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2巻

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「貴族街は嫌です」
「えー、ちゃんとした場所に置いておかないと、性質たちの悪い商人や貴族にとられちゃうぞ。アイツら、たまに偽造書類で高級騎獣やレアなペットをカツアゲするって、騎士から聞いた。騎獣は登録してないとそのまま持ってかれるし、その上、本当の持ち主の方が盗人ってことになっちゃうらしい」
「なんでティル殿下がそんな話を知っているんですか」
「護衛の中にトラディス兄様から騎獣を下賜かしされた騎士がいて、被害に遭いかけたんだぞぅ。狙われたのがたまたま下賜品で、前の持ち主や経歴がはっきりしていたからなんとかなったけど、そうじゃなかったら取られていたらしい」
「………なんですか、その胸糞むなくそわるい話は」

 話を聞きながら、シンは絶えずブラッシングをし続けている。騎獣屋できたえた技術は、今やたくみの技の領域にあった。

「書類の偽造は重罪だからな。フェルディナンド兄様やトラディス兄様も捜査しているそうだが、相手が狡賢くてなかなか難しいって聞いた」

 ティルレインはグラスゴーに手を伸ばしたが、鼻で笑われてプイッとそっぽを向かれた。
 そんな中、後ろから背の高い侍従が補足する。

「しかも狙われるのは立場の弱い平民や流民の冒険者が多いのですよ。騎獣屋は移動式の店舗もありますから、購入した店の店主が国を去った後に証明を取るのは大変です。その間に逃げた盗人に騎獣を転売されてしまえば、取り返すのも立証するのもさらに絶望的になりますからね。裏に権力を持つ犯人がいて、狙われるのが平民ということもあって、こういう事件の被害者は泣き寝入り状態が多い。まだ噂も少ないので、知られていないんです」

 なるほど、と侍従の言葉にシンは納得して頷いた。ティルレインもほへーと感心している。

「わかりました。ルクス様にお願いしま……」

 そこまで言いかけて、ぎょるんと音がしそうなほどシンは勢いよく振り向いた。
 侍従だと思ったら、よく見ればチェスター・フォン・ドーベルマン宰相だった。間違いなくティンパイン王国の重鎮である。

「何しているんですか?」

 シンが驚愕きょうがくも露わにこぼすと、チェスターは軽く肩をすくめた後、ちらりとティルレインを見る。

「馬鹿王子のお迎えです。予想通り、約束の時間より長く駄弁だべっているようでしたので」
「やだーっ! シンともっと話すぅ!」

 半泣きのティルレインが嫌がるが、チェスターはそれに動じる気配が全くない。

「馬鹿でも無駄に身分が高いので、駄々をこねた時に連れ戻すのも、それなりの肩書や身分が必要なんですよ」
「それは大変ご愁傷様しゅうしょうさまです」

 思わず同情が声に滲むシンである。
 やんごとなき馬鹿はその苦労がわかっていないらしく、ヤダヤダと駄々をこねている。

「良かったらこの屋敷を訪ねてください。恐らくですが、シン君の騎獣は既に目を付けられている可能性が高い」

 そう言いながらチェスターは封筒を差し出し、シンが首を傾げるのにも構わず言葉を重ねた。

「デュラハンギャロップの若い雄は数百万ゴルドの価値がありますからね。大きさ、毛艶、健康状態も良好。しかも子供でも手懐けられるなら、大人しく従順なのだと思うでしょう」

 確かに、デュラハンギャロップの相場はべらぼうな金額だ。グラスゴーは訳ありだったから、シンでも迎えられただけである。そして、その瑕疵かしとなる部分は改善しつつあるのだ。
 難しい表情を浮かべるシンが事の重大さを理解していると判断したチェスターは、さらに続ける。

「大事な騎獣を奪われたくなかったら、自分で屋敷を購入して防護魔法を施すか、護衛を雇うのが一番です。しかし、君の年齢だと頭金を多く用意しないと、屋敷を借りるのも買うのも一苦労でしょうからね」

