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2巻
2-2
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猪系の魔物は毛皮も肉も安定して売れるから、初級~中級の冒険者に人気だ。しかし、一口にボアと言っても個体差は大きく、小型~中型犬サイズのウリボアから、幌馬車サイズのものまでいる。グレー、ブラウン、レッドなど、色や大きさによって強さも変わり、討伐ランクがかなり違う。この辺だと、一番危険なのはイーヴィルボアという魔猪である。
獲物の整理を兼ねて一息ついていたところ、突然、上空から大きな鳥型のモンスターが襲い掛かってきた。
高い場所から狙われたのには驚いたが、シンだってそれなりの手練れだ。易々とやられはしない。
接近したら魔法やナイフで応戦し、逃げようとしたところに弓矢を放って仕留めた。
この珍しい鳥型のモンスターについて、フォルミアルカに貰ったスマートフォンで調べてみようとすると……突然、プッシュ通知が来た。
――称号『女神の寵愛』が『神々の寵愛』に進化しました。
スマホを眺めながらきょとんとするシン。
(……『女神の寵愛』ってなんだ? 『神々の寵愛?』って、何? 複数形ってことは、誰だ? 最初の称号も意味不明だけど、まあ、呪いってわけじゃなさそうだし……)
心当たりがないが、名前からして害はなさそうなので無視することにした。
まあいいか、とシンは仕留めた魔物に目を戻す。
スマホの記述によると、この鳥型のモンスターはデスイーグルというらしい。
自分で狩りをせず、ウルフやゴブリンなど、下級の魔物が捕まえた獲物を奪い取る性質がある、そこそこ強い魔物だ。死肉や腐肉を漁る鳥だが、その恐ろしい名前と生態に似合わず、翼は白と黒で美しい。
討伐部位は嘴らしいが、肉や羽も売れるかもしれない。
(……僕のボアを狙ってきたってことは、僕がアイツらより弱そうに見えたってことかな?)
シンはどこか納得しがたい気持ちを抱きながら、デスイーグルとボアたちを荷車に載せて街に戻った。
街の門まで来ると、荷車いっぱいに魔物を載せたシンを見て、見張りの兵は少しぎょっとしていた。
「大丈夫かい?」
兵士の一人が、思わずと言ったように声をかけてくる。
「はい、慣れていますので」
「大変だったら、運び屋を雇うのも手だぞ。まあ、金は掛かるが」
本当は異空間バッグに入れれば済むのだけれど、王都近くではあまり使いたくない代物だ。恐らく、シンが持っているのはかなり規格外の性能で、目立ちそうなものだから。
シンはギルドに魔物の討伐を報告し、そのまま引き取ってもらう。
今日の受付職員はシルバーフレームの眼鏡をかけたクールそうなインテリ美女だった。
「デスイーグルは買い取り代金も入れて一万二千ゴルドです。でも、今回は爪や嘴、羽の状態も綺麗ですので、一万五千ゴルドで買い取らせてもらいますね」
頻繁に人を襲う魔物――特に危険な魔物、素材に需要のある魔物は特別な上乗せがあり、依頼カードが出ている。ゴブリン、ウルフ、ボア系がそうだ。
デスイーグルの討伐依頼は出ていなかったものの、通常の討伐金は貰えるらしい。また、羽と爪、嘴、肉は素材として買い取ってもらえることになった。
「いいんですか?」
「傷が少なく、価値ある素材は人気ですから」
受付職員はさらりとそう言って、隣でごねている冒険者たちを一瞥する。彼らが手にしているのは、手足があらぬ方向に曲がり、毛皮が血みどろになって絶命しているウルフ。
あんなボロボロの毛皮は加工するのも難しいだろう。不揃いな端切れと一枚に繋がった毛皮では、同じ大きさでも価値は段違いだ。
どうやら彼らは買い取り価格が気に入らないらしく、若い受付のお姉さんにいちゃもんを付けているみたいだ。しかし、困惑する女性職員の後ろの扉からゴリゴリマッチョの壮年のギルド職員が出てきた途端、しゅんとなった。わかりやすい。
「ボアは一体七百ゴルドが二匹、千ゴルドが二匹、千五百ゴルドが一匹。合計で四千九百ゴルドです。状態が良いのと、人気の毛色のボアもいるので、色を付けて六千ゴルドとなります」
「では、手続きをお願いします」
「かしこまりました。では、少々お待ちを。冒険者カードに記録を載せますので、一度お借りしますね」
「はい」
王都の冒険者ギルドだからか、タニキ村の職員たちよりかなりきっちりしている。
村のおばちゃんやおっちゃんのゆるゆるした空気も嫌いじゃないが、王都ギルドのTHE職場と言わんばかりのきっちりした空気も好きだった。
シンがトレーに載せた冒険者カードを受け取った受付職員は「ところで」と眼鏡を光らせる。
「シン君は腕が良いので、討伐効率を上げるためにも運び屋を雇ってはいかがです? いつも荷車では大変でしょう」
「うーん、ソロに慣れているので、逆に人がいると落ち着かなそうなんですよね……。別に高難易度の依頼やダンジョンに挑みたいわけではないですし」
そう、この世界にもファンタジーではお馴染みの『ダンジョン』がある。魔物や魔王もいるのだから、当然とばかりに存在していた。
だが、シンはスローライフ希望であって、血飛沫と魔法が飛び交う英雄譚ライフを求めてはいない。日本で経験した進撃の社畜ロードで、頑張るのには懲りていた。信条として『YESスローライフ、NO社畜』を掲げている。
そして、女神から色々授かっているシンは、周りにバレたら困る道具や能力を多く持っているので、身近に人を置くつもりはないのだ。ティルレイン並みに頭がフラワーガーデンであれば気にしないが、それは別の意味でいてほしくない。
「残念ですね……シン君のとってきた魔物は卸先や職人にも評判が良いので、是非数を増やしていただきたいのですが」
「ありがとうございます」
シンは先ほどの哀れなウルフを思い出す。
雑な倒し方をしたり、解体スキルを身につけたメンバーがいなかったりすると、素材になるか怪しい状態になってしまう。
