないのは元気な証拠だ。そういうことにしよう。厄介事は騎獣騒動と馬鹿王子でお腹いっぱいである。

「もしよければ寄付をどうでしょうか」

 シンが礼拝を終えたのを見計らって、年かさのいった修道女が声を掛けてきた。
 いつの間にか位置が替わり、花売りの少女はその後ろから窺っている。

「あ、いいですよ」
「そうですか、ではまた……え!? いただけるんですか?」

 まさか子供が寄付をしてくれるとは思わなかったのか、修道女はびっくりしている。
 レイクサーペントをはじめ、採取や討伐でそれなりに小金持ちのシンである。それくらいケチるつもりはない。
 だが、ふと思う。寄付の相場がわからない。一般的にはどれくらい渡すべきなのだろう。
 シンは吝嗇家りんしょくかではないが、その辺の無知さは否めない。何せ、コンビニ募金や災害募金をしたことはあっても、お釣りの小銭程度をチャリンチャリンと入れた経験しかない。普通の寄付金額からかけ離れた大盤振る舞いなんぞして、変な注目を浴びたくはなかった。
 シンは自分が年不相応なほど収入があることを自覚していた。

(千ゴルド? 一万ゴルド? 前の世界は賽銭さいせんといえば御縁と五円をかけて小銭だったけど、この世界ってどうなんだろう?)

 寄付すると言ったものの、相場が全くわからず手が止まった。
 そこでシンは、現金の寄付の代替案として食料提供を申し出ることにする。

「その、現物支給はありですか? たくさん子供もいるようですし、食料の支給という形は受け付けていますか?」
「食料!? ええ、ええ! もちろんです!」

 かなり食いつきが良い。ガッツガツに食いついている。
 裏手の厨房に移動すると、シンはウリボアを丸々一頭、異空間バッグから出す。
 わぁっと子供たちの歓声が上がった。ボア系の中でも最も小型で安価だが、それでもここではご馳走ちそうの部類らしい。
 宗教的な理由で動物性の食物を忌避きひする菜食主義ではなさそうだ。

「血抜きは済んでいますが、解体できる方はいますか?」
「ええ、こう見えて鳥も豚も牛も全部、絞めから加工まで一通りやってきましたから!」

 厨房に集まったシスターの一人から心強すぎる答えが返ってくる。
 今日はご馳走だと、周囲は一気ににぎやかになった。
 ウリボア一匹でこんなに喜ばれるとは思わなかったシンだが、ふとタニキ村の子供たちを思い出す。隣家のシベルやカロル、そして領主家のジャックといった育ち盛りのちびっこたちの、シンを見ての第一声は大抵「肉」だった。
 貧しいところはどうしても肉が枯渇こかつする傾向にあるらしい。

「もう一匹いりますか? ナマモノですから、食べきれる量の方がいいと思いますけど」

 修道女たちの目がギラリと光る。

燻製くんせいや干し肉にするから、問題ありません。脂身あぶらみ蝋燭ろうそくにします」

 赤貧せきひんという修羅場しゅらばを幾度となくくぐっただろう猛者もさの即答だった。小さな命を預かる彼女たちにとって、解体や仕込みはそれほど苦ではないらしい。
 ならばもう少し多めに出してもいいかと考え、シンは女性や子供でも解体できるだろうサイズのウリボアとボアを出していく。
 草原でも山でも森でも割とどこでもちょろちょろ走っているので、狩ってはストックしていたのだ。仕留めておいてそのまま捨て置くのは、狩人の流儀に反する。
 命を頂くのだから、ちゃんと大事に使おうと取っておいて――小物すぎて忘れてしまっていたのはご愛嬌だ。異空間バッグに入れると、劣化しないので、余計に記憶から漏れる。
 シンが無言のまま追加で五匹ほど出すと、さすがに呆気にとられたようだが、彼女たちは泣き出しそうなほど顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

「ありがとうございます。これだけあれば、今年の冬も安心して過ごせます。ボアの毛皮があれば、子供たちも寒い思いをせずに済みます。ほら、貴方たちもこのお兄ちゃんにお礼を言いなさい」
「ありがとー、おにーちゃん」
「おにくありがとー」