 シンとしても、かなり奮発ふんぱつして買って、手塩にかけて可愛がっているグラスゴーがられるのは断固として嫌だった。

「どうして、僕のグラスゴーが目を付けられている可能性が高いと……?」
「常にというわけではありませんが、宿の周囲に念のため護衛を付けています。怪しい人影が厩の付近をうろついていると連絡がありました。一匹数百万の価値のある騎獣であれば、強盗殺人が起きてもおかしくありませんから」

 シンはこう見えて王家の恩人である。彼が王宮への招待を嫌がるので、チェスターは妥協案で見守ることにした。だが、結果的に監視めいた真似をしているのだ。

「シン君は身寄りのない子供です。冒険者は自由ですが、身元や故郷の判別が難しい。ましてや君は流民ですから、ここがタニキ村ならともかく、知り合いの少ない王都では、どうしても味方も知人も限られます。犯人をしつこく追及する基盤が薄いとみなされてしまうのです。たまには大人を頼って、長いものに巻かれてください」

 狙いをつけるようなギラギラした目ではなく、心配そうな目で見られてしまうと、シンは居心地が悪い。
 グラスゴーを狙う盗人はきっと、シンが子供だと油断しているはずなので、その気になれば返り討ちにできるだろう。だが、その後の身の振りを考えれば、進んで危険に巻き込まれたいとは思わない。
 しかも、チェスターの話では、裏には貴族や豪商といった大きな権力者がいる可能性が高い。
 黒い犬のシルエットの封蝋が押された封筒を受け取り、シンは考える。
 グラスゴーが目立つのは事実だし、治安が良い王都でも詐欺やいざこざは日常的にある。人が増えれば悪人の絶対数も増えてしまうのだ。
 ここのところシンは、毎日狩りや採取に出かけていた。王都内で、人の往来の多い場所も移動している。シンとグラスゴーを見掛けていた人も多いだろう。騎獣屋からのレンタル状態の時は気にしていなかったが、こうなると宿泊先もちゃんと考えなくてはならない。
 シンとしては、愛想のいい女将おかみさんと娘さん、料理上手なコック兼宿屋の主人による家族経営の今の宿屋はお気に入りだった。厩舎だって年季は入っているが、ちゃんと清潔だ。
 だが、グラスゴーは厩舎でもずば抜けて体躯が立派で、威風堂々たるたたずまい。

(うん……目立つな。ちょっとイキった冒険者に絡まれたこともある)

 シンのことをIランクのビギナーだろうと思って絡んできたGランクの冒険者の少年たちがいたが、シンがEランクだと知るとすごすご下がっていった。 

「うわぁああああん! 帰りたくないよぅ! シーンーーーー!!」

 わんわんと周囲に鳴り響く、サイレンの如き絶叫と号泣。
 馬鹿犬王子は相変わらずシンに懐いている。だが、首根っこを押さえた宰相がずるずると容赦なく引きずっているため、いくら手を伸ばしても、その手はシンに届かない。

(スタンプカードが終わったってことは……意外とあっさり、家族も婚約者さんも許したんだな)

 記憶の改竄かいざんというやべー事実の前に、もともと阿呆あほうで元気な馬鹿王子が引き起こした暴走は、一度罪状に対する酌量しゃくりょうの余地が出たのだろう。
 狙いが王太子だったと考えると、王位継承権が下位であるティルレインに被害がいったとしても「まだ良かった」と思えるだろう。
 未来を嘱望しょくぼうされる王太子と比べれば、健やか馬鹿王子の責務は少ない。周囲への影響も酷くなかったはずだ。
 もし、王太子が精神汚染でたぶらかされたりしたら、それこそ国家の危機である。ティルレインより年上となると、既に成人していて、いつ王位を継承してもいいように準備が整えられつつあるはずだ。

(……しかし、ヴィクトリア様もよく許したよなぁ)

 シンはヴィクトリアをシビア思考のしっかり者な令嬢だと想像していたが、情の深い人なのかもしれない。


 ◆


 馬車に乗り込んだチェスターは、向かいに座るティルレイン第三王子殿下を見る。今日も無駄に見てくれがいい。シンに会えてご機嫌なのか、今にも鼻歌を歌いだしそうなほどである。