冒険者には荒っぽい人間が多いらしく、ああいったものが運ばれてくることも珍しくないそうだ。
素材にすると考えると、ただ倒せばいいってものではないのだ。
◆
シンがタニキ村を出てから早くも一月以上が経過した。忙しくも楽しく過ごし、なんだかんだで王都に居ついていた。
そうなった理由の大部分は、それとなく監視したい――というか、なんとしてもシンを引き留めたい苦労人宰相チェスターと、ティルレインの世話役を務める善良なルクスの存在だろう。
ティルレインはそういったまどろっこしいことをせず、シンのところに乗り込もうとしてとっ捕まるタイプだ。彼は動きがバレバレすぎなのだ。
もっとも、監視といっても、シンが宿を替えていないかと、ちゃんと定期的に王都に戻っているかの確認程度のようだ。
冒険者の中には、採取や討伐に出てそのまま戻ってこない場合もある。
子供一人というので心配もあるだろう。中身はともかく、外見が十歳程度にしか見えないシンは、頼りなく感じるらしい。
シンはシンで、王都は依頼もたくさんあるので興味の赴くままに色々と挑戦している。
タニキ村と違ってここには真新しいものが多く、色々と情報収集もしやすい。ギルドにも依頼がたくさんあるから、出稼ぎにちょうどいい。周りにタニキ村の出身の人はいなかったが、地方や他国からの出稼ぎの人が多くいる。おかげで、シンも大勢の田舎者の中にほどよく埋没できて、気楽であった。
帰るタイミングを逸してしまったと感じつつも、シンは今日もギルドに顔を出していた。
(結構長居しちゃっているけど、王都で買いたい本があるんだよな。ギルドで見られるものだって限度があるし……。魔導書って高いから仕方がないか)
シンは本を読むだけでぽこぽことスキルを取得できる。これはフォルミアルカから貰ったギフトスキル『成長力』があってこそで、極めてレアケースだろう。普通の人は、ギルドなどに善意で置いてある本ではスキル取得までには至らないらしい。
とはいえ、わざわざ能力をひけらかす気はないし、むしろ隠蔽したいと考えている。
ありがたいし便利だが、あの宰相にバレたら、ますますシンを引っ張り込もうとするかもしれない。
シンとしては、個性の濃度が殴り合いのティンパイン王国の中枢には断じて入りたくなかった。
物欲しそうにしていたことが、あの宰相や国王やティルレインにバレたら、非常に面倒くさそうだ。
どこで誰が裏から糸を引いているかわからない以上、貸しや借りを作ると後で余計なものを背負う羽目になる。既にチェスターあたりは両手を広げて待ち構えていそうで、恐怖である。
(こういうのって、自分で手に入れてこその醍醐味だよな)
気を取り直し、シンは冒険者ギルドで依頼カードを物色する。
『ゴブリン退治 一匹 千ゴルド』
『ボア退治 一匹 五百~三千ゴルド』
これはいつもある依頼だ。ボア系は素材の状態や種類によってだいぶ報酬が変わる。
ゴブリンもボアも狩る自信はあるが、素材を持ち帰るとなると、運ぶのが非常に大変だ。
ゴブリンは耳を切り取ればいいので運搬は楽だが、群れをなされると厄介である。ワンランク上のホブゴブリンにはじまり、知恵の回るゴブリンリーダーや、ゴブリンメイジ、ゴブリンナイトがいると一気に面倒になる。
とはいえ、基本的には初心者向きの魔物ではある。
珍しい魔物ではないものの、王都の周辺ではめぼしいゴブリンは狩られている。人が多いのに比例して冒険者も多いからだ。
目に付いたのならやっつけた方がいい。でも、巨大な群れや集落でも形成していない限り、わざわざ探してまで倒して回るほどのものではない――それがゴブリンだ。
(うーん、前に倒したことがあるアウルベアは、緑が多い山林に棲む傾向があるから、この辺じゃ見つからないか。……ここはレベルアップしてワンランク上の魔物を狙うべきか? でもソロ活動なんだから、手堅く慎重に行くべきだよな)
気になって取った依頼カードは、ギロチンバーニィ。
外見は兎だが、何故か常に手に斧を持っている。趣味と実益を兼ねた首狩り大好き兎だ。
名前からして殺意が高い。
たまにゴブリンの群れが消えたと思ったら、このギロチンバーニィの首狩りフェスティバル会場になっていたという噂も聞く。
メルヘンな外見のくせして非常に血の気が多い兎である。
基本はボロ斧か石斧だが、稀に金の斧や銀の斧を持っており、それらはレアドロップだという。また、ギロチンバーニィの斧のコレクターもいるらしいから、倒したら回収推奨だとのことだ。毛皮、肉、落とす武器、全てがお金になり、討伐報酬も出る割の良いモンスターだ。
ちなみに、ワンランク上のボーパルバーニィは、さらに殺意が高い。
出会ったら即強襲。挨拶代わりに凶器が振りかぶられる「こんにちは死ね」タイプだ。プリチーな見た目ではあるが、完全に習性は殺人鬼そのもの。兎詐欺もはなはだしい。草食動物の見てくれに謝罪すべきブラッディー兎たちである。
もう一つ、シンが選んだのは、スリープディアーという魔物だ。
睡眠を引き起こす鳴き声が厄介――この一言に尽きる。距離が近いほど鳴き声の効果が強力になるから、接近戦タイプの冒険者にとっては天敵と言える。
また、外見が鹿だけあって、逃げ足が速いため、仕留めるなら基本は遠距離だ。
毛皮も肉も角も売れるが、それなりに大きいので運ぶのは一苦労。
同じくらいの大きさのバイコーン類も討伐に向いているものの、まだ対戦したことがないので、戦い方のコツがわからない。未知数な部分も多いのだ。
角を活かして突進してくるし、上位種には魔法を使うものもいるらしい。
バイコーン系は角や牙、皮や肉を素材として買い取ってもらえるが、これもまた大きい。
異空間バッグを使えばいいだけの話ではあるが、微妙に権力者に注目されている状態で、そんな珍しいスキルを持っていると知られれば、事態が余計にややこしくなる。
(……となると、市販のマジックバッグが欲しいなぁ)
その手の市販品を自分で買ったら、気兼ねなく使えるというものだ。
一度、魔法の道具を売っている店を覗いたが、桁違いに高かった。