 シンはここでも肉の人扱いされることになった。
 初対面なので、お歳暮というより季節外れのクリスマスプレゼントだろうか。
 シンはDランクになりたてとはいえ、密度の濃い狩猟生活をしていたので、かなり腕は良い方だ。タニキ村という狭い場所ではあったが、この年齢で村一番の弓の腕前だった。
 王都の冒険者ギルドでも褒められたし、人並み以上の腕前だとは自負している。

(カロルとシベル、ジャックにもお土産を買っておこうかな)

 脳裏にタニキ村のちびっこの顔が浮かぶ。
 やたら食い気の強い子供たちだから、土産は食べ物でもいいかもしれない。実用品として小型のウッドボウでもいい。あるいは寒くなってくる季節だし、防寒具も良さそうだ。
 貴族は専用のブティックで購入することもあれば、生地からオーダーメイドすることもあるらしい。
 庶民は大抵が自力で作るか古着が多い。その方が安上がりだし、ましてや子供服はあっという間にサイズが変わってしまって面倒なのだ。大抵はピッタリではなく大きめのサイズを着倒すことが多い。
 シンもよく購入するのは新品より古着だ。つぎはぎだらけのものも多いが、中には掘り出し物もある。懐と要相談でピンからキリまで選べるのがいい。

(そもそも冒険者だから、すぐに汚れて傷だらけになるからな……)

 そうだ、と思い出す。異世界転移したばかりの頃にピッタリの服を買ってしまい、すぐに着られなくなって異空間バッグの肥やしになった服たちがある。
 シャツやズボン、靴はいるかと聞けば、シスターは即座に頷く。
 成長期のサイズアップは侮れないのだ。
 五歳のジャックには大きすぎるし、そもそも彼は貧乏とはいえ領主子息だから、いらないだろう。同じ年齢のシベルにもさすがに大きい。一方、十歳のカロルは年齢の割に体格が良いから、大分前のシンでも小さかった服など、そもそも窮屈きゅうくつかもしれない。
 断じて、自分が小さいわけではない。自分は平均のはず――と、シンは散々年下に見られたことを内心で否定した。
 よほど古着がありがたかったのか、シスターたちが平身低頭へいしんていとうと言わんばかりにペコペコ頭を下げる。こうなると、逆にシンが居心地悪くなってしまう。

(まあ、やらない善よりやる偽善って言うし)

 一通りの寄付を終えたシンは、逃げるようにして教会を後にする。

「ただいま、グラスゴー。今日はいっぱい走らせてやるからね」

 いい子で待っていた愛馬の鼻筋を撫でた。
 ちなみに、グラスゴーは子供たちに絡まれることはなく、遠巻きに見られていた。
 シンの愛馬はただ立っているだけでも迫力満点なので、自然とそうなっていた。
 早く外で駆け回りたいのだろう。かすグラスゴーの首にドーベルマン家の紋章の入ったメダルを掛けた。
 少しでも貴族を知る人間ならば、これでグラスゴーが宰相家の騎獣だと思うだろう。騎獣泥棒騒ぎを心配したミリアが善意で貸してくれたのだ。
 ちょっと邪魔そうにしたグラスゴーだが、シンが背中に乗ると、途端に機嫌が良くなった。
 あまりらすのも可哀想なので、すぐに街の外に出た。
 遠乗りが嬉しくてグラスゴーは興奮が冷めない。やや飛び跳ね気味にしばらく草原を駆け回っていると、グレイウルフの姿がちらほら見えた。
 まだ遠いと思っていたら、群れで遠回りに囲い込みをしようとしていることに気づく。

(この距離なら弓で仕留められる……)

 しかし、シンには気になることがあった。
 グラスゴーの戦力だ。
 戦える魔馬ということは知っているし、接近してきた魔物を容赦なく蹴り飛ばすのも見た。
 だが、それらはあくまでシンの取りこぼしを拾った形である。本気で戦うとどうなのか。

「グラスゴー、ウルフたちを倒せるか?」

 首筋を軽く撫でて聞くと、グラスゴーは「おうよ」と言わんばかりに嘶いた。
 シンたちが走るのをやめてその場に留まると、あっという間に周囲をグレイウルフの群れに囲まれる。距離を置きつつも着実に包囲網を完成させる狼たちを嘲笑うように、グラスゴーが小さくぶるると唇を揺らす。
 しばらく睨み合いをしていたが、狼の一匹が走り出す。
 それを合図に四匹のグレイウルフが同時に追従し、一気に多方向からシンたちに襲い掛かった。だが、グラスゴーが一匹を蹴り飛ばすと、その蹴り飛ばされた体に別のグレイウルフがぶつかって弾き飛ばされた。また首筋を狙っていた別の一匹は、グラスゴーが大きく振った首にあっけなく払われる。
 残り二匹は、脇腹と前脚を狙ったようだが、力強い跳躍によって容易たやすく弾かれた。
 数にまさるグレイウルフたちに、一切引けを取らないグラスゴー。

(でも群れはまだ十匹は動けるのがいる。どうするつもりだ?)