「チェスター、帰りにケッテンベル商会に寄りたい」
「今からですか? 恐らくそれなりに混んでいますよ」
「この後、ヴィーとお茶会なんだぞぅ。あそこのカヌレやフロランタンは、ヴィーも妹のヴィオや公爵夫人こうしゃくふじんも大好きだから、お土産に買っていくんだ」

 馬鹿王子だが、婚約者やその家族の好みを把握し、手土産を持参しようという心意気は良い。
 しかし、それ以上にチェスターが驚いたのは、このやらかし王子に茶席が用意されているということだ。
 チェスターの知るヴィクトリアは、そんなお優しく甘っちょろい女性ではなかったはずだ。

「……もうそんなに仲直りしたんですか?」
「なんでも『いたぶり甲斐がいのある顔に戻ってきたので許します』だそうだ。ちょっと前の僕は、イジり甲斐がなくてつまらなかったみたいだ。よくわからないけど、女性を退屈させるのは良くないな!」

 ニコニコとヴィクトリアの危ない性癖せいへき暴露ばくろする馬鹿王子に、同情すればいいのか失笑すればいいのかわからない、チェスター・フォン・ドーベルマン。
 そういえば、ヴィクトリア嬢は、よくにこやかにまされた言葉でこの第三王子を素殴りあそばしていた。優雅ゆうがに罵倒される王子の横で、侍従のルクスが青い顔で腹をさすっていた記憶がある。
 ティルレインより理解力の高いルクスは、より強い精神ダメージを食らってしまうのだ。

「ヴィーは僕の泣き顔が好きらしい。笑顔が素敵と言われた記憶はあるが、改めて思うと、僕は自分の泣き顔をあまり見たことないな。チェスター、僕の泣き顔はそんなに良いのか?」

 そこまで言われてものほほんとしている王子の図太さに、チェスターは軽く引いた。
 会話が聞こえてしまった護衛の騎士たちも、すすーっと静かに視線を下げていく。
 チェスターがおかしいのではなく、ティルレインの危機感のなさがヤバいようだ。
 ヴィクトリアは生粋きっすいのサディストなのか。
 チェスターにとってティルレインの泣き顔は、子供っぽくくちゃっとしているという印象しかない。威厳いげんゼロとしか感想を抱かない。ちょっと前まではシンに泣かされては、この顔を披露ひろうしていた。

「私は特に何も。ヴィクトリア・フォン・ホワイトテリア公爵令嬢のご趣味では?」

 そう言いつつ、ずれていない眼鏡を直すチェスターだった。
 なんでまだ婚約が白紙になっていなかったかの疑問は氷解する。
 恐らく、レディ・ヴィクトリアの趣味は『ティルレインを泣かすこと』か『ティルレインの泣き顔鑑賞』であり、アイリーンが傍にいた頃のティルレインには、さして興味がなかった。そして、頃合いを見て戻るようであれば、浮気の有責でマウントを取る。そして優雅な言葉でオブラートごとお殴りあそばすつもりだったのだろう。そして、戻らなかったらそのまま切り捨てるつもりだった。
 ティルレインは「犬用ビスケットも買って来いって言われているんだぞぅ」と、呑気のんきに言っている。既にパシリにされている。

(……あそこには番犬はいたが、ペットは猫のはずでは?)