一番小さくてもゼロが六つは並んでいたので、冬支度をしながら貯めるには大変そうである。ちなみに、もっと桁が多いのもたくさんあった。
それだけこの技術は価値が高いということだろう。
(やっぱりタニキ村がいいな。めぼしいものを手に入れたら「冬支度のために帰ります」とでも言って、トンズラしよう)
改めて今後の方針を固めたシンは、冒険者ギルドを後にする。
最近シンが買い込んでいるのは砂糖、塩、胡椒といった、タニキ村では貴重品に該当する品。
こうした品々を持って帰るためにも輸送手段の確保は必須なのだが、市販のマジックバッグでそれをなそうとすると、いくらかかるかわかったものではない。
そうなると、次に考えられるのが馬だ。しかし、駄馬であってもそれなりの値段はする。老馬を買い叩けば安く手に入るが、途中で力尽きられても困る。
(うーん、普通に仕事するにも足は欲しいよな。運び屋を雇うより安上がりだし……馬の購入は真剣に検討しよう)
騎獣を持つ旅人や冒険者は珍しくないので、厩付きの宿は普通にある。
(飼い葉代と知らない人間を傍に置く危険を比べたら、やっぱり馬だよな)
悩んだ末に、シンは馬を買うことにした。
依頼の達成効率や移動時間、その他諸々を考慮した結果、それが一番だと感じたのだ。
騎乗できればなんでもいいのだが、一番一般的なものは馬だろう。
第二章 騎獣選び
シンはさっそく騎乗可能な動物――騎獣について下調べを始めた。
一般的なのはやはり馬。あとはランナーバードといった地上の走りに特化した鳥類がポピュラーで、荷運びだけならロバや牛を使う場合もあるらしい。
竜や大型の狼などに騎乗することもあるようだが、これは稀なケースだ。
また、大人しい魔物や魔獣を使うケースも珍しくないが、そういったモノは普通の動物より扱いが難しい上に、そもそも価格が高いそうだ。
そういった騎獣を売っている店を紹介してもらい、シンはさっそくそこに足を運んだ。
その場所には騎獣を扱う店がいくつも軒を連ねており、独特の獣臭さが漂っていた。
糞尿の臭いというより、その動物本来の臭いだ。檻に入れられている凶暴そうな魔物もいれば、ロープ一本で繋がれている馬もいる。
獅子にも似た真っ白な鬣を持った虎のような猛獣、鱗を持ったサイのような巨獣、二本足で立つトカゲは恐竜映画さながらだった。馬やダチョウのような、動物園にいそうな騎獣の姿もあったが、明らかに前の世界には存在しない生き物がゴロゴロいる。珍しさに目が奪われてしまう。
まだ予算は決まっていないし、貯まってもいないので、本当に下見だ。相場によっては、予算計画の組み直しも十分ありうる。
購入するのは生きた存在なのだから、衝動買いするべきではない。
シンは店の人に「定価と実際の騎獣の大きさをリサーチしに来ました」とはっきり言って、中を見せてもらうことにした。
中には露骨に「買いに来たんじゃねーのかよ」と邪険にする店員もいたが、大抵ちゃんと相手をしてくれる。
隣のエリアがやけに臭うと思って視線を向けたら、そこでは奴隷を売っていた。
人に値段が付けられている光景を目の当たりにして、シンは大きな衝撃を受ける。
人間、亜人、獣人――正式名称はわからないが、汚れた姿の老若男女が、絶望した目でひしめいている。
呆然と立ち尽くしていると、近くの騎獣屋の店主に腕を引かれた。
「坊やの見るもんじゃねえ。戻りな」
相当顔色が悪かったのか、騎獣屋の前に連れて行かれ、座るように促される。
びっくりしているシンの前に、木製のお椀が差し出された。
「アレは敗戦国から流れてきた奴らや、犯罪や借金やなんかで身を落とした連中だ。稼げねえ、売るもんもねぇ、自分の身しか質にできなくなった奴らの末路だ。テイランより扱いはマシとはいえ、それでもあれは底辺の連中だからな」
隣にどっかり座った中年の店主の言葉はつっけんどんだが、シンを心配しているのはわかった。
「そ、そうですか」
「もし使えるスキルの一つもあれば、だいぶ待遇も違うし、値段も跳ね上がる。欲しいのでもあるのか?」
「いいえ、僕には彼らの面倒を見る余裕はないので」
シンは首を横に振る。
たとえお金があっても、生きた人間の支配権や生殺与奪の権を得たいとは思わなかった。
奴隷ということは、裏切らないようにはできるかもしれない。それでもさすがに気が重すぎる。ここは現代日本とは違う世界なのだと、改めて叩きつけられた気がした。
差し出されたお椀には、ハッカのような香りと炭酸みたいな微かな刺激があるお茶が入っていた。動物の臭いで気分が悪くなった人用のものだという。
シンはそれをゆっくり飲んで、気分を落ち着かせる。
少しして、だいぶ楽になったので、そのお店の商品を見ることにした。
親切にしてもらったのに何もしないのは気が引ける。
ふと、トカゲのような生き物が目に入った。柵の中で不満げに桶を突きながらうろうろしている。
「あー、ありゃ水浴びしたいんだろう。……朝にやったが物足りなかったんだな」
そう言いながら、店主は腰をさすっている。彼も意地悪しているわけではなく、肉体的な負担から労働がきつく、十分な世話ができないのだろう。
「魔法で出した水でも大丈夫ですか?」
シンが提案すると、騎獣屋のおじさんが目を丸くする。
「そりゃまあ……。でも、いいのかい?」
「お世話になりましたし、ただで見させてもらうのもなんだかなぁと思っていましたし」
さっそくシンが水を出してやると、地面で寝ていた他のトカゲもやってきて、バチャバチャと遊びはじめた。最初は警戒していたが次第に慣れてきて、シンが水の輪っかや球を作ると、我先にと突っ込んでいく。
魔法で水を集めてプールにした後、流れるプールや波のプールに変えて、さらに数メートルほどの水深に変えてやったところ、トカゲたちは大狂乱で泳ぎはじめた。
大量の水に大興奮で遊び疲れたトカゲたちは、満足するとプールから出て日向ぼっこをする。やがてすぴすぴと寝てしまった。それを確認し、洗浄魔法で綺麗に後始末する。
「坊主、大した腕だな。魔法使いだったのか?」