 ちらりとグラスゴーを見ると顔が――否、まだ丸い角と鼻筋にある真っ白な毛の部分が輝いている。確かそのあたりは魔力が多く流れている部分だ。
 何か大技を繰り出すつもりだと気づいたシンは、素早く身を屈めてグラスゴーにしっかりしがみつく。
 バチバチと雷光のような魔力を纏うグラスゴーが前脚を高く上げ、地面に蹄を突き立てた。
 直後、地面がぐわんと波紋のように揺らいだと思ったら、巨大な牙のごとくするどい岩が隆起した。それも一つや二つではない。一気に数十という数が次々とグレイウルフたちを突き飛ばす。
 突如地面が隆起して、巨大な岩が体を貫かんばかりにそそり立つのだから、グレイウルフたちもたまったものではない。狼たちが次々と宙に打ち上げられていく様は圧巻だった。
 一方的な蹂躙じゅうりんである。
 一瞬のうちに、地面はほとんど平坦ではなくなってしまった。
 巨大なクラスター水晶を思わせる岩の隆起が周囲にそびえ立っている。
 岩々に打ち上げられたグレイウルフたちはどれもぐったりとして動かない。数匹なんとか逃げおおせたようだが、すっかり戦意を失っている。恐怖におののいたのだろう。ピンと立っていたはずの耳を下げ尻尾を股の間に丸めて、身を屈めながら一目散に逃げ出している。

「……うわぁ」
雪崩なだれになったら大変だから、雪山では絶対使わせないようにしなきゃ)

 シンはすっかり変わった風景に軽く引きながらも、ぼんやりと思うのだった。
 倒したグレイウルフは異空間バッグに入れた。頭がひしゃげてスイカ割り(事後)状態になっているのも数匹いた。
 蹄を鮮血で染めているグラスゴーは、目をくりくりさせて「どや? どや? 凄くない? 褒めて」と言わんばかりである。
 シンは思いっきり褒める。グラスゴーはやれと言ったシンの言葉に、忠実に従っただけだ。
 魔馬に人と同じ感性を求めるのがそもそも間違っている。
 ちょっと張り切りすぎただけの可愛い相棒だ。

(角……ちょっと伸びてきた? そういえば、最近魔石集めしてなかったな。少し強めの魔物じゃないと魔石は出てこないから、この辺に出てくるゴブリンやボアでは突然変異でもしない限り望めないよな)

 先ほどのウルフも毛皮や牙の素材としては良いが、魔石は見込めない。
 今日はグラスゴーが思い切りストレス発散するためのお出かけだ。
 できるだけ思い切り暴れさせてやりたい。欲を言えば、魔石がゲットできる場所が望ましい。

「グラスゴー、今日は少し強い魔物のいるところに行こうか? 魔石が採れたら、食べさせてやるからな」

 上機嫌にグラスゴーが高く嘶いた。
 タニキ村への旅路でたくさん移動はするが、目的のためにひたすら足を動かすだけの作業になるだろう。しっかりガス抜きをしておきたかった。


 シンたちが移動したのは湿原だ。近くに大きな川が流れていて、付近は非常に地面がぬかるんだ沼地と湿地になっており、その上にふかふかの草が密集している。
 しかし、その草のせいで川と陸地の境界が曖昧だ。
 水辺らしく生き物が多いようで、どこからか虫や蛙の鳴き声が聞こえる。
 パッと見ではちゃんと地面がある場所なのか、草だけなのかがよくわからない。
 迂闊に足を入れると、ずぼりとはまる。
 注意書きの看板によると、たまに人や動物が足を取られて溺死することがあるそうだ。また、足を取られている間に魔物や獣に襲われて命を落とす可能性もある危険な場所らしい。
 看板の内容はともかく、緑と水辺のせせらぎが長閑で美しい場所である。