 番犬は職務中だし、調教師や使用人しかおやつは与えないはずだ。何に与える気だろうか、と首をひねるチェスター。

「ビスケットはペティベッキーの『人も犬も食べられるヘルシーお野菜ビスケット』だそうだ」

 そう言ってほがらかに笑うティルレインに、騎士たちはウッと顔を覆う。

(あ、もしかしてこの王子が食わされるんじゃ……)

 さといチェスターは一生懸命にお使いをしているティルレインに、その残酷な予想を伝えることはできなかった。
 フラグは乱立していた。だが、ティルレインは気づかない。
 ふんすふんすと鼻息荒く、お使いメモを持って使命をげようとしている。



 第三章 宰相夫妻



 宿屋の部屋でシンは考えていた。
 グラスゴーが狙われている。
 見切り品とはいえ、高級騎獣。しかもシンの与えた魔石やポーションの影響か、すっかり健康そのものだ。今では少し前まで余命宣告を受けていたとは思えないほどに毛艶はとても良く、元気溌剌げんきはつらつとしている。キズモノだった名残なごりといえば短くなった魔角くらいだが、それも徐々に伸びはじめている。
 以前、スマホで調べた価格はえぐかった。庶民が手出ししていいものではない。シンだって、グラスゴーのような特殊案件でなければ絶対手を出さなかった自信がある。
 下心のある者にとっては、身分の高い貴族からカツアゲや窃盗するより、子供の方がよほど狙いやすいだろう。ましてこの世界の命の価値は身分の貴賤きせんによって露骨に違う。平民にすぎないシンの命の価値など、かなり低い。
 非常に不愉快だが、納得するしかない。
 シンはチェスターに頼っていいものかと悩んでいた。

(奮発して買ったグラスゴーを狙われる+命を狙われる+宿屋が襲われることに対する損害……。今までも、宿は手紙の配達人が来て半分監視状態だったし、チェスター様の管理下にある気配もするけど、まだ僕が子供だと心配しているのも事実だろうな)

 年齢的に、チェスターにはシンと同じか少し上くらいの子供がいてもおかしくない。シンが幼く頼りなく見られがちな外見なのも相まって、無意識に保護対象と思っているのかもしれない。
 今泊まっている宿屋のおじさんは、シンが食材の差し入れをした際に「小さいのによくできた子だ」と褒めて、頭が揺れるほど、わしわしと勢い良く撫でてきた。チェスターもきっとそんな認識なのだろう。
 シンはチェスターに渡された封筒を開く。その中に入っていたのは、貴族街の住所と地図、そして、注意を促す手紙だった。

(煩わしさを取るか、身の安全を取るか……こうなったら、レイクサーペントの報酬だけ貰ったら、一旦タニキ村に帰るか。それまでは少しだけお世話になることにしよう)

 チェスターは少し怖いが、ティンパイン王国ではまともな部類だ。頭でわかっていても、どうしても怖い。
 まだ見て回りたい場所はたくさんあったが、必要な物は大体購入済みだ。
 タニキ村でも狩りはできるし、異空間バッグに品質そのままで大量にとっておいたものがある。
 ちなみに、マジックバッグの方は、試用した感じ、劣化がちょっと遅れる冷蔵庫感覚だ。容量は今のところかなり余裕があるので、まだ天井は見えていない。
 毎日討伐や採取に出ても、ほぼ同じ量だけ納品しているし、余った分は異空間バッグに回しているので、マジックバッグの中に溜め込んではいない。

(そういえば、この王都に来る前にスキル統合したけど……あれ、どうなったんだ?)

 シンはスマホで確認しようとしたが、しばらく放置していたせいで、ずらーっとスキルが増えていた。
『清掃』『動物好き』『魔獣の心友』『騎乗』『トリミング』『ブラッシング』などのスキルや称号がずらーっと並んでいるのは、騎獣屋の世話をしていた影響だろう。
 フォルミアルカから貰った『成長力』で、スキルや称号を得やすいのは、シンにもなんとなく自覚があった。


 スキル・称号を最適化しますか?
 ▼ YES
   NO


(見るのもメンドクセェ)

 シンは全くスキルを確認せず、ぽちっと押す。


 スキル・称号の最適化に五十時間要します。
 ▼ YES
   NO


 有能なるスマホさんが処理を開始した。
 また、時間が空いた時に結果を確認すればいい。
 シンは別に打倒魔王を掲げているわけでもなく、社会の闇と戦っているわけでもなく、復讐に燃えているわけでもなければ、圧政に苦しんでいるわけでもない。伸びやかまったりなスローライフを望んでいるだけだ。