だらだらと長時間魔法で水を作り出したが、攻撃などをして消費をせずひたすら循環したようなものなので、意外とコストは低い。バスタブや水槽をイメージすれば、あまり難しくなかった。とはいえ、変に噂になってもいけないので、やんわりと謙遜しておく。
「水を集めるのは得意なんですよ。でも、勢いよく出せないから、攻撃には向かなくて……。簡単な魔法は一通りできるんですけどね」
「器用貧乏ってやつか」
気の毒そうな顔をする店主に、シンはぎこちない愛想笑いを返す。
店主はしばらくしげしげとシンを見た後、ニヤッと笑った。
「坊主、他にもやってくれるなら一万……いや、三万ゴルド出す」
「乗った」
「交渉成立だな」
かくして、シンは臨時バイト――水やり兼清掃員として雇われることになった。
騎獣たちの説明を聞きながらお世話をする。稼ぎもあり、騎獣の相場や生態、世話の仕方もわかる、一石二鳥の仕事だ。
それで三万ゴルドも貰っていいのかと思ったが、店主によると、大量の水を運び込むのも清掃作業も、人の手でやると一苦労なのだそうだ。腰痛持ちの中年には辛いらしい。
水を好む動物たちは定期的に水場に連れていくか、水場を作ってやらないとストレスが溜まってしまう。あまりに酷いとストレスによって喧嘩や自傷行為が起こって、商品価値が下がる。
よくよく見れば、眠っているトカゲたちのつるりとした鱗には無数の傷があった。
シンは店主がよそ見をしている隙にそっと近づいて治癒魔法を掛け、飲み水にポーションを混ぜておいた。
◆
それ以来、シンは定期的に騎獣屋に通うようになった。
最初に見た奴隷たちは、たまたまあの日あそこにいただけであり、以後見ることはなかった。
店主とはすっかり茶飲み仲間になっている。
アニマルセラピーと称して、店頭に並ぶ騎獣たちに触りながらさくっと掃除をこなすシンは、店主にしてみればふらりとやってくる座敷童だった。
ちなみに、シンが世話したトカゲたちは、翌日には全て買い手がついていなくなっていた。それどころか店頭から商品がごっそり消えていたので、シンは何か問題でもあったのかと心配したほどだ。
そんなこととは露知らず、店主は「なんか急に鱗や毛艶がやけに良くなっていて、一気に買い手がついたんだよ!」などとほくほく顔。
値段はそのままで商品価値が上がったのだから、売れて当然だ。
あわよくばまたバイトをしてお小遣いと癒しを得ようと思っていたシンはショックを受けたものの、孵化したばかりのランナーバードの雛がいたので、全て許した。
雛たちはふわふわぴよぴよでとても可愛い。ガラガラになった檻や柵の中で、その一画だけわちゃわちゃしていた。
気を取り直して、シンは改めて店主と話して、どんな騎獣がお薦めかさらに調査した。
トレンドの定番は馬系、そして高級騎獣といえば竜。ヒヨコをそのまま大きくしたようなジャンボピヨリンも女性には人気らしいが、どちらかと言えば愛玩用らしい。
◆
何度も通ううちに、シンは店主と打ち解けて、気軽に話せるようになっていた。同時に、店主の方も彼が来ると騎獣たちの怪我や病気が治ることにうすうす気づいていた。
しかし、シンは厄介ごとの気配に敏感だ。余計なことを突けば店に寄り付かなくなるのは容易に察せられ、店主は大事なところでお口のチャックはしっかり閉めていた。
今日も二人は差し入れのチーズ入りのパンを茶請けにしながら、雑談に花を咲かせている。
「あの、リザードやドラゴンって、爬虫類に似ていますけど、寒さは平気なんですか?」
「リザードはあんまり得意じゃないのが多いな。ドラゴンは基本、べらぼうに丈夫。だが、賢いから乗せる相手も選ぶ。騎獣が騎手を選ぶってのは、そう珍しくはねえ。気位が高いのは、高級騎獣にはよくあることだな」
シンはふむふむと頷いて、店主の話に耳を傾ける。
そこまでお高い騎獣に手を出すつもりはないとはいえ、知識として知っておいて損はない。
「この辺の冬ならどの騎獣もある程度は平気だが、もっと北の寒冷地で使うつもりなら、そっちで買い替えた方がいいかもな。ところで、坊主はもう買う相棒は決まったのか?」
「うーん、やっぱり値段や飼いやすさを考えると、馬なんですよね」
「まあ、手堅いわな。気性もそれほど荒くないし、賢くて手ごろだ。荷物運びならラバや牛でもいいけど、スタミナや足の速さもある程度欲しいなら、馬がいいだろうな」
「でも、荷運び用と、戦闘にもついていける騎獣って、だいぶ値段違いますよね……?」
「そりゃそーだ。荷運びは駄馬でもできる。騎士様を乗せる軍馬なんて桁が違うぞ」
ズバリと言われて、シンは自分の財布の中身を思い出す。
正直、まだ心許ないというのが現状だった。
獲物の整理を兼ねて一息ついていたところ、突然、上空から大きな鳥型のモンスターが襲い掛かってきた。
高い場所から狙われたのには驚いたが、シンだってそれなりの手練れだ。易々とやられはしない。
接近したら魔法やナイフで応戦し、逃げようとしたところに弓矢を放って仕留めた。
この珍しい鳥型のモンスターについて、フォルミアルカに貰ったスマートフォンで調べてみようとすると……突然、プッシュ通知が来た。
――称号『女神の寵愛』が『神々の寵愛』に進化しました。
スマホを眺めながらきょとんとするシン。
(……『女神の寵愛』ってなんだ? 『神々の寵愛?』って、何? 複数形ってことは、誰だ? 最初の称号も意味不明だけど、まあ、呪いってわけじゃなさそうだし……)
心当たりがないが、名前からして害はなさそうなので無視することにした。
まあいいか、とシンは仕留めた魔物に目を戻す。
スマホの記述によると、この鳥型のモンスターはデスイーグルというらしい。
自分で狩りをせず、ウルフやゴブリンなど、下級の魔物が捕まえた獲物を奪い取る性質がある、そこそこ強い魔物だ。死肉や腐肉を漁る鳥だが、その恐ろしい名前と生態に似合わず、翼は白と黒で美しい。
討伐部位は嘴らしいが、肉や羽も売れるかもしれない。
(……僕のボアを狙ってきたってことは、僕がアイツらより弱そうに見えたってことかな?)