「足元、気を付けろよ?」

 シンも背の上から気を付けてはいるが、今まで湿原に足を踏み入れた経験はあまりない。
 川や湖はあるが、湿地とはまた別物だ。
 周囲はほんのり白みがかり、霧が出ている。
 きょろきょろと見回した限り、それらしい魔物の姿はいないが、スライムがのそのそと動いているのをよく見かける。

「視界も良くないな……でも見たこともない珍しい植物もたくさんあ――」

 シンは一度グラスゴーから降りてみて、沼地らしき水面を覗き込む。
 すると……何かと目が合った。
 目を凝らすと、やはり湿原に何かがいた。一匹だけではない。数十匹――いや、もはや無数と言うべき蛙だ。
 しかもとんでもなく大きい。ぬめりのある緑の巨体に茶色の筋が入った大蛙は、優に大型犬ほどのサイズがある。
 その名もわかりやすくビッグフロッグ。
 蛙たちは大きな口で丸呑みにしようと飛びかかってきたが、素早く反応したシンに矢で射抜かれて、白い腹を見せつけるようにひっくり返って絶命した。
 あまり強くはないが、跳躍力と速さは相当だ。待ち伏せや不意打ちタイプの肉食魔物なのだろう。
 あまり触りたくなかったが、シンは矢を引き抜いてそのまま異空間バッグに入れた。解体はギルドに任せる。
 げんなりしながら周囲を見回すと、無数の双眸そうぼうがシンを見ていた。
 グラスゴーではなく、何故かシンだけに狙いをつけている。

(な、なんで僕ばっかり!?)

 慌ててグラスゴーの背に乗ったが、まだじっと見ている。
 もう少し近寄ったら跳び掛かってくるだろう。
 しばらく睨み合いをしていたが、シンの中でぷつりと何かが切れた。
 ――なんでグラスゴーと楽しい遠乗りのはずが、こんな巨大両生類に煩わされなくてはいけないのだ。
 シンは魔力を練り上げて、魔法をイメージする。

「グラスゴー、跳べ!」

 そう言って軽く腹を蹴ると、それが合図となってグラスゴーが飛び跳ねた。垂直飛びで二階よりも高い。
 シンは氷魔法を叩き込み、周囲を一気に凍土にする。
 水気の多い場所なだけあって冷気が伝わると、氷が一気に広がっていく。
 シンに飛びつこうとして中途半端に自ら顔を出した数多あまたのビッグフロッグたちも立ち所に凍り付いていき、誰も嬉しくないだろう蛙の氷漬けが大量に出来上がる。
 危なげなくグラスゴーが着地すると、その衝撃で地面が割れた。
 凍っていたのもあり、派手な音が立った。

(……一応、蛙も回収しておくか)

 雷で一掃いっそうすることも考えたが、万が一グラスゴーが感電したら大変である。
 デュラハンギャロップは魔馬であるので、普通の馬より頑丈だろうが、それでも心配だった。
 無心で詰め込んだ蛙はどれも子供くらいの重量がある。中にはシンよりはるかに重いものもあった。
 咄嗟とっさに魔法で一掃してしまったので強いとは思わなかったが、これだけの数だと一匹くらい魔石があると嬉しい。

「お待たせ、グラスゴー……」

 ありがたくない大豊作の蛙祭りの収穫を終え、くるりとシンが振り向くと、首というか頭部のない無数の何かが転がっていた。
 それはいつぞや見たレイクサーペントだったり、今さっきさんざん見たビッグフロッグやポイズンフロッグだったり、青黒いワニだったりと様々だ。
 一見するとスプラッタホラーというかグロ画像がいっぱいである。
 明らかにミソ系のものまで散らばっている。
 グラスゴーはまたもやドヤドヤな顔をしていたので、念のため普通の回復ポーションと、毒消しのポーションの両方を飲ませた。
 ポイズンと名が付くのだから毒持ちなのは間違いない。毒には即効型と遅効型があるから、念のためだ。

(動物って嗅覚が敏感だから、薬を嫌がるけど……グラスゴーって何故かポーション大好きだよな。まあ、材料が薬草やハーブ系が多くて飲みやすいのかな)