 これ以上考えてもどうにもならんと、シンは宿屋を出て冒険者ギルドにやって来た。
 無駄に悩むより、成果の出る労働の方が生産的である。
 見慣れたカウンターに近づくと、シンの来訪に反応したクール系美女の受付職員に個室に案内された。
 そこには先日オークションを勧めてきた、スキンヘッドの強面ゴリマッチョが待っていた。
 彼はシンの顔を見るなり、にんまりと笑みを浮かべる。

「坊主、喜べ! レイクサーペントは三百万ゴルドで売れたぞ! 手数料を諸々差し引いて二百五十五万ゴルドだ!」
「にひゃくごじゅうご」

 桁違いの金額にシンはぽかんとした顔になる。
 フルタイムパート以上、新社会人の年収未満だ。冬支度の資金どころか、つつましい生活であれば一年ニートができる。
 可愛らしい方の受付職員が、金貨をトレーに載せて持ってきた。
 山吹色やまぶきいろのお菓子がざっくざくで、目がチカチカする。
 これだけの金額になると、支払いは銅貨や銀貨ではなくなるのだろう。シンが初めて見るタイプの金貨もある。
 シンも学生時代、アルバイト先の売り上げ計算の時などに札束に触れた経験はあったが、目の前で燦然さんぜんと黄金色に輝く塊は圧巻だった。
 思わず言葉を呑み込み、驚愕するシンを見て、ゴリマッチョは満足げだ。

「丁度いい具合に、蛇革を欲しがっていた商会の旦那だんなと成金貴族の旦那が張り合ってな。二百万ぐらいが妥当だと思っていたら、りがぐんぐん伸びたんだ。そこの二人は仲が滅茶苦茶悪くて有名なんだが、今回は特にヒートアップしていたな」

 ギルド側としても美味しいオークションだったらしい。
 競り落としたのは貴族の方らしいが、値の吊り上げ方が尋常でなかったので、完全に意地になっていたところもあるようだ。
 だが、蛇革は人気だし、黒はトレンドや季節をあまり選ばず使える。これほどの上物は、早々出ないこともあり、是が非でも欲しいと競りは白熱したそうだ。

「あと、食材の追加払いがまたあった。その分色を付けて二百八十万ゴルドだな。あの店は上客だから、機嫌を損ねないでくれて助かった。しばらくは大丈夫そうだが、また良いものがあったら納品してくれとのことだ。お前の採った物ならいつでも歓迎するって言ってたぞ」 
「ありがとうございます」

 固定客がついたようなものだろうか。嬉しい反面、タニキ村に帰ろうと思っていた矢先なので、少々気まずいシンだった。

「冬になる前に田舎へ帰るんだろう? 日持ちしそうなモンがあったら、そこのギルド経由で送ってくれ。料理人いわく、平野と山のモンは同じ植物でも味が違うらしい」

 そうした違いは、味のプロフェッショナルだからこそこだわる玄妙げんみょうさなのだろう。料理人が細やかな味を追い求めるのは良いことだ。矜持きょうじや意識の高さを感じさせる。
 シンだって、食べきれない在庫を抱えるより美味しく食べてもらいたい。

「わかりました」
「……話は変わるが、坊主の騎獣はデュラハンギャロップか? 最近、冒険者の騎獣の窃盗や詐欺が増えているから、気を付けな」

 ゴリマッチョ職員は、個室であってもひっそりと声を抑えて話す。
 またこの話題だ。どうやら冒険者ギルドの間でも被害はあるようだ。

「犯人、捕まってないんですか?」

 ゴリマッチョは親指と人差し指で顎をごしごしとこすりながら、難しい顔をしている。

「つい先日Eランク冒険者が、若くて良い鹿毛かげの馬をやられたらしい。借物でも、盗られたら買い取り扱いだし、気を付けろよ」
「もう買い取りました」
「登録はしたか? 後見人や、お前の身元引受人の名前は提出したか?」
「いえ、僕の登録だけです。親はいないので」
「……お前さん、どっかのお偉い方と知り合いらしいな。もし他に頼めるようだったら、そいつにバックについてもらえ。裁判沙汰さいばんざたになったり取り立てされたりした時、そういった人間がいるだけでだいぶ変わる。厄介な連中でもちょっと頭の切れる奴は、貴族や大店おおだながいるってだけで引いていくからな」