シンはどこか納得しがたい気持ちを抱きながら、デスイーグルとボアたちを荷車に載せて街に戻った。
街の門まで来ると、荷車いっぱいに魔物を載せたシンを見て、見張りの兵は少しぎょっとしていた。
「大丈夫かい?」
兵士の一人が、思わずと言ったように声をかけてくる。
「はい、慣れていますので」
「大変だったら、運び屋を雇うのも手だぞ。まあ、金は掛かるが」
本当は異空間バッグに入れれば済むのだけれど、王都近くではあまり使いたくない代物だ。恐らく、シンが持っているのはかなり規格外の性能で、目立ちそうなものだから。
シンはギルドに魔物の討伐を報告し、そのまま引き取ってもらう。
今日の受付職員はシルバーフレームの眼鏡をかけたクールそうなインテリ美女だった。
「デスイーグルは買い取り代金も入れて一万二千ゴルドです。でも、今回は爪や嘴、羽の状態も綺麗ですので、一万五千ゴルドで買い取らせてもらいますね」
頻繁に人を襲う魔物――特に危険な魔物、素材に需要のある魔物は特別な上乗せがあり、依頼カードが出ている。ゴブリン、ウルフ、ボア系がそうだ。
デスイーグルの討伐依頼は出ていなかったものの、通常の討伐金は貰えるらしい。また、羽と爪、嘴、肉は素材として買い取ってもらえることになった。
「いいんですか?」
「傷が少なく、価値ある素材は人気ですから」
受付職員はさらりとそう言って、隣でごねている冒険者たちを一瞥する。彼らが手にしているのは、手足があらぬ方向に曲がり、毛皮が血みどろになって絶命しているウルフ。
あんなボロボロの毛皮は加工するのも難しいだろう。不揃いな端切れと一枚に繋がった毛皮では、同じ大きさでも価値は段違いだ。
どうやら彼らは買い取り価格が気に入らないらしく、若い受付のお姉さんにいちゃもんを付けているみたいだ。しかし、困惑する女性職員の後ろの扉からゴリゴリマッチョの壮年のギルド職員が出てきた途端、しゅんとなった。わかりやすい。
「ボアは一体七百ゴルドが二匹、千ゴルドが二匹、千五百ゴルドが一匹。合計で四千九百ゴルドです。状態が良いのと、人気の毛色のボアもいるので、色を付けて六千ゴルドとなります」
「では、手続きをお願いします」
「かしこまりました。では、少々お待ちを。冒険者カードに記録を載せますので、一度お借りしますね」
「はい」
王都の冒険者ギルドだからか、タニキ村の職員たちよりかなりきっちりしている。
村のおばちゃんやおっちゃんのゆるゆるした空気も嫌いじゃないが、王都ギルドのTHE職場と言わんばかりのきっちりした空気も好きだった。
シンがトレーに載せた冒険者カードを受け取った受付職員は「ところで」と眼鏡を光らせる。
「シン君は腕が良いので、討伐効率を上げるためにも運び屋を雇ってはいかがです? いつも荷車では大変でしょう」
「うーん、ソロに慣れているので、逆に人がいると落ち着かなそうなんですよね……。別に高難易度の依頼やダンジョンに挑みたいわけではないですし」
そう、この世界にもファンタジーではお馴染みの『ダンジョン』がある。魔物や魔王もいるのだから、当然とばかりに存在していた。
だが、シンはスローライフ希望であって、血飛沫と魔法が飛び交う英雄譚ライフを求めてはいない。日本で経験した進撃の社畜ロードで、頑張るのには懲りていた。信条として『YESスローライフ、NO社畜』を掲げている。
そして、女神から色々授かっているシンは、周りにバレたら困る道具や能力を多く持っているので、身近に人を置くつもりはないのだ。ティルレイン並みに頭がフラワーガーデンであれば気にしないが、それは別の意味でいてほしくない。
「残念ですね……シン君のとってきた魔物は卸先や職人にも評判が良いので、是非数を増やしていただきたいのですが」
「ありがとうございます」
シンは先ほどの哀れなウルフを思い出す。
雑な倒し方をしたり、解体スキルを身につけたメンバーがいなかったりすると、素材になるか怪しい状態になってしまう。
冒険者には荒っぽい人間が多いらしく、ああいったものが運ばれてくることも珍しくないそうだ。
素材にすると考えると、ただ倒せばいいってものではないのだ。
◆
シンがタニキ村を出てから早くも一月以上が経過した。忙しくも楽しく過ごし、なんだかんだで王都に居ついていた。
そうなった理由の大部分は、それとなく監視したい――というか、なんとしてもシンを引き留めたい苦労人宰相チェスターと、ティルレインの世話役を務める善良なルクスの存在だろう。
ティルレインはそういったまどろっこしいことをせず、シンのところに乗り込もうとしてとっ捕まるタイプだ。彼は動きがバレバレすぎなのだ。
もっとも、監視といっても、シンが宿を替えていないかと、ちゃんと定期的に王都に戻っているかの確認程度のようだ。
冒険者の中には、採取や討伐に出てそのまま戻ってこない場合もある。
子供一人というので心配もあるだろう。中身はともかく、外見が十歳程度にしか見えないシンは、頼りなく感じるらしい。
シンはシンで、王都は依頼もたくさんあるので興味の赴くままに色々と挑戦している。