 しっかり飲み干しても「お代わりくれ~」と言わんばかりにシンの顔をべろべろしてくる。
 確かミリアがデュラハンギャロップの愛情表現だと言っていたが、これは完全にポーションおねだりである。犬や猫がおやつを欲しい時にするあれである。
 原理は不明だが、シンの作るポーションは、日本でお馴染みの炭酸飲料やスポーツドリンク系の味になる。
 あの味は人間のシンだけでなく、魔馬にとっても美味らしい。

(でもなんで……ハーブや香草とかばっかりのあの材料でコーラやサイダーやスポドリの味になるかが謎なんだよな)

 普通もっと苦くなっていいだろうと思うのだが、あら不思議と言わんばかりに味が飲みやすいお馴染みの何かのものに変わっている。ただ、炭酸はかなり薄い。
 若干ハーブや薬草の風味はするが、えぐみや苦みの強い薬剤や漢方の味ではない。
 一応は薬草学や錬金術学の本に基づいているはずなので、ちゃんとしたものができているはずだ。
 シンは出費を抑えるために市販の薬はあまり買わないので、それらがどういう味かはわからない。
 そもそも遠距離攻撃型のシンは怪我自体が少ないので、ポーションが入用になることすら少ない。
 しかし、先ほどの魔法は強烈だった。思った以上の威力である。

(うーん、基本の魔導書しか読んだことなかったけど、初級にしては規模が大きいよな。一度もパーティ組んだことないから他の人たちの実力がどんなものか知らないし……僕の実力ってどの辺なんだろうか?)

 魔法は便利なので、咄嗟に使うことが多い。
 囲まれた時など、多勢たぜい無勢ぶぜいだと弓では間に合わず、つい頼ってしまう。
 だが、シンは弓の腕をもっと磨きたいと考えていた。
 馬上からの射的もだいぶ慣れたし、今回の遠乗りは物理攻撃オンリー縛りをして、弓強化を図るのも良いかもしれない。
 そう考えたシンは、矢筒に残った矢の本数を確認し、気合を入れ直した。


 ◆


 陽がやや傾きかけた頃、シンとグラスゴーは血と汗と泥にまみれて色々とドロドロになっていた。
 湿原という場所を選んでしまったのも良くなかった。
 足元だけでなく、体や顔にまで泥や返り血が飛び散っている。正直、今から沼地に落ちてもさして変わらないくらい汚れていた。
 弓縛りをしていたおかげで何度も弓を引くことになって、肉体的にも疲労困憊だ。腕の筋肉や背中の筋肉が張っているのがわかる。服も汗で体に張り付いている。
 異空間バッグに入れていた矢のストックもだいぶ減ってしまった。
 一方グラスゴーはシンとたくさん狩りができてご機嫌である。
 当初の目的であるグラスゴーのストレス発散という点では、花丸合格ラインと言えるだろう。

「グラスゴー、日が暮れる前に帰ろうか」

 シンがそう言うと、既に満足していたのであっさりと走りはじめた。
 これだけ暴れたというのに、まだ走る元気があるのだから恐れ入る。
 グラスゴーの軽快な走りにより、空がほんのり赤くなる頃には王都の城門をくぐることができた。
 さすがと言うべきか、一日中ほぼずっと走りっぱなしでもグラスゴーの足は全くにぶっていない。
 帰る途中に馬上で洗浄の魔法をかけていたので、パッと見た限りではそれほど汚くはない一人と一匹は、その足で冒険者ギルドへ向かった。


 シンが顔を出すと、クール美女の受付職員がすぐさま対応してくれた。
 周りで一部の目がギラリと光ったのは見なかったことにする。そうした方が精神衛生上幸せな時もある。シンはそれをよくわかっていた。
 ギルドの中には飲食ができる場所も併設されているため、既に一杯始めている冒険者らしき人もいた。
 今日の成果が良かったのか、豪快に麦酒の入ったジョッキをぶつけ合っている。

(この世界の人たちは麦酒を冷やさないんだよな。絶対冷やした方が美味しいのに)

 好みはあるかもしれないが、日本人としてはキンキンに冷やしたものを推奨したい。
 仕事終わりのビアガーデンでは、頭痛がするんじゃないかってくらい冷えていると、さらに美味しい。真夏なんて特に最高である。苦みと一緒に炭酸と独特の喉越しが駆け抜ける感覚は非常に良いものだ。残念ながら、幼いこの姿ではあと数年は解禁されない魅惑みわくの感覚である。
 シンがカウンターの前に行くと、クール美女の受付職員がこっそり耳打ちしてくる。


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