 ギルド職員の言っていることはわかる。安全のためにも、貴族の威光を借りた方がいいと親切心で忠告してくれているのだ。

「でも、借りは作りたくないです」
「安心しろ。貴族ってのは面子があってなんぼだ。ノなんちゃらオブなんちゃらがあるからな。逆に、それを盾になんか言ってくるのは『自分は小物です』って宣言しているようなもんだ」

 彼は『ノーブレス・オブリージュ』と言いたいのだろう。身分のある者には、それに応じて果たさなくてはならない責任があるという考え方だ。

「そういうものですか?」
「身分がある奴らはプライドが無駄に高いのが多いし、体面が大事な連中だからな。子供の頼みを無下むげにした、なんて噂が立つのは良しとしないだろうさ。無理そうなら、俺が探してやる。こう見えて、コネは多いからな」

 ゴリマッチョはニッと白い歯を見せて笑う。
 職員というより、傭兵ようへいか冒険者ですと言っていいような筋骨隆々だが、経歴も長ければそういったこともあるのだろう――などと、印象を抱くシンだった。
 実際はギルドマスターだとも知らずに。
 改めて、シンは言われたことについて少し考えた。
 当てがないわけではない。

「知り合いの人に当たってみます」

 ここは良識派代表のルクスに頼むのが良いだろう。
 やはりチェスターは怖い。色々と頼ったらズブズブの沼になるかもしれない。リスクは分散させるべきだ。
 彼はサモエド伯爵子息と聞いた。確か爵位の順は、公爵、侯爵こうしゃく、伯爵、子爵ししゃく、男爵と続く。伯爵は上から三番目の爵位のはずだ。
 ちなみに、辺境伯は侯爵と伯爵の間くらいだ。国境沿の王都から遠い領地は、ただの田舎の場合もあるが、紛争が起きやすい最前線の場合もあるので、重役が付くことも珍しくない。
 前の世界ではここまであからさまな階級や身分制度はなくなっていたとはいえ、貴族に詳しくないシンもそれくらいは理解している。

(ルクス様は馬鹿犬王子の侍従だけど、王族付きになるくらいだから、ミソッカス貴族じゃないはず)

 それにまだ若くて真面目なあの青年なら、ある程度コントロール可能だ。
 しかも、ルクス・フォン・サモエド伯爵子息は、やらかして追放された馬鹿ボンボン王子の危機に尽力し、すっ飛んできた人間だ。
 人柄と常識を兼ね備えており、あのティルレインには勿体ないほどの好青年。否、あの人柄だからこそ、スカタン王子のお目付け役になったのだろう。

(まあ、断られたら断られたで仕方ないや)

 シンとしては、下手に食いつきが良すぎる人を選びたくはなかった。
 シンがギルドから貰った報酬をマジックバッグに入れていると、ゴリマッチョがじっと見ていた。

「……何かありましたか?」
「シン、お前。Dランクに昇格だ。受けた依頼の回数、達成率、功績を考えると、それが妥当だ」
「それは早くないですか? まだ僕は子供ですし」
「冒険者のランクは年功序列じゃなくて、完全な能力主義だ。普通Eランクはあんなデケェのを仕留められねぇ。ましてやソロクリアとなると、Cランクはあっておかしくない。レイクサーペントは毒がないとはいえ、あの巨体で絞め付ける力や丸呑みにする能力はあなどれん。それに、お前がタニキ村でゴブリンモンキーとキラーエイプの群れを討伐したっていう連絡も来ているしな」

 確かに以前そんな名前の魔物を倒したが、備蓄の食料を食い漁られたことまで連鎖で思い出してしまい、シンはイラッとする。
 完全な〝思い出し怒り〟で、また出たら全部狩り尽くしてやると燃えていた。


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