タニキ村と違ってここには真新しいものが多く、色々と情報収集もしやすい。ギルドにも依頼がたくさんあるから、出稼ぎにちょうどいい。周りにタニキ村の出身の人はいなかったが、地方や他国からの出稼ぎの人が多くいる。おかげで、シンも大勢の田舎者の中にほどよく埋没できて、気楽であった。
帰るタイミングを逸してしまったと感じつつも、シンは今日もギルドに顔を出していた。
(結構長居しちゃっているけど、王都で買いたい本があるんだよな。ギルドで見られるものだって限度があるし……。魔導書って高いから仕方がないか)
シンは本を読むだけでぽこぽことスキルを取得できる。これはフォルミアルカから貰ったギフトスキル『成長力』があってこそで、極めてレアケースだろう。普通の人は、ギルドなどに善意で置いてある本ではスキル取得までには至らないらしい。
とはいえ、わざわざ能力をひけらかす気はないし、むしろ隠蔽したいと考えている。
ありがたいし便利だが、あの宰相にバレたら、ますますシンを引っ張り込もうとするかもしれない。
シンとしては、個性の濃度が殴り合いのティンパイン王国の中枢には断じて入りたくなかった。
物欲しそうにしていたことが、あの宰相や国王やティルレインにバレたら、非常に面倒くさそうだ。
どこで誰が裏から糸を引いているかわからない以上、貸しや借りを作ると後で余計なものを背負う羽目になる。既にチェスターあたりは両手を広げて待ち構えていそうで、恐怖である。
(こういうのって、自分で手に入れてこその醍醐味だよな)
気を取り直し、シンは冒険者ギルドで依頼カードを物色する。
『ゴブリン退治 一匹 千ゴルド』
『ボア退治 一匹 五百~三千ゴルド』
これはいつもある依頼だ。ボア系は素材の状態や種類によってだいぶ報酬が変わる。
ゴブリンもボアも狩る自信はあるが、素材を持ち帰るとなると、運ぶのが非常に大変だ。
ゴブリンは耳を切り取ればいいので運搬は楽だが、群れをなされると厄介である。ワンランク上のホブゴブリンにはじまり、知恵の回るゴブリンリーダーや、ゴブリンメイジ、ゴブリンナイトがいると一気に面倒になる。
とはいえ、基本的には初心者向きの魔物ではある。
珍しい魔物ではないものの、王都の周辺ではめぼしいゴブリンは狩られている。人が多いのに比例して冒険者も多いからだ。
目に付いたのならやっつけた方がいい。でも、巨大な群れや集落でも形成していない限り、わざわざ探してまで倒して回るほどのものではない――それがゴブリンだ。
(うーん、前に倒したことがあるアウルベアは、緑が多い山林に棲む傾向があるから、この辺じゃ見つからないか。……ここはレベルアップしてワンランク上の魔物を狙うべきか? でもソロ活動なんだから、手堅く慎重に行くべきだよな)
気になって取った依頼カードは、ギロチンバーニィ。
外見は兎だが、何故か常に手に斧を持っている。趣味と実益を兼ねた首狩り大好き兎だ。
名前からして殺意が高い。
たまにゴブリンの群れが消えたと思ったら、このギロチンバーニィの首狩りフェスティバル会場になっていたという噂も聞く。
メルヘンな外見のくせして非常に血の気が多い兎である。
基本はボロ斧か石斧だが、稀に金の斧や銀の斧を持っており、それらはレアドロップだという。また、ギロチンバーニィの斧のコレクターもいるらしいから、倒したら回収推奨だとのことだ。毛皮、肉、落とす武器、全てがお金になり、討伐報酬も出る割の良いモンスターだ。
ちなみに、ワンランク上のボーパルバーニィは、さらに殺意が高い。
出会ったら即強襲。挨拶代わりに凶器が振りかぶられる「こんにちは死ね」タイプだ。プリチーな見た目ではあるが、完全に習性は殺人鬼そのもの。兎詐欺もはなはだしい。草食動物の見てくれに謝罪すべきブラッディー兎たちである。
もう一つ、シンが選んだのは、スリープディアーという魔物だ。
睡眠を引き起こす鳴き声が厄介――この一言に尽きる。距離が近いほど鳴き声の効果が強力になるから、接近戦タイプの冒険者にとっては天敵と言える。
また、外見が鹿だけあって、逃げ足が速いため、仕留めるなら基本は遠距離だ。
毛皮も肉も角も売れるが、それなりに大きいので運ぶのは一苦労。
同じくらいの大きさのバイコーン類も討伐に向いているものの、まだ対戦したことがないので、戦い方のコツがわからない。未知数な部分も多いのだ。
角を活かして突進してくるし、上位種には魔法を使うものもいるらしい。
バイコーン系は角や牙、皮や肉を素材として買い取ってもらえるが、これもまた大きい。
異空間バッグを使えばいいだけの話ではあるが、微妙に権力者に注目されている状態で、そんな珍しいスキルを持っていると知られれば、事態が余計にややこしくなる。
(……となると、市販のマジックバッグが欲しいなぁ)
その手の市販品を自分で買ったら、気兼ねなく使えるというものだ。
一度、魔法の道具を売っている店を覗いたが、桁違いに高かった。
一番小さくてもゼロが六つは並んでいたので、冬支度をしながら貯めるには大変そうである。ちなみに、もっと桁が多いのもたくさんあった。
それだけこの技術は価値が高いということだろう。
(やっぱりタニキ村がいいな。めぼしいものを手に入れたら「冬支度のために帰ります」とでも言って、トンズラしよう)
改めて今後の方針を固めたシンは、冒険者ギルドを後にする。
最近シンが買い込んでいるのは砂糖、塩、胡椒といった、タニキ村では貴重品に該当する品。
こうした品々を持って帰るためにも輸送手段の確保は必須なのだが、市販のマジックバッグでそれをなそうとすると、いくらかかるかわかったものではない。
そうなると、次に考えられるのが馬だ。しかし、駄馬であってもそれなりの値段はする。老馬を買い叩けば安く手に入るが、途中で力尽きられても困る。
(うーん、普通に仕事するにも足は欲しいよな。運び屋を雇うより安上がりだし……馬の購入は真剣に検討しよう)
騎獣を持つ旅人や冒険者は珍しくないので、厩付きの宿は普通にある。
(飼い葉代と知らない人間を傍に置く危険を比べたら、やっぱり馬だよな)
悩んだ末に、シンは馬を買うことにした。
依頼の達成効率や移動時間、その他諸々を考慮した結果、それが一番だと感じたのだ。
騎乗できればなんでもいいのだが、一番一般的なものは馬だろう。
第二章 騎獣選び
シンはさっそく騎乗可能な動物――騎獣について下調べを始めた。
一般的なのはやはり馬。あとはランナーバードといった地上の走りに特化した鳥類がポピュラーで、荷運びだけならロバや牛を使う場合もあるらしい。
竜や大型の狼などに騎乗することもあるようだが、これは稀なケースだ。
また、大人しい魔物や魔獣を使うケースも珍しくないが、そういったモノは普通の動物より扱いが難しい上に、そもそも価格が高いそうだ。
そういった騎獣を売っている店を紹介してもらい、シンはさっそくそこに足を運んだ。
その場所には騎獣を扱う店がいくつも軒を連ねており、独特の獣臭さが漂っていた。
糞尿の臭いというより、その動物本来の臭いだ。檻に入れられている凶暴そうな魔物もいれば、ロープ一本で繋がれている馬もいる。
獅子にも似た真っ白な鬣を持った虎のような猛獣、鱗を持ったサイのような巨獣、二本足で立つトカゲは恐竜映画さながらだった。馬やダチョウのような、動物園にいそうな騎獣の姿もあったが、明らかに前の世界には存在しない生き物がゴロゴロいる。珍しさに目が奪われてしまう。
まだ予算は決まっていないし、貯まってもいないので、本当に下見だ。相場によっては、予算計画の組み直しも十分ありうる。
購入するのは生きた存在なのだから、衝動買いするべきではない。
シンは店の人に「定価と実際の騎獣の大きさをリサーチしに来ました」とはっきり言って、中を見せてもらうことにした。
中には露骨に「買いに来たんじゃねーのかよ」と邪険にする店員もいたが、大抵ちゃんと相手をしてくれる。
隣のエリアがやけに臭うと思って視線を向けたら、そこでは奴隷を売っていた。
人に値段が付けられている光景を目の当たりにして、シンは大きな衝撃を受ける。
人間、亜人、獣人――正式名称はわからないが、汚れた姿の老若男女が、絶望した目でひしめいている。
呆然と立ち尽くしていると、近くの騎獣屋の店主に腕を引かれた。
「坊やの見るもんじゃねえ。戻りな」
相当顔色が悪かったのか、騎獣屋の前に連れて行かれ、座るように促される。
びっくりしているシンの前に、木製のお椀が差し出された。
「アレは敗戦国から流れてきた奴らや、犯罪や借金やなんかで身を落とした連中だ。稼げねえ、売るもんもねぇ、自分の身しか質にできなくなった奴らの末路だ。テイランより扱いはマシとはいえ、それでもあれは底辺の連中だからな」
隣にどっかり座った中年の店主の言葉はつっけんどんだが、シンを心配しているのはわかった。
「そ、そうですか」
「もし使えるスキルの一つもあれば、だいぶ待遇も違うし、値段も跳ね上がる。欲しいのでもあるのか?」
「いいえ、僕には彼らの面倒を見る余裕はないので」
シンは首を横に振る。
たとえお金があっても、生きた人間の支配権や生殺与奪の権を得たいとは思わなかった。
奴隷ということは、裏切らないようにはできるかもしれない。それでもさすがに気が重すぎる。ここは現代日本とは違う世界なのだと、改めて叩きつけられた気がした。
差し出されたお椀には、ハッカのような香りと炭酸みたいな微かな刺激があるお茶が入っていた。動物の臭いで気分が悪くなった人用のものだという。
シンはそれをゆっくり飲んで、気分を落ち着かせる。
少しして、だいぶ楽になったので、そのお店の商品を見ることにした。
親切にしてもらったのに何もしないのは気が引ける。
ふと、トカゲのような生き物が目に入った。柵の中で不満げに桶を突きながらうろうろしている。
「あー、ありゃ水浴びしたいんだろう。……朝にやったが物足りなかったんだな」
そう言いながら、店主は腰をさすっている。彼も意地悪しているわけではなく、肉体的な負担から労働がきつく、十分な世話ができないのだろう。
「魔法で出した水でも大丈夫ですか?」
シンが提案すると、騎獣屋のおじさんが目を丸くする。
「そりゃまあ……。でも、いいのかい?」
「お世話になりましたし、ただで見させてもらうのもなんだかなぁと思っていましたし」
さっそくシンが水を出してやると、地面で寝ていた他のトカゲもやってきて、バチャバチャと遊びはじめた。最初は警戒していたが次第に慣れてきて、シンが水の輪っかや球を作ると、我先にと突っ込んでいく。
魔法で水を集めてプールにした後、流れるプールや波のプールに変えて、さらに数メートルほどの水深に変えてやったところ、トカゲたちは大狂乱で泳ぎはじめた。
大量の水に大興奮で遊び疲れたトカゲたちは、満足するとプールから出て日向ぼっこをする。やがてすぴすぴと寝てしまった。それを確認し、洗浄魔法で綺麗に後始末する。
「坊主、大した腕だな。魔法使いだったのか?」
だらだらと長時間魔法で水を作り出したが、攻撃などをして消費をせずひたすら循環したようなものなので、意外とコストは低い。バスタブや水槽をイメージすれば、あまり難しくなかった。とはいえ、変に噂になってもいけないので、やんわりと謙遜しておく。
「水を集めるのは得意なんですよ。でも、勢いよく出せないから、攻撃には向かなくて……。簡単な魔法は一通りできるんですけどね」
「器用貧乏ってやつか」
気の毒そうな顔をする店主に、シンはぎこちない愛想笑いを返す。
店主はしばらくしげしげとシンを見た後、ニヤッと笑った。
「坊主、他にもやってくれるなら一万……いや、三万ゴルド出す」
「乗った」
「交渉成立だな」
かくして、シンは臨時バイト――水やり兼清掃員として雇われることになった。
騎獣たちの説明を聞きながらお世話をする。稼ぎもあり、騎獣の相場や生態、世話の仕方もわかる、一石二鳥の仕事だ。
それで三万ゴルドも貰っていいのかと思ったが、店主によると、大量の水を運び込むのも清掃作業も、人の手でやると一苦労なのだそうだ。腰痛持ちの中年には辛いらしい。
水を好む動物たちは定期的に水場に連れていくか、水場を作ってやらないとストレスが溜まってしまう。あまりに酷いとストレスによって喧嘩や自傷行為が起こって、商品価値が下がる。
よくよく見れば、眠っているトカゲたちのつるりとした鱗には無数の傷があった。
シンは店主がよそ見をしている隙にそっと近づいて治癒魔法を掛け、飲み水にポーションを混ぜておいた。
◆
それ以来、シンは定期的に騎獣屋に通うようになった。
最初に見た奴隷たちは、たまたまあの日あそこにいただけであり、以後見ることはなかった。
店主とはすっかり茶飲み仲間になっている。
アニマルセラピーと称して、店頭に並ぶ騎獣たちに触りながらさくっと掃除をこなすシンは、店主にしてみればふらりとやってくる座敷童だった。
ちなみに、シンが世話したトカゲたちは、翌日には全て買い手がついていなくなっていた。それどころか店頭から商品がごっそり消えていたので、シンは何か問題でもあったのかと心配したほどだ。
そんなこととは露知らず、店主は「なんか急に鱗や毛艶がやけに良くなっていて、一気に買い手がついたんだよ!」などとほくほく顔。
値段はそのままで商品価値が上がったのだから、売れて当然だ。
あわよくばまたバイトをしてお小遣いと癒しを得ようと思っていたシンはショックを受けたものの、孵化したばかりのランナーバードの雛がいたので、全て許した。
雛たちはふわふわぴよぴよでとても可愛い。ガラガラになった檻や柵の中で、その一画だけわちゃわちゃしていた。
気を取り直して、シンは改めて店主と話して、どんな騎獣がお薦めかさらに調査した。
トレンドの定番は馬系、そして高級騎獣といえば竜。ヒヨコをそのまま大きくしたようなジャンボピヨリンも女性には人気らしいが、どちらかと言えば愛玩用らしい。
◆
何度も通ううちに、シンは店主と打ち解けて、気軽に話せるようになっていた。同時に、店主の方も彼が来ると騎獣たちの怪我や病気が治ることにうすうす気づいていた。
しかし、シンは厄介ごとの気配に敏感だ。余計なことを突けば店に寄り付かなくなるのは容易に察せられ、店主は大事なところでお口のチャックはしっかり閉めていた。
今日も二人は差し入れのチーズ入りのパンを茶請けにしながら、雑談に花を咲かせている。
「あの、リザードやドラゴンって、爬虫類に似ていますけど、寒さは平気なんですか?」
「リザードはあんまり得意じゃないのが多いな。ドラゴンは基本、べらぼうに丈夫。だが、賢いから乗せる相手も選ぶ。騎獣が騎手を選ぶってのは、そう珍しくはねえ。気位が高いのは、高級騎獣にはよくあることだな」
シンはふむふむと頷いて、店主の話に耳を傾ける。
そこまでお高い騎獣に手を出すつもりはないとはいえ、知識として知っておいて損はない。
「この辺の冬ならどの騎獣もある程度は平気だが、もっと北の寒冷地で使うつもりなら、そっちで買い替えた方がいいかもな。ところで、坊主はもう買う相棒は決まったのか?」
「うーん、やっぱり値段や飼いやすさを考えると、馬なんですよね」
「まあ、手堅いわな。気性もそれほど荒くないし、賢くて手ごろだ。荷物運びならラバや牛でもいいけど、スタミナや足の速さもある程度欲しいなら、馬がいいだろうな」
「でも、荷運び用と、戦闘にもついていける騎獣って、だいぶ値段違いますよね……?」
「そりゃそーだ。荷運びは駄馬でもできる。騎士様を乗せる軍馬なんて桁が違うぞ」
ズバリと言われて、シンは自分の財布の中身を思い出す。
正直、まだ心許ないというのが現状だった。
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